魔法と夜のウォンテッド!
高樹凛
第1話 異種王の帰還 The Return of Lord Vampire.
――幻想図書館所蔵『魔法都市の吸血鬼』より抜粋。
開国の頃、英国による魔術の伝来と共に異国よりやって来た赤き異種の王。
その凶悪さと残虐さに魔法都市は恐怖し、流れる血は夜空すら真紅に染めた。
そんな邪悪の化身に、立ち向かった魔術士たちがいた。
多くの犠牲と共に、奇跡的に吸血鬼はこの魔法都市横濱の地に封印されたのだ。
『夜を統べる者』と呼ばれ恐れられた悪の吸血鬼は、今も眠り続けている。
その封印は絶対に解いてはならない。
横濱を血で占領した彼の者の封印は、絶対に解かれてはならないのだ。
絶対に。絶対に解いてはならない。
そう、絶対に。
――――絶対に。
◆
「よくぞ我が封印を解いた!! 人間!!」
「うわああああああああああ――――――――ッ!!」
それはグリムフォード魔法学院の地下、進入禁止区域。
目の前に立ちふさがるは、真紅の瞳。
突然の出来事に、九条翔馬は腰を抜かしていた。
え、なに、なにこれ?
どうなってるんだよこれッ!?
ワ、ワケが分からねえよ! 一本道でやってきた学院地下の謎の部屋。
そこにあった像に触れたら、白髪赤眼の女の子が……きゅきゅきゅ、急に現れてッ!
「ずいぶんと驚いているようだな。もしや、意図してここへ来たわけではないのか」
「お、お、お前は、だ、誰なんだよ!?」
「我は……異種の王」
「異種の王? それって……吸血鬼のことか?」
「どうやら、本当に何も知らないようだな。ずいぶんと長い時間が経っているようだ」
ボロボロの黒いローブを揺らしながら、吸血鬼は告げる。
「我はお前の先祖によってここに封印されていたのだ。よって封印者の一族にしか我を解き放つことはできん。要するにお前は、我が仇敵の血を引く者ということだ」
「そ、そんなこと急に言われたって分かんねえよ!!」
慌てふためく翔馬に対して、吸血鬼はあくまで薄い笑みを浮かべながら続ける。
「だが、かけられた封印は一つではない。我が魔力にもそのほとんどを封じる魔術が掛けられている……そしてその封印を解く方法は、たった一つ。それがなんだか分かるか?」
翔馬は首をふる。
でも、なんだろうイヤな予感がする。
「それって、な、なに?」
マジでものすごくイヤな予感がするんだけど!
慄く翔馬。すると吸血鬼はその赤い瞳を細め、ノドを鳴らした。
「……封印者の一族であるお前の生き血を吸い、その魔術まで支配することだ!」
「ほらみろー!」
妖艶な笑みを浮かべながら、吸血鬼は翔馬へと歩き出す。
「恨むなら我を封じたお前の先祖、そしてここへやって来てしまった自身の運の無さを恨むのだな」
じょじょじょ冗談じゃないっ!
早く逃げないと! 早く! お、おい、どうしたんだよ動けよ! 早くッ!!
なんで、なんで動かないんだよ!! 脚が震えてぜんぜん言うこときかねえッ!!
こうしている間にも一歩、また一歩と吸血鬼は迫ってくる。
早く、早く動けよォォォォッ!!
そしてついに、二人の目が合った。
「……っ!」
ルビーのような瞳は背筋が凍るほどキレイで。
頭ではヤバいと分かっているのに、その美しさから目が離せない。
彼女の持つ圧倒的な魔性を前に、身体は完全にコントロールを放棄してしまった。
「あ……ああっ」
翔馬のノドから声にならない声がもれる。
吸血鬼の足が止まった。
そしてどこか優雅にヒザをつく。
長い白髪を片手で耳にかけるように抑えると、頭を傾げ、そっと首元に顔を寄せる。
鼻をくすぐる甘い匂い。
上気した吐息が胸元を撫でる。
バラの花弁のような口元からのぞく二本の牙すら、白く美しい。
どうしてだろう、目が離せない。
つややかな髪の毛が頬をくすぐり、柔らかな唇が首すじにふれる。
もう……ダメだ。
翔馬は、そっと目を閉じ……。
「風弾(ウィンドバレット)――――ッ!!」
「チィッ!!」
しかし今まさに牙が突き立てられようとしたその瞬間、突然吸血鬼は飛び退った。
目の前を通り過ぎていった魔弾に翔馬の髪が揺れる。
え? な、なにが起きたんだ?
翔馬が慌てて辺りを確認すると、短い杖を持った何者かが吸血鬼と交戦を始めていた。
「……誰か、助けに来てくれたのか?」
あの紺色の制服姿は……機関員?
それは魔法都市である横濱を警察に代わって守っている、英立魔法機関の女子制服だ。
呆然とする翔馬の目前を、緑光を閃かせながら風の弾丸が飛んで行く。
その魔術攻撃は迅速にして的確。吸血鬼に反撃の隙を与えない。
「す、すげえ」
あれだけの連続魔術を走りながら撃つなんて……。
吸血鬼と一定の距離を保ちつつ、しかし一切立ち止まることなく放たれる風弾は、それでいて的を外さない。
魔術士としての高い素養なくしてはできない芸当だ。
しかし吸血鬼も、恐ろしいほど流麗な身のこなしで迫り来る弾丸をかわしていた。
一見、一方的に攻められているように見えるその戦いはしかし――。
障害物のない一直線上に両者が並んだ瞬間に動いた。
一気にその距離を詰めようと、吸血鬼は強く地面を蹴り跳躍する。
「風弾っ!!」
相手への直線の跳躍は、的にしてくれと言っているようなものだ。
迫り来る風弾。
もはや吸血鬼にその攻撃を避ける術はない!
決まった!!
翔馬は思わず身を乗り出す。
しかし――。
「はあっ!!」
吸血鬼は片手の一振りで風弾を切り払ってみせた。
緑色の弾丸はその場で霧散する。突進する吸血鬼はもう止まらない!
開かれる右手。それは彼女を、機関員を――その手で切り裂くためだ。
ダメだッ! やられるッ!!
翔馬がそう思ったまさにその瞬間だった。
「風……爆(ウィンドブラスト)ォォォォォォォォ――――ッ!!」
発光と共に杖から風の奔流があふれ出す。
そして次の瞬間、圧縮されていた暴風が一気に解き放たれた。
「うわっ!」
思わず腕で顔を守る。
その威力は、杖を向けられていない翔馬でさえ吹き飛ばされてしまいそうになるほどすさまじいものだった。
そんな一撃をゼロ距離で受けた吸血鬼は、弾かれるように後方へと吹き飛ばされる。
「な、なんてパワーなんだ」
風爆の余波が、足元を吹き抜けていく。
これぞまさに必殺技と呼ぶにふさわしい魔術。
こんなのを至近距離で喰らわされて無事でいられるはずがない。
誰もがそう確信するほどの勢いで弾き飛ばされた吸血鬼は、しかし――。
「ちっ、ここまでか」
空中でくるりと体勢を立て直すと、着地と同時にそう言い放った。
「眠りが長すぎたようだ。身体が重くて仕方がない」
「……投降するってこと?」
「投降? 違うな、撤退だ」
吸血鬼が口を閉じると、未だに髪を揺らしていた微弱な風が止まり、音が消える。
途端に聞こえ出す、たくさんの慌ただしい――足音。
「どうやら機関の連中が嗅ぎつけたようだ。これではさすがに無勢が過ぎる」
「逃げられると思ってるの?」
「逃げられるさ」
自信たっぷりに言い放った吸血鬼は、その赤い瞳を翔馬へと向けた。
「お前の血は必ずいただく。その時まで……さらばだ」
そう言って余裕すら感じさせる笑みを浮かべると、そっと右手を持ち上げる。
瞬く、光芒。
巻き起こった爆発によって吹き上がる砂煙が、辺りを埋め尽くしていく。
そして、視界が晴れた時には――。
「き、消えた……」
もうそこに吸血鬼はいなかった。
「大丈夫だった?」
駆け寄ってきた機関員は、心配そうに翔馬の顔をのぞきこむ。
「……って、あれ? 九条くん?」
「え? どうして俺の名前を?」
肩まで伸ばした黒くつややかな髪。
目前の凛とした面持ちの少女に、翔馬は見覚えがあった。
「あれ、もしかして同じクラスの」
「うん、風花まつりだよ」
「マ、マジかよ。俺の窮地を救ってくれたのが、まさか同級生だなんて」
クラスに機関員がいるってことは聞いてたけど、風花の事だったのか。
「……そうだよ! わたしたちもこうしてる場合じゃないんだ!」
「え、ど、どうして?」
「機関がここに来るってことは、吸血鬼の封印が解けたことも知られるってこと。そうなったら逮捕されちゃうよ!」
「えっ! そうなの!?」
「進入禁止区域に無断で入っただけでも罪になるんだよ? そのうえ危険指定物の封印を解除したなんてことになったらもう大変だよ! 早くここから逃げないと!」
「で、でも、ここまでの経路ってほとんど一本道だったぞ!」
ここへ向かってる機関員たちと、会わずに逃げるのなんてどう考えてもムリだ!
部屋の中に隠れるなんていうのもさすがに不可能だろうし……どうしたらいいんだ。
足音はドンドン近づいて来てるし、もう時間がない!
「一つだけ、方法があるけど」
風花は、どこか自信なさげにそう言い出した。
「どんな?」
「……トリップドア」
「トリップドアって、あの二個で一つのあれだよな?」
それは片方を置いたところに、もう片方を持った人が一度だけ自由に瞬間移動できるという、超高級魔法アイテムだ。
「うん……でも」
「でも?」
「使い捨てっていうか、劣化版の劣化品なんだ」
「劣化版の……さらに劣化品」
劣化版。それは魔法アイテムの製作時に生まれる失敗作のこと。元のアイテムほどの効果が発揮できないことから、格安で売られることが多い。
翔馬は悩む。劣化版のさらに劣化品か……。
ここまで落ちると、とんでもない効果になってしまう可能性もある。
魔法都市でニュースになる奇妙な事件には、この失敗作が関わっていることも決して少なくない。
「ど、どこに飛ぶの?」
翔馬は恐る恐る風花にたずねてみる。
「たぶん、魔法都市のどこか」
「どこか?」
「うん、どこか」
「運が良ければ道の途中とか、どこかの公園とかなんだけど」
「運が悪いと?」
「……海の中とか、地面の中とか」
「それは……即死だな」
翔馬はさすがに言葉を失ってしまう。
ど、どうしよう。さすがに海の底とか地中だったらシャレにならないぞ。
でも、もう時間がない。
足音はもうすぐ間近まで迫ってる。機関の連中はすぐそこまで来てるんだ!
「やるしか……ないよな」
そう言うと、風花は小さく一度うなずいた。
どうやら、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「大丈夫、きっと安全なところに出られる! いくら劣化版の劣化品でもそんな無茶苦茶な結果になるようなものが売られてるはずがないし、トリップドアで起きた事故なんて聞いたこともない。信じよう!」
「うん!」
風花は力強くうなずいて見せた。
「大丈夫、大丈夫だ。絶対になんとかなるっ! 安全なところに出られる!」
「行くよっ!」
金属装飾のされた半球状のアイテム、トリップドア。
風花がその天辺のボタンを押し込んだ。
魔法が、発動する。
広がっていく光に翔馬が強く目を閉じるとすぐに――――足元の感覚がなくなった。
頼む! どこでもいいから死なずに済む場所に出てくれぇぇぇぇッ!!
そして、次の瞬間。
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