第28話 騒乱の魔法都市.2

「翔馬くん! 翔馬くんどこっ!?」


 風花は見失ってしまった翔馬を探して、魔術士たちの後を追い続けていた。

 突然からんできた魔術士たちは、二人を引き離すとすぐにどこかへと行ってしまった。

 ……狙われていたのは翔馬くん。

 風花は察知する。間違いない、これは吸血鬼に関係した事件だ。

 さっきから魔術士や異種たちが辺りを駆け回っているし、街全体が明らかに騒がしい。

 荒事の多い魔法都市だけど、こんな光景は異常としか言いようがない。

 封印が解かれてからたったの五日でこんな大きな動きがあるなんて、百年の空白があるはずの吸血鬼に一体何があったんだろう。

 いくら反機関の象徴とは言っても、これだけの異種や魔術士を一斉に動かしてくるなんて思いもしなかった。


「早く翔馬くんのところに行かないと」


 吸血鬼が動いているのなら、今こそが最大のピンチだ。

『身体能力向上』を維持したまま、風花は全力で路地裏を走り続ける。

 ……ん?

 その視界に、凛とした立ち姿の少女が映った。

 腰に差した二本の刀に施された華美な装飾が、夕日にきらめいている。

 夕景の中に一人たたずむ少女の名は――――大神玲。

 復活した吸血鬼のもとに誰よりも早く駆けつけその配下となった、異種人狼の少女だ。

 なんだろう、不思議な雰囲気。

 動向を気にしながらも、風花は軽快な身のこなしで玲の横を通り抜けていく。


「……やはり、かなりのものだ」


『伸縮自在マフラースカーフ』によって隠された口元から発せられる声は、冷静沈着。

 風花は思わず頭だけで振り返るが、玲はその背を向けたままだった。


「素晴らしい。まさに――――正統派美少女」


 爽やかさを感じさせる風花の顔つきに、思わず目を閉じて感じ入る。

 しなやかな動きはそのムダのない身体つきに裏打ちされたもの。それがまたいい。


「とは言え、ここを通すわけには……。ッ! しまった!」


 気づけば二人の距離は大きく開いていた。

 ここでようやく我に返った玲は、慌ててその手を刀の柄へと伸ばす。


「遠切――――飛燕一旋っ!」


 振り返りと同時に行われる、高速の抜刀。


「っ!」


 決して刀が届くような距離ではない。

 それでも危険を感じ取った風花は、即座に真横へ飛び込んだ。

 するとわずかに遅れて石壁に一本の鋭い傷跡が刻まれる。まさに、間一髪。


「良い動きをする」


 その名の通り、『遠く離れた空間を切る』魔法刀『遠切』を静かに鞘へと納めながら、玲はあらためて自らの足元を確認。

 ザリッ。あえて一度足元を鳴らすと――。


「……だが、ここは通さない」


 そう告げて風花の前に立ちふさがる。

 その抜刀から納刀までの流れるような動作を目の当たりにした風花は、さすがに足を止めざるを得なかった。相手は安易に背を見せていいような相手ではない。

 まず目についたのは、玲の頭部に生えている灰色の大きな耳。

 きっと、追いかけられている翔馬くんの位置をあの耳で把握しているんだ。


「やっぱり、この騒ぎの背後にいるのは吸血鬼なんだね」

「さあ、どうかな」

「ここを通したくない理由は、この先に翔馬くんがいるから」

「……どうかな」

「それなら翔馬くんを探す以上、戦いは避けられない」


 そう口にして、一つ大きく息をつく。


「……早く、早く翔馬くんのところに行かなきゃいけないんだ」


 そして風花は、腰元に差している魔法杖クイックキャスターを引き抜いた。


「だから、ここを通してもらうよ!」

「そうか。だが私にも応えるべき信頼がある」


 その突き刺すような気迫に対し、玲も魔法刀へと手を伸ばす。


「任されたこの責務、一人の異種として必ずや全うしてみせる!」


 二人の間を流れる空気が、一気に張り詰めていく。

 交差する視線は、始まりの合図。


「風弾っ!」


 先手は風花。流れるような挙動で風弾を放つ。

 迫り来る風の弾丸は、翔馬を追っていた魔術士たちの魔弾とは速度も威力も別物だ。

 速く、そして強力。

 しかし玲はもう一本の魔法刀『魔斬』を抜くと、風弾を真っ二つに切り払ってみせた。

 風花はその様子を見て分析を開始する。

 二本の刀を用途で使い分ける戦闘スタイル。

 おそらく片方は遠距離攻撃用で、もう片方が近距離攻撃と敵の魔法を切り払うもの。

 それと多分……遠距離用の方は刀身を出したままでは効果を発揮できない。


 風花は『遠切』の的にならないよう『身体能力向上』で移動しつつ、その合間に『風弾』を放っていく。対して玲はその後を追うような形で『飛燕一旋』を放つ。

 街灯の裏から古看板の陰へと移動し、アパートに取り付けられたむき出しの鉄階段を一足飛びで駆け上がった風花は、玲の挙動を見ながら的確に『飛燕一旋』の斬撃をかわしていく。

 接近し、攻撃角度を変え、またわずかに退くという一進一退の攻防が続く。


「いい動きだ。だが次に身を隠す場所は――――そこだっ!」


 続く攻防の中で、玲は風花の移動速度を把握し始めていた。


「遠切、瞬時加速――――飛燕二旋!」


 異種だけが持つ『異能』の中でも、玲はこの『瞬時加速』を武器とする。

 それは人狼のもともと高い身体能力を、ワンアクション限定でさらに高速化する能力。

 玲はこの『瞬時加速』と『抜刀攻撃』を組み合わせたものを自らの必殺技とした。

『飛燕二旋』は抜刀から斬り上げと斬り下ろしを高速で行うことで、本来一撃ごとに鞘に収めなくてはならない『遠切』による攻撃を、二連続で繰り出す技だ。

 風花が飛び込んでくるであろう空間に放たれた十字の斬撃は正確無比。

 もちろん回避は不可能――――の、はずだった。

 しかし『飛燕二旋』は、むなしく空を斬る。


「早すぎた……だと」


 風花は玲の目論見を見越したかのように『身体能力向上』の効果を切っていた。

 突然遅くなった動きは、玲の『先読み』攻撃を単なる『先走り』へと変えてしまった。


「さすが、アリーシャ様が認めただけのことはある」


 玲は思わずつぶやいた。

 基本的に『身体能力向上』は効果を切った瞬間こそが弱点と言われている。しかしそれをあえて突然用いることで『速』『遅』の緩急を付け、的をしぼらせなくしているのだ。

『瞬時加速』も似た要素を持つがゆえに、玲は相手の優秀さを認めざるをえない。


「……やるな」

「そっちこそ」


 しかし、感心しているのは風花も同じだった。

 あの二本の魔法刀と『異能』の組み合わせ、すごく良くできてる。

 玲の剣術はレベルが高く、言うまでもなく至近距離での戦闘は得意分野だ。

 当然魔術士は離れて戦うことを考え、距離の遠近こそが勝負を分ける要点となる。

 だが、『遠切』がある限り玲にとって中遠距離は決して弱点ではない。使用するごとに鞘に収めないといけないという欠点も、『瞬時加速』によって最低限に抑えている。

 さらに『遠切』の範囲外からの魔術攻撃には『魔斬』で対応することができる。

 ……この剣士は間違いなく強い。風花は素直にそう評価した。

 でもわたしには時間がない。行くんだ、翔馬くんのところへ。

 ――――だから。


「ここで決めるっ!」


 クイックキャスターを用いて最速で『風弾』を連続射出した風花は、即座に『身体能力向上』を発動する。玲が『魔斬』によって『風弾』を切り払っている間に石壁を蹴り、塀の上を走り、ビルの外付け階段へ飛び、右手で刀を振る以上どうしても足を置き直さなければいけなくなる相手の左側、鞘の方に向かって飛び込んだ。

 風花もムダに近づいたり下がったりを繰り返していたわけではない。

 気がついていた。『遠切』の攻撃範囲はドーナツ型であることを。

 事実その使い勝手の良さは、近距離では使えないという制限も同時に抱えていた。

 そう、よって勝負を仕掛けるなら『遠切』の攻撃範囲外――すなわち近距離の他にない。


 二人は向かい合う。その間合いは残りわずか。

 風花の着地点を目測で確認した玲は再び『魔斬』から『遠切』へと持ち変えた。

 そこはまだ『遠切』の範囲内ということだ。

 しかしすでに風花は走りだしていた。


「遠切、瞬時加速――――飛燕三旋ッ!」


『遠切』の範囲を抜けるまで、もうわずかもない。

 直線で突っ込んでくる風花の動向を見てから迎撃するような余裕はなく、玲は先手を打たされる形になった。


「だが……足止めには十分だッ!」


 放たれた三つの斬撃は風花の三方を囲むような形状を取り、走り抜けることも、左右にかわすことも許さない。

 ましてや止まること、退くことは再度『遠切』の範囲内に戻ることになる。

 それは後退と同義であり、急ぐ風花には敗北も同然だ。


「それならッ!!」


 しかしその足は止まらない。

 なんと風花は『身体能力向上』の力をフルに開放し、前方へと――――跳んだ。


「なっ!?」


 飛燕三旋の軌跡スレスレを、風花は側転気味の変則前方宙返りで越えていく。

 中遠距離攻撃を主体とする魔術士のアクションに、思わず玲は声を上げた。

 そこはすでに『遠切』の攻撃可能圏外だ。

『遠切』と『魔斬』の攻撃範囲の間にある細い輪状の隙間。それこそが玲が最も嫌がる、弱点と呼べる距離。風花はついにその場所へ到達した。


「しまった!」


 さすがに玲は焦りを感じる。

 しかし着地した風花はさらにもう一歩踏み込んだ。そしてそのまま勢いに任せてクイックキャスターを突き出す。

 もう片方の魔剣が魔術攻撃を切り払うというのなら――――っ!


「なんだとっ!?」


 まさかの踏み込みに玲の思考が混乱する。

 魔術士が剣士相手に距離を詰めるなど、自殺行為だ。


「最後の最後で判断を誤ったか!?」


 ――――しかし、覚える違和感。

 玲がその正体に気づく。向けられた杖の向きが――――わずかに違う。


「風爆ぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――ッ!!」

「そういうことかァァァァァァァァ――――――――ッ!!」


 風花の狙いは『魔斬』の攻撃範囲ギリギリ外の地面に『風爆』をぶつけることだ。

 一度どこかにぶつかることで吹き荒れる風と、それによって巻き上げられる小石や砂は『魔斬』の効果範囲に含まれない。

 これは『遠切』の攻撃範囲と『魔斬』の効果対象を同時に外す、あまりに大胆な作戦。

 玲は即座に『魔斬』へと手を伸ばす。

 異種として、そしてなにより長い眠りからようやく目覚めたアリーシャのために。


「負けるわけにはいかないのだああああああああ――――――――ッ!!」


 その瞳に、鋭い光が灯る。


「魔斬、瞬時加速――――――――水平線真一文字!!」


 踏み出される一歩は最速にして最低空の、地をすべるような水平跳躍。

 目にも留まらぬ速度で風花へと肉薄し、鮮烈な軌跡を描いて後方へと斬り抜ける。

 まさに紫電一閃。

 玲の足が再び地に着いた時、二人は数メートルほど離れた状態で背中合わせになっていた。

 訪れる静寂。華麗な回転納刀を決めると、玲はそっと目を閉じる。

 すると弾き飛ばされたクイックキャスターが、遅れて石畳の上に落ちた。

 水平線真一文字は、まさに杖から発せられた瞬間の『風爆』を斬り払い、同時に杖まで弾き飛ばしていた。


「勝負あり……だな」

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