第2話 異種王の帰還 The Return of Lord Vampire.2
……息は? ……できる。
……身体は? ……動く。
「息ができる! 身体も自由だ! 地中でも海中でもないぞ!! 俺たちは助かっ……!!」
そう言って歓喜と共に目を開いた翔馬の視界に最初に映ったのは、たくさんの光だった。
広がる海とベイブリッジ。その先に見えるのは英立魔法機関だ。
一際きらびやかなのが中華街で、そしてあの見慣れたランドマーク時計塔は、ついさっきまでその地下にいたグリムフォード魔法学院のもの。
確かに、希望通り即死はしなかった。しかし……。
そう、ここは地中でも海中でもなく、夜の魔法都市を見渡す横濱の――。
「空かよォォォォォォォォォォ――――――――ッ!!」
その事実を知ると同時に始まるパラシュートなしのスカイダイビング。
どどどどどどどどうしよう!?
俺は空を飛ぶような魔術なんて覚えてないぞ!!
「かっ、風花は何か飛行系の魔術は覚えてないの!?」
たずねる翔馬に対して、風花はゆっくりと首を振る。
「あ、アイテムとかは」
続けてこの問いにも首を振る。
「……鳥類の、ご友人とかは?」
「いない……かな」
「お、終わった……」
これ、これもうダメなやつだ!
地面は信じられない速さで迫ってくる。確かに即死はしなかったけど、これじゃ地中とか海中と大して変わらねーよ!!
「そうだ! かっ、風花っ!」
翔馬は隣で仲良く落下中の風花の手を取った。
そしてそのまま引き寄せて、自身が下になる形で思いっ切り抱きしめる。
「えっ?」
「こうなったらせめて、せめて風花だけでも助かりますように!!」
地上まで残りわずか。翔馬は落下地点へと目を向ける。
信じられない速さで落ちる先は……よりによって道路かよッ!!
「ま、待って!」
戸惑いの声を上げる風花に、翔馬は覚悟を決める。
そうだよな、せめてこういう時はムリをしてでも余裕を見せないと!
風花だって怖いはずだもんな。
今度は、今度は俺が助ける番だっ!
「だ、大丈夫、怖くないから。せせせめて風花だけでもなんとかしてみせるよ」
できるだけキリッと、かっこいい感じで翔馬は告げる。
そして右手で風花の頭を抑えると……再びその口を開く。
「や、やっぱりできれば二人とも助かってください!! 風花は無傷で俺は骨折……いや打撲……できれば擦り傷くらいでお願いしますゥゥゥゥ――――ッ!!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
翔馬の胸元に顔を埋めていた風花が「ぷはっ」とその顔を上げる。
石畳の敷かれた道路は、もう目の前だ。
「風……風の魔術を地面にぶつければ助かるかもしれない!」
「……え?」
意外な提案に、翔馬の動きが止まる。
「そ、そうなの?」
「調整するような余裕はないから、キレイに着地するってわけにはいかないけど、このままぶつかるよりは、反動で弾き飛ばされる方が助かる可能性は高いと思うんだ」
「そ、そっか! 吸血鬼を吹き飛ばすくらいの魔術が使えるんだもんな! ぜ、ぜひ。ぜひお願いします!」
「どのくらいの威力がいいか分からないから、結局イチかバチかにはなっちゃうけど」
そう言いながら風花は機関制服のスカートに手を入れ、太ももに巻かれたベルトから四つの角柱状の宝石を取り出すと、右手の指に挟んでいく。
それは魔封宝石と呼ばれ、封じておいた魔力を自由に解放できる優れた魔法アイテムだ。
風花はさらに五つ目の魔封宝石を握ると、最後に左手で翔馬の手を取った。
地面まではもう四階建ての建物程度の距離しかない。
それでもまだ、風花は魔術を発動させない。
『風爆』は文字通り、爆発的な暴風を一瞬で解き放つ魔術だ。
大事なのは、風の爆発によって『上方に吹き飛ばされる』こと。
これが下方に弾かれるような形になったり、風の弱い個所を突き抜けてしまうようなことになれば、そのまま壁や道路に叩きつけられてしまう。
震える風花の手を、翔馬は強く握り返す。
そしていよいよ地面が目と鼻の先、風花が認識している爆風の最大効果圏内に入った瞬間、握りしめた魔封宝石の力を全て解放する。
「風……爆ぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――――――ッ!!」
発動と共に、手にした五つの宝石が一斉に光を放つ。
突き出した手から緑色の光が弾ける。その威力は通常の数十倍。
炸裂する暴風は地面にぶつかり、辺りの物を吹き飛ばしながらすさまじい勢いで逆巻き始める。
「う……ぐっ!」
それはもはや空気という名の壁だった。
急激な制動は全身を圧迫し、呼吸すらままならない。
「止……まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
「止まってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
弾丸のような速さで落ち続けていた二人を弾き返そうと、風が唸りを上げる。
しかしすでに地面は目前。まさにギリギリの勝負だ。
地面まで残り三メートル、二メートル、一メートル――――ッ!!
手を伸ばせば路面に届くほどの距離。そして激突の目前。
ついに落ちる感覚が――――消えた!
いよぉぉぉしっ! 風花の狙い通りだっ!!
俺たちは助かったんだぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!
歓喜する翔馬。するとその隣で、風花が小さく声を上げる。
「…………あっ」
「あっ、て何っ!?」
「強すぎる」
放たれた『風爆』の力はあまりに強烈。
「まずいっ!」
荒れ狂う風、暴れ続ける烈風は、無防備な状態の翔馬と風花を強く弾き飛ばす。
それなら、それなら今度こそっ!
風花が怪我をしないように――――ッ!!
容赦ない爆風に吹き飛ばされる中で、翔馬はもう一度強く風花を抱きしめる。
次の瞬間。翔馬の背中が、民家の屋根に強かに打ち付けられた。
「ぐっ!」
上がる悲鳴。だがその勢いは止まらない。二人は再び大きく弾かれる。
しかしそれでも翔馬は、風花を必死に抱きしめ離さない。
「…………あ、痛たたたた」
全身に鋭い痛みが走る。
「助かった……のか?」
あっちこっちが痛いけど、どうやらどこも折れてたりはしてなさそうだ。
翔馬はようやく一つ息をつく。
いや、ボケっとしてる場合じゃない。風花は、風花は無事か?
紺色の機関制服は、確かに腕の中に収まっている。
どうやら着地した際にちょうど、翔馬が下から抱きしめる形になったようだ。
「風花、大丈夫か?」
翔馬に抱きしめられたまま、身動き一つせずにいる風花に問いかける。
「……うん、大丈夫みたい」
呼びかけると、風花はゆっくりとその身体を起こす。
「おかげでどこもぶつけてないよ」
そして目の前の翔馬に、爽やかな笑みを向けた。
「そっか、怪我もなさそうでよかった」
翔馬は安堵の息をつく。
「九条くん、ありがとう」
そう言って立ち上がった風花は、すぐさま冷静に辺りを見回し始めた。
スカートがめくれて露わになった太ももに、翔馬は慌てて視線を逸らす。
とんでもない事件続きだっていうのに……さすがは機関員だな。
「古い空き家と丘が見えるから。新山下のあたりかな?」
どうやら『風爆』によって吹き飛ばされた先は、古い一軒家の屋根の上だったようだ。
風花にとっては、馬車道の近くにある自宅までここからそう遠くない。
「……九条くん」
向けられる真っすぐな視線に、翔馬は思わず後ずさりする。
「な、なに?」
深夜の魔法都市。出会った同級生。
戦闘からのスカイダイビングというとんでもない状況。
めくれたままのスカート。
未だ混乱の中にある翔馬に向けて、しかし風花はトドメの一言を放つ。
「今夜は、うちに泊まって」
「…………え?」
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