第40話 ドラゴンヴァンパイアとライナス

第40話 ドラゴンヴァンパイアとライナス




《そうなのか? 俺はお前がどれだけ強いのか知らないからわからん》

「はい。 あの動き……間違いなく僕より強いです。 一応レンズを使ってみます」

《ああ、あのレベルの分かるやつか》


 パイアは魔法具のガラスのレンズを取り出してスキンヘッドの男をレンズ越しに見る。

 すると、レンズに1650という数字が表示された。


「レベル1650! そんな強い人間が……」

《もしかしてプレイヤーか?》

「……いえ、ぷれいやーならもっとレベルが高い筈です。 でも、こんな強い人がいるなんて僕は知らない」


 そこで汚い男たちを気絶させたスキンヘッドの男が振り返ってパイアに近付いて声をかけてくる。


「おい、アンタ。 大丈夫だったか?」

「はい。 助けていただいてありがとうございます」

「構わねえよ……それにしてもアンタ」


 そこでスキンヘッドの男が眉をひそめる。


「なんでしょうか?」

「アンタみたいなのがこんな時期にこんな道を一人で歩くのはやめた方がいいぞ」


 たしかにスキンヘッドの男が言うようにパイアは周りから見れば武器を持っているとはいえ華奢な身体だ。

 悪人が襲う相手としては悪くない標的だろう。


「ご心配ありがとうございます。 でも、僕もそれなりの腕があるので大丈夫です。 では」


 パイアは早くこの謎のレベルが高いスキンヘッドの男から離れたかったのか、そう言ってスキンヘッドの男の横を通り過ぎようとする。


「ちょっと待て。 だからそっちは危ないって!」


 警告しても尚、奥に進もうとするパイアを止めようとスキンヘッドの男がそう言ってパイアのフードの端を掴んでしまった。


《お?》


 その結果、パイアのフードが脱げて特徴的な長い耳と黒い髪が露わになってしまう。


「ッ!?」


 驚いたパイアはすぐにフードを被り直すが、もう遅い。

 スキンヘッドの男は目を見開いてパイアを見ている。


「アンタ……まさか王国の王族、王女様か?」

《バレたぞ、どうする? こいつを殺すか? 逃げたところでこの男が周りに知らせたら今より動きにくくなるぞ》

「くっ!?」


 そう、今さら逃げたところでこの男が周りにパイアの正体を知らせたらパイアが身動き出来なくなってしまうかもしれない。

 なら、こいつの口を封じるしかないだろう。

 しかし、それがこのパイアに出来るのだろうか?


《で、どうする?》

「……なんとかこの人を気絶させて逃げます」


 案の定、パイアはこいつを殺す気はないようだ。

 相変わらず甘い奴だな。

 パイアは剣をいつでも抜けるように構える。


「ちょ、ちょっと待て! 待ってくれ!」


 スキンヘッドの男はパイアが構えたのを見て慌てたように両手を上げてそう言った。


「?」


 そのスキンヘッドの男の行動にパイアは怪訝そうな表情をする。


「どういうつもりですか?」

「いきなり信じてくれって言っても難しいと思うが、信じてくれ。 俺はアンタのことを周りに言いふらしたりしない」


 スキンヘッドの男は真剣な表情でパイアを見てそう言った。


「……どうしてですか?」

「アンタもそうだと思うが、正直俺は帝国の奴らが好きじゃねえんだ」

「……」

「アンタがこんな所になんでいるのかは知らないが、きっと大切な理由があるんだと思う。 その邪魔はしたくねえ、むしろ手伝いたい」

「なに?」

「だから、俺を雇わないか?」

「雇う?」

「今の俺は傭兵だ。 雇ってくれればアンタのために全力で力を貸す。 これでもその辺の奴らよりは使える筈だ。 それに俺を側に置いておけば監視も出来るだろ。 どうだ?」

「……」


 どうやらパイアはスキンヘッドの男の提案に悩んでいるようだ。


《俺はこいつを雇っていいと思うぞ》

「神王様!?」

「神王様?」

「あ、いや。 なんでも」


 このスキンヘッドの男を見ていたが一度もパイアから目をそらしてはいない。

 言葉にも表情にも俺はこいつが嘘をついているとは思えなかった。


《俺の見たところ、こいつは嘘をついてはいない。 それに今のお前一人での旅はキツイだろう。 こいつが居ればさっきのように絡まれることも無くなるだろうし、街に入ることも簡単になると思うが?》

「……はぁ、わかりました。 あなたを雇いましょう」


 パイアはそう言って構えを解いた。

 その言葉にスキンヘッドの男は両手を下げて嬉しそうな顔をする。


「そうか、ありがとう!」

「それでいくらであなたを雇えますか?」

「本当はただ、と言いたいところだが、それじゃあアンタも信用できないだろう。 1ヶ月金貨3枚でどうだ?」

「最高レベルの傭兵を雇うにはずいぶんと安いですね……まぁ僕としては助かりますが」


 パイアは金貨3枚を取り出してスキンヘッドの男に近付いて手渡した。


「よし! これで俺はアンタを絶対に裏切らない、約束する」

「はい、お願いします」

「おっとそういえば自己紹介がまだだったな。 俺はライナス。 見ての通り普人で傭兵をやってる」

「僕のことは誰かに聞かれるとマズイのでこことは別の場所で話します。 とりあえずよろしくお願いします」

「おう、よろしくな」


 パイアとライナスという傭兵の男は握手をした。


「あっとそうだ。 俺とは敬語で話さなくていいぞ。 というか俺の方が敬語で話した方がいいか?」


 ライナスは思い出したかのようにそんなことを言う。


「いえ……いや、敬語じゃなくていいよ。 僕も普通に話させてもらうね」

「おう。 それでアンタはこんな道で何をやってたんだ?」

「僕はこの先にあるっていう宿を目指してたんだ」

「この先の宿……」

「自由に使える広い場所があるらしいんだけど」

「ああ! そこの宿なら俺もちょうど泊まっているぞ」

「本当?」

「ああ、案内する。 付いてきてくれ」

「わかった」


 ライナスはパイアを宿に案内しようと歩き出した。

 そのライナス後ろをパイアは付いて歩く。


《それにしても探していた宿が同じとはラッキーだったな》

「そうですね」


 ライナスに付いていき道を何度か曲がると一つの建物の前でライナスは立ち止まった。


「着いたぞ。 ここが俺の泊まっている宿だ。 少しだけ汚れちゃいるが飯も出て不味くはないし、良い宿だと思うぞ」


 ライナスの言う通り、目の前の宿はもともとパイアが泊まろとしていた宿よりは年季が入っていて少し汚い。

 ライナスは宿の中に扉を開けて入っていったので俺とパイアも中に入る。

 入ってすぐにカウンターがあり、そこに中年の女性が座っていた。

 奥には階段があって、一階にはテーブルがいくつかあり数人の客が座っている。

 どうやらこの宿は人気が無いわけではないらしい。


「おばちゃん、お客さん連れてきたぞ」

「ああそうかい」


 ライナスにおばちゃんと呼ばれた女性はパイアをチラリと見る。


「朝夕食事付きで一泊銀貨4枚だよ」

「ここは自由に使える場所があるって聞いたんですけど」

「ああ、裏庭かい。 他の客の迷惑にならなきゃ自由に使っていいよ」

「そうですか。 じゃあお願いします」

「じゃあこれに名前を書きな」


 おばちゃんはカウンターの中から名簿のような物を取り出してカウンターの上に置いた。

 パイアはそこにアリアという名前を書いてから銀貨4枚を取り出しておばちゃんに手渡す。


「はい、これが部屋の鍵だよ。 部屋は二階の奥ね。 あと夕食はもう少しあとだよ」

「分かりました。 ありがとうございます」


 パイアはおばちゃんにお礼を言ってライナスと一緒に奥の階段に進み、二階に上がっていく。


「とりあえず俺の部屋で詳しいことを話そうぜ」


 そう言ったライナスは階段を上がってすぐの部屋の前で止まった。


「ここが俺の部屋だ。 入ってくれ」


 ライナスが鍵を開けて部屋に入ったのに続いてパイアと俺も中に入る。


「とりあえずその椅子に座ってくれ」


 パイアは言われた通り部屋に一つだけある椅子に座り、ライナスはベッドに腰掛けた。


「じゃあまず俺のことを少しだけ話そう。 俺はさっきも言った通り傭兵でこの街には護衛依頼でやってきた。 それで依頼が終わり、数日前からこの街に滞在している」

「そうなんだ」

「次はアンタだ。 ……といっても俺に話せることだけでいい」

「わかった」


 パイアは被っているフードを脱ぐ。


「もう分かっていると思うけど、見てわかる通り僕は神聖ティターン王国の王女パイアだ。 今は偽名でアリアって名乗ってるからそう呼んでね」

「やっぱりそうだったか……わかった、アリアだな」


 ライナスはパイアの言葉に納得して頷くがすぐに不思議そうな顔をする。


「しっかし王国の王女といえばかなりの凄腕と聞くがどうしてこんな場所に居るんだ?」

「それは……今は話せない」


 パイアは申し訳なさそうな表情でそう言った。


「今はってことは」

「うん。 ライナスが信用できればいつかは話すよ」

「そうか」


 それだけでライナスは嬉しそうな顔をする。


「それで僕の今の目的なんだけど……僕は今、ここから北のヨーランの街に向かっている途中なんだ」

「ヨーラン? ヨーランっていえば王都の向こう側じゃねえか」

「うん、そうだよ」

「今、王都周辺は帝国の兵で一杯だ。 抜けるのは厳しいぞ。 どうしてそんな危険な場所に?」

「それは……」

「あぁ、分かってる。 言えねえんだろ」

「ごめん……」

「いや、まだ会ったばっかりなんだ。 ここまで話してくれただけで嬉しいぜ」

「ライナス……ありがとう」

「ッ!?」


 笑顔を見せたパイアを見てライナスが後ろ向く。

 その顔を顔を赤く染めて。

 こいつ……見た目に反して結構うぶなんだな。

 それとの照れ屋なのか?


「どうしたの、ライナス?」

「な、なんでもねえ」


 少ししてライナスがパイアに向き直る。


「えーっと、とりあえず俺は雇われた以上、全力でアリアをヨーランまで連れていく。 出発はどうするんだ?」

「明日、朝になったらすぐに出発するよ。 急いでいるからね」

「そうか……」


 そこでライナスが何かを考えだす。


「ライナス?」

「うーん、ヨーランは遠いし急いでいるなら馬車でも借りられればいいんだが……」

「ライナスは馬車を動かせるの?」

「いいや、俺はやったことない。 アリアはどうだ?」

「僕も乗ったことはあっても動かしたことはないや」

「やっぱりそうか……となると馬車を持っている人間の護衛依頼で一緒に乗せてもらうか北へ向かう馬車に乗せてもらうかだが……」

「今、北に向かおうって人はあまりいないと思うよ。 それに乗合馬車も今は機能してないし」

「そうだよなぁ……ってことはやっぱり歩いて向かうしかないか」

「そうだね」

「でもヨーランまでここから行くのには最低でも半年以上は掛かるよな」

「……うん、半年は掛かるね……」


 パイアの表情が暗くなり、部屋の雰囲気も暗くなる。

 だが、ライナスはまだ何か考えているようだ。


「うーん……うーん……あ! そうだ!」


 そこでライナスがベッドから立ち上がる。

 何か名案でも思いついたのか?


「ライナス?」

「あれが使えるかもしれない!」

「どうしたのライナス?」

「ちょっと待ってくれ」


 そう言うとライナスは自分の服の中を探り始める。


「あった、これだ!」


 そう言って服の中からライナスは水晶のような物を取り出した。


「なにこれ……綺麗。 水晶?」

「これは昔、俺が冒険していて偶然見つけた魔法具なんだ」

「魔法具!?」

《ほぅ……魔法具か》


 これも魔法具なのか。

 こんな水晶のような魔法具もあるんだな。

 一体どんな効果なんだ?


「ずいぶん昔のことだからすっかり忘れてたぜ」

「一体どんな魔法具なの?」

「これはな、使い捨てで一度きりしか使えない魔法具なんだ」

「それってかなり貴重なんじゃ?」

「ああ、この魔法具を使えば使用者に従うペガサスを召喚することが出来るんだよ!」

「ペガサスだって!?」

《ペガサスだと?》

「ああ、そうだ」

「ペガサスってあのモンスターの中でも滅多に見られないといわれる鳥の翼の生えた馬だよね!?」

「その通り、よく知ってるな」

「いくら僕がモンスターに詳しくなくてもそんな伝説的なモンスターくらい知っているよ!」


 パイアが興奮してそう言っているが、この世界にもペガサスが存在したということに俺は驚いていた。

 それと同時に気になることがいくつか出来た。


《パイア、興奮しているとこ悪いが、どうして一度きりの使い捨ての魔法具の効果が分かるんだ?》

「え? ああ、今は魔法具の効果を調べることが出来る魔法具があるんですよ」

《ああ、そうなのか》


 パイアは小声で俺にそう言った。

 なるほどな。


「この魔法具でペガサスを呼んでその背に乗って飛んでいけばヨーランなんて直ぐだぜ!」

「うん! ……あ、でも……そんな貴重な魔法具を僕のために使っていいの?」


 興奮していたパイアが再び暗くなる。


「おいおい、アリア。 言ったろ……俺は全力でアリアをヨーランまで連れていくって。 なら構わねえよ。 ……それにこんな魔法具、持っていても普段は絶対使わねえしな! ペガサスに乗る良い機会だぜ!」

「ライナス……」


 パイアはライナスのその言葉に思わず涙をその目に溜めていた。


「こ、こんなことで泣くなって」

「ありがとう……」


 ライナスはとても照れ臭そうにしている。

 その一方で俺はライナスという男を無表情で見つめていた。

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