第3話 異種王の帰還 The Return of Lord Vampire.3

「……あれ、ここは?」


 翔馬が身体を起こすと、そこは見慣れないソファの上だった。

 真っ白な壁紙に明るい色使いの木製家具が並ぶ、温かみのある部屋。

 カーテンの隙間から入り込む光がまぶしい。

 その先に広がるのは西洋風の街並み。穏やかな朝の魔法都市横濱の光景だ。


「ていうか、どう考えても見覚えのない場所なんだけど……」

「おはよう九条くん。よく眠れた?」

「風花……? あ、そうか。俺そのまま寝ちゃったのか……」


 とんでもない出来事の連続だった昨夜。

 どういうわけか風花の家に泊まることになった翔馬の記憶は、ソファに横になったところで途切れていた。


「疲れてたんだね。すぐ寝ちゃったんだよ」

「そうだったのか」

「どこか痛くしてない?」

「あ、ああ、特にどこも問題はなさそうだけど」

「よかった」


 そう言って清々しい笑みを浮かべた風花は、脚が丸々出るショートパンツに短めのTシャツというラフな格好をしていた。


「…………九条くん」


 そんな風花が、ソファの前にヒザをつく。

 そしてそのまま真っ直ぐに翔馬を見つめると、二人の間を流れる空気が変わった。


「教えて。昨日のこと」

「……昨日の……ことか」


 その表情の真剣さに、翔馬は言われるまま昨日の出来事を振り返ることにした。


「ええと、元々は学院の七不思議を調べに行こうってクラスのヤツらに誘われたんだよ。学院地下に潜り込める場所があるらしくて、そこに集合って感じで」


 翔馬たちが通うグリムフォード魔法学院は、東洋最大の魔法都市である横濱のランドマークでもある広大な学園だ。

 約百四十年の歴史を持つこの学院には様々な秘密や謎がある。

 隠し通路と呼ばれる教員すら把握していない道が校内に無数にあり、その先はどこに通じているのか分からない。

 中には進入禁止区域と呼ばれる、踏み入ることの許されない場所もある。

 未だにその全容が知られていない魔法学院の謎の数々は、今なお学生たちの好奇心をくすぐりまくっていた。


「もしかして、今までに知られてなかった新しい隠し通路が見つかったとか?」

「ああ、そんなことも言ってたな。でもどういうわけか誰もいなかったんだよ。仕方ないから一人で入っていったら、なんかひたすら一本道であの部屋までたどり着いて……」

「……そうなんだ。吸血鬼を封印した家系って言われてたよね? それも本当?」

「昔父さんに写真を見せてもらったことはある。機関の手で封印されたってことになってるけど、そのメンバーの一人が俺のひい祖父さんだっていう話かな」

「やっぱり」

「まあ、そんなこと自慢してもバカにされるに決まってるし、同級生に話したことはなかったんだけど」

「だとすると、間違いないだろうね」

「え? 吸血鬼が?」

「うん」

「さすがにそれはないだろ……」


 翔馬は首を傾げる。

 だって吸血鬼の話ってもう百年も前のことだし、それが学院の地下に封印されてて、自分が目覚めさせちゃったなんて言われても全然ピンとこない。

 ……そうだよ! むしろ俺を誘い込んで驚かす作戦だろ、これ!

 そうじゃなきゃ機関員の風花があのタイミングで助けに来るのは運が良すぎるし、そもそも侵入禁止区域ってそう簡単に入り込める場所じゃないはずだ! 前もって俺を驚かせるために入念に準備してたに違いない!!

 要するにこれは……。


「ドッキリだ!」

「……え?」


 突然の指摘に風花が驚きの声を上げた。


「やっぱり! この後クラスのヤツらが出てきて笑い者にする気だったんだな!」

「そんなことしないよ」

「またまたぁ」


 ネタばらしの直前にバレちゃったもんだから、内心慌ててるんだろうな。


「いやーでもすごい迫力だったよ。吸血鬼役は誰がやってたの? あんなキレイな子クラスにいたっけ?」

「九条くん、ドッキリなんかじゃないよ」

「もういいって。風花も本当にカッコよかったよ。疑問を抱く暇もないほどの展開もすごかったけど、さすがに一晩明けちゃうと苦しいよな。ほら皆出てこいよ、いるんだろ?」

「……んー、見てもらった方が早そうかな?」


 すると風花はリモコンを手に取り、テレビを点ける。


「お、ドッキリ本隊と中継がつながってたりするのか? 本格的だな!」


『――こちらは横濱中華街です』


 画面には、見慣れた朝のニュースとそのリポーターが映っていた。


『吸血鬼の封印解除速報に伴い、ここ中華街は朝から大騒ぎになっています』


「ん? んん?」


『英立魔法機関との対立、そして悪の象徴とも言われる吸血鬼が復活したということで、反機関を掲げる異種や魔術士が多く住むここ中華街は、早くもお祭りのような状態です』


「え? え? どうなってるのこれ?」


 翔馬はリモコンを取ると、次々とチャンネルを変えていく。


「あれ? あれ?」


 しかしどの局に変えても、吸血鬼事件は特報で扱われている。


「……おいおい、ちょっと待てよ」


 こんなこと、いくらなんでもドッキリでできるレベルじゃない。


「な、なあ風花。も、もしかしてだけど」


 翔馬の全身から、冷や汗が吹き出し始める。


「これってドッキリじゃ……ない?」


 翔馬がギギギとぎこちなく頭を向けると、風花はこくりとうなずいてみせた。


『魔法史上、『最強』と呼ばれた人物は四名おりますが、その一角がこの『異種の王』または『夜を統べる者』と呼ばれる吸血鬼だと言われています』


「え、吸血鬼って……そんなに強いの? あのさ、封印解除って大変なことだったりする?」

「そう、なるかな。学院も休校になったんだよ」


 言葉より、風花の困ったような表情が状況のヤバさを物語る。

 すでに翔馬は全身汗だくだった。


『あっ、ただ今、英立魔法機関から公式の発表がありました!』


 番組はやや強引にスタジオへと戻る。そこには緊急で差し込まれた原稿を手にしたキャスターが、神妙な面持ちをしていた。


「……なんだろう、ものすごくイヤな予感がする」


 滴る汗を汗で拭う。

 英立魔法機関は横濱において強い権限と独自のルールを持つ組織で、起きる事件のほとんどが魔法関係である魔法都市ならではの警察機構。

 その圧倒的な強さと優秀さは、魔法都市に住む者なら必ず知っているはずだ。

 その機関が、この時間に報道向けに公式発表だなんて。


「マジで、マジでシャレにならない気配がする!!」


『今回の事件に対して英立魔法機関は、警備の強化と特別捜査を開始するそうです』


「おいおいおい、マジかよ」


 でも、でもまだここじゃない。


『……そして』


「はい来た! ここからだ!!」


『封印解除に関わった人物については、被疑者不明のまま――』


「関わった人物はどうなるの!? どうなっちゃうの!?」


 全身から噴き出すイヤな汗は、もう止まらない。

 やめろ! やめてくれッ!!

 頼むからやめてくれぇぇぇぇッ!!



『全国手配となりました』



「いやああああああああああ――――――――ッ!!」

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