第23話 暗躍のヴァンパイア.15

「あと、魔法機関員だったおじいちゃんの影響かな」

「機関員? もしかして、不祥事を起こしたのって……」

「うん。機関の中では結構有名だったんだよ。英国でも名前が知られてるくらいだったって。だから、ニュースになったりはしなかったけど機関内では大きな問題になっちゃって」

「……それが、風花が機関に冷遇されている理由か」


 風花はただ、うなずくことで応えた。


「でもね、絶対に悪いことなんてする人じゃないんだよ! 困っている人がいたら放っておけなくて、いつもあっちこっち飛び回って! いつだって誰かのためにがんばってて!」


 それは家族だから、幼い頃からその背を見続けてきたからこそ知る祖父の姿。


「……風花家の、ヒーローだったんだよ」


 不祥事の発覚と共に魔法機関は手のひらを返し、『風花』を叩き始めた。

 それまでの活躍がむしろ反動となって、今ではもう機関員は『敵』ばかりだ。

 風花の両親は魔法都市からの転居を決めた。しかしそれでも風花は残った。この街に。

 そして高名な機関員だった祖父のことを、今でもただ一人信じ続けている。


「その魔封宝石はおじいちゃんの持ち物だったんだけど、わたしが持ち出していたから運よく機関に没収されなかったんだ」

「そうだったのか。大切な……ものなんだな」


 翔馬は手にした魔封宝石をじっと見つめる。


「不祥事のこともきっと何か理由が、裏があるんだと思う。だから手柄を立てて信用を取り戻したら、真実を確かめたいんだ」


 向けられた視線は、ただひたすらに真っすぐだった。


「――もう一度、胸を張って『風花』だって言えるように」


 それこそが風花まつりの目標、そして願い。


「でも、事件が起きても連絡一つもらえないわたしには、ただ当てもなく魔法都市を歩き回ることしかできなくて……一人でずっと途方に暮れていて」


 それは、翔馬と出会うまでの日々のこと。


「だけどね、翔馬くんと組んでからはそんな風にはならないんだ。だから、なにより今は」


 風花はゆっくりと視線を上げると――。


「翔馬くんで……翔馬くんがいてくれてよかった」


 恥ずかしそうに言って「えへへ」と笑った。


「それは俺も同じだよ。風花がいてくれなかったらどうなっていたことか」


 そもそも、助けられたのはこっちの方なんだけどな。


「でもさ、横濱を一人で周ってた時ってそんなにキツかったんだな。風花なら自分の力でサクッと……って、風花? あれ? 死んでる! いつも爽やかな風花の顔が死んでる!!」


 え、そんなに? そんなにつらかったの!?


「で、でも! 今はこうして二人一緒だからな!」

「……ありがとう。翔馬くんの力になれるよう、ガンバリマス」

「目がうつろなままだぞ!」

「翔馬君の力になれるよう、ガンバリマス」


 か、風花が壊れたレコーダーみたいになってる。

 よ、よし、こうなったら。


「そういうことなら、ここで景気付けに例の決めゼリフをお願いします!」

「……例の?」

「ほら、得意の『見せてあげる――ボクの魔法を』ってやつ」

「どうしてそんなの覚えてるのっ!?」

「羨ましくてさ。いつか俺もそんなこと言ってみたいなーと思って」


 効果は抜群。

 風花が正気を取り戻したのに気づいた翔馬は、一転してニヤニヤし始める。


「というわけでお願いします。ほら、なにを見せてくれるのかな? まつり君?」


 しかしそれは男子機関員ごっこをしていた時の決めゼリフ。

 当然風花にとっては完全な黒歴史なわけで、顔を真っ赤にしながら右手を振り上げた。


「もーっ! 翔馬くんのばかー!」


 放ったコースターが翔馬の胸元に当たる。


「あははは。でもそういう目的があるんだったら、俺を機関に売るのはもっと事件が大きくなってからの方が、手柄も大きくていいかもな」

「うん、そうする」

「おいっ!」

「あはは、冗談だよ。吸血鬼を捕まえた時に一緒に突き出して大手柄にするんだからっ」

「こらぁぁぁぁッ!!」


 逆襲の風花はもういつも通りの笑顔だった。そんな姿を見て、翔馬は思う。

 風花には、大切な願いがある。

 それなのに、手配犯である俺に「共犯になろう」と言ってくれたんだ。

 その上、機関の同僚に傷つけられてまでアイテムを用意してくれた。

 ……守らなくてはいけない。その願いを。

 だから少しでも早く魔法を形にして、吸血鬼を――――倒すんだ。

 翔馬は風花に託された魔封宝石を、強く握りしめた。


   ◆


 猫娘飯店を飛び出したアリーシャは、そのまま中華街大通りから裏中華街へと逃げ込んだ。


「な、なんなのよ……」


 そこは真っ赤な提灯が並び、小さな飲食店が所狭しと詰め込まれた香港小路の一角。


「なんでいきなりスカートをたくし上げ始めるのよ――――ッ!!」


 路地裏で一人、吠える。


「ああああいうのは『悦楽天』の中だけじゃないの!? 違うの!?」


 意気込んで翔馬たちの背後の席に陣取ったところまではよかった。でも、即アレだ。

 店員が注文を取りに来る前に店を飛び出て来てしまった。


「だいたいあの二人は店に入るまでの雰囲気と違いすぎなのよ! なんのスイッチがどう入ったらああいうことになるわけ!?」


 九条はもちろん、風花はあんなことするようには全然見えなかったのに……。

 やっぱり機関員は信用できないわ!

 不満を爆発させ続けたアリーシャは、ようやくここで一つ息をつく。

 ……それとも。

 あれくらいはできないと九条はオトせないっていうの?

 自分があんなことをするところなんて、全然想像ができないんだけど。


「そもそも私にあんなことできるわけないのよ。こっちは伝説の吸血鬼なのよ!? 異種の王なのよ!? あんなのありえないわよっ!!」


 そう言いながらアリーシャは、履いているスカートの裾をつまんでみる。

 ……ごくり。

 そしてそのままちょっとだけ持ち上げると、白く、そしてスラリとした長い脚がのぞく。


「…………」


 そこからさらに持ち上げていくと、黒いレースの下着がわずかに見えて――。


「って、できるわけないでしょ――――ッ!! 頭を何に、どういう角度でぶつけたら飲食店の中でスカートをたくし上げるような奇行ができるようになるのよ!!」


 そう叫んでアリーシャは、その場にくずれ落ちた。


「さすがにあそこまでされてしまったら、もうおしまいだわ……」


『今度こそ』なんて一人で勝手に意気込んで……バカみたい。

 まさかの完全敗北で、涙に揺れる碧い瞳。


「吸血鬼対策、近い内に動きがあるらしいぞ。今メンバーを選出しているらしい」


 そこに飛び込んで来たのは、巡回中の機関員たちの姿だった。


「さらに別働の部隊を追加するわけか」

「あー俺も戦いてぇなぁ。相手は完全な悪者だから、加減もいらねーしよォ!」


 若い男子機関員の放った魔弾が、古い立て看板を弾き飛ばす。

 足元に転がって来た看板の残骸に、アリーシャは思わずその顔を上げる。

 そして、思い知る。

 右にも、左にも、見える無数の機関制服。

 こんなところにまで機関員が……。


「魔法機関の規模は、百年前とは完全に別物だわ」


 思わずもれる言葉。

 魔力が封印されている今、戦いになれば敗北は必至。

 それどころか、逃げることすらできそうにない。

 そして捕まってしまえば、今度はもう封印などでは済まないはずだ。

 終わりだろう。


「……学院にだって行けなくなる」


 長い眠りの間に街も、人も、そして『異種の王』と『魔法機関』の力関係も、何もかもが大きく変わってしまった。

 時の流れに置き去りにされたアリーシャは一人、呆然とする。


「百年は、長すぎたわね……」


 裏中華街ではまだ、異種や魔術士たちが吸血鬼の復活に盛り上がり、機関員が各所で目を光らせている。

 それは吸血鬼を狙う、恐るべき密度の包囲網。


「……学院生か?」

「ッ!!」


 突然機関員に声を掛けられて、鼓動が跳ね上がる。


「学院生の入っていい場所じゃないぞ……お前、ここでなにをしている?」

「別に何もしていないわよ」

「……怪しいな。調べるからこっちに来い!」

「道に迷っただけよ!」

「あっ、おい待てッ!」


 アリーシャは、脱兎のごとく走り出した。

 そして、あらためて痛感させられる。

 これが力を封じられた吸血鬼の現状。

 今この魔法都市は、アリーシャを狙っている。そう、全てが敵なのだ。

 このままではやがて、機関は総力を挙げて裏中華街へと攻めてくるだろう。

 そして悪は、討たれる。


「ハアッハアッハアッ。どうすれば、どうすればいいのよ……っ」


 元来た道を逃げ戻り、息を切らすアリーシャはもう満身創痍だった。

 しかし、その目は捉える。


「あれ……は……」


 猫娘飯店を出て来た、翔馬と風花の姿を。


「……まだ」


 アリーシャは再び歩き出した。


「まだ全てが終わってしまったわけではないわ……なんとか、なんとかして魔力を取り戻さないと。生き残るために……っ」


 わずかな希望にすがる様に、二人の後を追いかけて。

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