第14話 暗躍のヴァンパイア.6
しばらくして翔馬がデスクに戻ると、すでに風花は付箋を貼ったハードカバーを数冊ほど積み上げていた。
「翔馬くん? なんでそんなに濡れてるの?」
「い、いやなんでもない……ていうか意外と少ないんだな」
「うん。ちょっと不思議なんだけど、吸血鬼がどれだけ怖くて恐ろしい存在かっていう本はいっぱいあるのに、特性とか核心的な情報を書いたものはすごく少なかったんだ……なんでだろう」
「内容の方はどうだった?」
翔馬がたずねると、風花はさっそく一冊の本を開いた。
「ええと、まずは基本的な特性からだね」
該当箇所がぼんやりと光り出す。どうやらこれも魔導書の一種らしい。
「吸血鬼はまたの名を『夜を統べる者』『異種の王』といい、1910年頃に突如として横濱に現れた。その規格外の強さはアウラ・ノキアなどと並んで最強の一角との呼び声も高い。どんな魔術も自在に使いこなすその魔力は無限であるとも言われるが、恐ろしいのは驚異的な格闘能力が魔術による強化ではなく、異種特有の『異能』の一つであるということだ」
「……うわ、マジかよ」
「原則として、魔術は同時使用することができない」
「それは魔術を使う者にとっては常識だな」
「身体能力を向上させる魔術を使用している間は、別の魔術を発することができなくなる。そのため他の魔法効果を求める場合はアイテムを使用することになるが、吸血鬼は元々身体能力が異常に高いため、魔術で自身を強化する必要がない。よって格闘を行いながら同時に魔術を無制限に行使することが可能なのである」
「なんだよそれ。要は殴り合い最強なのに魔術も使い放題のバケモノってことだよな」
「そう、みたいだね」
「そんなのデタラメじゃねーか」
本来は近接格闘か中遠距離系のどっちかしか選べないのに。両方なのかよ。
「そ、それで他には?」
風花は神妙な顔つきで、次の本に手を伸ばす。
「吸血鬼特有の『異能』に吸血がある。血を吸われた者は全てを支配されるというすさまじい能力だが、吸血という行為は特別なことであり、みだりに行われることはない」
「それはまたすごいな。血を吸えば俺の全てどころか九条の血脈まで支配できるってことか。それでひい祖父さんのかけた封印を解除するわけだ」
「また吸血された者は魔力の供給を受けられるようになるが、身も心も奪われてしまう。そして敬虔な――『吸血鬼の花嫁』となる」
「なるほど……えっ? 俺、吸血されたら嫁になるの?」
「…………似合いそう」
「風花ぁ!」
「あっ、ご、ごめんね」
「ウェディングドレス姿で、可憐にブーケをトスしちゃう俺の想像はやめるんだ」
「……心が読めるの?」
「本当にしてたのかよ!」
風花にツッコミを入れながらも、翔馬は考える。
「でも言葉通りに考えれば、血を吸われた者は吸血鬼の思い通りになってしまうっていうことだよな。そう考えるとこの力、めちゃくちゃ怖いぞ」
同時にそれは『共に生きることになる』ということだろう。
やはり、恐ろしい。
「……そして」
「まだ続くのかよ……」
「習得が難しいとされる魔術『飛行』ですら、吸血鬼にとっては『異能』の一つにすぎない」
「おい、さすがにやりすぎだろ」
飛行系は難易度が高いこともあって使用者の少ないレア魔術の一つなんだぞ。それを最初から使えるとか反則もいいところじゃねえか。どれだけ優遇されてんだよ!
「さらに」
「さらに!?」
「吸血鬼の莫大な魔力は、満月の夜に自然と向上する」
「こら! いい加減にしろ! なんだその『オレの考えた最強キャラ』みたいなステータスは! 格闘最強、魔術は使い放題、吸血で嫁にして、空を飛んで、満月でパワーアップって、どう考えてもおかしいだろ!」
「それから」
「もうやめてくれよ!」
「余談ではあるが、その格闘能力に関しては歴史上最強と見る者が多い。うーん……基本的なところは、こんな感じみたいだね」
「あーあ、もうめちゃくちゃだよ」
どっと深いため息が出る。
あまりに規格外な強設定ぶりに、翔馬はドン引きしていた。
「……いや、でも、気を取り直さないと。大事なのはこれからだよな」
そうだよ、むしろここからだ。次は吸血鬼の弱点について語られる番だ。
こんな反則的な強みがいくつもあるんだし、弱点の一つや二つあるに違いない!
これだけ強いと分かった以上、絶対に弱点を見つけてやる!
教えてくれ! 吸血鬼を倒すにはどうすればいい!?
翔馬の目に熱意の火が燃え上がる。
するとそれに応えるように、風花は再び書面に視線を落とし――。
さあ来い風花っ! ここで吸血鬼の弱点を暴いてやるんだッ!!
――静かに本を閉じた。
「……終わり!?」
「う、うん」
「いやいや研究者なら弱点まで調べてから本を書けよ! そういうところまできっちり突き詰めるのが研究だろ! 百年もあったのになにしてたんだよ! マジメにやれよっ!!」
「……あ、まだなにか書いてあった」
「マジで!? それだ! それに違いない! なんて書かれてる!?」
「ええと――」
「まったく研究者め、びっくりしたじゃねーか。そういうもったいぶるところ悪いクセだぞ。今回だけだからな、ちゃんと反省しておけよな」
「――よって、封印だけは絶対に解いてはならない」
「すみませんでした」
「これで終わり。あとはもう歴史的なことが書かれてる本だけだよ」
おいおい、マジかよ……。
「い、いや! 意外と一見関係なさそうなところから答えが見つかる可能性もある! 全て洗い出すつもりでそれも読んでおこう」
翔馬がそう言うと、風花はまた別の本に手を伸ばす。
「頼むから、頼むからなにか出てきてくれっ!」
「約百年前、機関への登用という形で行われるはずだった異種との関係改善は、吸血鬼の暴虐と封印によって決裂となり、その際に生まれた軋轢は現在も修復に至っていない」
「それは知ってる。そんなことより弱点を、弱点を頼むっ!」
「このように恐るべき存在である吸血鬼の封印には、かなりの人材が投入された。封印された場所や方法などの多くが謎に包まれたままなのも、その脅威を再び蘇らせないための秘密工作なのであろう――――よって」
「おっ!? 急に核心に近づいたぞ! なにかいい情報が出てくるんじゃないか!?」
今度こそ文句なしの大逆転だ!
「さあ風花! 一気に読み上げてくれッ!」
「封印だけは絶対に解いてはならない……切実に」
「本当にすみませんでした」
「……弱点は、なさそうだね」
デスクに額をこすりつけて謝罪する翔馬に、風花も苦笑いをこぼす。
「それどころか魔力を封じられてる今が、一番弱ってる状態みたい……」
「結局分かったのは、魔術が使えなくても吸血鬼は強いし、力を取り戻したら手がつけられなくなるってことだけか」
「封印が解けたばかりであれだけ戦えるわけだからね。かなりの強敵だよ」
実際に一度戦った風花の口調は、真に迫っていた。
厳しい現実を突き付けられて、翔馬は落胆する。
「こんな恐ろしい相手に、いつ襲われてもおかしくない状況なんだよな……」
これは本当に、少しでも早く吸血鬼への対抗策を見つけなくてはならない。
「ガントレットはどうだったの? かなり時間をかけて調べてたみたいだけど」
同じように感じたのであろう風花の問いに、翔馬は力なく首を振る。
「手応えはなかったよ。帝国魔術博物館が編集してる図鑑ならってと思ったけど、このガントレットは載ってなかった。他にも目ぼしい本は全部調べたんだけど……」
帝国魔術博物館もまた、機関が運営する魔法都市の代名詞の一つだ。
無数の魔法アイテムを展示貯蔵しているために、東洋の大英博物館と呼ばれている。
「あれに載ってないってことは表のルートに出てこなかった物になるから、いよいよ謎のアイテムになっちゃうんだよな……」
ここでならなにか見つかると思ったんだけどなぁ……と、翔馬は再び肩を落とす。
「吸血鬼は相当強いみたいだし、このガントレットには一秒でも早く動いてもらわないと困るっていうのに……せめて裏で流通するアイテムに詳しい人でもいれば……」
ガントレットを眺めながらこぼすつぶやき。
しかしその言葉に、風花は目を見開いた。
「いる! いるよ! アイテム博士!」
そう言って勢い良く立ち上がると、「お前らいいかげん静かにしろ」という視線を向けてきた『司書』が、『風花』だと気づいてわずかに顔をしかめた。
風花は慌てて頭を下げると、急いで本を片付け始める。
そして機関員の突然の接近に白目をむいたままの翔馬と共に、階段を駆け上がっていくのだった。
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