第37話 ドラゴンヴァンパイアとパイアの願い

第37話 ドラゴンヴァンパイアとパイアの願い




「うぅ……あれ?」


 床に倒れていた兎族が、どうやら目を覚ましたらしい。

 その兎族は閉じていた目を開き、上体を起こす。


「僕は……そうだ。 神王様を目覚めさせて……それで……死んだ……のかな?」


 床に座りながらそんな事を言っている兎族。

 そろそろ声を送るか。

 俺は目の前で座っている兎族に声を送る。


《お前は死んでいない。 俺が治療してやったからな》

「な、なに!? 頭の中に声が……」

《いいから落ち着け。 もう一度言うぞ? お前は俺が治療したから死んではいない。 周囲を見ろ。 ちゃんとお前が居た場所だろう?》


 俺にそう言われた兎族は周囲を見る。


「……ほんとだ。 確かに僕が居た聖域の中だ。 じゃあ本当にあなたが僕を治療してくれたんですね。 ありがとうございます……でも、なんで僕の頭の中に声が?」

《それは俺がお前に直接声を送っているからだ》


 それにしても、ここは聖域なんて呼ばれているのか……まぁ一応俺は兎族の神だったからな。

 神が眠る場所、聖域なんて呼ばれていてもおかしくないか。


「そんな事が出来るなんて……あなたは一体……そうだ、神王様! 神王様は一体どこに? 確かにお目覚めになったはず」


 そこで、この兎族が俺のことを思い出したようだ。


《何言ってんだ。 俺がお前に強引に叩き起こされた神王だ》

「えぇ!? あ、あなたが神王様!?」


 特に隠す必要もないので俺は普通に答えた。

 兎族は目を見開いて驚きの表情を浮かべている。


「そ、そうなんですか! 流石は神王様、直接僕の頭に声を送ることが出来るなんて……それより一体、神王様はどこにいらっしゃるのですか?」


 目の前の兎族は俺の姿を探そうとキョロキョロと周囲を見る。


《一応、お前の目の前にいるぞ》

「ええ!? どこですか!? 僕には誰も居るように見えないですよ!」


 まぁそりゃ普通は見えないだろうな。


《当たり前だ。 今の俺は精神だけだからな、お前には見えない。 というか普通は誰にも見えないだろう》

「精神だけ? 一体どういうことですか?」

《はぁ……誰かさんに強引に叩き起こされて俺はまだ眠いんだよ》

「す、すみません。 だけど理由がありまして」

《まぁそういうわけで俺は少し寝足りない、眠りたい……だが、俺は起こされた理由も知りたい。 そこで俺は名案を思い付いた》

「名案ですか?」

《そう。 ならば身体は眠りながら意識だけ起きていればいいと!》

「え?」

《つまり、俺の身体を眠らせて意識だけをこうやって外に飛ばしているわけだ》

「えぇ!? そんな事が出来るんですか!? というか神王様の身体はどこに?」

《お前の身体の中だ。 俺の本体はお前の身体の中で眠っている》

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 兎族が自分の身体は見る。

 まぁそういうわけで俺は自分の身体だけをこの兎族の中に眠らせて意識だけ外に飛ばしているわけだ。


《あ、当然だが今の俺はこうやってお前の周囲を動くか、お前に声を送るくらいしか出来ないぞ》

「そ、それは困ります! 起きることは出来ないんですか!?」


 兎族が慌ててそう言った。

 そんなに自分の中に俺が居るのが嫌なのか?


《出来るぞ》

「え、本当ですか!?」

《あぁ。 別に俺はいつでも起きられる。 少し眠いだけだから前みたいに本気で眠っているわけではないからな》


 そう、俺は前のように本気で眠っているのではないので、いつでも起きて出てくることが出来る。


「そうなんですか……よかった」


 兎族はホッとしている。


《俺のことはもういいだろう。 色々聞かせてもらうぞ》

「はい」

《色々聞きたいが、とりあえず今は何年だ》

「今は神聖暦1220年です」

《1220年か……》


 神聖暦1220年か……俺が眠ったのが210年だから……俺はだいたい1000年くらい眠っていたようだな。


《次だ。 どうして、お前はこの俺を目覚めさせた?》

「はい、お話しします。 でも、その前に自己紹介させてください」

《別に構わないが……》


 兎族は立ち上がり前を向いた。


「僕はパイア。 パイア・ティターンです。 神王様ならお気付きだと思いますが、僕は神王様の子孫で神聖ティターン王国の王女です」

《やはりそうか》


 俺の思った通り、このパイアという兎族は俺の子孫だったわけだ。

 しっかし、神聖ティターン王国は1000年以上も存続していたんだな。

 ……どうやらクロウは誓いを守ったらしい。


《フッ……》

「……神王様、なにかおかしい事でもありましたか?」

《いや、なんでもない》

「そうですか……それで神王様に目覚めていただいた理由ですが……神聖ティターン王国を神王様に救っていただく為です!」


 パイアは真剣な顔でそう言った。


《神聖ティターン王国を救う?》

「はい」

《なんだ? 滅びそうにでもなっているのか?》

「……その通りです」


 適当に言ったが、本当に神聖ティターン王国が滅びそうになっているらしい。


「今、神聖ティターン王国はガルガン帝国という国に戦争を仕掛けられ窮地に立たされています」

《ふむ……ガルガン帝国に戦争ねぇ》


 そういえば、あの金髪の男が帝国とか言っていたけど、それか?


「始まりは五年前、突然王国に帝国が戦争を仕掛けてきます」

《五年前か》

「いきなり帝国が王国のあるシアウ大陸に大軍で押し寄せ、上陸して王国の街を占拠しました。 すぐに王国は騎士団を向かわせましたが、帝国は予想以上に手強く街を取り戻すことができませんでした。 しかし、王国は帝国のそれ以上の侵攻を食い止めることに成功します。 そこで戦況は動かなくなり、膠着状態になりました」

《じゃあなんで王国は今、帝国に追い詰められているんだ?》

「……それは帝国にぷれいやーが現れた所為です」

《プレイヤー?》


 それってあのプレイヤーか?

 ゲームをプレイする人?

 それとも別の意味か?


「三年前、突然ガルガン帝国とヒャンターンという国に自分たちの事をぷれいやーと名乗る集団がどこからか現れました。 ぷれいやーは個々に強力な力と装備を持っていて、全員が高レベルらしいです……ってそうだ!」


 そこでパイアが何かを思い出したようだ。


「神王様、ここに僕以外の人間がいませんでしたか!?」

《うん? 居たが? ていうかお前は獣人で人間じゃないだろ?》

「え? 何言っているんですか? 普人だって獣人だってエルフだってドワーフだって人間じゃないですか」


 あぁ今はそういう感じなのな。


「ってそうじゃなくて、居たんですね? 金髪の男が」

《あぁ居たぞ。 そいつがどうかしたのか?》

「その男がぷれいやーなんです! そいつどこに行きましたか!?」

《殺したぞ》

「え?」

《だから、イライラしてたから殺した。 外に死体が転がってるぞ》

「殺した……あのレベル3000のぷれいやーを? イライラしたから? ははっ……流石は神王様だ」


 パイアは引きつった表情でそう言った後、悔しそうな顔をする。


「みんなの仇……」

《なんだ? お前が殺したかったのか?》

「……いえ、僕では勝てないですから」

《ふーん》


 それにしても、あの金髪の男がレベル3000を超えるプレイヤーだったんだな。

 でも、それであの金髪の男が俺のことをラスボスなんて言ったり、この世界に呼んだとか言ってたのが納得できた。

 プレイヤーというのはその名の通り何かのゲームのプレイヤーなんだろう。

 そいつらプレイヤーがこの世界に召喚されたってことか。

 まぁ俺のような異物が存在する世界なんだ、別世界からゲームのプレイヤーが現れたっておかしくないかもな。


《でも、これで分かったな》

「え?」

《お前たち王国が帝国にやられている理由だよ。 ようは帝国に現れたプレイヤーが帝国に強力して王国を攻撃したんだろ?》

「はい、その通りです。 流石は神王様ですね」

《ここまで説明されれば誰でも分かるだろ》

「そうですか……」

《そういえば、レベル3000ってのは今の時代でどのくらいの強さなんだ?》

「王国の最強といわれる方がレベル1500くらいです」


 なるほど、昔よりは遥かに強くなっている。

 だが、いくらレベルがすべてではないとは言えレベル3000には勝てないだろうな。


「お願いします」

《うん?》


 パイアは真剣な顔で言う。


「神聖ティターン王国を救ってください……戦争を止めてください!」

《……》

「この戦争で罪の無い大勢の人々が苦しんでいるんです」

《……それは俺に帝国を、そしてプレイヤーを滅してくれ、と言っているのか?》

「……いえ、違います」

《ほぅ……》

「ガルガン帝国は確かに憎いです、恨んでいます。 でも、この戦争は帝国の人々も僕らと同じように苦しんでいるんです。 したくない戦争を強いられている人々がいるんです」


 パイアの話を聞くかぎり、どうやら帝国の人間全員が戦争をしたい訳ではないらしい。

 それにしても、こいつは甘いな。

 攻めてきた相手の国の人間まで気遣っているとは。


《では、俺にどうしろと?》

「戦争を止めるようにみんなに言ってください。 神王様の話ならみんなが絶対に聞くと思うんです。 そして神王様なら二度と戦争が起きないように出来るはずです」

《……俺にそこまでの影響力があるのか?》

「はい、この世界で神王様を知らない人はほとんど居ません。 この世界では神王様は一番有名な神でみんなに崇められています。 何故なら神王様は今この世界で使われている言葉、世界共通語や魔法技術、建築技術、学校などの様々な文化や技術の祖とされていますから」


 驚いた。

 そこまでこの時代では俺は有名なのか。

 あの金髪の男は俺を知らなかったが、あいつはプレイヤーだったからな。

 というか日本語や魔法、学校とか全世界に広まっているのか。

 いつの間にやら兎族の神ではなく、人々の神になっていたのか俺は。


「お願いします! 神王様にしか出来ないことなんです!」


 世界に影響力のある俺が戦争を止める。

 抑止力みたいなものか……まるで核兵器だな。

 だが……まぁ答えは最初から決まっている。


《断る》

「え?」

《だから断ると言ったんだ》


 パイアは信じられないという表情を見せる。


「ど、どうして……どうしてですか!?」


 パイアが必死に聞いてくる。


《逆に聞くが、何故俺がそんな戦争を止めなくてはいけないのだ》

「だ、だって、神聖ティターン王国は神王様が建国したんですよね!?」

《確かにそうだが、もうあの国は俺の物ではない。 あれはお前たちに譲った物だ。 お前たちがどうにかするべきだろう?》

「僕を含めた神王様の子孫だっているんですよ!?」

《俺が愛したのはチイであって、その子孫ではない。 お前たちがどうなろうと知ったことではない》

「そ、そんな……」


 パイアはその場に崩れ落ちる。


 しばらく、沈黙が続く。


「じゃあ……」

《うん?》


 パイアが顔をあげて口を開いた。


「じゃあせめて……僕に付いてきてください」

《それは別に構わない。 元々そのつもりだ》


 俺は元々完全に眠くなくなるまで、このパイアに付いていく気だった。

 今はこいつの中に本体がいるのでな。


「僕はこれから王国の王である父上のもとに行きます。 その道中で今のこの国を見て神王様のお考えが変わるかもしれません」

《そうか……まぁ好きにすると良い。 俺は完全に眠くなくなるまではお前に付いていってやる》

「はい。 では時間もありませんし、早速出発しましょう」


 そうパイアが言って立ち上がる。

 そしてそのまま建物の外に出て少し進んで――。


「おえぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 ――その場で吐いた。


《こりゃ前途多難だな》

 

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