第42話 吸血鬼対策室とグリムフォードの白百合.5
「……あ、あの子は?」
翔馬がたずねる。
なんか、すごく嫌な予感がするんだけど……。
「あの子も、わたくしと同じ機関の一員ですわ」
「やっぱりね!」
「今からそっちに行くよーっ!」
なっ!? ここに来るつもりなのか!?
ていうか、よく見たらあの子もテレビに映ってた三人の一人じゃねーか!!
これ以上機関員が増えるなんて冗談じゃない! 逃げなきゃ、あの子がここに来る前に!
あの場所からだったらここまで七、八分はかかるはず。それだけあれば十分逃げ切れる!
多少強引になってもいい。これ以上機関に関わることだけは避けるんだ!!
「とっ、友達が来るみたいだし、俺はそろそろっ!」
そう言って翔馬が立ち上がろうとすると、あろうことかその子はぴょんと窓枠に飛び乗った。
「え、あの子……なんで窓に?」
不可解な行動に思わず足が止まってしまう。
するとそんな翔馬の視線に応えるかのように、なんと彼女は四階からそのまま――――飛び降りた。
「ええええええええええええ――――――――――ッ!?」
突然の事態に慌てふためく翔馬。
しかしその子は固有進化魔術の証である粒子を散らしながら、空中で見事に一回転。そのまま二人の目前に「しゅたっ」と、見事な着地を決めてみせた。
足に掛かる衝撃は、彼女の履いている黄色と緑が目に鮮やかなDランクアイテム『リフレクトスニーカー隼足』によって全て地面へと返される。
そしてその華麗さに目を取られた、お互いのことを「ツレ」だの「相方」だのと特殊な呼び方をしてイライラさせてくるカップルが、そろって植え込みに突っ込んでいた。
「お待たせっ」
「もう友さん、はしたないですわ」
「にひひー、お昼まだだからお腹へってて」
クラリスは「まったくもう」息をついた。
「それなら仕方ないですわね」
「……ど、どこが!?」
あっけに取られていた翔馬は、どうにかツッコミを入れる。
「そういうことでしたら、ここでお昼飯にされてはいかがですの?」
「えっ!?」
翔馬は思わず息を飲む。
おいおいマジかよッ!? 完全に逃げそびれちゃったじゃないか!
「こちらがついに運命の再会を果たした、九条翔馬さまですわ」
一方クラリスは、なぜかちょっと自慢気に翔馬を紹介し始める。
「おーっ! クララの言ってた男の子、見つかったんだね!」
しかもなんか勝手に色々話をされてるぅぅぅぅ――――ッ!!
こ、これでさらに顔と名前を覚えられてしまった!
「こちらはわたくしと同じチームの新垣友さんですわ」
「そっか、ショーマくんっていうんだね! よろしくなんだ!」
「ヨロシクオネガイシマス」
敬礼と共に元気なあいさつをする友に対して、翔馬は音声ソフト以下の返事をした。
「ねえねえ、ショーマくんはクララの家に遊びに行ったことある? すっごいんだよ!」
「い、いや、ないけど」
「あら、わたくしのハウスの話ですの?」
翔馬は、この場を乗り切るために再び意識を切り替える。
もうこうなってしまったら仕方がない。とにかく、とにかく無難に話を合わせるんだ。
「すごいって、なにが?」
「ええと、ちょっといやらしい話になってしまうのですが……」
そう言うクラリスに、友は首を傾げた。
「……エッチな話をするの?」
「そのいやらしいではありません!!」
クラリスは顔を赤くしながら反論する。
「ええと、わたくしが横浜に来た際に、山手のオールドな邸宅を買い取りましたの」
山手は開国後に外国人の住居が立ち並んだ地域であり、現在は魔法都市を見下ろす高級住宅地になっている。
そんな場所を借りるのではなく買い取っている辺りに、エインズワース家の豊かさが垣間見える。
「クララの家すっごいんだよ! カルピスが濃いの!」
「あ、ああ、そういうところに出るよな。ついケチって薄めにしちゃうんだよ」
「うん! 原液のまま出てくるからねっ!」
「まず病院に行った方がいい」
どうかしてる。舌か頭のどっちかが。
「あっ、それにね、テディベアもたっくさんあるの! 抱きしめて寝ると気持ちいいんだよ」
「ああ、クマのぬいぐるみか。オモチャも家の差が出るよな」
「全部本物のクマだからね!」
「剥製が並んでるの!?」
そんなの怖くて夜眠れないだろ……。
「あっ、でもでも一番すごいのは夜なんだよっ!」
「……なにがすごいんだ?」
「お家のおっきなリビングでね、毎晩パンティーが開かれてるんだよ!」
「なんだそれッ!?」
「パーティです!!」
全力でツッコミを入れたクラリスは、翔馬の方へと慌てて向き直る。
「あ、あの九条さま、違いますの!」
「あはは、大丈夫、分かるよ」
「毎晩ではありませんっ!」
「そこの否定はいらない!」
まったく必要のない訂正に、今度は翔馬がツッコミを入れる。
「大丈夫だよ、ちゃんと伝わってるから」
続けてそう告げると、ようやくクラリスは安堵の息をつく。
友はそんな二人を見て、楽しそうに笑っていた。
「……そう言えば友さん」
「なーに?」
「今日はちゃんとスカートの中にショートパンツをはいてますの?」
パンティーつながりで、クラリスはさっきの大ジャンプのことを思い出していた。
友はスカートのまま建物から建物へと飛び移るような移動をすることが多いのに、その辺りを気にしない。そのため周りがなにかと気にかけることが多いのだ。
「あれ、どうだったかな?」
着替えた時のことを思い出そうとしているのか、友は「うーん」と考える。
冬でもほとんど足首まで丸出しにしている脚は、今日もばっちり健康的だ。
「もう、毎回注意してますわよ」
「ちょっと待って、今確かめてみる」
そう言って友は制服のスカートの裾をつかむ。
そしてなんとそのまま――。
ペロンとスカートを持ち上げてみせた。
「ぶふうううううううううううううううう――――ッ!!」
「ぶふうですわああああああああああああ――――ッ!!」
翔馬とクラリスが盛大に吹き出した紅茶が、霧となって宙を舞う。
「あ、パンツも忘れてた」
ショートパンツどころではない。
友はそもそも『なにもはいてなかった』ことを確認して「てへっ」と舌を出した。
「な、な、な、なにもはいてないってどういうことですの!?」
「にひひー、なんか冷えると思ったら。結構あるんだよ」
「結構あるじゃありません! ……もう、しかたありませんわね」
「貸してくれるの?」
「貸すわけないでしょう!!」
そう言うとクラリスは、ため息をつきながら立ち上がった。
それから名残惜しそうに少し、悩んだ後。
「せっかくお会いできましたのに……ゆっくりできなくて残念ですが、友さんをこんなはしたない格好のままでいさせるわけにはいきませんので。下着を買いに行こうと思います」
「うん! 買ったらさっそく明日からはくよ!」
「すぐにはくんです!」
「明日のお仕事にはいて行こうと思ったんだけどなー」
――それは、何気ない一言。
しかし翔馬は思わずハッとした。
吸血鬼対策室の仕事が、明日ある?
「あら、それでしたら明日は別行動ですのね」
「そうみたいだね。なんか上から指名されたメンバーで中華街の調査をするんだって」
……やっぱりそうだ。
明日中華街で、吸血鬼対策室の仕事がある。
「さあ友さん、行きますわよ。今日はいた分トゥモローにはき忘れるとかやめてくださいね」
友にそう忠告したクラリスは、くるりと華麗に振り返る。
「今日はこうしてデスティニーの再会を果たすことが出来てよかったですわ」
そう言って笑みを浮かべながら「それと」と言葉を続ける。
「わたくしのことはお気軽にクラリスとお呼びください」
「…………クラリス」
「はいっ」
翔馬が口元を引きつらせながらそう呼ぶと、うれしそうに笑う。
「それでは九条さま、今日のところは失礼いたします」
そして美しい所作で頭を下げると、「バイバイなんだ!」と手を振る友と一緒に去っていった。
翔馬はテーブルにぐったりと倒れこむ。
「な、なにがなんだか分からないけど、終わってくれたか……」
そこには空になったティーカップだけが置かれている。
ちなみに全部吹き出してしまったので、一口も飲めていない。
でも、これでとりあえずは一段落だな……。
「……ええ、はい本当です。九条翔馬は今回なんとあの『グリムフォードの白百合』クラリス・エインズワースとイチャイチャお昼ごはん。さらに2800ポイントの罪を重ねました。学院創設以来の重罪レベルに手の震えが止まりません」
「なっ、誰だよお前っ!」
翔馬が振り返ると、どこかへ電話をかけていた一人の男子生徒が怒りに満ちた目を向けた。
それはアンチカップルアンドアベック、通称ACAの団員だった。
「最近急速に『ACA呪術教団』の団員が増えている。お前のお陰でな。さらに『まつり君を見守るお姉さまの会』も動き出した。お経、念仏、レクイエム、今のうちに好きなものを選んでおくといい」
「お、おい、ちょっと待て! お前はなにを言って……っていうか俺は連れて来られただけで別に一緒に昼飯を食べてたわけじゃ……」
しかし団員生徒は、翔馬の弁解には取り合わない。
「しかもあの美しい転校生とも同じクラスとはな。本当に末恐ろしい男だ。一体いつまで……人の形を保っていられるかな」
そして白目をむく翔馬の耳元で「忘れるな、ACAはいつでもお前のそばにいる」と言い残すと、静かにその場を去っていくのだった。
「……もう勘弁してくれよ!!」
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