第7話 異種王の帰還 The Return of Lord Vampire.7
東洋最大の魔法都市、横濱。
その成り立ちは約百六十年前。開国に際して横濱が外国人居留地に選ばれたことに始まる。
イギリスから入ってきた魔術は瞬く間に根付いていき、それと同時に建築様式を始めとした様々な文化も英国の影響を強く受けることになった。
さらにグリムフォード魔法学院が創設されたこともあって、魔法都市の中だけは今でも石造りやレンガ作りを中心とした洋風な街並みが守られており、それが魔法学園都市という独特の雰囲気を生み出している。
「休校がたった一日で終わるなんて思わなかったね」
風花宅を出た二人は、学院へと向けてレンガ敷の並木道を歩いていた。
実家ではなく学院寮に住んでいた翔馬は荷物も少なく、引っ越しは昨日だけであっさりと終わってしまった。
「本当だよ。怪しまれないよう学院には普通に通うつもりだったけど、さすがに早すぎだろ」
「封印から百年も経ってるから、あまり実感が無いのかもしれないね。あの道を開けるのが封印者の血筋だけってことも知られてないみたいだし」
「考えてみれば、実際の吸血鬼の映像とか画像って見たことないもんな」
「それに異種と機関は仲が悪いから、吸血鬼復活によるお祭り騒ぎとか長い休校はメンツに関わるんだと思う」
学院の制服に身を包んだ風花は、そう推理した。
「百年前とは規模も戦力も段違いに増強された機関からすれば、普段通りの生活を促すことで逆に、異種に対して『大した問題ではない』っていうアピールをしてるんじゃないかな」
「なるほど、通学路に機関員が多いのはその辺が理由なのか」
確かにこれだけの警備を敷かれては、いくら吸血鬼でも簡単には動けないだろう。
「なあ風花」
「なに?」
「封印を解除できるのが封印者の一族だけってことはさ」
「うん」
「犯人……父さんってことにしてもいいんだよな」
「ダメだよ!」
「でもさぁ、嫌がる我が子に『いないいないばあ』を執拗に繰り返したり、無理やり『高い高い』をしようとして落っことすような父親なんだよ」
「そんな昔のこと……」
「先月」
「最近なの!?」
「これはもういっそのこと父さんに原形を失ってもらう方が……」
「もう、ダメだよ」
それが冗談だと気づいた風花は、まゆを寄せて怒っているフリをしてみせた。
「でも、九条くんすごいね」
「ん? なにが?」
「こんな状況でも冗談が言えるなんて、ハートが強いんだなって」
「あー、大変なことだとは思うけどさ、落ち込んでても仕方ないしな」
翔馬が事も無げにそう言うものだから、風花は驚きに目をパチパチさせていた。
「だからさ、がんばろうぜ!」
「あはは、やっぱり九条くんすごいなぁ」
「……ところで風花、そこで俺は考えたんだが」
「うん」
一転して真面目な顔をする翔馬に、風花は思わず息を飲む。
「やっぱり父さんのせいにできないだろうか」
「それはダメだよ! でも、それだけ前向きならどんな強敵だってすぐに逮捕……」
「ひぎい!!」
「……どうしたの、九条くん?」
「い、いや、別になんでもないけど」
そう言う翔馬を風花はじっと見つめる。そして。
「…………逮捕」
「ひぎぎい!!」
「九条くん、なんか白目になってるけど、もしかして」
「まあ…………トラウマは残るよな」
そう言って翔馬は、白目のまま苦笑いを浮かべた。
その悲鳴はなかなかに奇っ怪だったが、この時間帯は誰もそれを気にかけない。
魔法都市横濱の朝はとにかく騒がしく、賑やかだからだ。
二人の通うグリムフォード魔法学院は、創立から約百四十年の歴史を誇る巨大な学園だ。
その中央に作られた時計台はイギリスのエリザベスタワーをモチーフにしており、今ではランドマーク塔と呼ばれて魔法都市の顔になっている。
そんな魔法学院は、初等部から研究機関までを抱えることもあってとにかく関係者が多い。
内部の飲食店や販売店などで働く者たちも一斉に同じ場所に向かうわけだから、その混雑ぶりは普通の学校の比ではない。
さらにこの時間帯は朝食時でもあり、飲食店を始め様々な店舗が早くから開店していることも、この時間帯の喧騒に一役買っている。
魔法都市内だけを巡航する路面電車も、この時間はいつでも満員だ。
今もまた、狭い道でも手をつないでノロノロ歩くために後ろの人をイラつかせてばかりいるカップルが、走り出す路面電車に飛び乗ろうとして失敗し、二人一緒にすっ転んでいた。
――このようにちょっと特殊なラッシュアワーを歩く二人には、その背後に迫る複数の怪しい影に気づくことはできなかった。
「……な、なんだと。情報は事実だったのか」
教室に着くと、どういうわけか同級生の田中がワナワナと震えていた。
「九条! これは一体どういうことだ!?」
その勢いに翔馬は思わずたじろいだ。
な、なんだ? 田中の目が……いつになく本気だ。
お、おい、まさか!
思い当たる事なんて一つしかない。そもそも七不思議探検の発案はこの田中だった。
そこに翌日の吸血鬼騒ぎと休校だ。ヒントは何もなかったわけじゃない!
翔馬は一気に汗をかき始める。
……い、いや! でもまだそうと決まったわけじゃない!
そうだよ、とりあえず今は冷静を装うんだ!
「は? ど、どういうことだって何がだよ」
「どうもこうもあるか! こんなことが起きるなんて予想もしなかったぞッ!!」
田中のすさまじい剣幕に、翔馬は確信する。
こ、これはもう間違いない!
どういう形で知ったのかは分からない。
でも、田中は情報を得た。得てしまったんだ。
見れば教室内の視線の全てが俺たちに向けられてる。
突然の出来事に風花だって目をシロクロさせてるじゃないか。
「……さあ、説明してもらうぞ」
「あ、あ……」
お、俺は、なんて答えたらいいんだ?
「九条ッ!」
田中はバン! と机を叩くと、その顔をグイッと突きつけてきた。
も、もうおしまいだぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!
「今朝お前はぁぁぁッ! 風花と一緒に登校してきたらしいなァァァァァッ!!」
「…………は?」
「は? じゃねえよ! 二人が仲良く風花宅から出てきたって情報が入ってんだよ!!」
あ、れ? 吸血鬼のことじゃ……ない?
「な、なんだよ。そんなことか」
翔馬は胸を撫で下ろす。
ふ、ふざけんなよ! 心臓が止まるかと思ったじゃねーか!
「はあ!? そんなことじゃねえだろうが!! きっちり説明してもらうぞ!!」
「たしかに今朝は風花と一緒だったよ。でもなんでそんなことを田中が知ってんだよ」
「お前、風花をなめてるだろ」
「……は?」
「風花くらい可愛い子には、偶然を装って一緒に登校しようとする男が大勢いるんだよ!」
「そうなの!?」
振り返ると風花は「知らないよ!」と驚いていた。
「当然だ。そんな素直に声をかけられるようなら、こんなザマにはなってない!!」
「それは知らねえよ!」
「今日こそ声をかけるぞ、かけるぞ、かけるぞ……ああもう教室だ俺のバカ!! っていうのを毎日のように繰り返してるんだ!!」
「そんなヤツらを引き連れて歩くとか、美少女ってのは大変なんだな」
「そいつらが今朝、お前たちの後をつけてたんだよ。怨念と共にな」
「なにそれ怖っ!」
「その様子だと、九条は風花がどういう存在なのかロクに知りもしないんだろう」
それはそうだ。何せ先日の夜までは、同級生だってことしか知らなかったんだから。
「風花は中等部時代、そう数ヶ月前まで爽やかな美少年のような感じだったんだ」
なるほど。確かにこの二日間は頼れる機関員って感じで格好良かった。
そういう評価も理解できる。
「男子女子関係なく人気者で、皆に元気を分けてくれるような存在だった」
それも風花なら納得だ。
「……だがな、一部の男子は気づき始めたんだ」
「なにを?」
「あれ、もしかして風花って……めちゃくちゃ可愛くないか? ってな。早いヤツは中等部の二年時にはうっすらと感じていたらしい。それがここ数ヶ月で一気に同じ感想を抱く者が増えていったんだ。そして高等部に入った時、ついに男子一同で共通見解を出した」
「なんて?」
「風花まつりは可愛いと! もう間違いないと!」
そうなの? と再び振り返ると、風花は赤くなった顔を隠すようにカバンを抱きしめていた。
「し、しらないよ……」
あ、たしかに可愛い。
「そんな共通見解が出た瞬間、九条が風花の家から出てきたとなれば騒ぎになるのは当然だろ! ていうか俺を置いて行く気か! お前だけは、お前だけは俺たちを裏切らないと、俺以下だと、九条翔馬(笑)だと思っていたのに!!」
「ケンカ売ってんのか!!」
「いいから説明をしろ!! 九条ォォォォッ!!」
田中が吠えた時にはすでに、男子一同は動き出していた。
翔馬は息をのむ。こ、こいつら、いつの間にか俺を完全包囲してやがる。
どいつもこいつも田中と同レベルじゃねーか……。
これはもう、どうあっても逃がしてなんてくれないぞ。
でも、一体なんて説明すればいいんだ?
風花とは協力者で共犯者だけど、何に協力してるのかなんて答えられるはずがない。
……よし、こうなったらもう適当にごまかしてやる!
「実は俺と風花は、遠縁のいとこ――」
ザザザザンッ!
「……お、俺の机がどこからか飛んできたナイフやダガーでズタズタに!?」
「でないことはすでに調べがついている」
「い、生き別れの妹――」
ドカァァァァ――――ンッ!! ガランガラン。
「そして魔法でバラバラにぃぃぃぃ――――ッ!!」
「なめてんのか」
ひ、ひええええ……。
だ、ダメだ。作り話をしようにも……この「次はないぞ、九条」っていう視線の中で矛盾のない設定なんて作れるわけねえよ!
それじゃなくても俺達の関係は始まったばかりだ。これからは四六時中一緒に行動することになる。そうなれば今朝は偶然一緒だったわけではなく、むしろ同居までしてるんだってことがバレるのも時間の問題だろう。
それでも、それでも通用するような、何か都合のいい話はないのかよ!?
必死に言い訳を考える翔馬。
隣に並んだ風花も、田中たちの勢いにあわあわすることしかできずにいた。すると。
「あ、もしかして機関員として九条と一緒にいるんじゃないの?」
えっ?
誰かが言った冗談。
それはしかし、奇跡的に『的』をかすめた。
「指名手配中の変質者が実は九条なんじゃないかと疑われてるとか?」
指名……手配?
「九条もしかして……逮捕されるんじゃね?」
「ひっ、ひぎ」
「ちっ、違うよ!!」
もれそうになった翔馬の悲鳴を隠すように声を上げたのは、風花だった。
「それなら……どういうことなんだ?」
教室にいた全員の視線が風花に集まる。
「だから、それは」
「答えてくれ風花!! 九条とは一体どういう関係なんだッ!?」
「ええと……」
困る風花にもう、あとはない。
殺し屋のような目をした田中と男子たち。
興味津々といった感じで目を輝かせる女子たち。
教室内全員の意識が、風花の言葉に向けられる。
「わっ、わたしたちは――――っ!」
絶体絶命の二人。そんな中で、風花は精一杯の声で言い放つ。
「――――恋人なんだよっ!!」
時間が、止まった。
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