第40話 吸血鬼対策室とグリムフォードの白百合.3

「俺は九条翔馬。百年前に悪の吸血鬼を封印した魔術士のひ孫で、その封印を解除しちゃった犯人だってことがバレる前に吸血鬼を捕らえないと、命までは取られないけど原形は残らないっていう怖い刑に処されちゃう。そんなどこにでもいる、普通の魔法学院生」


 そこまで言って、白目の翔馬はテーブルを叩いた。


「普通なところが一個もなーいッ!!」


 しかも魔力の封印を解くために、吸血鬼側も俺の血を狙っているわけで……。

 つい先日の大騒動を思い返して、翔馬は深いため息をつく。

 異種や魔術士にさんざん追い回されて、最終的には吸血鬼との壮絶な一騎打ち。

 最強と言われるその力の前に、敗北寸前まで追い詰められた。

 今思い出しても、本当にとんでもない状況だ。


「……顔でも洗って気を取り直そう」


 機関総督の声明をリピートし続けているテレビを消し、洗面所へと向かう。

 機関はついに、吸血鬼事件専門の部署を設立して動き出した。

 もはや予断を許さない状況だ。


「はあ、本当に風花がいてくれて良かった……」


 そんな翔馬を助けてくれたのはなんと、まさにその英立魔法機関の一員だった。

 今では共に吸血鬼打倒のために動く、たった一人の共犯者。

 頼れる相棒のことを思いながら、翔馬は洗面所のドアを開ける。


「「――え?」」


 そこにいたのは、まさにその風花まつりだった……シャワー上がりの。


「あ、れ? 風花が……はっ、裸!?」


 突然の事態に言葉を失い、二人の時間は完全に静止する。

 長く短い空白。風花の黒髪から肩、そしてゆるやかな胸元へとすべっていく一粒の水滴が、そのまま床へと落ちて弾けた。


「わ、わ、わあ――――っ!」


 状況を把握した風花は一気に赤面し、慌てて人差し指を突き出した。

 そして翔馬も、この時点でようやく自身の置かれた状態に気がつく。


「あ、それヤバい! 魔術はヤバいッ!! ヤバいって!!」

「風、爆ぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!」


 しかし翔馬の願いも虚しく、風花の指先から魔術が放たれる。


「うわああああああああああ――――――――ッ!!」


 目前で解き放たれた暴風が炸裂し、翔馬は後方へと吹き飛ばされる。そのまま派手な音を立てながら廊下を転がり、一度バウンドしてリビングの壁へと突っ込んだ。


「え……あ、ああっ!」


 自分のしてしまったことにびっくりした風花は、しばらく呆然とした後――。


「わあーっ! しょ、翔馬くん……大丈夫っ!?」


 冗談みたいな勢いで吹き飛んだ翔馬を心配して、慌てて駆け出した。

 ――心配ゆえに、タオルすら持たないまま。


「お、おい、ちょっと待て! 大丈夫だからそのままの格好で来るなぁぁぁぁッ!」

「……え?」


 翔馬に指摘されて、風花は静止する。

 そしてあらためて一糸まとわぬ自身の格好を確認すると――。


「う、うわああああッ!! た、タオル、タオルッ!」


 とんでもない状況に、近くにあったタオルに大慌てで手を伸ばす。

 これでどうにか危機は回避できる……って。


「それハンドタオル――――ッ!!」

「え? あ、わああああッ!!」


 そんなんで面積足りるか――――ッ!!


「おおお落ち着け風花っ! 俺はあっち向いてるから、その間に服を着てくればいい!」

「あっ、そ、そうだねっ」


 バタバタと大急ぎで脱衣所へと戻った風花は、パンツに足を通すのに何度も失敗した挙句、後ろ前逆にはいて気づいて直し、続けてTシャツの袖に頭を通そうとしてもがいた後、結局自分の部屋に駆け込むと、いつものアーガイル柄のカーディガンと制服のスカートを着てリビングへと戻ってきた。


「……ごめんなさい」


 そしてまだ生乾きの髪のままで、深々と頭を下げる。


「いや、その、ちゃんと確認しなかった俺が悪い。ちょっと考え事をしてたんだ」


 申し訳なさそうに視線をそらす翔馬に、まだ頬を赤くしたままの風花が問う。


「考えごと?」

「いや、吸血鬼対策室だっけ。ついに機関が本格的に動き出したんだなと思って」

「うん、そうだね」

「前にも増して魔法都市内で機関員を見るようになったよな。そんな中で俺たちは、機関よりも先に吸血鬼を捕まえなきゃいけないわけだ」


 それはどう考えたって容易なことじゃない。


「こうなったら、できることは一つかなってさ」

「な、なに?」


 翔馬の真面目な表情に、思わず風花は息を飲む。


「…………やっぱり父さんを売ろう」

「それはダメなのっ!」

「でもうちの父さんは、読書感想文に使える本がないかって聞いたら『去年自分が書いた読書感想文を読んだ感想はどうだ?』って真顔で提案する、わりとモンスターなペアレントだぞ」

「そ、それでもダメだよ」

「やっぱり……風花にはなにも連絡は来てない?」


 たずねると、風花は神妙な面持ちでうなずいた。

 元々は高名な機関員だった風花の祖父は、不祥事を起こしたことで機関をクビになった。そして今はこうして、その孫である風花まつりが機関からひどく冷遇されているのだ。

 だから『機関より先に吸血鬼を倒す』ことで俺は刑罰から免れるため、風花は祖父の汚名を返上するために、こうして手を結ぶことにした。

 一蓮托生。俺が捕まってしまえば、吸血鬼の封印解除犯を匿っていた風花も当然逮捕されることになるという、数奇な関係性だ。


「……しかも吸血鬼対策室の結成会見に映ってた三人は、学院生なんだよな?」

「うん、そうだよ」

「学院は過ごす時間も長いから、それだけボロが出ちゃう可能性も高い。かと言って学院へ通わなくなると実家に連絡が行くし、『恋人のフリ』をしている風花が『その理由』を聞かれることになる」


 そうなれば当然、怪しまれることになって面倒につながる。

 それでなくても突然一緒に行動し始めた俺たちの関係性は、注目されがちなのだから。

 今は恋人のフリをすることで本来の目的を隠してはいるけど、なにがきっかけでほころびが出てしまうか分からない。


「やるべきことは、学院での平穏を守りつつ、機関より先に吸血鬼の尻尾をつかむこと」

「うん。吸血鬼関連の情報収集はわたしの方で色々やってみるよ。機関から話を聞くことはできないけど、一応は機関員だから動き回っていても怪しまれることはないと思うし」

「分かった。俺はとにかく学院生活を守ることに集中する。特に機関員をやってる生徒には絶対に関わらないようにしないとな」

「それだけは間違いないね」


 こうして、これからの指針が決まった。


「よし、それじゃそろそろ学院に行くか」

「そうだね。あ、翔馬くん、ネクタイ曲がってるよ」


 風花はそう言って翔馬の前に経つと、赤、紺、白のストライプのネクタイに手を伸ばし、その位置を正す。


「……なんだか、本当の彼女みたいだな」

「えっ? そ、そうかな……」


 風花は恥ずかしそうに、そしてうれしそうに笑った。

 吸血鬼関係の情報収集は、風花がしてくれる。

 だから俺のするべきことは、まずはなにより機関員に会わないことだ。

 知らない人間を疑うことなんて、誰にもできないのだから。

 中でも特に、騒動の日に出会ってしまったあの金髪の女子機関員には要注意だ。

 吸血鬼対策室ってことはまさに、俺や風花を捕まえるべき部署の人間に当たるわけだし。

 身を隠しつつ情報を集める。

 そうしていればいつか必ず、吸血鬼に接近するチャンスがやってくるはずだ!


「……よし。機関員の生徒は見ない、会わない、関わらないの非機関三原則だっ!」

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