第34話 騒乱の魔法都市.8

「……終わったか」


 まさか『固有進化魔術』の同時使用がこんなにキツいなんて。

 これはもう……魔力を完全に使い切っちゃってる……状態だな……。


「早くここから離れないと。風花が心配だ」


 そう思って歩き出してはみたものの、足がフラついて少しずつしか進まない。


「あ、これ、ヤバいかも」


 それでも翔馬は必死に歩き続けてどうにか大さん橋を出る。しかし限界を迎えた脚は言うことを聞かず、ついにヒザを折った。

 もし今吸血鬼が忘れ物でも取りに来たら、ドリンクバー感覚で血を吸われるな……。出血大サービスどころの話じゃないぞ。


「あー……ヤバい……これは…………マジで」


 限界を迎えた翔馬は頭もふらつき出し、視界までぼやけ始めた。

 世界がぐるんぐるんと回り出し、やがて真っ白に染まっていく。

 すると、そんな翔馬のもとにやってきたのは――――白い羽の天使たちだった。

 ……またお前らかよ。

 迎えに来るの本当に早いな……おいおいそんなに引っ張るなよ。

 ああ、きれいなお花畑だなぁ……お、あそこで誰かが手を振ってるぞ。

 おお、あれはたしか俺のひい祖父さん。

 ……って、こら待てひいジジイ!! お前のせいだぞ!! お前が調子に乗って吸血鬼を封印したせいで俺が大変なことになってんだからな!!

 こっちに来やがれ!! 一発ぶっ飛ばしてやる!!


「ちょっと貴方! 大丈夫ですの!?」

「ぶっ飛ば……え?」


 天国にほぼ行きかけていた翔馬は、急に身体をゆさぶられて我に返る。

 目の前にいたのは、いかにもプライドが高そうな、淡い金色の髪をした女子機関員だった。


「き、き、機関員ッ!?」


 翔馬は驚きにのけぞってしまう。


「……あら?」


 そんな翔馬の顔を見て、機関員が突然動きを止めた。


「あ、貴方! わたくしにいやらしいことをした……っ!!」

「あ、ああっ!!」


 言われて翔馬は思い出す。

 そうだよ、図書館で押し倒しちゃったあのお嬢様じゃないか!

 さ、最悪だ……よりによって機関員だったのかよ!!


「……貴方、こんなところでなにをしていますの?」

「ち、ち、違うんです!」

「何が、違うんですの?」


 自分を辱めた相手に、白いローブの機関員は敵意にも似た視線を向けて来る。


「わたくしを見てずいぶんと慌てているようですけど、何が……違うっていうんですの?」


 その白く細い手が、腰元の杖をつかんだ。


「あ、いや、そのっ」


 あわわわ、や、や、ヤバい! これはもう完全に怪しまれてる!!

 ととととにかくなにか応えないと! このまま職務質問とかされたらどんなボロが出ちゃうか分からないぞ! そうなったら逮捕されて、死にはしないけど原型は残らないっていうもはや恐怖しか感じない実刑が科せられるに決まってる!

 避けないと。機関員に目をつけられるのだけは絶対に避けないとッ!!


「て、天使」

「はい?」

「急に天使が見えて! だからその、驚いて転んでしまったんです!」

「…………え?」


 などとワケの分からない供述を始める翔馬に、お嬢様機関員は言葉を奪われてしまう。

 あれ!? むしろ思いっきり見つめられてる!?

 向けられ続ける視線に、翔馬はいよいよ慌て始める。


「いや本当なんです! 信じてください! 天使が、天使が見えたんです!! それで思わず!!」

「天使……ですって?」


 必死に説明を続ける翔馬。

 すると、今度は突然女子機関員が両手で頬を抑え出した。



「そ、そんなこと急に言われても困ってしまいますわ……」



 そして、その顔を赤く染める。


「……て、天使だなんて」

「いや本当なんです! ウソじゃないんです! 全部、天使のせいなんですっ!!」


 渾身の咆哮。

 翔馬は『宵闇に瞬く閃光』による疲労でヒザを折ったのだが、それは見ようによっては姫の前で片ヒザを付く騎士のようなポーズに見えなくもない。

 さらにこの時間、海を挟んだ先に見える夜景は非常に美しく、雰囲気はもう完璧。


「あ、あなた、その……」


 お嬢様機関員は、恥ずかしそうに問いかける。


「お名前は、なんとおっしゃりますの?」


 しょ、職務質問始まったァァァァ――――ッ!!


「あ、いえ、その……ちが、ちが、違うんです」


 すでに翔馬は白目だった。


「はい?」


「違うんですうううううううううううう――――――――ッ!!」


 そしてそのまま全力で走り出す。


「あっ、ちょっと! お待ちになって!」


 しかし翔馬は止まらない。全身全霊をかけた本気の逃走だ。


「……急に、どうしたというのかしら」


 置いて行かれてしまった女子機関員は、翔馬が走り去って行ってしまった方向を見つめながらつぶやくと、もう一度その手で頬にふれた。


「まだ、顔の熱が収まりませんわ……」

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