第33話 騒乱の魔法都市.7
『――――次の一撃で勝負を決める』
翔馬が、そしてアリーシャが奇しくも同じ意を決する。
もはや二人に余裕などなく、残ったのは引くことのできない決意のみ。
高まっていく集中力。そして再び重なる両者の視線。
雌雄を決する時が、やって来た。
「行くぞ! 吸血鬼ぃぃぃぃ――――ッ!!」
声を上げ、先手を打ったのはやはり翔馬だった。
鋭い踏み込みから一気に吸血鬼を射程圏内へと収める。
繰り出される右拳。アリーシャはこれを、上体を反らすことでかわす。しかし翔馬は拳を放つ際に生まれた回転を利用し、そのまま左の裏拳へとつないだ。
放たれたトリッキーな攻撃を、腰を落とすことで避けたアリーシャは上体を持ち上げ――慌てて左腕で側頭部を防御する。放たれた右のハイキックがその腕を見事に打ち付けた。
よどむことないコンビネーションに距離を取ろうとするアリーシャ。しかし翔馬はさらに食らいつく。
――踏み込みから放たれた右の前蹴りを左ヒザで弾く。しかしそこからさらに右のミドルキックへとつなぐと、アリーシャは右側からの攻撃に意識を集中させ――。
いや、待て!! アリーシャはここで気がついた。この流れは――――知っている!
次に放たれる後ろ回し蹴りは、『身体能力向上』で攻撃への『タメ』時間が極限まで短縮された、突然左の上段から襲い来るハンマーのような一撃だ。
アリーシャの意識は右側へと向きかけていた。
しかしギリギリのところで踏みとどまったことで、思考はこの先の展開を計算し、求めていた『隙』への道すじを弾き出す!
「くっ!」
翔馬の足先が肩をかすめ、アリーシャは声を上げる。
それは予想通り、いや、正確には早さを増した左上段からの後ろ回し蹴りだった。
右側に意識を取られたために一瞬だが確実に反応が遅れるも、どうにか直撃は回避した『かのように』大きく跳び退る。
翔馬は必ず追ってくる。アリーシャはそう確信していた。
その予想通り、翔馬はグッと力強くヒザを曲げると、狙いを定める。
そしてヒザにタメた力を一気に解放し、わずか一歩の助走で跳んだ。
長くそしてさらに高速化した跳躍の最中に身体を回転させると、そのまま慣性と回転を乗せた鋭い跳び蹴りを放つ。
「しつ……こいッ!」
その驚異的な速さは、予測できていなければ直撃していたに違いない。
だが、次の手が分かっているのであれば――――話は別だ!
驚異的な速度で迫る蹴りを『どうにか』左腕で受けようとする『フリ』をしたアリーシャは、直前まで翔馬を引きつけたところでその身を――――かわした。
それは、もはや異常とすら言える戦闘の才能。
翔馬に一寸たりとも『この瞬間を狙っていた』ことを気づかせずに、最後まで同じ流れを繰り返させたのは、その恐ろしいまでの演技力によるものだ。
『大振り』ゆえに体勢を立て直すのに時間を要する。そんな勝負の一撃を回避された翔馬は、大きく体勢を崩した。
「よけ、られたッ!?」
――――生まれる、取り返しのつかない『隙』
アリーシャは確信する。一度はそのコンビネーションで吸血鬼を追い詰めたという『成功体験』が、翔馬を安易な『繰り返し』に走らせたのだと。
その失態は、まさに致命的。
そして、これ以上ない絶好機だった。
アリーシャの脳裏を、思いが駆けめぐる。
……百年、百年だぞ。それだけの時を経てようやく帰ってくることができたんだ!
永い眠りの間に街も、人も、何もかもが大きく変わってしまっていた。
だが例え『倒されるべき悪』と呼ばれ、この街の誰もに狙われているとしても――――ッ!
「私はここで力を、いや――――全てを取り戻すッ!!」
瞬時に距離を詰め、放つは全力を乗せた一撃。
「終わりだァァァッ!! 九条ォォォォォォォォォォッ!!」
荒々しい光の軌跡を描く一撃に、もはや避ける術などない。
それは間違いなく勝負を決める、必殺の一撃。
――――ただし、それが本当に失態であったのなら。
翔馬の体勢は、崩れきってはいなかった。
驚くアリーシャの思考が、一つの可能性にたどり着く。
まさか、まさかっ!
ここまでの流れこそが、丸ごと九条の戦術だというのかッ!?
九条はこれが初戦のはず。こんな切迫した状態でこれだけ大胆なフェイントを仕掛けに来るなんて、どれだけの才能だ――――!!
体勢の崩し方が明らかに大きかったことに、アリーシャは決して何も感じなかったわけではない。だが、勝負への焦りが身体を動かした。
放った渾身の一撃は、見事にかわされる。
全力で振り下ろした右手は空を裂き、アリーシャは翔馬の射程範囲に自ら飛び込む形になってしまった。
伝説の吸血鬼の表情に、たしかな動揺が生まれる。
「ここだああああああああああ――――――――ッ!!」
あがる翔馬の雄叫び。
訪れるは、勝負の時。
踏み込みは雷のように鋭く。
繰り出されるのは必殺のコンビネーション。
初撃は右! 強烈なフックで、吸血鬼の左腕を弾き飛ばす!!
次撃は左! 大きなアッパーで残った右腕も打ち上げるッ!!
怒涛の二連撃が、ついにその防御を打ち崩す。
たどり着く。完璧なまでの隙に――――ッ!!
絶望的な失態に吸血鬼の顔がゆがむ。
対して左腕を振り上げた状態の翔馬は、強く右腕を引いた。
そして最後の一撃は――――ッ!
強烈な踏み込みに腰の回転を乗せた、全力の右ストレート以外にないッ!!
――――しかし。
それでは至らない。
最強と呼ばれる吸血鬼を打倒するまでには届かない。
一撃にかけるのであればそれだけの『重さ』が必要だ。
ここからでは例え全力の一発が決まったとしても、決着には至らない。
吸血鬼は言った。圧倒的でなければならないと。
そう、突出した威力でない限り勝負を決め切ることはできないのだ。
アリーシャは、いや翔馬本人ですら確信していた。
『このままでは勝ちえない』と。
――――その時、銀色の小さな球体が二人の間に舞い散った。
アリーシャには、それがなんだか分からなかった。
二発目のアッパーによる腰の回転で、翔馬の右半身は隠されていたから。
そう、もらったベルトに結ばれていたボールチェーンを引きちぎり、その右手に『風花』の魔封宝石をつかんでいることには、気がつけない。
……これこそが最後の一撃だ。
お前を連れて行くぞ、風花のところにィィィィ――――ッ!!
「これで……終わりだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――ッ!!」
放たれた翔馬の拳は、最速を誇る一撃は、無防備なアリーシャへと吸い込まれていく。
弾ける粒子、ウソのような一瞬の空白、そして拳の隙間からあふれ出す無数の光芒。
名付けるならそれは、ゼロ距離解放。
翔馬の雄叫びに、フルチャージ状態の魔封宝石がその全魔力を解き放つ。
「な……にィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――――――――ッ!?」
放たれる、容赦なき暴風。
まさしく圧倒的な一撃が、問答無用で吸血鬼を消し飛ばす。
直撃を受けたアリーシャは、ド派手な衝突音と共に床板を跳ね転がっていく。しかし勢いは止まらない。五十メートルほど先にある金属製の手すりにぶつかると、さらにそれを突き破ってそのまま海へと突き刺さり、大きな水しぶきをあげた。
バサバサと翔馬の髪が、制服が揺らめいていた。
やがて吹き荒れていた風が落ち着くと、舞い上がったしぶきがキラキラと輝きながら霧散していく。
翔馬は魔力を使い果たし、ガントレットから再び光が消える。
「な、なんて威力だ」
倒れないよう踏みとどまりながら、手にした魔封宝石を見る。
それは魔法都市を独り歩き続けた日々の中で、風花が込めてきた魔力の、思いの全てだった。
「これはもう、勝敗どころじゃ……なさそうだな」
すでに空は紫色へと変わり、ベイブリッジの白い照明が明滅を始めていた。
街にも色とりどりの明かりが灯り始め、魔法都市がその装いを夜へと変えていく。
翔馬はただその夕景を前に、荒れる息を落ち着かせていた。
――――すると。
「……おいおい、マジかよ」
ゆっくりと浮かび上がってくる一つの影に、引きつった笑いがこぼれる。
見間違うはずもない。それは白く長い髪から海水を滴らせる――――吸血鬼。
とっくに限界を迎えていた身体で、翔馬はどうにか構えを取る。
するとアリーシャは、翔馬の遥か後方に視線を向けたまま息をつき――。
「……どうやら、これまでのようだな」
そう言い放った。
「ここに目をつけた者がいるようだ。目立つのはお互いに望まぬところだろう?」
すでに駆け引きをする余裕はない。翔馬は無言をもって肯定を表すことしかできなかった。
状況が変わってしまったのであれば、この場をいち早く立ち去らなければならない。
「まさか、たった一人で我を返り討ちにするとはな……恐ろしい男だ」
アリーシャは、あらためてその赤い瞳で翔馬を見つめる。
「だが、お前の血は必ずいただく。次に相まみえる日を楽しみしているぞ」
そしてそう言い残すと、すでに星の瞬き始めた空へと飛び去っていく。
翔馬にはどうすることもできなかった。やがてその背中が見えなくなったのを確認すると、襲い来る急激な疲労に大きく息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます