第41話 ドラゴンヴァンパイアと魂

第41話 ドラゴンヴァンパイアと魂




 あの後、ライナスと今後の予定を話し合ったパイアは一度部屋に行き、その後宿の一階で夕食を食べてから宿の裏庭に足を運んだ。

 辺りはすでに暗くなっていて、建物から漏れる僅かな光が宿の裏庭を照らしている。


《訓練するのか?》


 俺はパイアにここに来た目的を問う。


「はい。 僕はまだまだ弱い……あの傭兵のライナスと出会って思ったことがあります」

《うん?》

「僕は王国で二番目強いといわれていたけれど、世界にはもっと強い人がいるんです。 僕はいつの間にか自分がこの世界でぷれいやーを除いて強者だと思っていた……その思いは間違っている。 オビンさんやライナス……まだまだ先があるんです。 僕はまだまだ強くなれる、強くならなくちゃいけないんです」

《ふむ……ライナスは分かるがオビンというのは誰だったか?》

「ああ、オビンさんっていうのは王国の騎士団の総騎士団長なんです」

《ほう。 今の騎士団長か……強いのか?》

「それはもう強いですよ。 僕なんて模擬戦で一度も勝てたことがないですし」

《そうか……ちなみにレベルはいくつなんだ?》

「最後に会った時が1500くらいでした」

《前言っていた王国最強がその騎士団長ってわけか》

「そうです」

《ふーん……》


 俺が黙ったのでパイアは腰に差してあるあの綺麗な剣を抜き、その場で振り始めた。

 パイアの訓練を見ながら俺はあのライナスという男について考える。

 王国最強の騎士団長がレベル1500なのに対してあのライナスという男はそれを超えるレベル1650。

 そんな人物があのタイミングで偶然現れて、金を払ったとはいえパイアに力を貸すだろうか?

 しかも、困難な目的を聞いても尚パイアに力を貸すと言い、さらにパイアを目的地まで連れていくのに貴重な魔法具を使うとまで言った。

 普通はパイアが王国の王女だと知った時点で帝国に突き出すか、お人好しだとしても見て見ぬ振りをするのではないだろうか?

 なぜ、そこまでライナスはパイアに力を貸そうとするのか……ライナスの言う通り帝国が嫌いだとしても……。

 一体ライナスは何者なんだ?

 王国最強よりもレベルが高い傭兵で、貴重な魔法具の中でもさらに貴重な魔法具を持ち、それをパイアのために使うという……怪しい。

 だが、俺の感覚がライナスをなぜか疑ってはいない……それどころか信用できる人物とさえ感じる。

 この考えと感覚の違いはなんだ?


 そう俺が考えていると時間がそれなりに経ったのか、パイアが振っていた剣を下ろし裏庭に置いてあった椅子に近付き座った。


《訓練はおしまいか?》

「はい……一旦休憩です」


 そう答えたパイアの表情はどこか暗い。


《なんだ、その顔は?》

「いえ……ただ、何か違う気がして」

《その剣に慣れていないからか?》

「そういうのではなくて……何か強くなる方法が違う気が」

《ふむ》


 そこで俺は気になっていたことを聞くことにした。


《お前の本当の戦闘スタイルは片手剣なのか?》

「いえ、違います。 僕は本来片手に剣を、もう片手に盾を持って戦うスタイルです」

《ふーん。 魔法は使わないのか?》

「一応1種類だけ使える魔法があります……それが切り札でもありますが、普段はあまり制御できず使えません」

《そうなのか? ちなみにその魔法ってのは》

「……龍魔法です」

《龍魔法……そうか……》


 驚いた……パイアは龍魔法が使えたのか。

 1000年経っても俺の血は繋がっているのだな……あの巨神は俺の力はあまり受け継がれないと言っていたのに。


「神王様……僕に龍魔法の使い方を教えてくれませんか? 周りの人は誰も使えなくて参考に出来る方が居ないんです」

《……使い方といってもな……それにパイア、お前は龍魔法が使えてもあまり強力な魔法は使えないのではないか?》


 俺の息子であったクロウが龍魔法を受け継いでいたが、使えたのは身体強化くらいだったからな。

 年代を重ね血が薄くなったパイアでは強力な魔法は使えないのではないかと俺は思った。


「……はい。 僕が使えるのは精々他の魔法より少し強い身体強化くらいです」

《やはりそうか》


 パイアは暗い表情でそう俺に答えた。

 どうやら俺の考えは当たりだったらしい。


《……そうだ、お前の魂を見せてみろ》

「僕の魂を? そんなことが可能なんですか?」

《ああ出来る。 魂にはいくつかの情報がある。 それを見ればお前の何かが分かるかもしれない》


 この生物の魂を見るという方法は俺が1000年前に開発した魔法の一つで、チイを俺の眷属にするために研究していた中で生まれたもの。

 そのため、この魔法は魂を見るだけでなく自由に弄ることも出来る……まぁ疲れるから普段は見るくらいで絶対にやらないがな。

 あと、この魔法は自分の魂を見ることも弄ることも出来ない。

 ちなみに今、俺がパイアの中で眠っている方法も1000年前の研究で偶然俺が生み出した魔法だ。


「……じゃあお願いします」


 パイアはどこか不安そうな顔で俺にお願いした。


《ああ。 では、一旦お前の中に戻るぞ》


 俺はそう言ってから意識をパイアの中にある本体に戻した。

 魂を見るにはその魂を持つ存在の中に入らなくてはならないからな。

 パイアの中に初めて入った時に見る機会があったが、興味がないので魂なんて見なかった。




♢♢♢




 そして……俺はパイアの中で目を覚ます。

 さて、パイアの魂は一体どういうものなんだろうな?

 俺はパイアの中を移動し、魂のある中心部にやってくる。

 そして俺はパイアの魂を目にして……目を見開いた。


 そんな……そんな馬鹿な……そんなことがあるのか?


 パイアの中心部にあったパイアの魂を見て俺は驚愕する。

 その魂は俺が、かつて見慣れた魂……紛れもなくチイのものだった。

 どうして、ここに彼女の魂が!?

 俺はしばらくの間、呆然とする……そして。


 は……はは……はははははははははは!!


 俺は大声で上を向いて笑い始めた……それと同時になぜか涙も流れ始める。

 そうか……そういうことだったのか。

 パイアの中にあった魂は間違いなくチイのものだ。

 それは間違いない……俺が見間違えるはずもないからな。

 それで、どうしてチイの魂がパイアの中にあるのか……その理由は簡単だ。

 チイが死にその魂が何度か輪廻転生をしたのだ……それで今はパイアという人間になった。

 それだけだ……俺はそれを本能で僅かに感じていたからこそ、普段の俺らしくもなくパイアに少し親身になっていたのだろう。

 ……だが……だが、だが、だが! なんという偶然だ! 

 今世もその魂は黒い兎族に、王国の王族に転生し! さらに俺を起こしにきた!

 俺を眠らせる理由も起こすのもこの魂なのか!

 俺はこの運命的ともいえる偶然に笑い、涙する。

 もし、これがただの偶然ではなく誰かのしでかしたことなら俺はそいつを称賛するだろう。

 よく俺を大いに笑わせ、涙を流させたとな!


 ははははははははははははははははは…………。

 俺は笑うのをやめて魂を見つめる。

 だがしかし、勘違いしてはいけない。

 これはたしかにチイの魂だったものだが、こいつはチイではない。

 この魂はすでにパイアのものだ。

 俺がこの魂をどうこうする理由もない。

 それに俺はすでにチイのことについて吹っ切っている。

 今さら情けなく魂にチイを感じたりしないさ……そう、しない。

 だが、前世なのかもっと前なのかは知らないが、その繋がりを称えてパイアに贈り物をやろう。

 俺はパイアの中から飛び出した。


「ふぅ……」


 俺は何日かぶりに外の空気を吸い、地に足をつけた。

 そこで背後でドサっという音が聞こえる。

 俺は振り返るとそこには尻餅をついて震えながら俺を見上げるパイアの姿があった。

 なぜ、パイアが震えているのかを考えて俺は気が付く。

 どうやら眠っている間に前とはずいぶんと魔力などの力が強くなったせいで勝手に魔圧が出ているらしい。

 前と同じ感覚では魔力を抑えきれていないようだ。

 気付いた今ならすぐに魔力を抑えられるだろう……だが、俺はあえて魔力を抑えずにパイアを見下ろした。


 それからしばらくしてパイアの身体の震えが止まる。


「あ、あの……神王様……ですよね?」


 パイアが控えめにそう言った。

 俺はその様子を見て少し笑う。


「ふふっ……やはり兎族だな、お前は」

「え?」

「いや、なんでもない……ただお前なら俺の魔圧を耐えられると思っただけだ」

「は、はぁ?」


 俺はパイアに手を差し伸べ、その手をパイアは躊躇わずに取った。

 パイアを立たせて俺はこいつに贈り物を選ばせることにする。


「さて、パイア」

「はい」

「お前に贈り物を二つやろう」

「贈り物……ですか?」

「まず一つ目」


 俺はパイアに手のひらを見せるように両手を広げる。


「俺がお前を強くしてやろう。 手っ取り早く強くなるのと、地道に強くなるの……どっちがいい?」

「えっと、僕を強くしてくれるのですか?」

「あぁ。 どちらか選べ」

「……それはもちろん早く強くなることに越したことはないですけど……どうして二つもあるんですか?」


 パイアは不思議そうにそう言った。

 俺はその答えに嬉しく笑顔になる。


「良いところに気が付いたな。 簡単な話だ。 どちらにもメリットとデメリットがある」

「それは……」

「まず手っ取り早く強くなる方法のメリットは早くより強くなれること。 そしてデメリットは……今すぐではないが、いずれ今のお前を捨て人間を辞めることになるからだ。 まぁ俺はこれをデメリットとは思わないが、デメリットと感じる者もいるだろう」

「今の自分を捨てて……人間を……辞める?」

「ああ。 そして地道に強くなる方法のメリットは今のままのお前で強くなれること。 デメリットがいずれプレイヤーを倒せるくらいになるだろうが、その時間が今のお前にはないことだろう」

「えと、ちょっと待ってください! 人間を辞めるってどういう」


 パイアが混乱したのか、焦ってそう聞いてくる。


「簡単な話。 人間より強くなるには人間を辞めるのが一番手っ取り早いってことだ」

「そんな……」


 どうらやパイアはかなり迷っているらしい。

 しばらくして決めたのか真剣な表情になる。


「手っ取り早く強くなれるんですよね? プレイヤーよりも強く」

「ああ」

「地道でも時間があればプレイヤーより強くなれるんですね?」

「ああ。 さぁ選べ」

「僕は……地道に強くなります!」

「そうか……」

「はい。 僕は今の自分というのを捨てたくありません。 父上と兄上が愛し、想いを託してくれたのは今の僕なんです。 だから……」

「……もしかしたらお前ならそう言うんじゃないかと思ってたよ」

「え?」

「いや、なんでもない。 では地道に強くなる方法だが、俺がお前の中に眠る龍の血を覚醒させる」

「僕の中に眠る龍の血……」


 パイアは自分の胸に手をあてる。


「その結果、今とは比べ物にならないくらい龍魔法が強力になり、制御も前より楽になるだろう。 あとはお前自身が龍魔法の腕を鍛え強くなる」

「なるほど、それで地道に強くなると……それでも十分強くなると思えるんですけど」

「たしかに今と比べれば強くなるだろうが、すぐにはプレイヤーに勝てるくらいには強くなれない。 それにもう一つの方法はそれとは比べ物にならないくらい強くなれるってことだ」

「そうなんですか」

「それであともう一つの贈り物だが」

「もう一つあるんですか!?」

「さっき言ったろ、二つって」


 パイアが驚いてそう言ったが……なんで忘れているんだよ。


「お前の強さ以外に関してのこと限定だが、お前の願いを一つ聞いてやる」

「願い……」

「そうだ。 お前が戦争を終わらせてと俺に再び願えばすぐに戦争を終わらせてやろう。 さあどうする?」


 俺はニヤケながらそうパイアに問う。

 どうしてこんなことをするのか……それはパイアが何を願うのか俺は興味があったからだ。

 面白いことに魂が分かると色々と見方が変わってくる……俺も馬鹿な奴だな。

 だが、俺にとって戦争を終わらせるくらいなんてことない事だ。

 大抵の願いは叶えることが出来るだろう。


 そしてパイアが口を開く。


「……保留でもいいですか?」

「ほぅ……いいのか? 戦争を止めるとかじゃなくて」

「はい……神王様に下手に願ったら最悪なことになりそうなんで、父上たちのもとに行ってから一緒に考えたいと思います」

「ふっ……最悪なことか。 よく分かってるじゃないか……いいだろう保留にしてやる」

「僕だっていい加減、神王様がどんな方なのか理解しますよ」


 パイアはそう言って微笑んだ。

 パイアはチイと違う、チイのことは吹っ切ったとはいえ、その魂が同じだと分かるとその微笑みにチイの面影を僅かに感じてしまう俺はやはり馬鹿なんだろう。

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