第61話 裏中華街と機関の猛犬.8

 静かな宣誓と、弾ける粒子。

 そしてその踏み込みは、雷光。

 左の拳打を、レオンはどうにかスレスレのところで防御に成功する。しかし続く右フックから左ストレートへのコンビネーションには為す術もなく、二発ともキレイに突き刺さった。


「な、ガッ!?」


 レオンはその早さに驚愕する。

 しかし翔馬の速度は、驚く時間すら与えない。

 続く左のミドルキックから右のハイキックには、防御すら間に合わなかった。

 叩き込まれる連続攻撃にレオンは驚愕する。

 バケモノかコイツは、と。

 これだけ早さを誇りながらもその威力はすさまじく、もうほとんど付いて行けていない。

 何より、痛みもさっきまでの比ではない。


「……だが、だがなァ、九条ッ!」


 レオンは確信する。


「それでも、意識がトぶほどじゃねえッ!!」


 これなら『愚者は死んでも止まらない』の効果は超えられない!!

 そう、ゲッシュとレッドブルー・バーストの合わせ技『愚者は死んでも止まらない』の耐久力を押し切るには、『宵闇に瞬く閃光』のコンビネーションでもなお、届かない。


「どうしたァ! そんなんじゃ足りねえぞォォォォォォォォ――――ッ!!」


 レオンが吠える。

 しかし翔馬はただ、静かに告げる。


「……それなら今度は、俺が切り札を使う番だ」

「上等だァァァァッ!! 来やがれ九条ォォォォォォォォ――――ッ!!」


 翔馬は踏み込み、右左の拳打を繰り出した。

 直後にレオンはカウンター狙いの右拳を大きく振り回すが、もはや翔馬にとっては避けてくれと言っているようなものだった。


「最後まで、耐えて見せろよ」


 前方へのスウェーでさらにもう一歩踏み出すと、翔馬は右手で魔封宝石をつかみ取る。


「行くぞおおおおおおおおおお――――――――ッ!!」

「オレは負けねえッ!! テメーじゃオレは倒せねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 それは、まぎれもない事実。

『宵闇に瞬く閃光』の連続攻撃ですら、『愚者』の効果を打ち破るには届かない。

 そして風花が再び風の魔力をタメてくれた魔封宝石も、一撃必殺にはなり得ない。

 一人魔法都市を歩き回っていた数カ月間に貯めていた魔力を全て放出し、吸血鬼を一撃で消し飛ばした時と比べれば、その魔力は明らかに僅少。

 風をぶつけることで勝利するのは不可能だ。

 よってこの戦いにおいて、魔封宝石開放は決定打には成り得ない。


 だがしかし。風は――――吹き始める。

 翔馬の右拳はそのままレオンの腹部にヒットする。

 魔封宝石がその魔力を開放する。

 翔馬の左拳が続けてレオンの腹部にヒットする。

 魔封宝石が風の魔力を開放する。

 翔馬の右拳が今度はレオンの脇腹を捉える。

『逆風』はさらに吹き続け、レオンを『流れ』に巻き込んでいく。

 そして翔馬は確信した――――いける。


「なんだ、これは……っ」


 レオンはようやくここで気づく。

『宵闇に瞬く閃光』による攻撃を、一発受けるごとに起きるヒットバック。

 しかし背後には一撃ごとに吹きつける風の壁がある。

 レオンはもう、一歩も下がることができなかった。

 それは緑色に輝く風の障壁。

 押し戻され、引き寄せられ、身動きを取らせず、また翔馬の前へと引き戻す。

 次に放たれる打撃を受けるのに、絶好の場所へと。

 打撃ごとにレオンを受け止め閉じ込める風の檻。

 翔馬は『感覚』を研ぎ澄ませる。

 そう、これこそが翔馬の切り札。魔封宝石開放の新戦術。


「どうなって……やがるッ!?」


 レオンは衝撃に目を見開く。

 魔封宝石解放をこれだけ繊細に使う魔術士なんて、未だかつて見たことがない。


「どんだけの魔法感をしてれば、そんなことが――――ッ!!」


 そして留まることのない翔馬の連続攻撃に、ついにレオンの足が地を離れた。


「……ここからが」


 しかしこれではまだ足りない。

 翔馬はさらに速度を上げ、大きく踏み込んでいく!


「全力だああああああああああああ――――――――ッ!!」


 翔馬はさらにギアを上げ、右拳、左拳、右のハイキックから左の回し蹴り。さらに右、左、右のボディから右のフックにつなぎ、ミドルキックから後ろ回し蹴り。風壁に戻されたところにさらに右、左の拳を打ち込み肘打ち、前蹴りからのハイキックによって押し返されたところへ空中回転蹴り、着地するや否や右ストレートから左アッパー、右フック、左ボディブローそして左ミドルキックと、怒涛の連続技を叩き込む。

 しかしまだ、それでも翔馬は止まらない。

 むしろその挙動は加速していく。


「まだまだああああああああああ――――――――ッ!!」


 右、左、右、左と続いた拳撃は、その勢いを、早さをさらに上げ、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左、右、左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左右左――――――――――――ッ!!


 乱れ飛ぶ無数の粒子。吹きつける烈風。

 負傷した左腕の痛みをこらえて放つ連続攻撃は、まさに乱舞。

 それは永遠に続くのではないかと感じられるほどに苛烈。

 しかし。やがて魔封宝石に込められた魔力は尽きていく。


「これで……」


 そして風が弱り始め、風渦が消えようとしたまさにその瞬間。

 翔馬は渾身の踏み込みと共に、大きく腰を後方へと回転させる。


「終わりだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」


 決め手は、全力を乗せた右ストレート。

 すべてを乗せた必殺の一撃が、容赦なくレオンを捉える。

 直撃。

 多量の粒子がド派手に弾け飛ぶ。


「ぐっああああああああああああああ――――――――ッ!!」


 その一撃によってレオンは十メートルほど地面を跳ねるように転がり、倒れこんだ。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 一連の攻撃を終え、肩で息をする翔馬。

 ガントレットから光が消え、『宵闇に瞬く閃光』の効果が解かれる。

 魔封宝石に込められた魔力もその全てを失い、高ぶりすぎた熱を冷ますような優しい風を最後に残して消えていった。

 翔馬はこれで魔力、魔封宝石と持てる全てを使い果たした。

 気がつけば再び、静寂が裏中華街を静寂が支配している。

 この一戦は間違いなく、どの観客にとっても過去最高レベルの戦いだった。

 誰もが息をすることすら忘れたままでいる。しかし……やがて。


「……すげえ」「機関の猛犬相手にカッコよすぎだろ」「何者なんだアイツは!」


 感嘆と、賞賛と、驚きと、全ての入り混じった声が上がり始める。中には無言のまま、ただ強く拍手することで賛辞を送る者もいた。

 そんな中――。


「……まだだ」


 その声は観客たちの視線を一斉に奪い取る。再び訪れる無音の時間。

 五十嵐レオンは、ゆらりと、まるでゾンビのように立ち上がり――。


「……ま、だ、負け……て」


 そしてそこまで言ったところで――――崩れ落ちた。


「お、おお……」「おおおおおお……」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――ッ!!」


 裏中華街に歓声が鳴り響く。

 誰もがその興奮と熱狂を、声に、拍手に、振り上げた拳に乗せる。

 気がつけばそこには、博徒だけでなく噂を聞きつけた裏中華街の住人たちまでが集まってきて歓喜の叫び声を上げていた。


「……おい」


 そんな中で、この場からこそこそと逃げ出そうとする者たちがいた。

 翔馬は二人の機関員を呼び止める。


「アリーシャさんはどこだ」

「知らねえよ! とりあえずここには連れて来てねえ!」


 ガラの悪い機関員が悲鳴にも似た声を上げる。


「約束は、守れよ」

「わ、わかってる!」

「アリーシャさんになにかあったら、お前らは大岡川に沈める」


 翔馬がそう告げると、ニヤけ顔だった機関員は慌てて狼煙代わりの魔法を上空に放ってアリーシャの開放を合図する。そして「こ、これでいいんだろ!」とだけ言い残すと、ガラの悪い機関員と共にレオンを担いで逃げ去っていった。

 翔馬はようやく息をつく。

 観客たちはそんな姿を見てさらに拍手喝采を浴びせた。普段から機関員に不当な扱いを受けている異種や魔術士たちにとっては、これ以上ない最高の展開だった。


「握手してくれ!」「奢らせてくれ!」「胴上げだ! 胴上げ!」「それだ!」

「胴上げは、さすがにやりすぎだよ」


 こうして裏中華街の住人たちは完全に意気が上がってしまい、戦いの勝者を取り囲んでその戦いぶりを賞賛し始めるが、翔馬はそれに笑ってみせるだけだった。そして。


「それにもう、行かないと」


 そう言って未だ歓声の鳴り止まない裏中華街を、駆け足で離れていくのだった。

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