第19話 暗躍のヴァンパイア.11
ショーウィンドウの外から店内をチラチラと眺めては、店から出てきた老人に驚いて通り過ぎ、また戻って来ては中をのぞいて通り過ぎるという奇行を繰り返す不審人物がいた。
その驚異的な異能が後世に語られるほどの伝説的な存在にして『異種の王』と呼ばれる吸血鬼、アリーシャ・アーヴェルブラッドだ。
「人前でヒザの上ってなによ……人前で……ヒザの上って……」
アリーシャは、あの公開イチャつきの衝撃から立ち直れずにいた。
「あんなのを見せられたらもう、声もかけられないわ」
二人の後をつけてはきたものの、出るのはため息ばかりだ。
ヒザの上に彼女を乗せて耳に息を吹きかけている時の対処法なんて、さすがに想像もつかない。
「きょ、今日のところは一度……引き上げた方がいいわね。そうよ、それがいいわ」
精神的ダメージの大きさに、いよいよ踵を返すアリーシャ。するとそこに。
「アリーシャちゃん見ーつけたっ!」
「メアリー……それに玲も。どうしたのよこんなところで」
アリーシャが問いかけると、メアリーは楽しくて仕方ないといった表情で駆け寄ってくる。
「もう我慢できなくって、アリーシャちゃんの恋模様を見に来ちゃいましたっ。調子はどうかな?」
「……別に。問題ないわ」
「九条くんはどこにいるの?」
「店の中よ」
「どれどれ……あ! 見て見て玲ちゃん! 例の機関員ちゃんもいるよ!」
「ふん、私は機関員になど興味はない」
「でもでもすっごく可愛いよ!」
「ふん、私は機関員になど…………ッ!?」
「ねっ、可愛いでしょ!」
風花を見た玲が、鼻血でむせ返る。
圧倒的な美しさを誇る吸血鬼のライバルが正統派の美少女であることに、メアリーは大よろこびだ。
「ライバルに不足なしっ。こんなの絶対面白いことになるよっ!」
そう口にしたメアリー、突然振り返る。
「あっ、二人が出て来るよ!」
すぐさま三人は建物の陰に身を隠す。
メアリーはもうそれ自体も楽しいのか、キャッキャ言いながら玲の背中に陣取り、翔馬たちが通り過ぎるのを待つ。
「なんだかワクワクしちゃうね! さあアリーシャちゃん、機関員ちゃんと一騎打ちだ!」
そう言ってメアリーは、翔馬たちの背を指差した。
しかしアリーシャは動かない。
「アリーシャちゃん?」
「……九条のことは、もう少し様子を見ながらでもいいんじゃないかしら」
ヒザ乗せイチャつきのせいで伝説の吸血鬼、完全にひよる。
するとそれを見越したメアリーは、またもニヤリと笑みを浮かべた。
「あれれー? もしかして……怖くなっちゃったのかなぁ?」
「ッ!」
そして再びぶつけられる、あからさまな挑発。
だが今回は、さすがにアリーシャも乗っからない。
「そ、そんなわけないでしょう。まだ体力的にも回復し切ってないし、ムリをする必要もないっていうだけで――」
「おいメアリー」
とにかく一度、精神的回復を図りたいアリーシャ。
しかしその流れを、玲を遮った。
「アリーシャ様が、学院生ごときを恐れるはずがないだろう」
「ッ!? ちょっ、玲!?」
「後世にも名を残すほどの圧倒的な力だけではなく世界が産んだ生ける宝石のごとき美しさを誇る麗しきアリーシャ様であれば赤子の腕をひねるよりも簡単にオトしてしまうに決まっている!」
そう一息で言い切った玲は、振り返る。
「ですよね? アリーシャ様」
そして向けられる、信頼の視線。
「そうだねっ。あの伝説の吸血鬼が無様に逃げちゃうなんてありえないかも」
メアリーはここぞとばかりに挑発を繰り返す。
「もちろん……余裕なんだよねぇ?」
「…………」
「ね? アリーシャちゃんっ?」
対して、伝説の吸血鬼様は――。
「…………余裕に、決まってるじゃない」
結局それに乗っかってしまうのだった。
「さっすがアリーシャちゃんっ!」
「と、当然よ! しっかりとその目に焼き付けなさい!!」
そう短く返して、半ば自棄になった涙目のアリーシャは歩き出す。
そして思い出したかのように――その足を止めた。
「い、一応聞いておくけど」
「なーに?」
「同じ日に三度も会ったら、おかしいと思われない?」
「どういうこと?」
「後をつけてるんじゃないかとか、その……」
「その?」
「私が九条のことを…………す、好きだとか」
メアリー、もうたまらない。
「ぜんっぜん大丈夫っ。素敵な偶然だって思ってくれるよ。それに、九条くんを奪うつもりなら突撃あるのみだよっ」
「突撃……あるのみ」
……そうよ、そうだわ。
イチャついてるくらいなによ。
あの漫画みたいに、直接イヤらしいことをしてるわけじゃない!
九条のヒザの上に風花が座っているんだったら、さらにその風花のヒザの上に座ってやればいいのよ!!
「今後こそ、今度こそ覚悟しなさい九条!」
アリーシャは、再び息も荒く歩き出す。
金色の髪をかき上げるその姿は美しく、恋人がいない時だけ都合よく「リア充爆発しろ」とか言って非リア充アピールをしてる男女のカップルが、思わず目を取られて近くのゴミ捨て場に突っ込んだ。強めに。
「ああーもうっ、アリーシャちゃん最高だよっ!」
「私はやはり気に入らん。アリーシャ様がどこの者とも知らぬ男になど……っ」
玲は嫉妬をの表情を隠すことなく言う。
「でもでも、やらなきゃ機関に捕まっちゃうんだよ?」
「く、ううう……アリーシャ様の力が戻ったら男の方はドラム缶に詰めて島流しにしてやる。だが、そもそもメアリーから見てあの二人はどうなんだ?」
ワクワクを隠せない様子のメアリーに、玲がたずねる。
「なんだかあんまり恋人っぽさを感じないんだよねー。メアリーはチャンスあると思うな」
浮かれながらも、その推察は適確。
「……それにしても、悪の吸血鬼なんて言われ様が本当に信じられないなぁ。アリーシャちゃん、こんなに可愛いくて面白いのに」
先を行くアリーシャの背を見ながら、メアリーはつぶやく。
「学院に通うのにも前向きだったし……どういうことなんだろ?」
しかし、すぐにその表情を戻すと。
「あっ、ほらほら玲ちゃん。早く追いかけないと置いて行かれちゃうよっ」
そう言って、玲の手を引き走り出した。
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