第8話 異種王の帰還 The Return of Lord Vampire.8

「……え」


 そしてようやく誰かが声を発したのを合図に。


「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?」


 翔馬を含め風花以外の全員が、怒濤の勢いで驚きの声を上げた。


「九条の男らしさを一切感じない顔のどこがいいんだ!?」

「顔のことは言うなよ!」

「こ、こうなったらウィキペディアに九条のページを作って、あることないこと書いてやる!」

「レベルの高い嫌がらせはやめろっ!」

「許せねえ、許せねえよ。ずっと、ずうっと見つめ続けてきたのに。よくも俺の、俺の可愛い――――九条を!!」

「ちょっと待て! 俺を性的な目で見てる男がいる!!」

「女子からも九条はありえないって言ってやってくれよ!」

「田中ァ! 女子まで巻き込んでんじゃねーよ!」

「え? 私は別に九条くん結構いいと思うけど」

「ほら見ろ九条ッ! …………あれぇぇぇぇ――――ッ!?」

「ていうかさぁ……そもそもアンタ誰?」

「泣くな田中っ!」

「でも興味はあるなぁ。どうして九条くんと付きあおうと思ったの?」


 田中がショックに崩れ落ちていく中、そんな質問がぶつけられる。

 風花はもう耳まで真っ赤で、強く抱きしめられたカバンはひょうたんの様になっていた。


「九条くん顔つきは可愛いけど、目立ってどうこうってタイプじゃないし」

「それも要するに男らしくないってことじゃねーか! 結構気にしてんだぞ!」

「え、ええと……」


 くっ、こうやってウソにはウソを重ねなくてはいけなくなってしまうのかっ。

 頼む風花! 上手いこと言ってこの騒ぎを抑えてくれ!

 一方男子たちは一瞬でメモを取る体勢に移行して、風花の言葉を一言一句逃さない姿勢だ。

 俺の同級生はバカしかいないのか!


「あ、そうだ!」


 風花が声を上げる。思いついたのは、学院地下からの脱出の時のことだった。


「わたしをギュッて抱きしめて、『大丈夫だよ、怖くないから』って言ってくれたんだよ!」


 ――――教室から、再び音が消えた。


「風花それ火に油――ッ!!」

「そんな……九条が、九条が大人の階段を!?」

「なんだよ『行き止まり』のクセにッ!! 九条がまともに使えるのなんて『体育祭当日の朝に慌ててゼッケンを体操着に貼り付ける』魔術くらいなんだぞ!」

「そんな魔術聞いたことねーよ!」

 だいたい俺はまだ『行き止まった』とは認めてねーんだよ!

「ふざけんな!! もう九条にはエロい形のマンドラゴラ見せてやらないからな!!」

「別にいらねえよ!」

「……ACA呪術教団へ団員ナンバー4179番が報告。名は九条翔馬、罪状は中高生時代の交際、美少女で人気者な恋人。ああ、こいつはS級の処刑対象だ」

「ちょっと待て! なんだその怪しい教団は!?」

「心配するな、命までは奪わない。ただし……原型はとどめていないだろうがな」

「だからなんで原形は残さないんだよ!!」


 ダメだもう男子はまともな状態じゃない! 誰かなんとかしてくれよ!


「そっかー、まつりちゃんがねー。ちょっとさみしいなぁ。ついこの前までボクがボクがって言ってたのに」

「待って、その話はやめて」


 あーあー、もう風花にまで飛び火し始めてんじゃねえか。


「男の子みたいな恰好をして、ノリノリで走り回ってたのに」

「そのことは言わないでよ! 恥ずかしいから!」

「それを女子たちで『まつり君まつり君』って呼んで。決めゼリフは……」

「お願いだからやめてぇぇぇぇ――――ッ!!」

「一部の女子の中にはものすごく熱心なまつり君ファンも居て、よだれを垂らしていたものよ」

「そうなの?」


 まさかの情報に、風花は驚きの声を上げる。


「まつり君を見守るお姉さまたちね」

「そんなの聞いてないよ!」


 ……なんだよこれ、教室中荒れ狂い放題じゃねーか。

 どうしたらいいんだよ。どうしたらいいんだよこれッ!!


「はーい、大発表に盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ先生に気づいてもらえる?」


 男女入り乱れての大騒ぎ。それを静めたのは担任の女教師、大原だった。

 翔馬と風花は「た、助かった」と、二人して安堵の息をつく。


「ウザい教師が昔よくやってた『皆が静かになるまで何分何秒かかりました』っていうアレをやろうかと思ったんだけど、このままだと静かになるまで三十二年と七か月かかりました。みたいなことになりそうだからやめちゃったよ」


 そう言って「やれやれ」と頭を振った。


「先生もまさか九条と風花が付き合ってるとは思わなかったなぁ。出会いからの話をしっかりと聞いた上で、その仲を引き裂いてやりたいところだけど……廊下に待たせてる子がいるんでね」

「先生もロクでなしじゃねーか」


 思わず翔馬はツッコミを入れる。

 でも、なんだろう。待たせてる子がいるって。

 その意外な言葉に、猛り狂っていた男子たちも急に素直になって各自の席へと戻っていく。


「よし、全員席についたな。それじゃもう一驚きしてもらおうか。なんと今日はウチのクラスに……転校生が来ることになった!」


「おおーっ!」とさっそく歓喜の声が上がる。

 でも、一驚きってなんだ?

 転校生を表現する言葉に『驚き』なんて言葉使わないよな……。


「職員室に入って来ただけで教師たちを騒然とさせた、恐ろしい転校生だぞ。教頭先生のメガネなんて、転校生を見た瞬間に爆散したからね」


 どういう原理なんだよ、それは。


「だから今メガネをしているヤツは一応外しておけよ。そして覚悟もしておくように」


 一体、この教師はなにを言ってるんだ?


「それじゃ転校生。どうやら付き合ってるらしい九条と風花、その他大勢に自己紹介してー」

「どんな前フリだよ」


 すると大原の言葉からわずか、一人の少女が教室へと入ってくる。



 ――――その瞬間、翔馬は目を奪われてしまった。



 そして『驚き』という言葉の意味を、その場にいた全員が理解する。

 直前までのはしゃぎ様がウソのように静まり返る教室。

 それはその場にいた全員が、同時に息を飲んだからだ。

 揺れる長い金色の髪は光を反射し、歩く度にキラキラと輝きを放つ。

 まるで彼女自身が輝いているかのように。


「……なんて、綺麗なんだ」


 思わずこぼれる言葉。

 その優雅な歩み姿から、翔馬はもう目が離せない。

 一体彼女は、何者なんだろう。

 そんな翔馬の期待を背負い、転校生は教壇へと上がる。

 そしてその美しい面持ちを生徒たちへとさらした。


「アリーシャ・アーヴェルブラッド……よろしく」


 今でも外国人が多く住むこの魔法都市には、金髪の美人も決して少なくはない。

 そう、見慣れていたとしても思わず言葉を失ってしまうほど、このアリーシャという転校生の美しさは別格だった。


「それだけでいいの? じゃあ何か質問ある人?」


 大原がたずねる。しかしその並々ならぬ雰囲気に誰もが気後れしてしまっていた。


「はい!」


 そんな中で勇敢にもその血まみれの右手を上げたのは、ついさっきまで壁を無心無言無表情で殴り続けていた田中だった。


「あ、あの……アリーシャさんは、どうして……」


 同級生たちは「いきなりそれを聞くのか」と、田中へ期待の視線を向ける。

 そう、それは誰もが気になっていたことだ。

 果たしてどんな理由があるのだろう。

 そこら中から息を飲む音が聞こえる。


「どうしてそんなにも……」


 そして教室中の期待を背負った田中が今、核心へと踏み込む。



「……涙目なんですか?」

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