第26話 暗躍のヴァンパイア.18
「アリーシャ様、お帰りなさいませ」
「……見つけた」
「アリーシャ様?」
吸血鬼様モードのアリーシャが放つ脈絡のない言葉に、玲は戸惑う。
「見つけたぞ……九条翔馬の弱点をっ!!」
「ほ、本当ですかッ!?」
「九条翔馬は、魔法を持たない」
「魔法を持たない?」
「魔術は実質的に使いものにならず、所有アイテムも起動しない。要するに一対一の状況さえ作ってしまえば、その時点で勝ったも同然ということだ」
そうなれば勝負は単純な身体能力だけで決まる。翔馬がどれだけ必死に戦ったところで勝敗は揺るがない。そう、絶対に揺るがない。
「そ、そうでしたか! そうなれば残る問題はあの機関員のみ」
「そういうことだ。風花まつりを引き離すことができれば、あとは九条を追い込むだけでいい」
すると図々しくもアリーシャのソファに寝転がってファッション誌を読んでいたメアリーが、不満そうに顔を上げた。
「えーっ! 伝説の吸血鬼の恋模様を楽しみにしてたのにぃ!」
「残念だったな。だがこの絶好の隙を逃す手などないっ!」
アリーシャは気迫のこもった表情で応える。
「……急にお店から出て行ったのは、なんだったの?」
「あ、あれは戦略的撤退だ。とにかく! やるべきことは二人を分断と風花まつりの足止め。そして九条を人気のない場所に追い込むことだ!」
「それでは、件の機関員の相手は私が」
強い眼差しと共に、大神玲が名乗りを上げる。
「なかなか手ごわい魔術士だが、やれるか?」
「そのために腕を磨いてまいりました。相手が機関員とあれば負けるわけにはいきません。異種人狼の誇りにかけて、必ずやその足を止めてみせましょう」
腰に下げた二振りの刀。その感触を確かめながら玲は言う。
「ええー、本当に力づくでいっちゃうのー?」
一方メアリーは、やはり不満げだ。
「当然だ、これだけのチャンスなのだからな」
「ちぇー。それじゃーメアリーは二人を引き離すのと、追い込むのを手伝おっかなぁ。魔法都市をおっきく使った鬼ごっこなら、楽しくなりそうだし」
「それが可能ならずいぶん楽になるが……どうするつもりだ?」
「異種とか魔術士のみんなに動いてもらってぇ、追い込んで行くんだよ」
「そんなことが可能なのか?」
「吸血鬼が探してるって言えばすぐだよ。アリーシャちゃんの復活以来みーんな何か起こしたくてウズウズしてるんだから」
そう言ってメアリーはイタズラな笑みを浮かべた。
「……なるほど。機関と敵対する魔術士や異種による分断作戦か」
事実、吸血鬼の帰還に始まった反機関の盛り上がりは、中華街を中心に今も続いている。
百年前、機関を相手に壮絶な戦闘を行った吸血鬼が動くとなれば、おとなしくしてなどいられない。誰もが高慢な機関に一矢報いてやりたいのだ。
そして何より、メアリーはアリーシャを転校生として学院に転入させられるほどのツテを持つ。それくらいのことは余裕でこなしてみせるだろう。
「だが、警戒強化によってウロついている機関員たちはどうする?」
「まずは中華街、幻想図書館、帝国魔術博物館を中心に騒ぎを起こして注意を引くの。その間に別部隊が二人を引き離して、玲ちゃんが例の機関員ちゃんを足止め。そうすれば機関に邪魔もされないし、もう二人は合流できないでしょ?」
確かに。それなら機関は魔法都市の要所を守ることに専念するから、空白地帯が作れる。
「あとは追い込み先、目的地をどうするかだねっ」
「これ以上逃げられない場所……大さん橋でどうだ?」
「りょーかい。交通規制と人払いは任せておいてっ」
メアリーの返事に、アリーシャは立ち上がった。
……思わぬ形で全ての条件がそろった。
まさか向こうも私が単体ではなく、魔術士や異種たちまでを巻き込んだ連携で挑んでくるとは思っていないだろう。急な事態に慌てふためくに違いない。
まして複数の魔術士や異種を相手に一人きりで九条を守るなんて、いくら風花が優秀とは言ってもさすがに不可能だ。
そして警戒状態の機関も各所で起きる陽動に気を取られ、本命に気がつかない!
「……完璧だ」
これなら間違いなく九条を捕らえ、力を取り戻すことができる!
「ならばこれ以上待つ必要もない!」
「その通りです」「うんっ」
「作戦の開始は明後日とする」
勝利を確信し、アリーシャは高らかに宣言する。
「魔法都市横濱の全て使い、九条翔馬を捕らえるぞっ!!」
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