第17話 暗躍のヴァンパイア.9
翔馬と風花は、幻想図書館から馬車道へと戻って来た。
二人が通学にも使うこの道は、古くは横濱港を利用する外国人が馬車で通行していたことがその名の由来となっている。
レンガ敷きの歩道に並ぶ青々とした街路樹。また飲食店が多いためにいつでも賑わっているのが特徴だ。
「それで、アイテム博士はどこに?」
「ここだよ」
そう言って風花が指差したのは、馬車道の外れにたたずむレンガ造りの建物だった。
軒先に見える金属製の看板には英語で『ORANGE PLANET』と、屋号が書かれている。
その外観はまるで、英国の仕立て屋のような雰囲気だ。
「こんなところにアイテム店があったのか」
翔馬は模様の刻まれたドアノブを回し、木製のガラス扉を開く。
「……いらっしゃい」
すると中には真っ白な髪とヒゲに丸メガネをかけた、気の良さそうな老人が立っていた。
四つの小さなシャンデリアによって、温かな光に照らされる魔法アイテムの数々。
ローズウッドのショウケースには浮遊石や念写カメラ、魔法薬の一つである性別逆転キャンディなどが並ぶ。
その他にもトランクやカバンを始めとした革製品なんかもあり、天授の部屋とはまた違った『見せる』ための配置がされている。
これこそが、世界で最も金のかかるコレクション。
下手な貴金属なんかより高価だから壊したら大変だし、そもそも場違いだと思って専門店になんて来たことなかったから……なんだかちょっと緊張するなぁ。
「あ、あのっ」
翔馬は一度息をついてから、思い切って老人に声をかける。
「見て欲しいアイテムがあるんです!」
「…………ふむ」
するとツイードのベストを羽織った老人は、古びたメガネをゆっくりと持ち上げてみせた。
この余裕ある態度と深みを感じさせるたたずまい、明らかにただ者じゃない!
翔馬は身構える。
間違いない! この人がアイテム博士だ!!
「それは店員に言ってもらえる?」
「……店の人じゃないの!?」
「ワシは客じゃ」
用事は済んでいたのか、老人はゆっくりと店を出て行く。
「客だったのかよ……どう見ても店のオーナーだろ、その雰囲気は……」
「どうかされましたか?」
すると今度は女性にしては身長の高い、どこか北欧的な印象の外国人が現れた。
「……あ、いえ」
翔馬は思わずのけ反ってしまう。な、なんだこの人……。
ピッタリとしたブルネットの髪だけでも十分印象的なのに、派手でレトロな袖なしワンピースを着ているせいで、どこからどう見てもエキセントリック。
この感じ……間違いない! あんまり関わらない方がいいタイプの人だ!
「私、オードリーと申します」
ほら! 勝手に自己紹介始めるし、この服装でなぜか口調はやたら平坦だし、絶対そうだ!
「この魔法アイテム店『オレンジプラネット』の、アルバイトでございます」
「……こっちが店員なの!?」
「はい、風花様もお久しぶりです」
そう言ってカウンターに入って頭を下げると、風花も「うん」と慣れた感じで返した。
「それならそうと先に言ってくれよ。ちょっとアレな客だと思ったじゃないか」
「ちなみに時給は800円となっております」
「いや、時給は聞いてないです……ええと、九条翔馬です。よろしくおねがいします」
「九条様ですね。ぜひ私には気を使わず、ご友人に話し掛ける感覚で接していただければと思います」
「え、そうなんですか? アイテム店はどうしても高級なイメージがあって入りづらかったけど、意外と砕けた感じなんだなぁ」
「さて、本日はいかがされましたか?」
「ああいや、少し見て欲しいものがあるんだ」
「……どうやら、そのようですね」
オードリーの視線が、翔馬を捉える。
「実は出会った瞬間からこの不肖オードリー。ときめいておりました」
さっきまで淡々としていたオードリーの様子が、なんだかおかしい。
「すでに私…………ハアハアしております」
「急にどうした!?」
翔馬は思わず声を上げた。
なんでいきなり顔を上気させてるの!?
ていうか本当にめちゃくちゃ息が荒くなってるんだけど!?
「よろしいのですか? 風花様?」
「うん、おねがいします」
「え、なに? 風花は今なにをお願いしたの?」
「それでは失礼して……」
「なっ! い、いつの間に!?」
一瞬で距離を詰めたオードリーは、あっという間に翔馬の懐に入り込む。
そしてそのまま翔馬をカウンターに押し倒した。
「ちょっと待て! 今の一瞬でどうやってカウンターを乗り越えたんだよ!」
「さあ九条様、包み隠さず私に全てをお見せください」
そう言ってバンザイ状態の翔馬にまたがると、ペロリと舌なめずりをする。
「お、おい――っ!」
そしてそのままゆっくりと、のしかかってきた。
「ふふ、これは楽しみです」
いや、ちょ、目の前に顔が、顔が近づいて来るっ!
「おおおおい! なんだよ!? なんだよこれッ!?」
「それでは、失礼いたします」
「う、うわああああああああああああああああああああ――――――あ、あれ?」
な、なんだ? 何も……起こらないぞ?
翔馬が閉じていた目を恐る恐る開けてみると、オードリーは上気した顔で頬ずりをしていた。
「これはまたなんとも興味をソソられる……美しいアイテムでございます」
「そっちかよ!」
翔馬は慌ててカウンターから逃げ出すと、外したガントレットをオードリーに押し付けた。
「ああもうっ! 頼むからしっかり見てくれよな!」
「……おお、これはいい仕事してますねぇ。ちなみにこのアイテムはどちらで?」
「学院地下の天授の部屋だよ……なにか分かる?」
翔馬は祈るような気持ちでたずねる。
「なるほど、かしこまりました。私このアイテムは完全に初見でございます」
その言葉を聞いた風花は、残念そうに息をついた。
「……やっぱり」
「やっぱりって、オードリーが見たことない物ってそんなにめずらしいのか?」
「ふふふ。恥ずかしながら私は重度のアイテム狂でございまして。時給800円でのアルバイトも趣味と実益とペロペロを兼ねた仕事であると、若干の興奮を覚えている次第であります」
「ペロペロはやっちゃダメだろ」
「それゆえにアイテム図鑑に乗っている物は百年分全て頭に入っておりますし、裏ルートの物に関しても鑑定や修理の仕事でかなりの数に触れております。それは目にしただけの物も含めれば数千、数万点にも及ぶでしょう。その中にはSランクの物だけでなく、アウラヘリテージやノキアコレクションの物もございました」
「マジかよ……それはすごいな」
ただのアルバイト店員かと思いきや、そんなにスゴい人だったのか。
「今でも鮮明に覚えています。Sランクあの輝き、あの重み、あの……舌触り」
スゴい変態だった。
「それならせめて、オードリーから見てこのアイテムはどうかな?」
風花がたずねると、オードリーはルーペを取り出してガントレットの鑑定を始める。
「機械仕掛けのアンティークという、非常に心躍るアイテムです。内部の構成などから見るに、作られたのも使用されたのもかなり昔のことなのではないでしょうか」
「あ、も、もしかしてさ……俺の方に問題があるとか?」
なにせ魔術もロクに使えない行き止まりだし、そういう可能性もあるんじゃないのか?
しかしオードリーは「いいえ」と首を振る。
「アイテムは魔術と違い適正のようなものはほとんどございません。そうなると『使用条件』のどれかを満たしていない可能性が高いと思われます」
「使用条件か……」
「ゲッシュの一種ですね。使用回数、使用者、起動設定など『何かを限定する』ことで、通常よりも高い効果を発揮させるという魔術の手法です」
「そうなると……ダメなパターンはなんだっけ?」
「はい、使用回数をすでに使い切られている場合と、専有使用者が決まっている場合は残念ながら使い物にならないと考えていただいた方がよいと思われます」
そう、それだ。
単純に使用可能回数を終えていて使えないってのは定番だけど、使用者を女子のみに限定されてた場合も、俺じゃ使えないんだよな。
「そして条件さえ満たせば誰でも使用できるのが、チャージタイムと起動設定の二つとなります。チャージタイムは単純に一度使用すると一定時間経たないと使えないという限定で、起動設定は合言葉や特定の条件を満たさないと起動しないというものでございます」
「そのどれに当てはまるのかだけでも分からない?」
翔馬は食い下がるが、オードリーは再度首を横に振った。
「形状や効果である程度の予測を立てることはできますが、このガントレットは構造が複雑な上に古く、効果も分かりません。場合によっては使用回数と起動設定という限定が同時にかけられていることも考えられます」
「そうか……やっぱり使えないのかぁ……」
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