第6話 異種王の帰還 The Return of Lord Vampire.6

 愛らしいウィンクと共に、再び星が散った。


「……は?」


 吸血鬼は思わず素の声をもらす。


「だってラブラブな恋人同士だったらぁ、二人だけでイチャイチャするでしょ? ほら、そうなったらもう好きだらけの隙だらけ」

「……なっ、き、貴様! 吸血鬼様にハハハハレンチなマネをさせる気かッ!!」


 鼻血を吹き取ったばかりの玲が、怒りの反論を上げる。


「私の……異種の王であり、夜を統べる者と恐れられた吸血鬼様が、どこの馬の骨とも知らぬ男に色目を使うなど……な、なんとうらやま……た、例え世界が許しても私が許さぬっ!!」

「玲、鼻血を拭け」

「ハッ!?」


 再び吸血鬼が玲にツッコミを入れる。

 するとメアリーは、二人を見下すような表情を作ってみせた。


「えー、男の子一人オトすこともできないのぉ?」

「ふざけるな! 吸血鬼様の美しさをもってオトせない男などいるはずがない!!」


 玲が再び即座の反論を見せる。


「吸血鬼様が極上と呼べる美しさを誇られるのは見ての通りだがそれだけではない気高き女性としての品格挙動はどれを取っても優雅さを持ちそれでいて妖艶さとかわいらしさまで備えた完全にして至高の存在なのだ! そこいらの男など容易に手玉に取るに決まっている!」

「本当にぃ?」


 向けられる懐疑の視線。それはあまりに見え透いた格安の挑発だ。

 そんな子供でも引っかからないレベルの誘いに対して、異種の王たる吸血鬼はもちろん――。


「……我に不可能などないからな」


 間髪入れずに乗っかっていくのだった。


「ヤツも目に涙をあふれさせてよろこぶだろう」

「はい! もう涙目でしょう!」

「ああ、涙目だ。涙目に違いない! 声をかけてやっただけですぐに恋人にしてくださいとすがってくるだろう!」

「さすがです!」


 思い通りの流れにメアリーは「ふふ、やっぱり吸血鬼ちゃん負けず嫌いだ」と、こっそりつぶやき、さらに畳み掛けていく。


「えー、ホントーにぃ?」

「我を誰だと思っているのだ? 楽勝に決まっている」

「その通りだ! 吸血鬼様を見くびるな!」

「そっかー。それじゃ涙目のカレを連れて来てくれるのを楽しみにしてるねっ」


 こうして吸血鬼は、メアリーの戦略を採用することになった。

 そもそも理にはかなっているのだ。

 翔馬もまさか、好きになった女の子が悪の吸血鬼だとは夢にも思わないだろう。

 そして恋人という立ち位置であれば、やっかいな風使いの機関員だって出し抜ける。

 いつも一緒にいることで、翔馬が用意するであろう防御策を潜り抜け、吸血するための『隙』を見つけることだって可能だ。

 正体がバレたら終わりの一発勝負なのは変わらない。だがこんなに都合のいい方法なんて他には考えられない。まして吸血鬼には時間がないのだ。


「それじゃー、さっそく杖を使ってみてくれるかな?」

「いいだろう」


 渡された身の丈よりも長い杖を受け取ると、吸血鬼はメアリーの言うままに振りかざした。

 杖の先から舞い散る光の粒子が、全身を包み込んでいく。

 身に付けていた黒いスリップドレスがほどけて粒子となり、吸血鬼は一糸まとわぬ姿になる。

 そのほどよい大きさの胸、美しい身体のラインと素肌があらわになると、長い白髪はまばゆい金色に染まり、ルビーのような赤眼は澄んだ湖面のような青緑色へと変わった。

 二本の牙も人間のものと同じ目立たないものへと変化していく。

 そして再び集まってきた粒子が白いシャツになり、赤のニット、濃いグレーのスカートにニーソックスへと変わると、そこにいたのは美しい顔つきはそのまま、それでいてまるで別人のように変わった吸血鬼の姿だった。


「な、なんとお美しい……このような形でお肌を拝見させていただけるとは……どうして私はビデオカメラを持って来なかったんだ……どうして、どうしてッ!!」


 大きな胸を揺らしながら壁を殴る玲を横目に、吸血鬼は自身を見つめ返していた。


「この胸元の紋章は魔法学院のものだな」

「せーかいですっ。この格好で学院に通ってカレをゲットだよ!」

「学院生になれと?」

「うんっ。人種問わずオープンに受け入れるって言ってるけどぉ、異種にはものすっごくキツい場所なんだって……だいじょーぶ?」


 しかし吸血鬼は、なぜか学院に通うことに対しては乗り気だった。


「いいだろう。だがこのタイミングで大丈夫なのか?」

「もっちろんっ。伝説の悪と呼ばれた吸血鬼が機関員予備校って呼ばれてるグリムフォードに転校してくるなんて、誰も思わないでしょ?」

「なるほど……」

「転入手続きは任せておいてねっ」

「そんなことまでできるのか」

「メアリーの顔の広さと可愛さ、そして『おねがい』なら、それくらいよゆーなのですっ」


 キュピン! という効果音と共にウィンクを決めると、再び星が散る。


「それなら休学も早く切り上げてもらわないと邪魔だよね。あ、名前はどうするの? 学院生としての新しい名前を何か付けないと」

「名前か……」


 考え始めると、なぜか吸血鬼は不意に一つの名前を思い出した。



「アリーシャ」



 響きを確かめるように、そっと口にする。


「いい名前だね。どうしてその名前にしようと思ったの?」

「……なぜか。それは自分でも分からない。だが今から我はアリーシャだ。二人もそう呼ぶがいい」

「うんっ、アリーシャちゃんだね。下の名前は?」

「そうだな、古い貴族の名を使ってアーヴェルブラッドとでもしておくか」

「りょーかいですっ!」

「次の御変身までに必ずビデオカメラを用意しなければ……」

「それじゃーカレの特徴を教えてっ。同じクラスになるよう手配するから」


 メアリーはアリーシャから説明を受けると、即座に動き出す。


「よーしっ、さっそく転校とかの準備をしてくるね。よみがえった悪の吸血鬼の恋愛模様かぁ。こんなに楽しいことってないよっ!」

「勘違いをするな。これはあくまで吸血の『隙』を見つけるための手段だ。それ以前に好機を見つけたらそっちを優先する。あくまで手段だからな」

「はいはい、分かってますっ」


 メアリーはうれしそうにそう言い残すと、そのままスキップしながら隠れ家を出て行った。

 ――――そして。

 メアリーがいなくなると途端に、伝説の吸血鬼アリーシャは青ざめる。


 ……ど、ど、ど、どうしよう。

 思わず乗っかっちゃったけど、お、お、オトすってなにをどうすればいいのよ!

 まずどうやって近づくの? 近づいたら何を話すの? 話した後はどうするの? 場合によってはもっと強引に、積極的に……そんなのムリ! 絶対ムリ!

 こればかりはいくら力や魔術が強くても、どうにかできることじゃない!

 そ、それに、こういうことは経験こそがモノを言うって聞いたことがある。

 ああもう! 恋愛なんてしたこともないのに、どうして勝利宣言なんてしちゃったのよ!

 これじゃもう引き返すこともできないじゃない!!

 巻き戻したい! 時間を巻き戻してなかったことにしたい!!

 お願いだからなかったことにして――――ッ!!


「アリーシャ様……本当にやるのですか?」


 ブルブルと震え出す悪の吸血鬼に、玲が問いかけた。


「……と、当然じゃない」


 アリーシャは、気を奮い立たせるようにブンブンと首を振る。

 ……そうよ。他に手はないんだから、これでいくしかないのよ。

 百年なんていう長い眠りからようやく目覚めたんだもの。アイツをオトすことで捕まらずに済むのなら、やらない手はないわ。

 それに経験がモノを言うのなら、アイツにも恋人がいなければいいだけの話じゃない。

 そうよ! 恋人がいたりしたらもうどうしようもないかもしれないけど、十五、六歳くらいでそういう相手がいることなんて早々ありえる話じゃないわ!

 それに人を見る目には自信がある。アイツにはそういう相手はいない! 私と変わらない!

 そ、そう、大丈夫よ! 条件が同じなら負けるはずがないわ!

 経験のない者同士なら、最強と呼ばれる吸血鬼に敗北なんてありえないものっ!

 私が負ける理由なんてない!

 必ず、必ず涙目の敗北宣言をさせてみせるわ!

 大丈夫、アイツに恋人なんて絶対いないッ!!


「……ええと、玲」

「はっ」

「玲から見て、その、わ、私はどう映っている?」

「その美しさは世界に比類するものなどなくもはや雄大な自然が産んだ奇跡を凝縮した宝石としかいうことができずしかし不意に見せる仕草一つには女性らしい可愛らしさを含みまた私のように鼻の利く者にはその花のような香りはもう心を乱されてしまう伝説の」

「わ、分かったわよ! もういいからとにかく……玲」

「はい!」


 気がつけば口調まで地になっているアリーシャに呼ばれ、玲は背筋を伸ばした。

 そして期待する。

 再び余裕の勝利宣言をしてみせてくれるのか。

 一緒に学院に来いと言う可能性もあるかもしれない。

 アリーシャと過ごす学院生活への(邪な)想像が、玲の中で一気にふくらんでいく。


「さあなんなりとお申し付けください! 大神玲はどこまでもついていきます!!」


 そして期待と緊張に顔をこわばらせている玲に、アリーシャは言い放つ。


「早く鼻血を拭きなさいよ」

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