第29話 騒乱の魔法都市.3
玲は振り返り、背を向けたままでいる風花に向けて告げる。
風花は杖を失った。対して玲はその手をすでに『遠切』の柄へとかけている。
その距離は『遠切』の攻撃圏内だ。
この状況でクイックキャスターを再び手に取らせてもらえるほど、玲は甘くない。
魔術の発生速度を向上させる杖を失った状態では、再度接近することなど不可能だ。
これ以上戦いを続けることに、もはや意味はない。
しかし、風花は振り返らなかった。
「……まだだよ」
ただ静かにそうつぶやく。
同時に制服のスカートが、ひらひらとゆらめき始めた。
戦いが続くのは、今も翔馬くんのところにわたしを行かせたくないから。
……それなら。
「まだ……ここからが本当の勝負」
太ももに巻かれたガーターに収納されていた五つの魔封宝石が、ゆっくりと浮かび上がる。
そして金細工によって装飾されたエメラルドの角柱は、風花の周囲を衛星のように周り始めた。固有進化特有の粒子を振りまきながら。
風花まつりの得意魔術は『風』と『念動力』。
そして固有進化の起きた魔術は『風』ではなく『念動力』だ。
固有魔術『多重同時操作』の効果は、複数の物体を同時に、そして自在に操作すること。
そこから風花が生み出したのは、魔封宝石を用いて時に自身を守り、時に敵を撃つ変幻自在の戦闘方式。
「――――風王領域(エメラルドオービット)」
宣言と共にゆっくりと振り返る。
学院地下からの脱出の際に使い切ってしまった魔力は、まだほとんど再装填できていない。
さらに本来六つあるはずの魔封宝石は、その一つを翔馬へと貸し出してしまっている。
フルチャージされていれば、形状を自由に変える風による攻守自在の戦いが可能となり、領域内では身体能力向上を使う必要がないほどの強さを誇る。
だが、今の感じでは魔封宝石一つにつき『風爆』が二、三回撃てるかどうか。
――それでも。
「わたしは、ここで負けるわけにはいかない」
機関に見放されて、一人途方に暮れていた日々。
そんな中で出会った翔馬くんは、希望をくれた。
どんな状況でも変わらない姿勢は、いつだってわたしを前向きにしてくれた。
だからわたしは行かなくちゃならない。一緒に吸血鬼を捕まえるって約束したんだからっ!
「……そうか。だが私にも譲れぬものがある」
吸血鬼は残酷な悪党などではない。この数日で玲はそう確信した。
だから異種の王として。いやそれだけではない。
ただ純粋に、アリーシャその人を失いたくない。
そのためには、風花を行かせるわけにはいかないのだ。
「行くよ」
風花が右手を上げると、五つの魔封宝石全てが一斉に玲へと――『向いた』
そこには嵐の前の静けさを思わせる、真っ直ぐな瞳があった。
その気配に玲の耳先が震え出す。
これから繰り出される攻撃こそが、風花の最大にして最後の必殺技だ。
よって勝負は次の一手で決まる。切り抜ければ玲、押し切れば風花の勝利。
「さあ……来いッ!!」
再び足元をザリッと鳴らして、玲が吠える。
風花は覚悟の雄叫びに応えるかのように、その手を振り下ろした。
目標へ向けて一斉に飛び出していく五つの魔封宝石は、粒子の尾を引きながら玲へと殺到していく。
「風弾――――掃射(ラピッド)ッ!」
バラバラの軌道を描く五つの魔封宝石が、流れるように『風弾』を放つ。
少しずつ付けられた距離差と時間差は、刀の一振りで全弾を斬られてしまわないための計算によるもの。玲相手には間違いなく有効打となりえる攻撃方法だ。
しかし現状では魔封宝石は一つ少なく、込められている魔力も十分ではない。
「遠切、瞬時加速――――――――飛燕四旋ッ!!」
放たれる高速の四連撃に、全ての風弾がかき消された。
なんと玲は五つの『風弾』を、一つ少ない四回の振りで相殺してみせたのだ。
さらに玲は走り出していた風花を視線一つで制し、これ以上『遠切』の攻撃圏外への接近を許さない!
『遠切』を手にしたまま向けられた視線に、さすがに足が止まる。
――――だが、それこそが風花の狙い。
予想外の特攻によって、弱点と呼べる距離への接近を一度許してしまったからこそ、玲は風花本人の動きに意識、そして視線を集中せざるを得なかった。
本命は、あくまで五つの魔封宝石だ。
このやりとりの間に魔封宝石をわざと散開させ、玲を中心としたいびつな五角形を描くように誘導、そして一気にその距離を縮めて玲を取り囲む。
そう。五連続の『風弾』から風花本人の接近という行動は全て、これ以上『遠切』の範囲外へ入り込ませたくないという玲の心理を突いた、魔封宝石配置のための布石に過ぎなかった。
「……しまっ!?」
気がついた時には、すでに魔封宝石は玲を取り囲む形で宙空に静止していた。
落ちゆく陽の光に、五つのエメラルドが妖しく輝く。
魔封宝石に今どれだけの魔力が残っているのかは風花本人にも分からない。だからこれはあくまで二、三発分程度の風爆が撃てるという推測に基づいた――――賭けだ。
でも、わたしはこの一撃に全てを賭けるっ!
絶対に行くんだ、翔馬くんのところにッ!!
「全弾同時解放――――ッ!」
玲は慌てて『遠切』にかけていた手を『魔斬』へと伸ばす。
「魔斬、瞬時加速――――ッ!!」
「吹き荒れろ! ――――風花翠嵐(グリッター・レイジオン)!!」
星座のように高さも距離もバラバラに配置された五つの魔封宝石が、封じられていた魔力の全てを同時に開放する。
それは『風弾』でも『風爆』でもない、単純な使い尽くしの魔力解放。
巻き上がる燐光と共に魔封宝石から放たれた暴風は、予測すらつかないぶつかり合いを起こし、領域内は荒れ狂う。
玲も『瞬時加速』と共に『魔斬』を振るうが、『遠切』からの持ち替えに時間を取った分だけ、すでに吹き始めていた風の全てを斬ることはかなわない。
「くっ!」
下方から吹き上がる風が玲の腕を打ち、その手から『魔斬』を弾き飛ばした。
その直後、超局地的に猛威を振るった突風はその勢力を急速に失い、最後に二人の髪をふわりと優しく撫でて消え去った。
「動かないで」
ひざまずいたままの玲が顔を上げると、風花の手が向けられていた。
その距離はすでに『遠切』の効果圏外だ。
玲は言われるままに動きを止める。
手元には『遠切』しかなく、さらにこの距離では風花の放つ速い風弾を避ける手段もない。
「……この勝負、私の負けだ」
ひざを折ったまま、玲は敗北を宣言した。
その姿を見た風花は、玲の挙動に注意しながらゆっくりと下り、魔法杖のもとへと向かう。
早く、早く翔馬くんのところに行かないと。
そしてクイックキャスターをひろうためにヒザを曲げたところで――――ザリッ。
「なんだろう……これ」
足元に散乱していた、無数の黒い粒を見つける。
「なにかの種?」
それが種であると気づいた瞬間、風花の脳裏に走る一つの予感。
「……だが」
玲の声は落ち着いていた。
戦闘中に使用することはなかったが、実は玲もまた魔術を持ち、固有進化を果たしている。
その固有魔術は、人狼の名にふさわしく『草木を始めとした植物を操る』ものだ。
玲は風花との一騎打ちには負けた。しかし。
「私は任務を遂行する」
その固有魔術は静かに動き出す。
「――――奥森の君主(シンオウノカムイ)」
魔術の発現と共に、足元に撒かれていたアイテム『超急速成長植物の種』が一斉に発芽を始める。信じられない速さで伸びるツルは、まるで津波のように付近を緑に染めていく。
逃げ出す暇などない。
街の一角を一瞬で飲み込んでしまうほどの成長速度に、風花は捕まってしまった。
そしてそのままその場に磔にされてしまう。
「……行かなきゃ」
風花は諦めない。どうにか逃れようと必死にツルを払い、もがく。
「行かなきゃ……翔馬くんのところに……っ」
しかしそれは、もはや悪あがきに過ぎなかった。
すさまじい勢いで伸び続けるツルには青々とした葉が茂り、必死に伸ばした手も絡め取られてしまう。
そして最後には、無数の小さな花までを咲かせた小規模な森が出来上がった。
「案ずるな。数十分もすれば枯れ果てる」
玲は風花を一瞥すると『魔斬』をひろい、鞘へと戻す。
こうして二人の戦いは幕を閉じた。
さっきまでの戦いがウソのように静まり返る路地裏。
するとそこへ、死闘の行われた場所には不釣り合いな、愛らしい女の子が走ってきた。
「うわーっ。なにこれすっごい!」
街の片隅に突然できた深緑の空間に思わず足を止めたメアリーは、小首をかしげる。
「あれ? こんなところでなにしてるのー?」
「私が任されたのは足止めだからな。ここを離れるわけにはいかないだろう」
そう言ってあらためて戦いの成果を確認する。
そこには苦悶の表情を浮かべながらも、この状況から逃れようとする風花の姿があった。
しかしツルは足元からとゆっくりと伸び上がり、スカートの内側へ潜り込んだ。そのままやわらかな太ももに食い込むと、身体を締め付ける。さらに胸から首筋にかけてを擦られる形になり、風花は「んっ」と吐息交じりの声をもらした。
「…………」
「わあ、鼻血鼻血!」
「くっ、倒れてもなお私を貧血に陥れようとは。その心意気――――恐るべし」
「絶対狙ってないと思うよ」
「……そ、そんなことよりそっちの首尾はどうなんだ?」
鼻を拭いながら、玲は話題をすり替える。
「中華街も幻想図書館前もすっごく盛り上がったよ。街中が大騒ぎだから機関の注意も完璧に引きつけてるしね! あとはクライマックスを残すのみだよっ!」
すると玲は頭上の耳を動かし、付近の動きを探り出した。
「うーん……今からでは走っても間に合わないと思うぞ」
「あれれっ? もしかしてもう二人は一緒なの?」
「ああ、もう始まるところだな」
「えー、そうなんだぁ。場所はどこなの?」
「当初の目的通りだ」
「ほんと? それだったら使い魔を飛ばしてもらったからぁ、アイテムで映像が見られるよ」
「ほう、それは用意がいいな」
「準備は万端だったからね。ここで見よっか?」
「ふむ、それがいい」
メアリーは得意の『おねがい』で借りておいたイヤリングを、カバンから三つほど取り出してみせた。
それは使い魔が見聞きしたものを知覚共有できる『使い魔リンク』という魔法アイテムだ。
「さあっ、伝説と呼ばれる悪の吸血鬼と九条くんの行く末を一緒に楽しもーっ」
すでに全身を植物のツルに巻き取られ、もはや深い森に住む『山のヌシ』みたいになってしまった風花に向けて、メアリーは星のきらめくウィンクを決める。
「機関員ちゃんも一緒にねっ」
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