第11話 暗躍のヴァンパイア.3
「大丈夫かな、転校してきたばっかりなのに一人で……」
「あ、九条くんっ」
競歩みたいな速度で去って行ってしまったアリーシャを翔馬が心配していると、入れ替わるように風花がやってきた。
「ごめんね、前の授業の片付けがあって少し遅くなっちゃったよ」
「いや、遅れたってほどでもないだろ。それよりどこに行くつもりなんだ? 許可が出たとかなんとか言ってたけど……」
「うん、学院地下だよ」
「……が、学院地下? それってももももしかして……」
翔馬の目が真っ白になる。
「現場検証?」
「え? あ、違う違うっ。違うからそんな世紀末みたいな顔しないで!」
「そ、それならどこに?」
「天授の部屋だよ」
「天授の部屋? あの魔法アイテム保管庫のこと?」
「うん」
「どうしてまた、そんなところに……」
それは吸血鬼の封印されていた部屋と同じく、学院深部にある部屋だ。
進入禁止区域内ではないために生徒だけでも行くことはできるのだが、特殊な魔法錠が使われているため中に入ることはできず、学院に数多くある『開かずの扉』を持つ謎の部屋の一つとなっている。
「こっちだよ」
風花は学院生の間で『十六番ルート』と呼ばれる隠し通路に踏み込むと、基礎魔術であるライティングを杖の先に灯し、石畳の道を下り始めた。
まずは『物体レンチキュラー』によって、実際はなにもないのに壁があるようにしか見えない路をまっすぐ通り抜ける。するとその先に一つのドアが現れた。
「そこは『トリックアートライト』で見えなくなっている方のドアノブを回すんだよな」
「詳しいんだね。前に来た事があるの?」
「そうなんだよ。ここは田中のヤツが間違えて、目に見える方のノブを回し続けてさ。そのせいで『ループドア』が発動して何十回も同じ場所に戻されたんだよ」
そう言って翔馬は目に見えているドアノブから約二十センチ下のところにある、消えている方のノブを回す。そして見事一発でループドアを攻略することに成功した。
……本当にこの学院は魔法世界観強いよなぁ、と翔馬は思う。
そもそも吸血鬼事件も七不思議探検が始まりだもんな。『横濱は異世界』なんてよく言われるけど、学院生の俺でもそう思うんだから初見の人にはファンタジーにしか見えないだろ。
「ここだよ」
風花が足を止めたのは、古びた鋼鉄製の扉の前だった。
「そうそう、ここだ。俺も一度だけ来たことがあるんだけど……この扉が開かないんだよ」
翔馬が思いっきり体重をかけても、大きな扉はビクともしない。
「このすぐ向こう側に魔法アイテムが大量に置かれてるんだと思うと、想像するだけでワクワクしてくるよな……」
この街に住む者は、なにかと自分で考えたオリジナル魔法アイテムをノートに描きまくるものなのだが、もちろん翔馬もその一人だ。
「それじゃあ開けるよ」
扉に施された紋様に沿って付けられた三つの穴に、風花は特製のメダルを入れていく。そして最後に変わった形状の古い鍵を差して回すと、重厚な扉がゆっくりと開き始めた。
するとそれに応えるように、天井にかけられたランプが手前のものから順に灯っていく。
その光景に翔馬は、思わず圧倒された。
「うわ……すげえ」
天授の部屋は思っていたよりもずっと広く、天井も高い。
そして中には数えきれないほどのアイテムが、所狭しとつめ込まれている。
角の丸くなったテーブルには古いイスやトースター、枯れない一輪の花などが置かれ、壁には見知らぬ誰かの肖像画やマスケット銃が掛けられている。他にも古書、拡声器、サビだらけの甲冑、妙にリアルな少女の石像など内容に統一性はなく、本当に雑多の一言に尽きる感じだ。
「この一つ一つが全部、何かしらの効果を持った魔法アイテムなんだよな……」
基本的にアイテムはその形状も効果もバラバラだ。ただ素材に関しては宝石や金属を使っている物が多いため、ランプの光を反射してそこら中がキラキラと輝いている。
さらに言えばアイテムは非常に高価であり、一般的な魔術士は目にすることは出来ても直接手にする機会は少ない。買えてせいぜい安価な劣化品ぐらいだ。
こんな状況だというのに、小さな頃初めておもちゃ屋に入った時のような高揚感を、覚えずにはいられない。
「吸血鬼と戦うためには力が必要だから。そうなるとアイテムが一番早いと思って」
「え、それって、まさか……」
「うん、九条くん用のアイテムを選んで」
その言葉に、翔馬は思わず目を見開いた。
「マジかよっ!? この山みたいに積まれたアイテムの中から選べるってこと!?」
夢のような話に、興奮を抑えられない。
「こんなこと、こんなことあっていいのかよっ!?」
歓喜の声と共に、翔馬は駆け出した。
「剣だ! 剣がある! あっちには杖も! 魔導書も並んでる! すげえ、すげえよっ!」
「この部屋からは一人一つしかアイテムを持ち出せないんだ。だからよく選んで」
「やっぱりここは魔剣か? いや魔導書も効果によっては……でも杖だってありだよな!」
風花の言葉も、もはや翔馬の耳には届かない。
アイテムとの出会いは、その魔術士の人生を決めてしまうほどの大事だ。
そしてここは入り込んだら何日でも夢中で過ごせてしまう、宝箱の中。
そうなれば当然、目移りが止まらなくなってしまい、悩み抜いた末に手にした物が低ランクのおもちゃだったという展開も十分あり得る。
――――しかし、翔馬は。
「なんだろう……あれ」
そうはならなかった。
すぐに『それ』が目にとまってしまったから。
部屋の最奥にある、古く大きな本棚の五段目。
古ぼけた地球儀と、青銅で作られたワイングラスの間に『それ』は何気なく置かれていた。
この部屋に置かれた無数のアイテムの中で、まるで『それ』だけがスポットライトを浴びているかのように輝いて見える。
――――惹きつけられる。
今までの慌ただしさから一転、翔馬はゆっくりと歩き始めた。
「……九条くん?」
その足はもう、止まらない。
慌てることなく、しっかりと、真っ直ぐに歩みを進める。
やがて本棚へとたどりつくと、手を掛け、足を掛け、一段、また一段と登っていく。
そしてついに五段目にたどり着いた。
目の前にあったのは、一つのガントレット。
金属製のそれは、手の甲と手首だけを守るような形状で、彫金によって紋様が施されていた。甲の部分には二つの小さな宝石が埋め込まれ、機械時計のように複雑な内部構造の一部も垣間見える。
この部屋には無数のアイテムが置かれている……それなのに、どうしてだろう。
今はもうこのガントレットしか目に入らない。
それこそが、この天授の部屋にかけられた魔法だった。
その人物に必要なアイテムがあれば自然とたどり着き、与えられる。
まるで天から授けられたかのように。
翔馬はそっと手を伸ばす。
「……これだ」
触れた瞬間に覚えるそれは……予感と、不思議な確信。
「それで大丈夫?」
本棚から降りてきた翔馬に、風花が告げる。
翔馬は右手にガントレットを装着してみる。
もう、他の物を探してみようとは思わない。
ここには煌びやかな魔剣も、豪奢な魔導書も、風格を感じさせる魔法杖だってある。だが、それらはもう比較の対象にすらならない。
それどころか、すでに翔馬の頭から忘れさられてしまっていた。
まるで最初からこのアイテムを探しに来ていたかのように。
「これでいい……いや、これしか考えられない」
「うん。分かった」
ガントレットを手にした二人は部屋を出る。
すると扉がゆっくりと閉じていき、天授の部屋は再び開かずの間となった。
翔馬は惚けたように、ただじっとガントレットを見つめていた。
……まるで、運命みたいだった。
導かれるように進んだ先にあった、一つの魔法アイテム。
確信する。これはあの部屋で一番の宝物だ。
外見は魔法アイテムらしいのに中身は機械仕掛けだなんて……すごい物に違いない。
Cランク、いや所有者もめったに見ないBランク。それ以上なんてこともありえるぞ!
それこそ吸血鬼を倒す武器になってくれるはずだ!!
「魔法が、魔法がついに俺にも……っ」
使える魔術を持たない翔馬にとって、アイテムは魔法へ至る最後の希望だ。
――――ドキドキが、止まらない。
「いやいや、落ち着け。大切なのはこの魔法でどう戦うかだ」
機関が動き始めた以上、吸血鬼は必ず近い内にやってくる。
見えない競争はもう始まっているのだ。少しでも早く、準備を整えなくてはならない。
「そうだよな? 風花」
「うん、そうだね。なにより怖いのは奇襲だから、最低でも防御策……」
「できれば攻撃に使える物が欲しいところだな」
吸血鬼は間違いなく俺を狙ってくる。
でも、このアイテムなら絶対に最高の武器になってくれるはずだ! 間違いない!!
「……よし! さっそく効果を確かめよう!」
「うんっ」
ガントレットの持つその雰囲気に、風花も思わず熱い視線を寄せる。
「行くぞ……」
翔馬は憧れ続けてきた『魔法』への期待を胸に、ガントレットに起動を命じる。
「さあ目覚めろっ! 俺のアイテム――――ッ!!」
――しかし。
「…………あれ?」
「どうしたの?」
「なにも、起こらないな。よし、もう一度意識して……動けっ!」
それでもやはり、ガントレットは反応しない。
「はぁぁぁぁ――――ッ! 動け動け動けぇぇぇぇ――――ッ!」
右フック、右ストレート、手の甲を正面に見せるように掲げてから……足を広げて地面を拳をつけて、クイッと顔だけ上げて決めポーズ。
それでも、やっぱりなにも起こらなかった。
「……風花さん」
「はい」
「……レシートなくても返品できますかね?」
「ちょっとムリじゃないかな」
「…………」
無人の十六番ルートに、静寂が訪れる。
「うわーん! すいませんやっぱり別の物と交換してくださぁぁぁぁいッ!!」
翔馬は天授の部屋の扉をドンドンと叩き始めるが、当然もうピクリとも動かない。
「一つ持ち出しちゃったら、もう中には入れないんだよ」
「そこをなんとかお願いしますぅぅぅぅ――――ッ!!」
翔馬は鋼鉄製の扉を乱打する。
それもやがて力尽き、ずるずるとその場に座り込んだ。
「そんな……これじゃ吸血鬼と戦うどころか、魔法の使えない役立たずのままじゃないか」
「……九条くん」
心配して風花が声をかける。
すると沈黙していた翔馬は――。
「いや……」
突然顔を上げた。
「まだだ! 風花はこの後って時間ある?」
「う、うん。特に用事はないけど」
「ちょっと一緒に来てもらってもいいか!? 図書館だ、図書館に行こう!」
翔馬の提案に、風花はポンと手を叩いた。
「そっか! その手があるね!」
そして二人は来た時と同じように、十六番ルートを通って地上へと戻って行くのだった。
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