第42話 ドラゴンヴァンパイアとペガサス
第42話 ドラゴンヴァンパイアとペガサス
「じゃあパイア、お前の中に眠る龍の血を覚醒させるが、その前に一度部屋に戻れ」
「どうしてですか?」
不思議そうな顔でパイアがそう聞いてくる。
「俺がお前の龍の血を覚醒させると、おそらく意識を失ってしまう。 それに覚醒した血がお前の身体に馴染むのに朝までは掛かるだろう」
俺はパイアの疑問にそう答えた。
これは俺の予想でしかないが、パイアに言った通り覚醒した血の影響でパイアは意識を失うし、すぐには血が身体に馴染まない筈だ。
ならば部屋のベッドで龍の血の覚醒をした方がいいだろう。
「なるほど、そういうことですか。 分かりました、部屋に戻りますね。 ……それで神王様は?」
「ああ、俺はお前の中に戻ってまた身体を眠らせて意識だけになる」
「まだ眠いのですか?」
「少し……な」
「……そうですか」
パイアがどこか残念そうな、それでいてホッとしてもいるような複雑な表情を見せる。
「なんだ? 俺がお前の中に戻って寂しいか? それとも目の前から居なくなって安心するか?」
「ち、違いますよ!」
慌ててパイアがそう口にする。
「ただ…………いえ、なんでもないです」
「……そうか」
パイアが何かを言おうとしてやめたのを俺は特に追求せずに返事をした。
「では、俺はお前の中に戻る」
「あ、はい」
そう言ってから俺は再びパイアの中に入っていく。
完全にパイアの中に入ってから俺は身体を丸めて眠りについた。
そして意識だけを身体の外に出す。
《パイア、部屋に行くぞ》
「あ、神王様。 また意識だけになったんですね」
意識だけになった俺の言葉にパイアは俺が立っていた場所を見ながらそう言った。
まぁ俺の居る位置は分からないからそうなるか。
そう思っていると宿の中からドタドタという音が聞こえてくる。
《なんだ?》
「なんでしょう?」
二人で不思議に思っていると。
「アリア!」
慌てた様子で宿からライナスがパイアの偽名を呼びながら飛び出してきた。
「そんなに慌てて、どうしたのライナス?」
「どうしたもこうしたもあるか! アリアも感じただろ、さっきの強烈な威圧のような何かを!」
そういえば、俺は魔圧を周囲に出したままだったな……完全に忘れてた。
「俺はあれを感じて部屋から動けなかった……俺はそんな感じだったが他の連中は恐怖で泣き出す奴までいたらしい。 それであの感覚がなくなって動けるようになってアリアが心配で探してたんだ」
なるほど……俺がパイアの中に戻ったことで魔圧を感じなくなり動けるようになってアリアを探しにきたのか。
それにしてもあの程度の魔圧で泣き出す奴もいるとは……それとも動けない程度のライナスの方が凄いのか?
まぁいい、それでパイアはライナスになんと答えるのかね。
「えーっと……たしかに感じた……ような?」
どうやらパイアは普通に誤魔化すらしい……つまらんな。
「なんで疑問なんだよ」
「あ、いや感じたよ!」
「だろ! で、アリアは大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だよ。 僕も動けない感じだったくらいだし」
「そうか、流石は王国で凄腕と言われるアリアだな。 俺と同じで動けない程度とは」
「あ、ははは……」
パイアが変な笑いをする。
《おい、不自然だぞ》
「はい……」
そこでライナスが眉間にしわを寄せて、どこか困ったような表情をする。
「しかし困ったことになったな……」
「何が?」
「何がって、そりゃさっき感じた感覚のことだ。 まだ大丈夫だとは思うが、じきに帝国の兵たちが動き出すぞ。 そうしたら門の警備が厳しくなって数日はこの街から出れなくなるぞ」
そうか……そうなる可能性を忘れていたな。
パイアは一刻も早く国王の居るヨーランに行きたい筈だ……ここで足止めを食らう訳にはいかないだろう。
「それは困るよ!」
「そうだよな……なら今直ぐにでもこの街を出て出発した方が良いな」
ライナスの考えは最もだが、パイアにはこれから龍の血の覚醒をするという予定がある……まぁ後でもいいが。
「えっと……今は眠いっていうか……」
パイアも血の覚醒のことを思い出したのか、そんなことを口にする。
「何言ってんだ。 数日、ここに籠るのは嫌だろ? それにもう少し我慢すればペガサスの上で寝れるさ」
「……わかったよ。 じゃあ直ぐに宿を出よう」
「おう、準備が出来たら宿の前に集合だ」
結局、パイアは直ぐにこの街から出ることにしたらしい。
まぁそれが最善か……ペガサスの上でも頑張れば血の覚醒は出来るだろう。
その後、パイアは部屋に戻り身支度を済ませてから宿のおばちゃんに声をかけて宿を出た。
「来たな」
すでに宿の前にはライナスの姿があった。
「ごめん、少し遅れたかな」
「いや、大丈夫だ。 早速北門から街を出よう。 アリアは俺の後ろを付いてきてくれ」
「わかった」
ライナスと合流したパイアは直ぐに宿を出発して街を出るために北門を目指す。
「何だか街が騒ついているね」
街の様子は夜にもかかわらず騒ついている。
「それだけさっきの威圧のような感覚が強烈だったってことだ」
ふむ……あの程度でここまで影響が出るとはな。
「俺たちも注意して進んだ方がいいだろう。 さっきの感覚の正体は分からないからな」
「……そうだね」
そんなことをライナスとパイアは話しながら進んでいると直ぐに北門が見えてくる。
そこでライナスが一旦足を止めた。
「……よし、まだ門の警備は厳しくなってはいない」
「よかった……」
「直ぐに門を抜けてしまおう」
そしてライナスとパイアは足を進め門をくぐり抜ける。
「そこの! ちょっと待て」
門をくぐり抜けた所で後ろから門番の兵に声をかけられ止められる。
「ちっ……」
ライナスが思わず小さく舌打ちをした。
「そこの後ろのフードを被っている者、顔を見せろ」
そう言いながらパイアに近付いてくる門番に反応してライナスがパイアと門番の間に入る。
「一体俺たちに何の用だ?」
「こんな時間にフードを被って外に出るなんて怪しいだろ? それにさっきあんな騒動があったばかりだしな」
面倒だな……さて、二人はどうするのか。
「とりあえず、そのフードを脱いで顔を見せろ」
「そいつは、やめておいた方がいいな」
「なに?」
「見ての通り俺たちは傭兵でこいつは俺の相棒だが、俺もこいつの顔は一度しか見たことがない。 ……なぜだか分かるか?」
ライナスが言葉に圧をかけて門番にそう問う。
「……なぜだ?」
門番はライナスの圧に思わず唾を飲み込んでそう言う。
「それはなぁ……こいつの顔はとてもじゃねえが見れたものじゃねえからだ。 顔は傷だらけで焼け爛れた跡まである。 見た者は皆、あまりの衝撃に失神する程だ……それでも見たいのか?」
ライナスの言葉に門番は顔を青ざめて口を開く。
「……と、通っていいぞ」
「おう」
そうしてライナスとパイアは門から歩いて遠ざかった。
どうやらライナスの嘘で上手く乗り切れたようだ。
「……ありがとう、ライナス」
「構わねえよ。 ……アリアをちゃんとヨーランまで送り届けるって言っただろ」
ライナスはどこか恥ずかしそうにそう言った。
「うん」
その後は二人ともしばらく無言で街道を歩く。
30分程、歩いたところでライナスが足を止めた。
「ここら辺でいいだろう」
「ペガサスを出すの?」
「ああ、そうだ」
ライナスはペガサスを召喚するという水晶のような魔法具を取り出す。
「何だかワクワクするね!」
「俺もだ」
二人はペガサスを見るのが楽しみなようで笑顔だ。
「どうやってペガサスを召喚するの?」
「それはな……こうやるんだよッ!」
「ええッ!?」
ライナスは手に持った水晶のような魔法具を地面に叩きつけた。
すると水晶が砕け散り、光の柱が現れる。
「す、凄い!」
そして光の柱が消えると、そこには鳥のような翼の生えた白い馬……ペガサスが立っていた。
「ブルルルルッ」
「これが……ペガサス」
「どうだ、驚いたか?」
「うん、ありがとうライナス!」
「良いってことよ。 さてこいつに名前をつけないとな……簡単に【ペガ】でいいか」
「ペガサスだからペガ……ずいぶん簡単な名付けだね」
そこでペガサスのペガがライナスに近付いてきて、その頭を擦り寄せる。
「どうやらこいつは気に入ったみたいだぜ」
「まぁペガが気に入ってるならいいけど」
ペガがライナスに頭を擦り寄せた後に隣に立っているパイアに向かってお辞儀をする。
《ほぅ……》
「ええ!?」
「アリア……お前何したんだ?」
「何もしてないよ!」
二人はペガがパイアにお辞儀したことに驚いている。
どうやらこのペガサスはパイアの中に眠る俺という上位者に気が付いたか、パイアに眠る龍の血に気が付いてお辞儀をしたようだ。
中々にこのペガサスは賢い生物らしいな。
「……まぁいいか。 じゃあ早速ペガに乗ってヨーランまでひとっ飛びしようぜ」
「うん」
ライナスはペガの背に前を空けて飛び乗った。
「さぁどうぞ、お姫様」
そう言ってライナスがパイアに手を伸ばす。
「ふふっありがとうライナス。 でも僕だって」
パイアは自分の力でライナスの前に飛び乗る。
「これくらい出来るよ」
「そうかい。 じゃあ出発だ。 鞍が無いからしっかりペガに掴まっておけよ」
「わかった」
「よし、行けペガ!」
「ヒヒーン!」
ライナスの言葉でペガは走り出して翼を羽ばたかせる。
そして空へと飛び出した。
俺もそれに続く。
「どうだ、初めて空を飛んだ感想は?」
「凄い……凄いよ!」
「そうか……そうだよなぁ」
パイアは周囲の景色を見ながら興奮し、ライナスはその姿を見て嬉しそうな顔をしている。
何だかライナスは空を飛んだことがあるような感じだ……ますます怪しい奴だな。
「……でも何でこんなに速く空を飛んでいるのに風をあまり感じないの?」
「それはペガが魔法を使っているからだ。 ペガサスってのは背中に乗っている者が落ちないように魔法で風を制御しているんだ」
「そうなんだ」
どうやらペガサスの背はあまり風の影響を受けないようになっているらしい。
……なんでそんなことをライナスは知っているんだか。
「このまま北へ真っ直ぐ飛ぶぞ!」
「うん!」
ペガは速度を上げて北へと飛んでいく。
「あ、そうだ。 アリア寝なくて大丈夫か?」
「あ、うん……」
そこでライナスが宿でパイアが眠いと言っていたことを思う出したようだ。
「俺が起きているから寝てていいぞ」
「でも……」
「気にするな。 俺は全然眠くないから」
《……ライナスもこう言っているし、血の覚醒をやってしまおうか》
パイアは小さく頷いた。
「じゃあ悪いけど、ライナス後はお願い」
「おう、任せとけ」
《じゃあ龍の血を覚醒させるぞ。 気を失うと思うが覚醒は一瞬で終わるから安心しろ》
再びパイアは小さく頷く。
《ではいくぞ!》
「ッ!」
俺はパイアの中に眠る龍の血を魔法で覚醒させた。
すると、パイアは直ぐに気を失い身体が横に倒れてペガから落ちそうになる。
「おっと」
しかし、ライナスがパイア身体をしっかりと支えたので落ちなかった。
俺はあえて手を出さずにライナスとパイアを観察する。
「……いくら王国で凄腕の王女様でも、やっぱり身体は華奢だな」
パイアの身体を支えながらライナスが呟く。
「こんな身体でキツイ戦いを帝国としているんだ……あの帝国と。 たった一人で厳しい旅までして……なら俺が支えてやらねえとな」
ライナスの顔にはたしかな覚悟があった。
《ふむ……》
ライナスはどう考えても怪しい男だが、やはり俺の感覚ではこいつを信用できると感じている。
しばらくはパイアと旅をさせても問題ない相手だろう。
俺はそう判断してペガに付いていく。
《さて、この先に何が待っているのやら》
俺は少しこの先のことが楽しみだった。
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