第77話 魔術士の夜、異種たちの夜/Wizard's Night,Phantom Night.4

 中華街警備部と吸血鬼対策室は、やはり微妙な距離感を保ったまま裏中華街を進んでいた。

 土地勘のある中警と一緒とはいえ、そこは難攻不落と言われる裏中華街。

 未だに明確な目的地は、不明のままだった。

 チームごとに分かれて深部へと向かってはいるものの、当然吸血鬼も見つかっていない。

 それでも。やはりある程度の予測を立てて進んでいるだけあり、偶然にも機関員たちは裏中華街の最奥へと向かっていた。

 そしてそれはそのまま、吸血鬼の隠れ家に迫っているということでもあった。


「なんだか、静かだな」


 先頭を行く石川が、奇しくも翔馬と同じ感想を口にする。

 裏中華街に来たことはほとんどなかったが、今日は開港祭もあった。

 もっと騒がしくても良さそうなものなのだが、ここまで異種や魔術士をほとんど見かけていない。

 これまでにあった事といえば、犬だか猫だかを見つけた友が、フラフラと声をかけに行ったことくらいだ。

 中警の隊員たちに至っては、不満そうな顔をしていた。


「吸血鬼どころか異種も魔術士も全然見ねえな。これじゃ掃討作戦にならねえよ」


 普段であればこの時間は、素行の悪い連中がフラフラとウロついている時間帯だというのに、一体どうしたというのか。


「そういうことなら片っ端からぶち壊していけばいいんじゃねえか? 寝床ぶっ壊されれば出てくんだろ。虫みてーによ」

「ハッハッハ、そりゃいい。やっちまおうぜ」

「頼りの吸血鬼様も弱ってやがるって噂だし、逃げ出しちまったんじゃねーだろうな」


 そう言って朽ちかけている看板の一つを蹴り飛ばすと、さらに別の隊員が『爆破』の魔術を放ち、上部の配管をまとめて数本弾き飛ばした。

 吹き出した蒸気が、狭い通路を一気に覆い隠していく。

 アリーシャの予想通り、機関による裏中華街の破壊が始まろうとしていた。


「……ん?」


 しかしやがて、蒸気の勢いは落ちていく。

 そして視界がクリアになり始めた頃、機関員たちはそろって足を止めた。

 その先に見えたのは白く長い髪。そして、血のように赤い瞳。

 結んだ口元に漂う、悪の色。

 吸血鬼対策室のメンバー、そしてすぐ隣を進んでいた中警のチームの面々が一斉に動きを止め、硬直する。



「――――吸血鬼だッ!!」



 石川が叫ぶ。

 思考はすでに切り替わっていた。

 叫ぶことで付近のメンバーの意識を取り戻すのと同時に状況を把握させ、付近を行動中であろう機関員たちにも状況を報告する。


「…………ッ!」


 すると吸血鬼は、言葉を発することもなく一目散に走り出した。


「追うんだッ!!」


 本命である吸血鬼が、まさか自ら出てくるとは思わなかった中警の面々も、石川の『指示』によってようやく自分のするべきことに意識が向かい始める。


「相手は弱ってんだ! 対策室の連中なんかに先を越されてたまるか! 行くぞっ!」


 そしてすでに駆け出している対策室の四人を追うように走り出す。


「友はいつでも行けるように準備しておけ! レオン、クラリスは『身体能力向上(スペリオール)』で俺と友の後に続くんだっ!」


 友たちは石川の指示通り『身体能力向上』を発動し、石川のあとに続く。


「さすがに速い。身のこなしも相当だ。だが今ので付近の機関員も気づいたはずだ」


 吸血鬼が裏中華街を知り尽くしているのであれば、このまま追い続けても取り逃がしてしまう可能性が高い。

 よって石川は早々に判断を下す。


「ここはまず手柄よりも吸血鬼の捕獲を優先して、頭数の多さで攻める」


 続く追走劇。しかし予想に反して増援は現れない。

 魔境、裏中華街を跳んで行く吸血鬼との距離は広がっていくばかりだ。


「なぜだ? どうして助けが来ない?」


 その奇妙な状況に石川が疑問を呈した、まさにその瞬間。


「……あれは、どういうことだ?」


 石川は思わず声を漏らした。

 視線の先には、逃げていく吸血鬼の姿がある。

 そしてさらにその向こうにも、同じように走る別の吸血鬼の姿があった。


「吸血鬼が、二人?」


 石川は驚くが、事はそれだけに収まらない。


「吸血鬼だァァァァァァァァ――――――――ッ!!」


 再度、どこからか上がる声。

 さらに、それをきっかけに続々と各所から声があがり始める。


「で、出たァァァァ――ッ!!」「吸血鬼がいるぞ!」「きゅ、吸血鬼が出たぞ――ッ!!」


 時を同じくして一斉に続く吸血鬼の発見報告。


「どういうことだ? 幻覚か? ………いや、違う!!」


 今までは廃墟のような静寂を保っていた裏中華街が、まるで石川の叫びで何かが始まったかのように、一気に騒乱の火が燃え上がっていく。


「石川サン、向こうにも吸血鬼がいやがる」

「あっちもですわ」

「向こうにも見えるよーっ」


 レオンも、クラリスも、そして友までもが別々の吸血鬼を視認する。


「これだけで合わせて五人。付近の機関が上げた声も含めればすでに十人を超えている計算になる。吸血鬼は複数人いるとでも言うのか?」


 異常な事態に石川は疑問を口にする。

 しかしそうではない。実際はその程度になど収まっていなかった。

 三日間に及ぶ開港祭の最終日、その最後の夜の、トリを飾る一大イベント。

 秘密裏に動いていた『とんでもないこと』が、この時間をもって動き出した。

 裏中華街に住む異種や魔術士、そして中華街を出れば血気盛んな学院生から住人、酔っ払って夜道で眠る中年男まで、魔法都市全域に突然現れた約三万人の『ニセ吸血鬼』の行進。

 それを異種たちは裏でこう呼んでいた――――ヴァンパイアナイト。


 遠くからでも分かる目印である白い髪、そして赤い目くらいの情報しか知らない機関員たちに、本物とニセモノの見分けなどつくはずもない。

 さらに、現れた吸血鬼が仮装した一般人である可能性がある以上、下手に攻撃してしまうことも許されない。


「ダメだな。増援は見込めそうにない」


 それなら少なくとも、目の前にいる俊敏さと力強さを兼ね備えた吸血鬼を追う方が、『答え』にたどり着く可能性が高い。

 なにせ『身体能力向上』でも追いつけないほどの相手なのだから。

 石川はそう判断を下し、指示を飛ばす。


「レオンとクラリスは下から俺たちの後を追って来い。ムリそうなら他のチームの応援に回るように」

「分かりましたわっ」「了解」

「よし、行くぞ友。俺たちはこのまま吸血鬼を捕まえる。互いの『クビ』を賭けた――――鬼ごっこの始まりだ」

「はいさっ!」


 石川が『鬼ごっこ』と称したことで、友は目を輝かせた。

 そして吸血鬼対策室所属の新垣友は、固有進化魔術『超自在跳躍』を発動。


「行っくよぉぉぉっ! 全身全霊全力全開――――ストームライダーッ!!」


 足元から飛び出す粒子と共に、グンッと急速に一歩の距離が、速度が上昇する。

『身体能力向上』を使用している他のメンバーを置き去りに、始まる友の独走。

 もはやそこに、道があるか否かなど関係ない。

 障害物をすり抜け、壁すらも目的までの道として、最高速で駆け抜けていく。


「……速い!」


 振り返った吸血鬼は驚きの声を上げる。

 そして並ぶ建物の間から空が見え始めたのと同時に、大きく跳び上がった。


「行けっ! ゴシックチェインズ!!」


 吸血鬼の跳躍を確認した石川は、『縛縄』の固有進化魔術『LET IT LOCK』を発動。

 ひも状の物を自在に操るその力で、腰元に下げた四本の銀鎖を飛ばす。

 そしてせり出したベランダの手すり部分に巻きつけると、そのままワイヤーアクションのように自身を空中へと引っ張り上げた。

 対して友はその圧倒的な跳躍力で看板、中階の屋根へと跳び上がり、吸血鬼を追いかける。

 追走劇は、裏中華街下層部から上層部へとその舞台を移していく。


「疾走れ! 麒麟ッ!!」


 攻撃の開始は石川からだった。

 二本の銀鎖は稲光を伴いながら、弧を描くような軌道で吸血鬼へと襲いかかる。


「ちっ」


 マンションのベランダを通りかかっていた吸血鬼は、迫り来る鎖を跳ぶことでかわす。

 二本の銀鎖はビルの壁に刺さって派手な火花を上げた。


「やああああああああああ――――――――ッ!!」


 そこへさらに回避の瞬間を狙った、友の長距離ジャンプキックの襲来。


「くっ!」


 しかしここで急に動作速度を上げた吸血鬼は、その異常な速さをもって友の追撃をかわし、ベランダからビルの屋上へと飛び上がる。

 抜けるような夜空が、そこにはあった。

 吸血鬼は立ち並ぶビルの屋上から屋上へと飛び移っていく。

 石川は攻撃に使った鎖を戻しながら残った二本を巧みに放出、伸縮させることで少ない着地回数で一気に長い距離を飛び、川のように開いた建物の隙間を挟んだ状態のまま、後を追いかける。

 一方跳び蹴りを避けられた友は『壁面』に着地。

 手を突いて向きを変えると、カエルのような動きで壁を蹴って同じく屋上へと上がった。

 延々と続く建物の最上部を駆けていく吸血鬼をその目に捉えると、連続大ジャンプで一気にその距離を詰めにかかる。

 吸血鬼はその合間に、通りがかりの給水塔にタッチしてから次のビルへと跳んだ。

 そして追ってきた友が、そのビルに飛び移ってきた瞬間。


「えっ?」


 突然、大きな爆発が起きた。

 大量の水とともに巻き上がる火花、そして黒煙。


「友ッ! 爆発符か!」


 石川の予想は当たっていた。

『爆発符』は魔力の込められた札状のアイテム。一度貼り付けると、その札に書かれた魔法陣の指定した時間に爆発するというもので、Eランクに値する。


「うわああああああああ――――――――ッ!」

「友、走れっ!」


 吹き飛ばされ、くるくると回転しながら落ちていく友に向けて放たれたゴシックチェインズは大きな弧を描き、吸血鬼の方へと向かう一本の道となる。

 すると友は伸び続ける銀鎖の上に着地、なんとその上を走り始めた。

 十分な助走を取り、再び長く、そして速い跳躍へ。

 空を裂き、空中を駆けているかのような挙動から稲妻のような蹴りを放つ。


「くっ、なんてデタラメな動きをっ!」


 脱落したと思っていた友の急襲を視界に捉えた吸血鬼は、慌てて身体を反らし、間一髪のところで友の蹴りをかわす。

 全力で放たれた友の一撃は、長らく放置されていた崩れかけの煙突を粉々に打ち崩した。

 その隙に吸血鬼は一気に速度をあげて距離を取り、再び逃走を続ける。


「小さい機関員の機動力も相当だが、あのメガネの機関員は要注意だ」


 そしてその意識は石川へ。


「移動、攻撃、捕縛、仲間のサポートまでを同時に狙うとは。おそらく伸縮自在かつ電撃の属性を持つあの鎖はCあるいはBランク相当のアイテム。状況に応じた使い分けはかなりのものだ!」


 ビルの外壁に擦れて火花を上げるゴシックチェインズ。

 機関内でも屈指の機動力を誇る友の『超自在跳躍』に、身体能力向上系魔術を使うことなく、四本の鎖による自由自在のアクションで合わせていく。

 かつて「エリート」と呼ばれたその力は、ダテではない。

 そして同時に石川も、見事な回避と逃走を見せる吸血鬼を分析していた。


「危うくなる度に動作速度を早くすることで、こっちの攻撃をことごとく上手にかわしている。そのうえ機動、捕獲に優れた俺たち二人がかりでも捉えきれない動きの鋭さ。やはり、こいつはかなりの強敵だ」


 さらに石川は、吸血鬼が着地際にバランスを崩したように見せかけて突いた手で、屋上の床に爆発符を貼ったのを見逃さなかった。


「それで隠蔽したつもりか……っておい!! そこに跳ぶなッ!!」


 石川は叫びながら、ゴシックチェインズを飛ばす。


「えっ?」


 吸血鬼の細かな挙動までは見ていなかった友は、間抜けな声と共に着地。

 爆発符が発動し、裏中華街上部にもう一輪の花火を咲かせた。


「またなんだああああああああ――――ッ!」


 吹き飛ばされていく友の足をどうにかゴシックチェインズで捕まえた石川は、そのまま近くのマンションの縁へと向けて放り投げる。

 友はその流れに任せて窓が開けっ放しになっていた一室に飛び込むと、その部屋の中を駆け抜けて、反対側の窓から屋上へと飛び上がっていく。

 偶然にもパソコンを見ながらヘッドフォンで音楽を聞いていた、その部屋の住人が気配を感じて振り返った時には、すでに友はその部屋から飛び立った後だった。


「な……なんてしつこいッ!」


 吸血鬼は友の戦線再復帰に、思わずつぶやく。

 どこからでも長距離の高速直線跳躍で蹴りを叩き込んでくる友は、やっかいだ。

 そんな『一撃』に注意しながら、吸血鬼は建物が階段状に下っている方へと向かい、以前翔馬がレオンと戦ったような、裏中華街の中でも広い通りへと降りていく。


「……ここだ」


 吸血鬼が地上に降りていくのを見た石川は、目前の一際高いビルの大きな避雷針にゴシックチェインズを巻きつけると、そのまま屋上から身を投げる。

 落下の勢いと収縮する力を用いて六時から十二時へ、時計回りでビルを半周。一気に吸血鬼の進行方向に先回りをかけた。

 そして着地した石川は、友に追われる形で目の間にやってきた吸血鬼の前に立ちふさがると――。

 一斉に四本全てのゴシックチェインズを解き放ち、縦横無尽に『網』を張り巡らせる。


「来やがれ吸血鬼――――イナズマジェイルッ!!」


 解き放たれる最大値の電流。

 吸血鬼はすぐにその意図に気づくが、すでに回避のできる状況ではなかった。

 自ら飛び込むことになってしまった電撃の檻。吸血鬼はどうにか正確な挙動でくぐり抜けていくが、友に追われている現状では全てを避け切るには至らない。

 最後の一本が、わずかに手の先に触れた。

 大きく火花が上がり、一瞬で高圧電流が全身を駆けめぐる。


「ぐっ!!」


 うめき声とともに、体勢が大きく傾いだ。

 おとずれた勝負どころ。その時すでに友は、大きな跳躍で十階建てのビルへと上がり、そのまま助走と共に空中へと飛び出していた。

 ぶわっと、夜風が全身を舐めていく。


「てええええええええええ――――――――いッ!!」


 そしてそのまま、重力に任せた強襲落下蹴りで吸血鬼を狙う。


「くっ! このままではッ!!」


 全身に走る痺れによって、思うように身体が動かない。

 高速で落下してくる友の勢いはすさまじく、この状態での防御など不可能だ。

 鬼ごっこの勝負は、今まさに決しようとしていた。


「ああああああああああああ――――――――ッ!!」


 しかし吸血鬼は無理やり身体を倒し、どうにか僅差のところで友の急降下キックを回避することに成功。

 その大きな衝撃は足元の魔法アイテム『リフレクトスニーカー隼足』によって全て地面へと叩きこまれる。大きな床石が数枚めくれ上がり、跳ね上がった。

 吸血鬼はどうにか大きく跳び下がることで距離を取り、追撃に身構えようとする。

 しかし友は、そのままその場から逃げるかのように大きく跳び上がった。


「どういうことだ……ハッ!?」


 吸血鬼が気づいた時には、すでに石川は攻撃の準備を終わらせていた。


「マズいッ!!」


 吸血鬼が叫ぶ。


「駆けろォォォォッ! 麒麟――――ッ!!」


 四本全ての銀鎖が、稲光を伴って一斉に吸血鬼へと襲いかかる。

 整っていない体勢、そして四方向から同時に迫る必殺の一撃。

 それは間違いなく、吸血鬼にとって最大にして最高の窮地だった。


「これまでかッ! ……だがッ!!」


 その目に、鋭い光が灯る。


「ここにたどり着いた時点で、この勝負は私の勝ちだァァァァ――――ッ!!」


 そして『吸血鬼』は、ついに魔術を発動する。


「――――奥森の君主(シンオウノカムイ)ッ!!」


 その言葉と同時に、前もってまかれていたアイテム『超急速成長植物の種――樹木』が一斉に目を覚ます。

 始まる成長は数千、数万倍速の映像のように早く。木々は絡み合い、結び合い、一瞬で付近のビルを巻き込みながら伸び上がっていく。

 そしてわずか一呼吸の間に、打ち捨てられた廃墟を巨大な森が飲み込んだかのような、ある種神秘的な空間が出来上がった。

 木々の壁に阻まれたゴシックチェインズは、その場での停止を余儀なくされる。

 鎖では『狼』を捕らえるには足りなかった。


 こうして石川たちが追い続けていた吸血鬼こと大神玲は、どうにか機関員を裏中華街深部から連れ出すのと同時に、自ら逃走することにも成功したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る