第12話 暗躍のヴァンパイア.4
アリーシャは一人、壁に向かって反省会を開いていた。
「たった一言ありがとうって言うだけで良かったのに……これでまた印象が悪くなってしまったわ」
まさかの事態に、深くため息をつく最強吸血鬼。
するとその目に、校舎から出てくる少年の姿が映った。
「もしかして、九条?」
思わぬ再開に、アリーシャは静かに立ち上がる。
「……こんなところで、落ち込んでる場合じゃないわね」
こうしている間にも、機関は迫っている。
そしてこれは、またとないリベンジのチャンスだ。
「そうよ、これは好機。今度こそ……九条に近づくのよ」
大きく息を吸う。
そして九条翔馬陥落に向けて、異種の王は再び鼻息も荒く歩き出した。
その優秀さゆえに、作戦はすぐに決まる。
「道に迷ったことにすれば、さっきの作戦はもう一度使えるはず。だから内容は前回と同じでいい。これなら店に案内してくれる可能性すら出て来るわ!」
勢いのままに、アリーシャは翔馬のもとへ。
さあ行くわよ九条! 今度こそ覚悟しなさい!
異種の王は、同じ失敗を繰り返したりしないんだから!
再会する二人。アリーシャが放つ一言目は――。
「あら、九条」
「アリーシャさん?」
う、上手くいった。上手くいったわ! 今の入りはかなり自然だった!
「どうだった? トースターは無事に買えた?」
いける! 流れも悪くない! さあここからが勝負よっ!
「それなんだけど、少し道に迷ってしまって……」
ま、間違いない! これはイケるわ! このまま一気に九条を捕まえてみせる!!
「あれ、アリーシャさん?」
「……えっ?」
突然かけられた声に、アリーシャが振り返る。
「か、風花まつりッ!?」
声をかけてきたのは、翔馬よりわずかに遅れて校舎を出て来た黒髪の少女。
九条翔馬の――――恋人だ。
「あ、こ、これは違うの! 違うのよ!」
翔馬をオトしに来たアリーシャは、疑われてもいないのに慌てて否定の声を上げる。
「違う? 何が違うの?」
シンプルに意味が分からない風花の問いかけ。
しかしアリーシャには『お前どう見てもわたしの彼氏に色目使ってるよね? ねえ、何が違うっていうの? 答えてよ、ねえ早く答えてよ!』としか聞こえない。
「本当に違うの! これは別に狙ってとかそういうことじゃなくて……っ!」
「……狙って?」
しどろもどろになるアリーシャに、風花はさらに問いかける。
「アリーシャさん」
「はひっ」
「何を…………狙っているの?」
「だっ! だから、そそそその、これは、ととととにかく違うのよっ!!」
首をかしげる風花に、一層慌てふためくアリーシャ。
すると、話を続けたのは翔馬だった。
「それより、無事に買えた?」
「えっ? な、なにを?」
「トースターだよ」
「と、当然よ! フ、フロアごと買い占めてやったわ!」
「「フロアごと!?」」
し……しまった!!
買えたって言っちゃったら、もう案内してもらう作戦は使えないじゃない!
こ、こうなったら、せめて印象だけは変えておかないと! このまま帰るわけにはいかないわ!!
やるのよ、やるのよアリーシャっ!
昨夜の勉強のおかげで、必要な言葉は自然と浮かんでくる。
まずは『九条くんのおかげね』から入って、『ありがとう』と素直に感謝。
ふんわり笑顔で『またお願いしていいかな?』で決める。
買い物の成功。
翔馬の助言でそれが成されたとなれば、さっきまでの態度と違いが生まれて当然。
今度こそ――――ギャップを感じさせてみせるっ!
風花の視線を必要以上に気にしながら、アリーシャはここで勝負をかける。
さあまずは『九条くんのおかげね』から。
はい! せーのっ!
「お前の功績だな」
……だからなによ。その言い方は。
「「ええと……?」」
ほら!! 九条どころか風花まで返答に困ってるじゃないっ!!
つ、次っ! そうよ、ここで立ち止まっていても仕方ないわ!
大事なのはここからなんだから!
やるべきことは単純明快。ただ『ありがとう』って言うだけ!
それだけで印象が大きく変わるんだから! 今度こそ成功させるのよ!
はいっ! せええええのっ!
「誉めてやろう」
だからなんなのよそれはああああ――――ッ!!
「「…………」」
もう二人とも言葉を失ってるじゃない!
も、もういい! せめて『またお願いしていいかな?』だけでも成功させるのよッ!!
これができれば全部ひっくり返せるっ!
だから最後はふんわり笑顔でしっかり決めるのよ!
はいッ!! せええええの――――っ!!
「フッ、次に備えるがいい」
……なんなのよ。
さっきから何を言ってるのよ私はああああああああ――――ッ!?
そう言って引きつった笑みを浮かべてみせたアリーシャは、二人に背を向けるとそのまま走り出す。
涙目で逃走して行くアリーシャ。しかし、次の瞬間。
「アリーシャさん!」
再び、翔馬に呼び止められた。
…………き、来た。
来たああああっ! これもさっきと同じ展開だわ!
もう一度、もう一度だけチャンスが来る!!
伝説の吸血鬼に連敗なんてあり得ない! さあ、来なさい。
今度こそ! 今度こそ必ずものにしてみせるわッ!! 勝負よ九条――――ッ!!
気合を入れ直すアリーシャ。対して翔馬はゆっくりと片ヒザを突くと――。
「――――恐悦至極」
「なに上手いこと返してくれてんのよ――――ッ!!」
即座にアリーシャは全力疾走を再開した。
「アリーシャさんって、本当にきれいだね」
その背を眺めながら、風花がつぶやいた。
「そうだなぁ。でも、なんで王様みたいな感じだったんだろう」
「あ、だから配下っぽく返したんだね」
不思議そうにしている二人を残して逃げ出したアリーシャは、壁のところに戻って来るとそのまま座り込んだ。
「どうして、どうしてこうなるのよ……っ」
グリムフォードへの転入試験では全科目で圧倒的な成績を叩き出した完全無欠の吸血鬼が、自身のあり得ない失態に震え出す。
その目は、もうどこに出しても恥ずかしくないほど立派な涙目だった。
「風花まつりの登場で何もかもが狂ってしまったわ。これでもう完全に、どうかしてるヤツと思われちゃったじゃない……」
ただ素直に笑って声をかけるだけ。
どうして、どうしてこんな簡単なことができないのよ。
「あれだけ完璧な計画を立てたのに……こんなことじゃ恋人同士の間に入り込むなんてとてもムリだわ」
問題は、それだけではない。
「二人が自分の知らないステージに居るってだけで、完全に気後れしてるもの」
驚く翔馬の表情を思い出して頭を抱える。そして。
「…………ん?」
不意に覚える違和感。
「あのガントレットは……何?」
思わず振り返る。
復活の夜、そして一度目に声をかけた時にも、翔馬の手は空いていたはずだ。
それがさっきは違っていた。
「アイテム? でもなにかしら。どこかで見たような気が……」
あれを私はどこで……いや、違う。
九条が新たな魔法を手にしたというのであれば、そっちの方が問題よ。
二人はすでに、吸血鬼対策に動き出している。
「まずいわね。早く、なんとしても九条に近づかないと」
こうしてアリーシャは、九条と風花のあとを付けることに決めた。
かつて魔法都市横濱を恐怖に陥れたと言われる伝説の吸血鬼が、ついにストーカー行為に手を染める時が来たのだ。
「あ、悪の吸血鬼なんだからこれくらい当然よ!」
意気込んでアリーシャは歩き出す。
……突撃あるのみ。
「もう私は、風花が隣にいるくらいで委縮したりしないわ!」
やがて三人の進む先には、学院とはまた違う巨大な西洋建築が見えてきた。
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