第15話 暗躍のヴァンパイア.7

「見つけたわっ!」


 幻想図書館を出た翔馬と風花の前に立ちふさがったのは、一人の少女。


「……誰だよ」


 長い黒髪に白いヘアバンド。

 見知らぬ相手に翔馬が問いかけると、旧家の娘のような雰囲気の少女は鋭い視線を向けてきた。


「私は『まつり君を見守るお姉さま』の一人、御園すみれと申します」

「なんだそのヤバい肩書は」


 ツッコミを入れると、彼女の背後に数名の女子生徒たちが集まって来る。

 な、なんだこいつら。


「……ありえない」


 困惑する翔馬を目前に、すみれはポツリとそう口にした。


「はい?」

「ありえないわ! まつり君に彼氏ができるなんてッ!!」

「いや、別におかしくないだろ」

「いいえ! まつり君に彼氏なんて、どう考えてもありえないのよ!」


 ハッキリと否定するすみれに、集まった女子たちも続く。


「その通りです! つい春先まで男子用の機関制服を着て魔法都市を走り回っていたんですよ! 男子機関員まつり君として!」


 まくし立てる女子生徒たち。対して風花は――。


「……なんのことかな」


 真顔でそう口にした。


「なっ!? あの日々をなかったことにするつもりなの!?」

「あのなぁ、風花がそんな痛いことするわけないだろ」


 俺を吸血鬼から助けてくれた、頼れる魔法機関員なんだぞ。


「それならこのブロマイドを見てください!」


 すると一人の女子が、大きく一歩踏み出してきた。

 彼女の手には、今より髪の短い決め顔の風花が写った大判の写真。


「これが私たちのまつり君です!」

「髪が短かった頃の、なんでもない写真だよ」

「いいえ! このサインのなめらかさを見てください! 相当練習を積んでいないと、こんなに上手には書けません!」

「し、知らないよ」


 否定する風花にしかし、少女はうっとりとした顔をする。


「今でも忘れません。私が泣いていた時、まつり君は肩を抱いて言ってくれたんです」

「なんて」


『ボクの風で、君の涙をそっと払うから』


「……そんなこと、言ってない」

「ああ。風花はそんな恥ずかしいこと言わねえよ」

「いいえ! 私にもありました! まつり君はこう言ったんです!」

「今度はなんだよ」


『ボクは一陣の風。いつでも君を優しく抱きしめよう』


「おい、いい加減にしろよ。風花はそんな痛いこと言わないんだって。なあ?」

「う、うん。記憶にない」

「……そう。あくまでなかったと言い張るのね」


 否定を貫く風花に、すみれは渋い顔をする。


「知らないものは知らないよ」

「それなら……あれを出して」

「はい!」


 すみれの指示に、一人の少女が動き出す。


「こちらを見てください。私の魔術は、過去に見たものを立体映像で再現することができるんです!」

「……えっ?」


 驚く風花。少女が魔術を発動する。

 すると彼女の足元から、スーッと立体映像が浮かび上がる。

 現れたのはやはり、今より髪の短い風花だ。

 爽やかな美少年。そんな風にしか見えない過去の風花は、男子用の機関制服姿でくるりと一回転。

 そのまま翔馬をビシっと指差した。

 そして軽やかなウィンクを決めると――。



『――――ボクの魔法を、見せてあげるっ』



「…………おい、風花」

「いやああああああああ――――ッ!」


 上がる悲鳴。しかしこれでは終わらない。


「まだです! 見てください! この後の決めが最高なんです!」

「やめて! やめてよっ!」


 風花は必死に静止を訴えるが、立体映像の風花は止まらない。

 指で作った銃の先を「フッ」と吹いてみせると――。


『風の弾丸で、君のハートを狙い撃ち』


「やめてくださいおねがいだからああああ――――ッ!!」


 まあまあの音量で響き渡る自らの決め台詞に、風花が崩れ落ちる。


「風花、ノリノリじゃねーか……」

「これがつい数か月前なのよ! こんなまつり君が、急に彼氏とイチャつき出すなんておかしいわ!」

「そんなことないよ!! もうわたしは絶対にまつり君とかやらないんだよ!!」


 ……やってはいたんじゃないか。


「私はまつり君と出会った日を記念日と制定し、毎月お祝いと称してパーティを開き、夜が明けるまで舞を踊り狂っているわ。時に英雄のような勇敢さで、時に少年のようにあどけなさで私たちを助けてくれたまつり君は本当に、本当に素敵なの」


 お、おお、ヤバいな。この人まあまあ目がイッてる。


「そんなまつり君が、急に女の子になろうだなんてありえないのよッ!!」

「わたしは元から女の子だよ!!」

「いいえ! まつり君はいつだって私のカッコいいまつり君だわ!!」

「違うよ!!」


 ああ、あの夜のかっこいい機関員風花は一体どこへ行ってしまったんだ。


「なんでも、田中さんから教えて頂いたこの九条翔馬wikiによると、二人は淫らで卑猥な関係だとか」

「……え!? 本当に俺のウィキを作ったバカがいるの!?」


 ていうか『カテゴリ:淫獣』ってなんだよ!


「まつり君、それは本当なの?」

「ほ……本当だよっ! わたしは普通の女の子で、わたしたちは恋人なんだから!」

「そのわりには、手もつないでいなかったようだけど」

「っ! て、手ぐらい普通につなぐよ!」


 そう言って風花は手を伸ばす。

 しかし翔馬も女の子と手をつないだことなどない。

 結果、慌てる二人の手は――。

 ガッ。ガッガッガッ。


「あっ、あれ?」


 ガツガツとぶつかるばかり。


「ずいぶん苦労しているようだけど?」

「そ、そんなことないよ!」


 指摘されて、風花は余計に慌て出す。

 くっ、こうなったら仕方ない!

 翔馬は覚悟を決めて、強引に風花の手をつかみにいく。


「風花」

「ッ!」


 手を握られて、風花は身体を硬直させた。

 そして所在なさげに視線をさ迷わせたあと、細くやわらかな手で弱々しく握り返してくる。


「ほ、ほら。全然、ふ、ふ、普通だよ」

「ひどく噛み倒しているように見えるけど?」

「そそそそそんなことないよ!」

「……ふーん」


 よし。とりあえずこれで、急場はしのげたか?

 息をつく翔馬と風花。

 すると御園すみれは、スッと二人の後方を指差してみせた。


「でも。二人が卑猥な関係だというのなら、当然ああいう事もするのよね?」

「ああいうこと?」


 風花が振り返ると、そこにはベンチでイチャつく一組のカップル。

 あろうことか公衆の面前で、彼氏がヒザの上に彼女を座らせていた。

 それも、対面する形で。

 いや、ないだろ。

 ああいう恥ずかしいことを人前でやるのは、頭がアレなごく一部のカップルだけで、普通はやらない――。


「……やるよ」


 か、風花さん?


「本当かしら」

「やるよ!」

「それなら、私たちのことは気にせずどうぞ」

「言われるまでもないよ! 九条くん、行こう!」


 風花は翔馬の手を引くと、そのまま幻想図書館前のベンチへと向かう。


「え? え? 風花マジで?」


 しかし風花は応えない。

 翔馬をベンチに座らせると、そのまま正面から向かい合う。


「風……花?」


 ごくりと息を飲み、風花は覚悟を決める。それから。


「し、失礼します」


 そう言って、ゆっくりと右脚を持ち上げた。

 まずは右ヒザ、続いて左ヒザをベンチに乗せると、翔馬の太ももの上にまたがる形になる。

 それからゆっくりと、腰を下ろしていく。

 太ももに感じる、柔らかさ。

 お、お尻が、乗っかってる感覚が……っ。


「「…………」」


 向き合う二人。

 な、なんだよこれ。めちゃくちゃ恥ずかしいなオイ!

 華奢な肩、そしてスカートからのぞく白い太もも。

 視線を上げてみれば、眉も八の字を描いていた。


「ほ、ほら。わたしだってこれくらいするんだよっ!」


 振り返って、風花はすみれに言い放つ。

 か、風花。あんまり動かないでくれ。さっきから太ももに柔らかい感触がグイグイと……っ。


「そう。でも向こうのカップルは、彼氏が彼女に『可愛い可愛い』連呼し始めたわよ」


 おいおいなんだよそれ。本当に恥ずかしいヤツらだな!


「当然……やるのよね?」


 いや、だから普通は人前でそんなことやらねえんだって!

 ほら、風花も言ってやれ!


「やるよッ!!」


 やるのッ!?

 いやいや待ってくれよ! さすがにあれは恥ずかし過ぎだろ!

 しかし風花は下唇を噛み、恥ずかしさをこらえながらチラッと翔馬の方をうかがった。

 うわ、か、可愛い。

 いや違う。見とれてる場合じゃない。

 こうなってしまった以上、もうやらないわけにはいかない……っ。

 翔馬は小さく息を吸って、視線を上げる。

 やっぱり風花って……可愛い顔をしてるな。

 ていうかヤバい、マジで恥ずかしくなってきた!


「え、ええと、風花」

「……はい」


 顔がドンドン熱くなっていくのを感じる。

 だが、それでも翔馬はどうにか風花の顔を真っ直ぐ見つめると――。


「やっぱり風花は、その、か……かわいいな」

「っ」


 その言葉に、風花も身体をもじもじと揺らしたあと。


「…………あ、ありがと」


 と、小さな声で返す。その頬は完全に紅潮していた。


「ちいっ!」


 その姿は完全に初々しいカップルのそれ。

 しかし終わらない。派手に舌打ちをしたすみれは――。


「あっ! 見て! ついに彼氏が彼女をギュッと抱きしめて、「マイスイートハニー」とささやいたあげく、耳に「フッ」て息を吹き掛けたわ! ……当然、当然やれるんでしょうねえッ!?」


 ……おい。

 なんだよそのクレイジーカップルは……。

 人目も気にせず恥ずかしい真似ばっかりしやがって!

 そんなことやるわけないだろッ!! いい加減にしろ――ッ!!


「やるよおおおおおおおお――――ッ!!」


 風花ァァァァッ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る