第72話 横濱開港祭.5
開港祭は、今日も変わらず盛り上がっていた。
その範囲はグリムフォード魔法学院内にまで及び、多目的ホールとして使用されているパシフィコ棟の足元、臨港パークも開催地の一角となっている。
眼前に広がる海で行われている華麗なアクアボードショーを横目にしながら、翔馬と風花は隣り合って歩みを進めていく。
先日のバザー会場に比べてここ臨港パークは若い客が多く、仲良く手をつないだカップルが、今まさに二人の横を通り過ぎて行った。
「……いいな」
風花の口から不意に漏れた、その言葉。
――あんな風に翔馬と、手をつないでみたい。
すぐそこにある翔馬の左手に、風花はそっと右手を伸ばしてみる。
「…………」
しかし、なかなかあと一歩が踏み出せない。
一度手を戻して、やっぱり出して。そんなことを二度、三度と繰り返してしまう。
あと……少しなのに。
そんな風に悩んでいると、目の前を通り過ぎて行く一組のカップルに、風花はその目を奪われてしまった。
黒髪の少年と手をつないで歩く少女は、まるでアリーシャやクラリスのような、きれいな金糸の髪をしていたのだ。
するとなぜだろう、不思議と覚悟が決まった気がした。
大きく一度息を吸うと、思い切ってその手を伸ばす。
そして翔馬の左手を、きゅっと握る。
「風花?」
意外な行動に、振り返る翔馬。
すると風花は、恥ずかしそうにしながら――。
「恋人同士なら、こういう時、手を、つなぐんじゃないかな」
言い訳っぽくそう言った。
「……そっか、そうだな」
「うん、きっとそうだよ」
そんな翔馬の自然な反応に、風花は笑みを浮かべてみせた。そして。
「また九条翔馬ウィキに書かれちゃうかもね」
そんなことを言った。
「しまった! って、なんでそんなにうれしそうなんだよ」
「へへー、なんでかな」
「……まあでも風花は『恋人』だし、これくらいは当然なのかもしれないな」
「うん、そう思うよ」
「よし。それならせっかく来たんだし、何か食べようぜ」
そう言って翔馬は辺りを見回してみる。
付近にはライトバンやワーゲンバスを改造したキッチンカーがズラッと並んでいた。
屋台ではなく移動販売車が並んでいる光景は、なるほどいかにも魔法都市のイベントらしい。
「お、馬車道アイスもあるのか」
二人の目に留まったのは、日本のアイス発祥に携わった『馬車道アイス』の販売車だった。
風花はリンゴやマンゴーの混ぜ込まれたパフェソフトクリームを注文すると、さっそく一口。
「……あ」
そして二人が再び並んだところで、気が付いた。
翔馬は今、左側にいる。さっきまでとは並びが逆だ。
風花も翔馬も利き手は右。翔馬が右手にソフトクリームを持っていたら、この位置取りではどうやっても手はつなげない。
かと言ってさすがにもう一度、それも今度は立ち位置を入れ替えてまで手をつなぐというのは、さすがに気が引けてしまう。
「……せっかく、がんばったのに」
失敗に気づいた風花は、そうつぶやいた。
失意のまま一つため息をつき、再びソフトクリームに口をつける。
さっきまで間違いなく美味しかったはずのアイスまで、なんだか急に物足りないものになってしまっていた。
意気消沈する風花。すると。
「……あ」
その左手に、暖かな感触を覚える。
見れば空いた方の手を、そっと翔馬が握っていた。
視線をあげる風花。翔馬はソフトクリームを左手に持ち替えていた。
一瞬にして、風花は笑顔を取り戻す。そして――。
「ありがと」
それはもう、うれしそうに翔馬へと微笑みかけた。
風花らしい真っすぐで素直な表情に、翔馬もつられて口元を緩めてしまう。
「ああーっ!」
するとそんな安心感からか、風花は一つのアトラクションを見つけて一瞬でその目を輝かせた。
「見て見て! 射的やってるよ!」
少年のような笑顔でそう言うと、そのまま翔馬の手を引いて走り出す。
「おっ、おい、落ちる、アイスが落ちるって!」
こうして駆け出した二人がたどり着いた先には確かに、射的のアトラクションが配置されていた。
だがそこはやはり魔法都市。夏祭りなどで見る射的とは趣が違う。使用する銃は雰囲気のあるマスケット銃であり、景品は魔法アイテムだ。
見ればそこには『動物集めホイッスル』や『figmax』といった魔法玩具や、『死んだふり錠』や『声変わりキャンディ』のような子供向け魔法薬が並んでいる。
その魔法都市ならでは景品の並びに、すでに付近にはたくさんの観光客や子供たちが集まっていた。
思うように景品を取ることができないのか、「惜しい!」「もう一回だ!」と声をあげ、かなり熱くなっている。どうやらかなり繁盛しているようだ。
そして景品が魔法アイテムなだけあって、料金も一回千円とかなり割高。その上、直接魔法をぶつけて景品を落とすのも禁止になっている。仮に魔法を用いるにしても、あくまでマスケット銃とコルクの弾丸を使ったうえで落とさなくてはならない。
この辺りの駆け引きも、なんとも魔法都市らしい。
「……なるほど、目玉商品は『無限水銃』か」
それは水を補充することなく、いくらでも撃ち続けることのできる水鉄砲。
玩具の延長のようなものゆえにランクはEだが、作りは本物のアンティーク銃さながらの高級品。さらにそれが『魔法アイテム』となればもう、ワクワクしないはずがない。
「翔馬くん、やっていこうよ!」
さっそく風花が声をあげた。
「お、自信ありげだな」
「もちろんっ。こういうのは大好きだからね!」
「なるほど、でも射的なら俺も負けないぞ。どうだ、ここは一つ勝負してみるか?」
「いいよ。翔馬くんが勝ったらどうするの?」
「よし、風花には『まつり君』として一日過ごしてもらおう」
「えっ」
まさかの内容に思わず硬直。しかし風花も、負けじと反撃に出る。
「そういうことなら、わたしが勝ったら翔馬くんには女装してもらって、女の子として登校してもらおうかな」
「なっ!? ……制服の寸法を測っておかないと」
「やる気なの!?」
「やらねえよ! そもそも負けないしな」
不敵な笑みを浮かべたまま、視線をぶつけあう二人。
すると射的屋の店主が、ニヤニヤしながら近寄ってきた。
「一ゲーム四発だ。やるんならしっかり盛り上げてくれよな」
「翔馬君っ、わたしが先行でいいかなっ?」
そう言いながらすでに店主から銃を受け取っている風花は、さっそく足を開き半身の姿勢を取る。どう見てもカッコよさ重視の構え方だ。
……風花、浮かれ過ぎて『まつり君』が顔を出してるぞ。
一発目。風花はゆっくり照準を合わせると、慎重に引き金を引く。
パン! と小気味いい発砲音の後、観客たちが「おおっ」を声を上げる。
放たれたコルクの弾丸は、いきなり無限水銃の入った箱をかすめていた。
「風花、結構やるな……」
そして二発目。わずかに銃口の位置を修正した風花が、再びトリガーを引く。
「おおおおっ!」
命中。箱が後方へ傾ぎ、観客たちがそろって感嘆する。
しかし、倒れない。
「可愛いねーちゃん! もうそいつにかなりの額が飲まれてんだ! 俺たちの無念を晴らしてくれ!」
観客の一人が思わず懇願の声を上げる。
そんな期待を乗せて放たれた三発目はしかし、箱をグラつかせるにとどまった。
聞こえてくるため息。そしていよいよ四発目。
「これで……最後」
風花は大きく息を吸って、意識を集中する。
その顔にかすかにのぞく鋭さに、観客たちも息を飲む。
緊張の中、放たれる銃弾――――命中!
それは見事箱のド真ん中に直撃した。
「いけっ! いっちまえ!」「落ちろ!」「落ちてくれー!」
不思議な熱と緊張感の中、叫ぶ観客たち。
大きく揺れる無限水銃の箱に、熱い視線が注がれる。
だが、やはりあと一歩。倒すまでには至らない。
「あーもうっ、悔しいなあ」
そう言って残念そうに銃を置く風花に、荒稼ぎ中の店主は大げさに首を振る。
「あーあー、残念だったなぁお嬢ちゃん。せっかくの祭なんだからさぁ、パーッと景気よくコイツを持って行ってくれよォ」
煽るようにそう言うと、無限水銃の箱をポンポンと叩いてみせた。
「次は翔馬君の番だよ」
「よし、見てろよ」
「いいねいいねぇ。可愛い彼女のカタキは彼氏が取らないとなぁ」
ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべる店主に代金を支払うと、翔馬は静かにマスケット銃を構えた。
もちろん狙いは無限水銃だ。
風花の健闘が実らなかった時点で、観客たちは諦めの色を見せ始めている。
でも、勝算はある。
翔馬は魔術をそっと発動する。ここで使うのは『感覚先鋭(コンセントレート)』だ。
翔馬の感覚先鋭は、身体を置き去りにしてしまう欠陥魔術。
しかしこういう制止した状況でゆっくりと照準を合わせるだけなら、有用だ。
狙いを定めた翔馬は、ゆっくりと引き金を引く。
パン! という破裂音のあとに、マスケット銃から放たれたコルクの弾丸は一直線に飛翔。無限水銃を収めた箱の左端に直撃した。
しかし、やはり箱は倒れない。
続けてもう一発。一回目で感覚をつかんだ翔馬の放った弾丸は、箱の中央最上段に直撃。
諦めかけた観客たちが、再びざわめく。
「っ!」
無限水銃の箱は確かにグラついた。だが惜しくも倒すにはいたらない。
「いやぁ、今のは惜しかったねぇ」
店主は変わらず、ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべている。
「……風花、ちょっといいか?」
それを見た翔馬は、銃を下して一つ息をついた。
そして風花に耳打ちを始める。
「コルクが当たった時の傾き、揺れ方がおかしい」
「どういうこと?」
「多分、細工がしてある」
「細工?」
「薄暗いせいでよく見えないけど、接着系の魔術か魔法薬が使われてるんだと思う」
「それって……」
「そういうことだな。高い料金を取るだけ取って、アイテムは渡さないつもりだ」
「……ひどい!」
翔馬の『感覚先鋭』は、このゲームの不自然さを確かに捉えていた。
先客たちが熱くなっていたのは、この倒れそうで倒れない反則的な仕掛けと、つぎ込まれていく金額の上昇によるものだったのだ。
こんなことを大人子供関係なくやっているとなると、なかなかにえげつない。
「どうするの?」
「風花の力を貸してほしい」
「でも、風の魔法を使ったらバレちゃうよ?」
「いや、念動力で頼む。コルクの軌道や速度が変わったら魔法だって分かるだろうけど、当たる瞬間に念動力で押し込んでやれば……」
「……なるほど」
「どうかな。かなり難しいとは思うけど」
「分かった、やってみるよ」
「よし、それならここからは――――共同戦線だ」
「勝負は持ち越しだね」
「そうだな……よし、射的の決着は夏祭りの時にでも着けようぜ」
「うんっ!」
「――よし、行くぞ」
残弾はあと二発。
翔馬は感覚先鋭を発動し、ゆっくりと狙いを定めていく。
「翔馬くん、がんばって」
すると風花は、そう言って翔馬の左腕に抱き着いた。
そして風花も同様に、意識を集中する。
一発目――パン! 念動力に押されたコルクの弾丸が、無限水銃の入った箱を打ち抜いた。
今までにないほどに強く、大きく箱が傾ぐ。
――どうだ!? いったか!?
その場にいた全員が息を飲む。だがしかし、それも箱を倒すにはわずかに届かない。
観客たちから大きなため息が漏れる。
「な、なんか銃の調子がおかしいみたいだな!」
すると予想外の傾き方に、明らかに店主が慌て始めた。
「きょ、今日はもうここまでだ!」
そう言って強引に中止を呼び掛ける。しかし翔馬は、静かに首を振る。
「いや、まだあと一発ある。せめてここまでやってから……ですよね?」
翔馬の言葉に、見物客たちも「そうだそうだ!」と声を荒げる。
こうなってしまってはもう、店主も覚悟を決めるしかない。
次が最後の一発。これでダメなら、店主は再挑戦させないようここで店を閉めるだろう。
自然と辺りは緊張に静まり返る。
翔馬は感覚先鋭を発動し、息を止める。風花も再び翔馬の腕をギュッとつかんだ。
意識を集中し、風花がタイミングを取りやすいようゆっくりと引き金を引いていく。
わずかな空白、その後。
パンッ! 上がる発砲音。
コルクの弾丸は計算通り一直線に無限水銃へと向かい、再び箱の上段に直撃。
会場中の視線を奪い去る。
「おお……!」
箱はこれまでにないほど大きく傾き、観客の声が上がった。
しかし、まさにそのまま倒れるか否かというところで、その動きが――止まる。
「おおおお……!?」
再び上がる観客たちの声。翔馬が、風花が、店主が同時に息を飲む。
「行けっ! 行ってくれっ!」
叫ぶ翔馬。
するとまるでその声に押されるかのように箱はゆっくりと後方へと倒れていき――。
そのまま棚から落っこちた。
「「「おおおおおおおおおお――――――――っ!!」」」
わきあがる歓声。あり得ない事態に店主はガックリとヒザを突く。
翔馬と風花は互いを見合わせると、そっと笑みを浮かべて一度うなずき合った。
景品を受け取ると再び手をつなぎ、「すごいすごい」とわき立つ観客たちの間を抜けて行く。
そして射的店が見えなくなった頃、二人は向かい合って――。
「いよーっし!」「やったあ!」
パチーン! と、子供のような笑顔でハイタッチを決めて見せた。
「翔馬くんすごいよっ! よくあんな悪だくみを見破れたね!」
目を輝かせながら言う風花。
「いやいやすごかったのは風花だよ! あんな芸当、そうそうできるものじゃないぞ!」
翔馬のテンションも上がりまくりだ。
「どうやったらあんなに正確な魔術が使えるようになるんだ?」
そう興奮気味にたずねると、風花は不意に目を細めた。そして。
「――――いっぱい、練習したから」
そう言って笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます