第38話 ドラゴンヴァンパイアと動き出す人々
第38話 ドラゴンヴァンパイアと動き出す人々
建物の外に出て突然吐いたパイア。
何故、パイアが突然吐いたのか? その理由は俺が殺した金髪の男の死体を直視したからだ。
ずいぶんと情けない理由だな。
俺の見たところ、パイアは剣は持っていないが鞘を持っていて、それなりに身体を鍛えているようだから戦争で死体なんて見慣れていると思ったのだが、どうやらこいつは訓練のみで実際の戦場には出ていないようで死体は見慣れていないらしい。
よくよく考えてみれば、こいつは王女なのだから戦場に出ないのは当たり前だな。
しかし、それならどうしてこいつは身体を鍛えているのだか。
《おい、いつまでも吐いてないでとっとと立ち上がれ》
「……すみません。 これは神王様が?」
《そうだ。 手足を毟って血を吸い上げてやった》
「そ、そうですか」
《パイア。 お前はどうやら死体を見慣れていないようだが、どうして身体を鍛えているんだ? 王女なのだから戦場に出る理由もないだろう》
「それは……」
パイアは気分の悪そうな表情を暗くする。
「……僕はたしかに王女だから戦場に出ることはありません」
《そうだろうな》
「でも、王女だからって何もせずに見ているだけなのは嫌だったんです」
《ふむ》
「……戦争が始まるまで、僕は普通の王女でした。 自分のことを私と言い、みんなにチヤホヤされて毎日を甘いお茶を飲んで過ごすような」
《それがどうして今になる?》
「僕にはたった1人だけ、仲の良い幼馴染の男の子がいました。 その男の子は昔から騎士に憧れていて、騎士になるのが夢でした。 もちろん、幼い僕は彼の夢を応援します。 そんな彼は努力を重ねて、とうとう見習いの騎士になることが出来ました」
《……》
大体話が見えてきた。
「僕は喜んで彼を祝福します。 彼もとても喜んでいました。 ……でも」
そこでパイアは悔しそうな顔をする。
「彼は最初の任務で帝国の攻撃にあい……死にました。 不幸にも彼はちょうどその時、帝国の最初の攻撃地である港街に居たんです。 悔しかったです、僕には何の力もなかった。 僕は思いました。 もし、僕も彼と同じように騎士になっていれば変わったかもしれないって」
《なるほど》
「それから僕はすぐに騎士団で己を鍛え始めました。 今までの僕を捨てて。 その結果、僕は王国で二番目に強いとも言われるようになりました。 でも、笑っちゃいますよね……ぷれいやーには手も足もでないんだから」
《それで今になっているのか》
「……はい」
たしかにそういう経験をすれば今のようになるかもしれないな。
でも、まぁ。
《無駄ではなかったな》
「え?」
パイアは驚いて顔を上げる。
《たしかにお前はぷれいやーに手も足も出なかったかもしれない。 でも、お前は生きている。 それに俺を目覚めさせるという目的は達したんだ。 お前の勝ちだろう。 今のお前だったからこそ足を斬り落とされて尚、前に進めたのではないのか? お前の努力は無駄ではなかったのだ》
「神王様……うぅ……うっ……うわああああああああ!!」
俺の言葉にパイアは大声で泣き出した。
《今度は泣くのか? 忙しい奴だ》
それにしても会ったばかりの奴にこんなことを言うなんて……俺はまだ寝ぼけているのか?
《ほら、いい加減に泣き止め。 先を急ぐのだろう?》
「うぅ……はい」
そこで俺は死体に突き刺さっている綺麗な剣が視界に入り、パイアが鞘だけを持っているのを思い出す。
《そうだ。 パイア、お前このプレイヤーの剣を持っていけ。 普通の剣よりも遥かに強そうだし、お前今武器を持っていないだろ?》
「……た、たしかにそうですけど」
パイアが微妙に嫌そうな顔をする。
《なんだ? 自分の足を斬り落とした剣は嫌か? でも、武器は必要だと思うぞ》
「分かりましたよ……えい!」
そう言ってパイアはプレイヤーの死体から綺麗な剣を引き抜いた。
「この鞘に収まるかな?」
引き抜いた剣を腰の鞘にパイアが収める。
《大丈夫そうだな》
「鞘に収まりましたけど……鞘の方が大きくて剣が安定しませんよ」
《それくらい我慢しろ》
どうやら鞘に剣が収まったが、大きさが大分違ったらしい。
「あ、あとローブと魔法具を回収しますね」
《早くしろ……魔法具?》
魔法具というのは聞き覚えがない。
そう思っているとパイアは歩き出す。
「魔法具、神王様の時代にはありませんでしたか」
《ああ》
「魔法具とは特定の魔法を発動させることが出来る道具の事で、とても貴重な物なんですよ」
《ほぅ》
今の時代はそんな便利な物があるんだな。
「僕は2つ魔法具を持ってたんですけど、1つはさっきのぷれいやーに取られて広場に落ちている筈です」
《もう1つは?》
「もう1つはこれです」
パイアは透明なレンズを取り出した。
これが魔法具?
「これは相手のレベルを見ることが出来る魔法具です」
《はぁー》
相手のレベルを見る……今はそんなことが出来るのか。
パイアはレンズを服の中にしまう。
そこで俺の目に廃墟となった街が映る。
《これは……ずいぶんと廃れたな》
「神王様の時代は賑やかな街だったんですか?」
《あぁ。 俺のいた時代ではここしか街がなかったからな》
「そうだったんですか。 全世界に兎族がいる今では考えられませんね。 ここは王国の都、王都として機能していたらしいんですけど、何年も前に王都を移したんだそうです」
《そうか……どうして移したんだ?》
「……なんでも神王様を静かに寝かせるためだとか」
《俺を……か》
パイアと俺は廃墟となった街に足を踏み入れる。
廃墟となった街の中を見ながら歩いていると、なんだか寂しいような気が少しだけした。
やがて広い場所に出る。
《これはなんだ?》
そこには茶色の人型の存在が大量に死んでいる光景が広がっていた。
「これはゴブリンの死体です」
《ゴブリン……》
昔によく聞いたことがあったモンスターの名前だ……いや待て、たしかゴブリンも人間として扱われていたような記憶もあるような……ないような。
《こいつはモンスターか?》
「はい、モンスターです。 さっきのぷれいやーがこの廃墟の街に住み着いていたゴブリンを殺し尽くしたらしいです」
《なるほど》
そうか……モンスターなのか。
「あ、ありました!」
パイアが目的の物を見つけたようで、そこに走り寄る。
《それか?》
「はい」
パイアは落ちていたローブと銀色の紐状の物を拾い上げた。
すぐにパイアはローブを羽織るが、銀色の紐状の物を見て残念そうな表情を浮かべる。
《その銀色の紐状の物がもう一つの魔法具か?》
「はい……ネックレスだったんですけど」
《なるほど、斬られたのか》
パイアはそのネックレスだった物を首に巻いてみるが、何も起きない。
「どうやらもうこの魔法具は駄目みたいですね」
《一応聞くが、どんな効果だったんだ?》
「この魔法具を装備した者はその姿を普人に変えることが出来るんです」
《ほぅ》
「今、帝国は僕たち王国の王族を血眼になって探しているらしいのです。 それで僕たち王国の王族はみんな兎族で黒髪ですから簡単にバレてしまうんですよ。 なのでこの魔法具はとても有用だったんですけど……」
なるほどな……たしかに王族である特徴の黒髪を隠せるのならとても有用だったろう。
《しかし、どうして帝国はお前たち王族を探しているんだ? 王国の領土が目的ならそんなことをする必要はないだろう?》
「それは分かりません……まぁなんにしてもここからはフードで上手く顔を隠していくしかありませんね。 街に入るときも検問が緩い所しか入れませんし……ツラくなりそうです」
《ふむ……まぁどうでもいいがお前は急いだ方がいいだろうな。 帝国の切り札であるプレイヤーが帰ってこなければ、ここに帝国の兵か他のプレイヤーが調査しに来るだろう》
「そ、そうですね。 急ぎましょう!」
パイアはすぐに準備を整えると廃墟の外へと走り出した。
《やれやれ》
俺はそのパイアの背中を追いかける。
♢♢♢
私とぽん太、それにルシウスは城の一室に集まっていた。
ルシウスの表情はいつも通り自信に満ち溢れているが、ぽん太の表情は暗い。
おそらく私もぽん太と同じような表情をしていると思う。
「集まってもらった理由はすでに分かっていると思うけど、一応言わせてもらおう。 ギルドメンバー欄のギャレムの名前が灰色になった」
そう、ここに集まったのは皇帝の調査依頼に出ていったギャレムの名前が数時間前にギルドメンバー欄に灰色に変化して表示されたから。
「ギルドメンバー欄の名前が灰色になる理由はゲームで二つある。 一つはログアウトしている時。 もう一つは死亡した時さ。 それでギャレムが灰色になった理由だけど……ログアウト、つまりこの世界から消えたというのは考えにくい。 それは元の世界に帰ったとも考えられるからさ。 ……となるともう一つ理由、死んだというのが一番可能性が高いだろうね」
ルシウスのその言葉に胸が痛くなる。
否定した可能性だったから。
「で、でもギャレムはレベル3000だよ!? この世界ではレベル3000を超える人間を倒せる存在なんて……同じプレイヤーぐらいしかいないよ……」
「そう! ぽん太の言う通り! この世界で強者であるレベル3000のギャレムを倒せる存在なんて同じプレイヤーぐらいしかいない!」
ルシウスはどこか楽しそうにそう口にする。
「ルシウス……」
「なんだね、カリン?」
「ルシウス!!」
そこで私の気持ちは爆発する。
私はルシウスに詰め寄る。
「あんた言ったわよね! ギャレムはただの調査依頼で行ったって! 問題無いって!」
「ああ」
「あっちのプレイヤーは手を出してこないって言ったわよね!」
「ああ、言ったとも!」
「じゃあこの結果はなに!? どうしてギャレムがやられているの!? なんであっちのプレイヤーが手を出してくるのよ!!」
「まぁ落ち着きたまえ」
「私、万が一のことも言ったわよね!?」
「だから落ち着きたまえ、カリン。 まだギャレムがあっちのギルドのプレイヤーに殺されたと分かったわけではないさ」
「じゃあ誰がギャレムをやったっていうのよ!」
私は拳を握りしめ振りかぶるが、ぽん太が慌てて私を止める。
「カリン! 気持ちは分かるけど、ルシウスを殴ったって何も解決しないよ!」
「でもッ……でもッ……」
「ぽん太の言う通り! 我を殴ったところで何も変わらない。 精々カリンのそのやり場のない気持ちを少し軽減することくらいさ」
「なら……殴らせなさいよ!」
「嫌だね」
「カリン落ち着いて!」
「それに我はすでにギャレムのことについて手を打ってある!」
ルシウスはその場でカッコつけながらそう言った。
「……どういうことよ」
「我はギャレムの真相を確かめるためにギルドメンバーを5人、ギャレムの調査依頼の場所にすでに送り込んでいる!」
「なんですって!?」
「……ルシウス、どういうことかな?」
ぽん太も聞かされていないみたい。
「あんた! ギャレムがやられたばっかりなのにまたギルドメンバーを送ったの!?」
「今度は大丈夫さ!」
「どうしてそんなことを言えるの!?」
「今回は最低でもレベル4000を超える者たちさ。 それにこのギルドの主力メンバーもいる。 だから安心さ」
「……」
「問題無い問題無いノープロブレム!」
「……ルシウス、あんたギャレムの時もそう言ってたじゃない。 その結果がこれなのよ! 分かってるの!?」
「ルシウスがギャレムのことを知りたいのは分かるけど……どうして僕たちになんの相談もしてくれないの? これじゃカリンが怒るのも当たり前だよ」
ぽん太の言う通り。
どうしてルシウスは私たちに何の相談もしないで勝手にことを決めて進めるの?
このギルド【絶牙の夜】は私たち三人が始めた大切なものではないの?
「我はこのギルドのギルドマスターだ。 だから自由にギルドを動かせる。 ……違うかな?」
「ルシウス……」
私はルシウスから離れるとぽん太は私から手を離した。
「やっぱりルシウス、今のあんたはおかしいよ。 このギルドは私たち三人が始めた大切なものでしょ? この世界にきてからあんたは自分のもののようにこのギルドを動かしている。 一体なにがあんたをそんな風に変えたの?」
「僕もカリンの言葉と同じだよ。 ルシウス一体どうしちゃったのさ」
「ぽん太まで我にそんなことを言うのか」
「まぁね……この世界に突然きてしまってもこのギルドがあったから僕らは頑張れたんだ。 ルシウスは違うの?」
「……我もそれは同じさ」
「じゃあ何がルシウスをそうさせるの?」
「我は……今の姿こそ真の姿。 それに安心しろ。 すぐにギャレムは蘇らせるさ!」
「ふんッ!」
「カリン!」
私は自分の拳をルシウスの顔面に叩き込んで部屋から飛び出した。
「ハハハハハ!」
後ろからルシウスの笑い声が聞こえてきた。
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