第60話 裏中華街と機関の猛犬.7
レオンは忌々しげに「チッ」と舌打ちをする。
「まあまあやれんじゃねーか。だが、思ってたほどじゃねえ」
「ああ、本当だな。思ってたほどじゃない」
二人は言い合って、再びにらみ合う。
「……にしてもなんだ、このバカウゼえコールは」
レオンの表情には、明らかにイラ立ちが含まれていた。
戦いが始まる前は、誰もがレオンの圧勝を予想していた。
そのため、このまま翔馬が押し切れば観客たちは賭けに負けることになる。
しかしもうそれ以上に、負け知らずの機関員を打ち倒す九条翔馬を望んでいるのだ。
それだけの強さを、それだけの凄さを翔馬は見せつけた。
もはや観客たちは、この無名の学院生に魅了されていた。
そんな裏中華街の異様な状況を見て、レオンはツバを吐き捨てる。
「この戦いの勝敗は、どんな形であれ最後まで立っていた方の勝ち。倒れたヤツが負け犬だ」
そんな今さらの確認に、翔馬は眉をひそめる。
「お前ら、アレをよこせ」
するとレオンは、連れの機関員二人にそう指示を出した。
「あ、あれって、……あれ、ですか?」
ガラの悪い方がたずねる。
「ああ、アレだ」
「な、何本ですか?」
「……二本だ」
そう告げるとガラの悪い方の機関員は、どこかで見たようなパッケージの缶を取り出し、レオンのもとへと駆け寄っていく。
レオンは缶を受け取るとプルタブを開き、一缶分を一気に飲み干した。
「こいつはごく一時期だけ販売されていたエナジードリンク『レッドブルー・バースト』。魔法薬の一つで効果は覚醒」
そう言って一つ息をつくと――。
「だが店頭からはすぐにその姿を消しちまった。強すぎやがったんだ、覚醒効果が。副作用で倒れるヤツが続出して、生産はかなりの制限を受けた。ただ……」
レオンは続けて二缶目に手をつける。
「オレは耐性がバカみてーに強かった。コイツの恩恵をそのまま受けられるくれえにはな」
そう言ってレオンは飲み終えた二つの空き缶を、連れの二人に向けて放り投げた。
「そしてもう一つ。オレにはゲッシュの素養があった」
ゲッシュとは『呪術』の一つ。
それは魔力によって自らに負荷や制約を課すことで、恩恵となる効果を受けるというもの。
大きな特徴として、呪いゆえに単体でなにかをなすことはできないが、魔術としてカウントされないという特性を持つ。そのため呪いがかかった状態でも、魔術の行使自体は可能となる。
「制約は指定の相手のみを追い続けること、気を失わねえこと、そして負荷は……痛覚三倍」
「……痛覚、三倍?」
その奇妙な条件に、翔馬は驚く。
「その代わりに、傷つけることも止めることもできねえ無敵の鎧を着た状態になる」
そう言ってレオンは、後ろポケットに突っ込んでいた革手袋を取り出した。
魔封レザーグローブ。
それは甲や指先の部分に魔封宝石を埋め込んだDランクアイテム。
レオンが右手にグローブを装着すると、それを見計らっていたかのように魔法薬レッドブルー・バーストがその効果を発揮し始めた。
「ハアアアアアアアアアアアア――――――――ッ」
体内で炎が燃え上がっていくような感覚に、熱い吐息が漏れる。
感じる強烈な覚醒。その鋭い目にさらに力が宿っていく。
「……どうしてこんな説明をわざわざしたか分かるかァ?」
レオンは狂気をその眼光に宿らせ、獣のような笑みを浮かべていた。
「ビビるテメーの顔が見てーからだ」
ぞわりと、翔馬の背筋を嫌な予感が駆け登る。
そして――――。
「さあ行くぞ…………怯えろ、震えろ、泣きわめけ――」
五十嵐レオンはその目に獲物を、九条翔馬を捉える。
「――――愚者は死んでも止まらない(ザ・フール・マストダイ)」
魔法が、発動する。
レオンは翔馬へと向かって猛然と駆け出した。
獣のような急接近から、グローブを装着した右腕を振るう。
しかし翔馬はその大振りの一撃をかわし、反撃に出た。
左右の拳打からのハイキックというコンビネーションを、全段レオンに叩き込む。
感じる確かな手応え――――しかし。
ノーガード!?
まさかの展開に翔馬は目を見開いた。
レオンは回避どころか防御すらしようとしなかった。
いや、それどころかまるでダメージを受けているように見えない!
痛覚が三倍になってるんじゃないのか!?
思わぬ状況に翔馬は思考を走らせる。
……いや、待て。
そうか。魔法薬レッドブルー・バーストの効果は、強烈な覚醒。
一本でも副作用が問題になるような魔法薬を、レオンは一気に二本も飲み干した。
痛覚が三倍でも気を失わない理由はそれか!
ゲッシュと魔法薬の効果を巧妙に組み合わせた『魔法』に、翔馬は驚愕を隠せない。
「そうだその顔だァァァ――ッ!! そいつが見てえんだよォォォォ――――ッ!!」
狂ったような笑い声をあげるレオン。
翔馬は鋭い踏み込みから、再び流れるような連打を決める。
そして放った攻撃は全て、余すことなくレオンに叩きこまれた。
しかし、引かない。
しかし、恐れない。
しかし、止まらない。
どれだけ連打を決めようが、まるで痛みなんか最初から知らないみたいに、五十嵐レオンは狂犬のような勢いで食らいついてくる。
「ビビれ! もっとビビれ! ビビリ狂いやがれェェェェェェェェ――――ッ!!」
「くっ、鬱陶しいッ!」
翔馬はさらに激しくコンビネーションを叩き込む。しかしレオンは倒れないどころか、のけぞることすらない。ただただ真っ直ぐに突き進んでくる。
なんて、なんて薄気味悪い魔法なんだッ!
グローブを着けたレオンの右腕が肩口をかすめる。
叩いても叩いてもとどまることを知らないその侵攻に、翔馬は追いつめられていく。
その恐ろしいまでの愚直さに戸惑いを、そして恐れを隠せない。
「どけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!!」
そしてついに翔馬は、迫り来るレオンの攻撃にカウンターを仕掛ける形で全力のハイキックを放った。
強烈な回転と強引なまでの体重移動によって振り抜かれる一撃は、まさに必殺。
しかしそれは同時に、大きな隙を生んでしまう。
防御を捨てたレオンはその一撃を頭部にもらうもなお、ゆるがない。
特攻。そしてついにその右手が――――翔馬の襟元をつかんだ。
「しまったッ!!」
翔馬は自身の失態を認識する。
レオンはそのバカ力で翔馬を一気に釣り上げると、悪魔のような笑みを浮かべた。
――――そして。
「捕まえたァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」
空気を震わす雄叫び。それは死の宣告。
魔封レザーグローブから漏れる無数の光芒を確認した次の瞬間。
爆音と共に巨大な青い炎が吹き上がった。
轟々と燃え上がる青の爆炎は、一気に夜空を焼いていく。
「まだまだァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」
しかしそれでは終わらない。闇を焼きつくすほどに吹き上がった巨大な炎が消えると、ドーン、ドーンと続けて二度の爆発が起こる。
そしてさらに――。
「トドメだああああああああああああああああ――――――――ッ!!」
まばゆい青の閃光が、裏中華街を焼き尽くした。
巻き起こった大爆発に吹き飛ばされた翔馬は、長い長い滞空の後にようやく背中から地に落ちる。
辺りにはまるで打ち上げ花火の後のように、無数の青い火の粉が降り注いでいた。
グローブに揺らめいていた残り火も、レオンが上げたままでいた手を振り下ろすと共に消え去る。
「…………おい」
そして青い火の粉が舞い散る中、すっかり無言になった観客たちに向けて問う。
「本当に、オレが負けるとでも思ったのかよ」
場は水を打ったかのように静まり返る。直前に響き渡った爆音のせいもあり、耳鳴りが聞こえてくるほどの静けさだった。
あれだけの必殺技だ。勝負はついたと、その場にいたほとんどの者が認識した。
やはり、五十嵐レオンに勝てる者などいないのだ。
観客たちは半ば放心状態で、そんな事実だけを受け入れる。
――――しかし。
「お、おい、あれ」
観客の一人が驚きの声を上げた。裏中華街に再びどよめきが起こる。
その視線の先には、ゆっくりと……立ち上がろうとする翔馬の姿があった。
「な……に?」
これにはレオンも驚かざるをえなかった。どう考えても勝負の決まる一撃だったはずだ。
そう。確かに『あのまま』なら勝負はついていた。
だが翔馬は、首元をつかまれた瞬間に諦めた。
このまま『真夜中の瞬光』だけで戦うことを。
そして切り替えた。固有進化魔術の二重奏へと。制御すらできないほどに圧倒的な能力の向上を見せる『身体能力昇華』は、レオンの切り札にすら耐えてみせたのだった。
「なあ。確か……」
翔馬はもう一度確認する。
すでにガントレットは、激しい駆動音を響かせていた。
「最後まで立っていた方の勝ち。倒れたヤツが負け犬で良かったよな?」
返事はなかった。
「それなら」
今度は翔馬の目が、五十嵐レオンを捉える。
「見せてやるよ――――俺の魔法を」
意識が攻撃へと、切り替わる。
「――――宵闇に瞬く閃光(ライトニング・ノットデッド)」
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