第73話 横濱開港祭.6
臨港パーク内を一通り歩き終えた翔馬と風花は、海沿いのベンチに腰を下ろした。
視線を上げると、海を挟んだ先には横濱の象徴であるベイブリッジと、古城にも似た英立魔法機関の東洋本部が見える。
そこは風花まつりが、もう一度戻りたいと願う場所。
自然と、二人の間に生まれる静寂。
切り出したのは、風花からだった。
「そろそろ、明日の夜の話をしておこうと思うんだ」
その言葉に、翔馬の顔つきが変わる。
「いよいよなんだな。開港祭……最終日」
二人の中では、最終日と言えば裏中華街進攻のこと以外にない。
「うん、吸血鬼の潜伏先は裏中華街で間違いないと思う」
「やっぱり、俺たちも裏中華街に潜り込む形になるのか」
ノドを鳴らす翔馬に、風花は「でもね」と前置きする。
「裏中華街は広いし迷宮化してるから、闇雲に動いてもムダ足になっちゃうと思うんだ」
「それならどうやって吸血鬼を見つけるんだ?」
「集めた情報だと、機関の中ではもうある程度範囲をしぼってるみたいなんだよ」
「そうなのか。詳しい情報はつかめた?」
翔馬がたずねると、風花は申し訳なさそうに首を振った。
「ごめんね。動けるだけ動き回ってみたんだけど、ダメだった」
「……そっか」
「本当に、機関には嫌われちゃったみたい……」
そう言って笑う風花の表情には、明らかな影がある。
やっぱり本来仲間であるはずの機関員に冷たく当たられるのは、こたえるんだろう。
「機関も裏中華街とは長年に渡って小競り合いを続けてるから、中警……中華街警備部は裏道とか隠し通路にある程度詳しいはずなんだ」
「なるほど」
「だからその範囲を調べた上でヤマを張る形になるのかな。当日はわたしが早く出て、付近にどういう形で機関員を配置しているか確認しようと思う」
「その位置取り、動きから吸血鬼の居場所に当たりをつけるわけだ」
「そういうことだね」
仮に吸血鬼が裏中華街から逃げ出したとしても、要所にしっかりと機関員を配置しておくことで、どこからでも追い詰められるような形になっているはずだと風花は推測していた。
しかも開港祭から警備を引き継ぐことで、その範囲は魔法都市全域に渡っているはずだ。
それはもはや、対吸血鬼用の大包囲網と言っていい。
「機関と俺たち、どっちが先に吸血鬼にたどり着くかの勝負になるわけだ」
こくり。と、風花はうなずくことで応える。
「だから翔馬くんは、今の時点で予想できる潜伏範囲から一番近い空地、正確には建物の隙間なんだけど、そこで待っていて欲しいんだ。わたしは動きを確認してから向かうから」
「そこで合流か、分かった」
「気をつけてね。夜の裏中華街を動き回るわけだから、機関員に見つかったらまず間違いなく捕まっちゃうと思う」
「ひぎっ」
白目をむく翔馬。
「そうか、でもそうだよな」
それでなくても裏中華街は進入禁止区域なんだ。大掛かりな作戦中に、危険地帯をウロついているヤツなんて見つけたら放っておかないだろう。
「機関員たちの目をかいくぐって、見つからないようにしなきゃいけないんだな」
五十嵐レオンと戦った時とは、状況が違う。
一度捕まってしまったらもう、風花との合流は不可能だ。
それどころか、もし取り調べでもされるようなことになれば、俺が封印解除者であることがバレてしまう可能性が高い。
そうなれば当然、ここまで俺を助け、匿っていてくれた共犯者である風花も、責任を追及されるに違いない。
それは機関からの信用を回復して祖父の無罪を証明するという、風花の目標が永久に潰えてしまうということだ。
「作戦の最初の要点は合流だから、待ち合わせ場所にたどり着くことが大事なんだよ」
「俺はとにかく、機関に捕まらないことだな」
「うん、そうなるね」
「それで明日、俺はどこに向かえばいいんだ?」
翔馬がたずねると、風花は一枚の紙片を差し出した。
「……これ、裏中華街の地図か」
魔法都市の地図に、完成品はない。
それはその土地柄ゆえ、設置アイテムでしか行くことのできない場所が多いためだ。
地図にない建物や道なんかは今でも稀に見つかるし、中でもグリムフォード学院内と裏中華街は、未だにその半分もマッピングできていないのではないかと言われている。
受け取った風花の地図には、裏中華街の一角と目的地、そしてそこに至るために通過しなくてはならない設置型アイテムの起動方法が記されていた。
「狙いは、先手で必勝だね」
場所が裏中華街なら、付近には機関員が詰めかけている。
それなら先手を取る形で一気に吸血鬼を叩いて、風花がその場で機関に突き出すのがベストだろう。
「そうなるとこの作戦の目的は、機関より先に吸血鬼を見つけて――」
視線を向ける翔馬に、風花はうなずくことで応える。
「「――倒すこと」」
二人の声が重なった。やるべきことは、とてもシンプルだ。
「あとね、一つ気になることがあるんだ」
「気になること?」
「明日はね、満月なんだよ」
「待てよ、それって確か」
風花の言葉に、翔馬はすぐに幻想図書館でのことを思い出した。
「満月の夜は、吸血鬼の魔力が高まるって書いてあったよな……」
「うん。封印されてる状態でも関係あるのかは分からないけど、一応気をつけた方がいいかなと思って」
「分かった。相手の魔力が変化するかもしれないのであれば、なおさら二人そろって戦うことが重要になってくるな」
風花は神妙な面持ちでうなずく。
「ここ数日わたしは戦うことがなかったから、ある程度魔封宝石に魔力を込めることもできたし、今度は戦力になれると思う」
「あとはお互い、裏中華街で迷わないことだな」
「うん。絶対に――――二人で」
こうして機関の裏中華街進攻のさらにその裏で動く、二人の作戦が決まった。
状況は厳しいが、やるしかない。
「……ねえ、翔馬くん」
話が一段落すると、風花はあらためて翔馬に声をかけた。
「翔馬くんのお祖父さんって、どんな人なの?」
「ええと、そうだなぁ……祖母との出会いはナンパから助けたことだって言ってた」
「そうなんだ」
「男たちに執拗にお茶しようって言われて困ってるところに割って入って、それ以上しつこくするなら、俺が相手になってやるって」
「かっこいいね」
「それでそのまま、その男たちとお茶しに行ったんだよ」
「……相手になるってお茶の相手なの!?」
「らしいよ」
「それ絶対翔馬くんのお祖父さんだ!」
「え? そう?」
風花は「だって普通はそうならないよ」と驚きと笑いの混じった顔をした。
「風花のところは、どうだった?」
翔馬がたずねると、ゆっくりと思い出を振り返るように目を細める。
そして、わずかな空白の後。
「……うちはね」
ゆっくりと語り始める。機関員だった、祖父の話を。
「名前は、風花竜介っていうんだ。いつも魔術の練習を見てもらってたんだよ。夏休みなんて朝から晩までクタクタになるまで夢中で練習して……」
風花はそう言って緑色の魔封宝石を一つ、その手に取った。
「この魔封宝石を念動力で動かしたのが、わたしの魔術士としての始まりなんだ。うれしかったなぁ。あの時は」
昔を懐かしむように、その目を細める。
「忙しい人で、いつも誰かを助けるためにって飛び回ってたんだよ。だからね、絶対に悪いことをするような人じゃないんだ。それだけはね、間違いなくて……」
それは、風花まつりの戦いの根底にあるもの。
そして一番近くにいた家族だからこそ、確信できること。
「今の家。あの工房兼住宅をそのまま借りることにしたのも、そのためなんだ」
「拠点にして、竜介さんの無実を証明するために?」
風花はそっとうなずいた。
「両親には学院に通いやすいからって言ってあるんだけどね。わたしは、どうしても無実を証明したいんだ……だから」
風花は視線を上げる。
その目には、切実な思いが宿っていた。
「一緒に、戦って欲しいです」
「もちろん。そもそも俺は風花がいなかったら、こうしていないんだから」
学院地下で吸血鬼に襲われていた俺を助け、冷たく当たる機関に頭を下げてまでアイテムを用意してくれた。俺が今戦えるのは、風花のおかげなんだ。
そのことを、忘れたことなんてない。
「それに状況は切迫してきてる。機関が本気で動き出して、形はどうあれ五十嵐レオンやクラリスのような吸血鬼対策室のメンバーに目をつけられてしまった。だからもう、吸血鬼問題はここで解決するべきだ」
そうなれば、吸血鬼との直接対決は避けられないだろう。
「大さん橋の時は追い返すのがやっとだった。でも、風花と一緒なら……勝てる」
「うん。勝とう、二人で」
風花は強くうなずいて、さらに――。
「……今度は、必ず行くから」
そう続けた。対して翔馬は、強く拳を握る。
「吸血鬼を倒して――――全てを終わらせるんだ」
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