第18話 暗躍のヴァンパイア.10

 翔馬は大きくため息をつく。さすがにこれには落胆を隠せない。

 するとオードリーは、そんな翔馬を見て静かに語り始めた。


「このアイテムは、天授の部屋から持って来られたとのことでしたが」

「ああ、そうだけど」

「天授の部屋は、魔法機関の方たちの間ではガラクタ山などと呼ばれております」

「えっ、そうなの?」


 視線を向けると、風花は少し困ったような表情をした。


「ただそれは現状で使い方が判明していないアイテムが置かれているからそう呼ばれているのでありまして、使い方さえ分かればAランク、いえ、そのほとんどが機関に封印されているSランクアイテムの可能性もあるのでございます」

「……そうなのか」

「はい。使用条件は限定すれば限定するほどそのアイテムの効果を高めますが、他人に使われないよう条件や効果を知られないことも重要になります。そうなれば自然と、使用者が手放した後にそのアイテムの使い方が分からなくなってしまうことも多くなるのです」


 なるほど、使用条件が謎のままになっちゃってるわけだ。


「天授の部屋のアイテムたちは、使用条件が分からないので効果を確かめることができない。でもハイランクの可能性は捨てきれない。よってそのまま放置されている物ばかりです」

「……なんか、鍵をなくしちゃった宝箱みたいだな」


 翔馬がそう言うと、オードリーは一瞬で目を輝かせた。


「まさにその通りでございます! 本当はすばらしい効果を持ちながらも、流れ流れて天授の部屋にたどり着いた可能性もある! 私にとってはガラクタどころか宝の山なのです!」


 その口調は、一気に熱を帯びていく。


「何か特別な理由があって全てを秘密のまま作られ、いつか再び必要な時のために眠りについている特製の一品物か、名もなき誰かの作った失敗作か、どちらの可能性もございます!」


 そうだよな。条件が厳しいほど効果も強いわけだし、可能性はあるはずだ。


「それはとても夢のあることだと、私は思うのです」

「……オードリー」


 その目はとても真摯だった。

 どれだけ魔法アイテムに対して熱い思いを持っているのか、強く伝わってくる。

 きっとアイテムたちが『ガラクタ』なんて呼ばれているのが悲しいんだろう。

 オードリーは少し変わってるけど、本気で魔法アイテムを愛する……純粋な変態店員なんだ。


「このガントレットに出会った時、九条様はどう思われましたか?」

「そうだな……他のアイテムは全く目に入らなくなった。もし他にどんなすごい物があったとしても、俺は結局こいつを選んでいたと思う」

「天授の部屋ではその人物に必要な物が与えられます。そうでなければいつまで経ってもどのアイテムをペロペロするのか決められなかったでしょう」

「だからペロペロはしちゃダメなんだよ」

「この子はずっとこの時を待っていたのだと思います。ですから九条様さえよろしければ、お側においてあげてください。何がきっかけで目を覚ますのかは……分からないのですから」


 オードリーはそっと俺の手を取ると、ガントレットを着けてくれた。


「……やっぱりこれ、かっこいいよな」

「きっと九条様に、天が授けた宝物なのでしょう」


 オードリーはそう言って、かすかにだけど、たしかに微笑んだ。


「うまくまとめたなぁ」

「ドヤァでございます」


 そう言って両手を腰に当てると、最後は得意顔だ。


「奇跡のSランクアイテムの可能性も、お祭りの露店でクジを引いてゲーム機を当てるくらいの確率でありえますので」

「それは『ない』って言うんだよ」


 この言い草には、風花もくすくすと笑っていた。


「でもさ、俺みたいな使えないヤツには使い物にならないアイテムがお似合いだって、押し付けられた可能性もあったりして。アハハハハハ」


 俺もオードリーに乗っかってそんな冗談を言ってみたり……。


「ハハハ……早く否定してくれよ!」


 なんで二人とも急に「その可能性があったか」みたいな顔になるんだよ。


「あははは、ごめんね九条くん。つい乗っかっちゃった。あ、そうだ」


 風花はそう言って笑うと、店内に陳列されていたレザーベルトを一つ選んでカウンターに乗せた。それはアイテムを腰から下げて携帯するために使うものだ。


「オードリー、これもいいかな」

「鑑定料代わりということでしたら、とてもめずらしいアイテムを拝見させていただきましたし、役には立てませんでしたので、お気になさらないでください」

「ううん、そうじゃないよ。ちょっと必要になったから」

「そうですか、かしこまりました……時に風花様、先程から少し気になっていたことがあるのですが、よろしいでしょうか」


 会計を済ませ、オレンジ色の紙袋を手渡したオードリーは不意にそんなことを言い出した。


「うん、なにかな?」

「お二人は、恋人なのですか?」

「…………ッ!!」


 突然ぶつけられた大胆な質問。

 風花がまた、めちゃくちゃに慌ててるぞ。

 でもそうだよな。教室では風花がとっさに恋人だって言ってくれたから共犯関係への追求を避けられたけど、こうして一緒に行動する限りどこまでもついて回る問題なんだ。


「どうなのでしょうか」

「…………恋人……だよ」


 あ、この感じヤバい! 風花がさっきと同じキマった顔をしてる!


「なるほど。恋人同士ということは――」


 はい来た! 図書館前と同じような流れだ!


「やはり九条様も、ペロペロされているのでしょうか」

「ペロペロってなんだよ!? よし、もう行こう!」


 店を出ようと、翔馬は急いで踵を返す。

 しかしそのキマった目をカッと見開いた風花は。


「されてるよ――――ッ!!」

「風花少し黙ろう!!」


 なんでこの展開になると周りが一切見えなくなるんだよッ!!


「なるほど、ペロペロされているのですね。それではぜひ、そのペロペロぶりをここで披露して――」

「出来るわけないだろっ!!」

「出来るよおおおお――――っ!!」

「風花は黙ってろおおおお――――っ!!」


 暴走する風花の口元を、翔馬は強引に押さえ込む。

 こ、ここでペロペロして見せろはさすがにシャレにならねえよ!

 さっき太ももで感じた柔らかな感触を思い出して、翔馬はドキドキしてしまう。


「なるほど、お二人は仲がよろしいのでございますね」


 するとオードリーはそう言って、二人を交互に眺めた。


「……うぅ」


 少し落ち着きを取り戻した風花は、恥ずかしさに任せて紙袋をギューッと抱きしめている。


「さすが風花様。とても初々しいリアクションを拝見させていただきました。素敵な方を選ばれましたね」


 すると風花は翔馬の方に視線をチラリと向けて「うん。そうなんだよ」と答えた。


「はい。使用条件が分からず起動しないアイテムを『鍵をなくした宝箱』と表現する方に悪い人はいません」

「どういう判定基準なんだよ」

「そして何より、ペロリスト仲間でございます」

「それは違う!」

「く、九条くん、そろそろ行こうよ!」


 続く恋人話に居づらくなったんだろう。風花は会話をさえぎるように声を上げた。


「あ、ああ。そうしよう」

「それではまたペロ……鑑定のアイテムなどがある時はいつでもお気軽にいらしてください。僭越ながらこのオードリー、九条様に好感を抱いてしまいました」

「それはどうも……っておい、まさかこれもペロったんじゃないだろうな」

「ご来ペロ……ご来店ありがとうございました」

「これ絶対ペロッてるだろ! まあまあ激し目にいっただろ!」


 追求する翔馬に対して、オードリーはド下手な口笛でごまかし始める。


「ほ、ほら、もう行こうよっ! オードリー、今日はありがとうね!」


 風花はそう言って翔馬の腕をがっちりつかむと、そのまま店の外へと引っ張っていった。


「せっかくの美人なのに、ひどい変態ぶりだったな」


 店を出た翔馬は、肩を落としながらつぶやいた。


「しかも結局、ガントレットの効果は分からずじまいか……」


 変態アイテムペロリストのオードリーは、間違いなく魔法都市でも屈指の知識人だろう。Sランクのアイテムは『魔術至宝』と呼ばれる奇跡の一品物だ。物によっては国を傾けかねないアイテムに携われる人物なんて早々いない。

 そんなアイテム博士に聞いても分からないとなると、さすがにどうしようもない。


「……吸血鬼はもう、すぐそこまで来ているかもしれないっていうのに」

「あのね九条くん。少し話がしたいんだけど、いいかな?」


 翔馬が途方に暮れていると、どこか遠慮がちに風花が切り出してきた。


「そういうことなら中華街辺りにしようか。俺も話しておきたいことがあるし」


 情報収集のあてを失ってしまった今、他に行くべき場所もない。

 こうして翔馬は、まだほのかに顔の赤い風花を連れて中華街へと向かうことにした。

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