第39話 ドラゴンヴァンパイアと不思議なパイア

第39話 ドラゴンヴァンパイアと不思議なパイア




 あの廃墟の街を出て草木が生い茂る中を抜けると一本の街道が現れた。

 パイアの話ではこの街道を南に進めばすぐにジャットという港街があるそうだが、そこは門でパイアの正体がバレる可能性があるので避けるそうだ。

 という訳でパイアと俺はその街道を北へと進み始める。

 道中は特に問題も起きず、パイアと俺は無言でただ街道を進んでいた。

 そうしているうちに段々と日が暮れてくる。


「今日はここで野宿ですね」

《また野宿か。 あの廃墟の街を出てからずっと野宿だな》

「ははっ……しょうがないですよ。 ジャットの街には入れそうもないですし、まだ他の街も遠いですからね。 せめてあのネックレスが使えればよかったんですけど」


 パイアはそう言いながら手慣れた様子で野宿の準備をする。


《王国の王女にしては、相変わらず手慣れているな》

「ああ、これですか。 僕は元々騎士団の訓練で野宿を経験したこともありますし、神王様のもとまで行くのに何度も野宿をしましたからね」

《ふーん、そうか》


 そんなことを話しているとパイアが干し肉を取り出す。


「神王様は食事は必要ないんでしたよね?」

《ああ、眠る前に少し補給したし、眠ってる間はほとんど腹が空かないから問題ない》


 パイアはその場に座り干し肉を咥えて少し噛み切ると、空を見上げた。


「……やっぱり神王様は人間とは違うんですね」

《今さら何を言っているんだ?》

「いえ……ただ、神王様はぷれいやーを簡単に倒すし、僕の中で眠っているとか言うし、お腹も空かないって……そういうことを聞いていると改めて神王様は神なんだなって思って……」

《神か……たしかに人間とは大分違うな》

「……どうして神王様は神になったんですか?」

《……》


 どうして神なったのか……か。

 俺はそれを考えてみる。


「僕には言えないことでしたか?」

《うん? ……いや、そういう訳ではない。 そうだな……俺が神になった理由か》

「はい」

《そういえば俺は一度も自分が神になりたいなんて思ったことはなかったな》

「そうなんですか?」


 俺のその言葉にパイアは少し驚いていた。


《兎族を結果的に助けて一緒に生活しているうちにいつの間にか俺は兎族の神になっていた。 別に俺が兎族たちに俺を神と呼べと言った訳ではないのに兎族たちは自然と俺を神と呼んでいたな。 まぁ俺はあの頃から突出した力があったから神と呼ばれてもおかしくないか》


 俺は遥か昔のことをゆっくりと思い出しながらパイアに話した。


「そう……だったんですね」

「まぁそこだけ考えればお前の王国の王女という立場と似たようなものだ」

「へ?」

《なりたくてなった訳ではなく、気が付いたらなっていた。 王女という立場だって同じだろ》

「たしかに……少しだけ似てますね。 まぁ立場の差はありますけど」

《ふっ……そうだな》


 なぜだか、このパイアという兎族とは話しやすく感じる。

 自然と口が開くのを俺は感じていた。

 不思議な気分だ。


「神王様……まだ、聞いてもいいですか?」

《ああ構わないぞ。 どうせ夜は長い……話せることなら暇つぶしに話してやる》

「ありがとうございます。 これは父上に聞いた話なんですが……神王様はとても非情な存在だと王家に伝わっているそうなんですけど……本当なんですか?」

《……一般的に俺はどう伝わっているんだ?》

「前も一度言いましたけど、神王様はこの世界ではすべての祖ともいわれていて、あらゆるものを伝えたと……あと僕たち人とは違う伝説的な種族【ドラゴンヴァンパイア】という存在で、その姿は美しいとも恐ろしいとも伝えられているし、神王様の前でその名前を許された者以外が気安く呼んではいけないというのも伝えられています。 それに神王様がしようと思えば簡単に大地を、海を、人を、種族を、国を一瞬で消し去る事も出来るとか」

《まぁ多少盛られている気がするが間違いではないな。 お前もすでに気が付いていると思うが俺の感覚は人間とは大分ズレている》

「……はい」


 おそらくパイアは俺と出会った時のことを思い出しているのだろう。


《だから普通の人間の命がどうなろうとなんとも思わない。 俺の名前を呼ぶことを許してない奴が呼んだらそいつを殺すし、俺に敵対した奴も気にせず殺す。 それがたとえ兎族であってもだ》

「……」

《だから非情といわれてもおかしくない……いや、非情なんだろうな》

「……そうですか」


 会話が止まる。


「僕は今までの神王様の話を聞いて少し違うんじゃないかなと思いました」

《うん?》


 突然パイアがそう口にした。


「非情っていうのは人間が人間らしい感情をもたないことを言うんじゃないですか? ……神王様は人間ではない、人間とは違う存在なんです。 だからそれがドラゴンヴァンパイアという存在なら普通なんじゃないでしょうか……とか僕は思ったりして」


 俺はまさかパイアの口からそんな言葉が出てくるなんて思いもしなかったので驚いた。

 まだ短い付き合いだがパイアは人間の命を大事に思う正義感の強いお人好しだ。

 そのパイアが人間の命をなんとも思わないこの怪物で神である俺を肯定するようなことを言うとはな。


「それに神王様言いましたよね? 普通の人間の命がって」

《あぁ》

「それって普通じゃない神王様にとって特別な人間の命なら大切ってことじゃないですか?」

《……》

「僕はそう感じました」

《……ははっ……はははははははは!! パイア、お前面白い奴だな!》

「え? ええ?」


 本当にこのパイアという兎族は面白くて……不思議な奴だ。


《まだ話してやりたいが、続きは明日だ。 お前はもう寝ろ》

「は、はぁ? わかりました」


 パイアは身体を小さく丸めた。


「おやすみなさい、神王様」

《おやすみ、パイア》


 しばらくしてパイアの寝息が聞こえてくる。

 俺はパイアが眠ったのを確認すると意識を本体に戻す。

 そしていつものように暇つぶしに研究を始めた。




♢♢♢




 翌朝、パイアがいつものように目覚めたら昨日と同じく俺とパイアは街道を北へ進む。

 その道中何度も南へ向かう人間たちとすれ違う。

 俺はそれが気になって歩きながらパイアに声をかける。


《なあパイア》

「なんですか神王様?」

《どうしてこんなに南へ行く連中がいるんだ?》

「……戦争のせいですよ」


 パイアは嫌そうな顔で言った。


《戦争か……》

「はい。 みんな僕たちが避けた南のジャットっという港街に向かっているんです」

《ジャットに……船目当てか》

「そうです。 みんなこの大陸から別の大陸に避難しようとしているんですよ。 だからジャットでは大勢の人が行列を作っています。 そのせいで街に入るのに検査が厳しくなるしお金もかかるんです」

《なるほど、な》


 それからは俺とパイアは無言で街道を進んだ。

 やはり道中は何度も南へ向かう人間とすれ違った。

 そうして正午を過ぎたころ、パイアが唐突に口を開く。


「そういえば神王様」

《……なんだ?》

「昨日聞き忘れたんですけど……どうして神王様は兎族を助けたんですか?」


 どうして兎族を助けたか……さて、なんて答えるか。


《さあな……そんな昔のこと忘れちまったよ》

「えぇ……」

《まぁなんとなくじゃないか》

「……そうですか」


 今考えると、もしかしたら俺は寂しかったのかもしれない。

 自分の好きな種族になれたとはいえ、いきなりこの世界に放り込まれたからな。

 言葉も通じないし、己の姿は人とは違い恐れられる……そんな中で兎族だけは違った。

 俺を受け入れ、神として崇めた……中には俺を大好きだと言った奴もいたな。

 まぁそれで敵対した奴を全員殺しているんだから俺らしい。


 そんなことを思っていると前方に街が見えてくる。


「あ、神王様。 街が見えてきましたよ」

《そうだな。 あの街には入るのか?》

「はい。 前もあの街に入りましたが、検査は緩かったので大丈夫です。 今日は野宿をしなくてすみそうですね」

《まぁ俺としてはどっちでもいいが》


 そう言っているうちに街の門までたどり着く。

 門には門番らしき兵が二人立っているが、特に止められることもなくパイアは門を抜けた。


「……ふぅ。 やっと街に入れましたね」

《ずいぶん緩いな》

「普通はあんなものですよ」


 そこで俺は街を見る。

 街の入り口から見える街の姿は昔と大分変わっていた。

 建物はどれも昔よりも頑丈そうで道も石畳で舗装されており、なにより人が多い。

 多種多様な人間が街の中を賑わせている。


《戦争中だというのにこの街はずいぶんと賑わっているな》

「そうですか? これでも大分寂しくなっていると思いますけど」

《これで……か》


 昔とは人口が結構違うらしい。

 それもそうか……今では大陸間の移動も普通で国も沢山あるらしいからな。


「でもまぁここはジャットに近い街ですから、他の街よりはたしかに人が多いかもですね」

《そうか》

「では早速宿をとりにいきましょうか」

《当てはあるのか?》

「とりあえず、前きた時に泊まった宿に行ってみましょう」


 そう言ってパイアは大通りを歩き出す。

 しばらく歩いてパイアは一つの建物の前で立ち止まった。

 その建物は3階建てで看板が出ている。

 ここがパイアの言っていた宿か。


「ここです。 入りましょう」


 パイアは扉を開けて中に入る。

 俺もパイアに付いて中に入った。

 宿の中はスッキリとしている作りだが、人が多い。

 宿に入ったパイアに宿の人間だと思われる男が近付いてきた。


「お客様、お泊まりでしょうか?」

「はい。 一部屋お願いしたいのですが」


 そこで宿の男が申し訳なさそうな顔をする。


「申し訳ございません。 ただいま当店は満室でして……」

「そ、そうですか……困ったなぁ」


 どうやらこの宿は満室で泊まれないようだ。


《どうするんだ、パイア?》

「ここは裏を自由に使えたからここが良かったんだけど」

《ならこの男に自由に使える場所がある宿を聞いてみたらどうだ?》

「そうですね」


 パイアは宿の男に声をかける。


「すみません。 この宿の他に自由に使える場所がある宿はありませんか?」

「この宿以外でですか? うーん……そういうば向かいの裏手にある宿はそういう場所があるって聞いたことがあったような」

「そうですか。 ではそこに行ってみます。 ありがとうございました」


 そう言ってパイアと俺はこの宿を出る。


「向かいの裏手って言ってましたね」

《それはちゃんとした宿なんだろうな?》

「さぁ? とりあえず行ってみましょうか」


 俺とパイアは向かいの建物と建物の間の道を入っていった。

 すると、少し歩いただけでパイアの前に汚い姿の普人の三人の男が行く手を遮る。


「おい、アンタ! ここを通りたきゃ金を払いな!」

「じゃねえと……どうなるか分かってるよなぁ」


 三人の男たちは汚い顔をニヤけさせて手を鳴らしている。


《少し細い道に入っただけでこれか》

「戦争のせいで治安が悪化してますからね」

《それにしても古典的な小悪党だ。 どうする?》

「目立ちたくないので兵士に突き出す訳にもいかないですし、ここで気絶させます」


 そうしてパイアが素手で構える。


「なんだ? 俺たちとやる気か?」

「ぎゃははは。 三人に勝てる訳ないだろ!?」

「お前、小柄だし……もしかして女か?」


 男たちがそれぞれ汚い口でなにかを言っている。


《早くあの口を閉じさせろ》

「はい」


 パイアが汚い男たちを攻撃しようとしたその瞬間。


「おい、なにやってんだ。 お前ら」


 パイアの背後から突然誰かが声をかけてくる。


《こんどは誰だ?》

「ッ!?」


 パイアはすぐに振り返った。

 そこに立っていたのは大柄でスキンヘッド、革鎧を着て大きな両手斧を背負った男だ。


「気付かれずに僕の背後を取った?」

「そんな難しいことじゃない。 ……それよりお前ら。 三人で寄ってたかって一人を襲おうとは……ずいぶん汚ねえじゃねえか?」


 スキンヘッドの男が眉をひそめてそう男たちに言った。


「う、うるせえ! お前には関係ないだろ!」

「そうだ!」

「どっかいけ!」


 突然現れたスキンヘッドの男を恐れたのか男たちの声が少し震えている。


「見ちまったからには、無視もできねえよなぁ。 こいつらは俺に任せな」


 そうスキンヘッドの男が言うとパイアの肩に手を置いてから横を通り過ぎて前に移動した。

 その間、パイアは動かない。


「こ、こいつもやっちまえ!」

「「おお!」」

「お前らは反省しろ!」


 飛びかかってきた汚い男たち三人にスキンヘッドの男はそれなりの速度で拳をそれぞれの頭に叩き込んだ……ゲンコツだ。

 汚い男たち三人はそれだけで地に倒れ気絶したようだ。

 その様子を見ていたパイアが。


「この人……僕より強い」


 そう呟いた。

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