第13話 暗躍のヴァンパイア.5

 幻想図書館。

 それはグリムフォード魔法学院の北東に位置する孤島を丸ごと使った、魔法関係の書物を貯蔵する巨大な図書館だ。


「何度見ても図書館には見えないよなぁ」


 翔馬は思わず感嘆の声をもらした。

 その宮殿のような趣は、こうして見ると普通の図書館とは規模が全然違う。

 内部は一階から三階までが丸々吹き抜けになっていて、その全面が深い色味の書架に囲まれている。

 そしてその神秘的な雰囲気を作っているのは一面サックスブルーの壁面と、天井から提げられた水晶製の大きなシャンデリアだ。


「下の階に降りた方が良さそうだね」


 風花はまっすぐに階段へ向かうと、地下へと降りていく。

 そしてたどりついた地下一階は、また一気に雰囲気が変わる。

 彫金の施された飴色の書架が立ち並び、使い込まれた木製のデスクや置かれたランプはどれも芸術品のように繊細な意匠を誇っている。

 灯りは書架ごと、デスクごとにしかなく、放たれる橙の光がとても印象的だが、とにかく薄暗い。


「わたしたちが使えるのはここまでだね。一階から上は誰でも閲覧できる一般書架だから、欲しい情報は見つからないと思うんだ」


 幻想図書館は階層ごとに立ち入りや閲覧を制限する、権限レベル制を取っている。

 そして魔法学院の一般生徒が入れるのは、この地下一階まで。


「九条くんどうしたの? なんか動きがギクシャクしてるけど……」

「……き、機関員がそこら中にいる。こ、こんなのもう気が気じゃねえよ……」

「幻想図書館には魔導書が多いから、運営も機関がしてるんだよ。横濱では『司書』って言えば幻想図書館勤務の機関員を意味するくらいだから」

「そう考えると機関って、本当に魔法都市を支配してるんだな……」


 目をつけられるようなマネだけは、絶対にしちゃダメだ。


「とりあえず資料を探しちゃおうよ」

「よ、よし、俺はガントレットについて調べるから、風花にも頼んでいいかな」

「うん。なにを探してくればいい?」

「風花には吸血鬼関連の本を探してきて欲しいんだ」

「あ、そうだね。吸血鬼に関しては半端な知識しかないわけだし、調べてみたら意外な事実が見つかるかもしれない」

「吸血鬼と戦うって決めた時から調べようとは思ってたんだけど、アイテムの件も出てきたからさ。手分けできるといいと思って」


 吸血鬼の情報。それは目標達成のために、翔馬が最初に目をつけたものだ。

 天敵との再会を前に、絶対に知っておきたいことがある。


「探すべき内容は……吸血鬼の弱点だ」


 俺にも魔術っていう弱点があるけど、吸血鬼に至っては登場から百年も経ってるんだから、研究者が必ずなにか一つや二つ見つけているはずだ。

 それを知ることができれば、戦況が変わる。


「そっか、九条くんすごいね。敵を知り己を知れば百戦危うからずってやつだ」

「任せていいかな?」

「うん。わたしは吸血鬼についての本を集めてくる」

「よし、俺はこのガントレットの効果についてだ」


 そう言うと翔馬は、足早にアイテム関連のコーナーへと向かう。

 すると、その途中。


「……お?」


 不意にその足が止まる。

 目についたのは、背表紙に書かれた異種という文字。

 ……異種に関する本か。これも一応読んでみるか。

 手を伸ばす翔馬。すると――。


「ん?」「あら?」


 その指先が、白く細い指と重なった。

 少女が、悠然と振り返る。

 それは長く淡い金色の髪を持つ、美しきお嬢様。

 思わず二人、時間が止まったかのように見つめ合う。

 年齢は同じくらいか。プライドの高さを感じさせる、青い瞳。

 楚々としていながらも、他を寄せ付けない鉄壁のごとき上品さ。


「「あ」」


 思い出したかのように二人が手を引くと、本が棚から転げ落ちる。


「……おっと!」


 とっさに受け止めようとした翔馬の手が本を弾き、跳ね上げた。


「おっとっとっ!」


 宙を舞う本を、翔馬はさらに追いかけていく。


「あ、あなた! 急に何をっ!」

「え?」


 さらにもう一歩踏み出したところで、思いっきりお嬢様に衝突。


「うわッ!」「っ!!」


 そのまま翔馬は、お嬢様を押し倒すような形で倒れ込んだ。


「……痛ってぇ。ごめん、大丈夫?」


 バサバサと音を立てて落ちてくる、数冊の本。


「いいから、早くどいてくださらない?」


 そんな中でお嬢様は、攻めるような目線を向けてくる。


「あ、ああ。本当にもうしわけな……痛っ!」


 翔馬が身体を起こすと、遅れて落ちてきた本が左手に当たって思わず声が出る。そして。


「あ、あなた、何を……してますの?」


 お嬢様の顔色が変わった。


「……え?」


 言われて翔馬は確認する。

 左手は、豊満と言って差し支えない身体をしたお嬢様の羽織った、白いケープの上。

 そう、その大きな胸の上に着地していた。むにっと。


「あ、ああッ!!」


 柔らかな胸の上から、慌てて手を引く翔馬。


「え、英国は魔術名家のレディーたるわたくしに、こ、このようなこと、ゆ、許されませんわ……っ」

「うわ! 本当にごめん!」


 お嬢様は、その白い頬をピキピキさせていた。

 ヤ、ヤバい! 空気が、一気に張り詰めていく。


「で、で、ですが、わたくしとてデーモンではありません。こ、今回だけは見逃して差し上げます」


 よ、よかった……。

 もう見るからにキレる寸前って感じだ。これ以上機嫌を損ねないよう、そーっと離れよう。

 はい、そーっと、そーっと……。

 そう決めてゆっくりと立ち上がろうとする翔馬に――ゴズッ。


「うぐッ!」


 遅れて落ちてきた辞典が頭を直撃。翔馬は再び倒れ込む。


「――――ッ!!」


 お嬢様が、身体を飛び跳ねさせた。

 むにっと、柔らかい感触が両頬に。

 思いっ切り突っ込んでしまっていた。今度はその胸に顔面を。


「もがっ! う、うわ! ごごごごめんっ!!」


 翔馬は大慌てで顔を上げる。しかし、返事はない。


「あ、あの……ごめん」


 返事は……ない。

 い、いや、違う! なんかめちゃくちゃ小刻みに震えてる!?

 そんな翔馬の疑問に応えるように、顔を真っ赤にしたお嬢様は腰元の細いレザーベルトから魔法杖を取り出して――っ!


「待って待って! それは待って!!」


 懇願する相馬。しかし怒りに燃えるお嬢様は止まらない。


「頼むから待ってくれ! 今のも完全な不可抗力なんだ!!」

「問答無用ですわ――――ッ! アクアバレットォォォォ!!」

「うおおッ!!」


 杖の先から放たれた水の弾丸が頬をかすめた。


「よ、よくも誇り高きエインズワースに、ここここのような辱めをッ!!」

「それは本当にごめんって!」

「問答無用ォォォォッ!!」


 連続して放たれる強烈な水弾は、帯を引きながら翔馬へと迫る。


「うわ! うわっ! うわわわわーッ!!」


 水弾の一つが本棚の角にぶつかってパーン! と派手に弾け飛んだ。

 な、なんだ今の音、威力ヤバッ!

 それを見た翔馬は、慌てて逃走を開始する。


「だからごめんって! わざとじゃない! わざとじゃないんだーッ!!」

「アクアバレット! バレット! バレットォォォォ!!」

「う、うおおおおっ! かすった! 今かすったって! マジでごめんなさいーっ!!」


 翔馬は飛び交う水弾をギリギリでかわしながら、そのままその場を退散する。


「はあっはあっはあっ……なんなんですの、あの無礼な男は……っ」


 その場に残されたお嬢様は、顔を真っ赤にしたまま息をつく。


「まったく、最っ低ですわ!」


 怒り心頭。長い金髪をふわりとなびかせると、足音も荒くその場を後にしたのだった。


「た、大変な目に合った……なんであんなところにある異種の本で手がぶつかるんだよ……」


 一方の翔馬もようやく一息。

 ガントレットに関する情報を求めて、逃げるように図書館探索を再開するのだった。

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