第4話 異種王の帰還 The Return of Lord Vampire.4

 おいおいちょっと待てよ! 全国手配ってなんだよ! なんなんだよ!!

 いやいやおかしい、全国手配って! 普通の少年に過ぎない俺が全国手配って!?

 こんなのおかしいだろ!!


『現状で犯人の特定には至っていないとのことですが、機関は総力をもってこの事件に当たり、必ず逮捕すると明言しております』


「かかか、風花さん」

「……はい」

「吸血鬼の封印を解除するって、ど、どれくらいヤバイことなんですかね?」

「危険指定物の持ち出し、使用と同じくらいかな。例えるとSランクアイテムとか」

「Sランクって……それだけで町とか、最悪の場合は国を崩壊させちゃう魔法アイテムだよな?」

「うん……」

「そ、そうなると……どうなるの? し、死刑とか?」

「ううん、死刑とかはないはずだから大丈夫だけど……」

「だけど!? だけどなに!?」

「……まあ、その、魔法都市だからね」

「魔法都市だからなに!?」

「その、死んじゃうってことはないよ」

「よ、よかった……」

「――――原形は残らないけど」

「その方が怖えーよ!! 死なないけど原形が残らないってなんだよ!!」


 翔馬は吠える。

 そんなのもう死んだ方がマシに思えるような状態じゃねーか!


「……あはは」

「笑ってごまかすのはやめてくれ!!」


 え、なに、なにこの突然の死刑(の方がまだマシ)宣告!?


「あ、あわわわわ、あわ、わ……」


 頭を強く叩きつけられたような衝撃に、翔馬は白目をむく。

 そしてそのままその場にガクンと崩れ落ちた。


「く、九条くん!?」


 風花が呼びかけてもピクリとも動かない。


「九条くん! 九条くんっ!」


 しかしやがて……。


「うふ、うふふ、わあ天使だぁ。天使が迎えに来てくれたぁ」


 その目に天使を見始めた。


「うわあ! 九条くん、それ付いていっちゃダメなやつだよ!!」

「きれいな花畑だなぁ……」

「ダメだよっ! そっちに行っちゃダメだって!!」


 風花は翔馬の肩を力いっぱいゆするが、それでも白目状態は治らない。


「まだ、まだなんとかできるはずだから起きてよっ!!」

「……え?」


 その言葉に、思わず翔馬は目を覚ました。


「本当に? 本当に何とかなるの!?」


 ガバっと起き上がると、風花の顔をのぞきこむ。

 すると風花は、こくりとうなずいてみせた。


「ええと、九条くんはわたしが機関員なのは知ってるよね」

「まあ制服着てたからな。でもクラスにいる機関員って風花のことだったんだな」

「うん。でもね、わたしはまだ吸血鬼の話を機関から聞いてないんだ」

「どういうこと?」

「なんていうのかな、機関に居場所がないっていう感じかな。だからこんな大きな事件が起きても、連絡一つもらえないんだ」

「どうしてそんなことに?」


 昨夜の戦いを思い出しても風花が優秀なのは明らかだ。

 冷遇される理由が思いつかない。


「……家族が事件を起こしちゃって、それからだね」


 そう言って風花は、どこかさみしげな顔をした。


「だから手柄を立ててもう一度機関に認めてもらいたいんだ。でも、連絡一つもらえない状態だとそれもかなわなくて。ただ毎晩あてもなく魔法都市を歩き回っていたんだけど……」


 そしてその目は、翔馬に向けられる。


「昨日の夜は違った。見たことのない隠し通路が開いてるのを見つけたんだ」

「それが、俺の通ったルートだったわけだ」

「うん。普段だったら壁に隠れちゃってる箇所だったから、これは何かあると思って。九条くんは集合場所を勘違いして皆とは別の、吸血鬼のところへ向かう道を開いちゃったんだね」

「風花が絶妙なタイミングで助けてくれたのは、そういうことだったのか」

「あとはあの部屋に仕掛けられた侵入者感知のアイテムが作動して、機関が押しかけて来たって感じかな」


 なるほど……あれ、ちょっと待てよ。

 なにか引っかかる。翔馬は首を傾げた。

 風花は機関に冷遇されている現状を、手柄を立てることで打破したいって言ったよな。

 吸血鬼の封印解除はニュース速報になるほどの大問題だ。

 さらに全国手配になりたて新鮮な犯人が……ここに……いる。

 お、おい、ちょっと待てよ。それって。

 か、か、風花は、俺を逮捕すれば、その目的がかかかかなうじゃないかっ!


「……だからね、九条くん」


 翔馬は再びギギギとぎこちない挙動で風花の表情をうかがう。

 そこにはただ、真摯な瞳があった。

 お、終わった。逮捕だ、これ逮捕だ!

 今度こそ間違いなく終わったぁぁぁぁ――――ッ!!

 恐怖に再び汗を滴らせ始める翔馬に、風花は告げる。



「共犯者になって欲しいんだ」



「…………え?」


 共犯者?

 翔馬には意味が分からない。

 ど、どうして今の話からそんな言葉が出てくるんだ?


「吸血鬼が言ってたよね。封印されている魔力を取り戻すには、九条くんから吸血することが必要だって」

「……言ってた」


 それは覚えてる、間違いない。


「魔力が落ちている状態ならわたしでも戦うことができた。ということは、吸血鬼は下手に動けないってことだよね。それだと九条くんを狙うことが最優先になるはずなんだよ」


 なるほど、と翔馬は思う。

 百年前ならまだしも、現代の横濱では事件を起こせばすぐに見つかってしまうし、ネットもあるから情報は一瞬で広がってしまう。

 ましてやたった今報道があったばかりで、皆が吸血鬼の件を知っている。

 機関も百年前とは比べ物にならないほどの力をつけた。中にはやたら強い隊員もいて、おそらくもう動き出してるだろう。

 今の弱った吸血鬼じゃ取り囲まれた時点でおしまいだ。そういう意味ではかなり厳しい状況下にあるのかもしれない。

 それならまず、何よりも力を取り戻すことを考えるはずだ。


「それに、わたしの知る限りだと吸血は眷属化の証。誰にでもする行為じゃない」

「……と、いうことは」

「いち早く力を取り戻したい吸血鬼は、近い内に必ず九条くんの前に現れる」

「そっか、その時に捕まえることができれば……」

「そのことを手柄に機関に戻れる。あとは吸血鬼の逮捕に最大限尽力してくれたっていう事実をもとに、必ず九条くんを守って見せるから」


 風花は最高の手柄を立てられるし、俺は不運な事故による身の破滅を防ぐことができる。

 要するにこの戦いは……。


「吸血鬼を倒すか、血を吸われてしまうかの勝負ってことか」

「そういうことだね」


 それなら確かに可能性はある。


「でも、どうしてそれが共犯者なんて言い方になるんだ?」


 そう翔馬が告げると、風花はほほ笑んでみせた。


「九条くんは吸血鬼の封印解除犯。わたしはそれを知ってて見過ごす機関員」

「そういうことか……」


 その提案は、絶対的なピンチを迎えている翔馬にとってこれ以上ないほどの好条件だ。

 断る理由なんてなにもない。

 ――――ただ。


「そういうことなら、事前に伝えておかないといけないことがある」


 そう。それは手を組むのであれば避ける事ができない問題。


「……魔法のことだ」

「うん、そうだね」


 風花は立ち上がると、テーブルの上に置いてあった二種類のアイテムを持ってきた。

 一つは銀の細工がされた上品な木製の杖。そして彫金によって美術品さながらの美しさを付与された、角柱形のエメラルドが六つ。


「この杖はクイックキャスター。魔術発動を早くするっていうシンプルな物。そっちは魔封宝石。前もって魔力を封じておいて、必要に応じて開放するアイテムだね」


 これらは昨夜、さんざん翔馬を助けてくれたアイテムたちだ。


「得意魔術は風系と念動系。あとは『身体能力向上』(スペリオール)って感じかな」


 ……すごい。やっぱり吸血鬼と渡り合えたのは、それだけの能力があってこそ。


「九条くんは?」

「使える魔術は『身体能力向上』と、『感覚先鋭』(コンセントレート)の二つ」

「身体能力向上が使えるのはすごくいいと思うよ。固有進化してなくても近接格闘、運動能力が格段に高くなるし」

「……いや、固有進化はしてる」

「えっ?」

 風花は突然、目を見開いた。

「身体能力向上の固有進化!? 本当に!?」

「ああ、間違いない」

「すごいよ……それなら吸血鬼相手でも普通に勝てちゃうかもしれない! 身体能力向上の固有進化って近接戦闘型のトップクラスになれちゃうくらい強力な魔術だし、それこそわたしなんかよりずっと……っ! そんなの魔法機関も放っておかないレベルの逸材だよ!」


 基礎魔術が稀に起こす、その人間独自の進化。

 誰にでも起きるわけではないからこそ、そのまま『才能』と呼んでいい固有進化を翔馬が持つことに、風花は目を輝かせている。

 だからこそ、気が引けてしまう。


「ただ、俺の魔術は……」


 でも、言わずに済ませられるような状況ではない。

 翔馬は覚悟する。ちゃんと……伝えなきゃいけないんだ。


「使いものにならないんだよ」

「どういうこと?」

「どれも効果が強すぎて制御できないんだ」

「……不安定な魔術のパターンだね。効果が弱すぎるのは定番だけど、強すぎて逆に使えないっていうのは初めて聞いたかも」


 基本的に魔術は、使用者に適性がないものは発動しないか効果が弱い。

 しかし中には使うことはできても効果自体が安定しないパターンもあり、翔馬はまさにこの不安定型だった。


「だから『身体能力向上』を使うと感覚が追いつかなくて転んじゃうし、『感覚先鋭』を使うと身体がついていけなくて転んじゃうんだよ」


 そんな翔馬に付けられたアダ名は『行き止まり(デッドエンド)』だ。

『何かの間違い』と分類されるような天才と違い、個人が覚えられる魔術はそう多くない。せいぜい二系統、風花のように優秀で三系統の魔術とそれの応用といった感じだ。

 対して翔馬は、覚えることのできた二つの魔術がどちらも使い物にならなかった。

 それは魔法によって個人を評価するこの街において、あまりに致命的な欠点だ。

 腹立たしくとも『行き止まり』呼ばわりされるのもムリはない。


「要するに、俺は吸血鬼と戦うことになってもロクに魔術を使えないんだよ」

「そっか……」

「……ごめん。安定さえすればすごい力になるんだろうけど……」


 翔馬のそんな告白に、風花はなにやら考え始めたようだった。

 戦うことが前提なのに、魔術が使えない人間なんて邪魔でしかない。

 だからこそ、先に言っておかなきゃいけなかった。


「分かった。そうなると……」


 すると風花は、少し考えるようにした後。


「戦うための武器が必要だね」


 事もなげにそう言い放った。


「吸血鬼の襲撃までに対抗策、九条くんの武器を見つけられるかどうか。これは、競争」


 そして翔馬のこれ以上ない決定的な弱点を把握した上で、もう一度。


「九条くん」


 風花はあらためて問う。


「なってくれるかな、共犯者に」


 向けられた真っ直ぐな視線。

 そう言葉にした風花は、昨夜吸血鬼に立ち向かった時のように強く、凛々しい目をしていた。

 だから翔馬は、そんな頼れる機関員の少女に向けて応える。


「……もちろん」


 それでも共にやろうと言ってくれるのなら、断る理由はなにもない。


「倒そうぜ、吸血鬼」

「うん!」


 こうして二人は、打倒吸血鬼に向けて手を結ぶことになった。


「……でも、そういう事情だと九条くんを一人にするわけにはいかないよね」


 早くも風花は、対吸血鬼に思考を切り替えていた。


「まあ、突然の強襲を受ける可能性もあるわけだしな」

「それなら九条くん」

「ん?」


 風花はあくまで真面目に最初の作戦を立案する。

 翔馬に持ちかけられる、その衝撃的な提案は――。



「今日からここに――――一緒に住んで」

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