第36話 ドラゴンヴァンパイアとギャレム
第36話 ドラゴンヴァンパイアとギャレム
俺は深い、とても深い闇の中に身体を丸めて沈んでいる。
もう、どれだけの時間ここに沈んでいるのか分からない。
時折、ここで自分が何故沈んでいるのか分からなくなる。
俺は眠るためにここに居るのか?
それとも、心の傷を癒すためなのか?
時折ここに居る理由を忘れては、思い出すことの繰り返し。
今はどうして俺がこの闇の中に身体を沈めているのか分かる。
だが、その答えは昔と今で変わっている。
昔は俺自身の……ドラゴンヴァンパイアとしての身体にまだ慣れておらず、無理して不眠不休で活動してその結果眠る必要ができたから、ここに眠るために居るという理由が一つ。
それに俺という怪物がただ1人愛した存在を失い、今までにない程の傷を心に負ったため、その心の傷を癒す為にここに居るという我ながら情けないと思う理由がもう一つ。
この二つの理由があって俺はこの闇の中に沈んでいた。
しかし、先程も思ったように昔と今は少しだけ変わっていて、今は最愛の存在を失った傷は完全に癒えている。
もう彼女……チイのことで悲しんだり苦しんだりはしない。
チイは最期まで笑顔で……笑顔で満足して逝ったのだ。
生きるという選択肢もあったのに彼女は彼女らしい選択をして逝った。
ならば、俺が言うことは何もない。
俺は彼女を愛していた……その彼女が選び、満足していたなら何の問題も無いのだ。
そのすべての事実を俺を受け入れる。
だから……今の俺はきっと笑えることだろう。
彼女の死を悲しんで苦しんだ俺はもういないのだ。
そうして、おそらく長い時間をかけて俺は彼女の死を乗り越えた。
そしてもう一つの俺がここに居る理由。
俺の眠りについてだが、これについては大分マシになったと思う。
しかし、まだ俺は眠い……気がする。
正直、これはよく分からない。
何となくは感じることが出来るが、しっかり確認するには俺が眠りから目覚めてここを抜け出さなければならないだろう。
だが、外部から起こされないかぎり俺はこの眠気が完全に無くなるまで自ら目覚めることはない。
一応俺を目覚めさせる方法は残してきているが、多分外部から俺を起こそうとする奴なんていないと思う。
それに起きたところでやりたい事もない。
一応、クロウが俺が目覚めるまで国を存続させるとか言っていたが、俺はかなり長い時間眠っていると思っている。
少なくとも500年は眠っているのではないだろうか?
それだけの時間が経てば国の一つや二つ、簡単に無くなるだろう。
だからあまり期待していないし、もし国が残っていたところで俺はどうでもいい。
なので俺はゆっくりのんびり眠るとする。
そういえば、ここに居て一つ不思議な事がある。
この闇の中で眠り始めてからなんだかこの身体が……なんていうのか……馴染む?
少し違うか?
まぁそういう変な感覚と共に力がどんどん強くなっていっているのを感じる。
何故、そんな事になっているのかは知らないが、まぁ悪い事でもないので良いのだがな。
しばらく、そうやって闇の中に沈んでいると何処からか一条の光が差し込む。
その光はこの闇の中で輝き道のようになって俺のもとまで伸びてくる。
何だこの光は?
俺がその光を見ていると、光の伸びてきた先から誰かの声が聞こえてくる。
『神王様! お目覚めください! あなたをみんなが待ち望んでいます!』
俺を目覚めさせようとする声?
誰かが俺を外から起こそうとしているのか。
……面倒だな、無視しよう。
それにこの闇の中はどこか心地がいい。
今はまだ出たくない。
そう俺が思っていると再び声が聞こえてくる。
『神王様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
先程よりも大きく強い声だった。
そして、その声に応じて光も輝きを強くする。
あああうるさいし、眩しいわ!
くそっ……そんなに呼ぶなら起きてやるよ……だが、後悔するなよ?
「誰だ……俺の眠りを――邪魔するのはッ!?」
俺はイライラしながらそう叫んで、心地がいい闇に身を任せていた身体を起こし、光の先に飛び込んだ。
♢♢♢
深い眠りから意識が覚醒するのを俺は感じる。
俺は閉じていた目をすぐに開き、身体を包んでいた翼を全力で広げ、手足を伸ばした。
翼と手足に当たった俺が眠っていた椅子が吹き飛ぶ。
俺は部屋の中を顔を動かして見回す。
すると、部屋の中に2人の存在が居ることが分かる。
1人は部屋の中央で倒れている存在……そして、そいつは俺がよく見覚えのある姿をしていた。
「兎族か……」
しかも、黒い髪を後ろでまとめている……そうだ、黒い髪だ。
そうか……こいつが俺を起こそうと呼んでいた奴か。
なるほど、こいつはおそらく俺の子孫なのだろうな。
かつてのチイと同じような兎族の突然変異の可能性は無い。
何故なら、ここに入ってこれる者は俺の血に連なる者だけだ。
だが、何故俺を眠りから目覚めさせたのか?
つまらない理由なら許さんぞ。
まぁ肝心の本人はよく見ると片足を失ったばかりのようで血を流して今にも死にそうだ。
俺はこいつの血の跡がこの部屋の外まで続いている事に気が付く。
片足を失いながらも地を這ってここまで来たのか……どうして、そこまでして俺を眠りから目覚めさせようしたのか?
まぁこいつに聞けないなら、もう1人に聞けばいいことだ。
そのもう1人の存在は倒れている兎族の後ろで尻餅をついている。
そいつは人間の男のようで金髪に青い目をしていて革鎧を着ていて血に濡れた綺麗な剣を持っていた。
ほぅ……とうとうこんな武器まで作れるような時代になったのか……しかし、こいつはなんで震えているんだ?
……なるほど、俺が怖いのか。
こういう表情は見慣れている。
尻餅をついている金髪の男はその顔を恐怖で歪め、身体を震わせていた。
まぁ……状況を見れば、倒れている兎族の足を金髪の男がその持っている剣で斬り落としたくらい分かる。
それで、兎族はなんとか俺を目覚めさせて金髪の男が驚か恐怖で尻餅をついたんだろうな。
さて、じゃあ金髪の男に色々と聞こうか。
俺は金髪の男に歩いてゆっくりと近付いていく。
途中、倒れている兎族の横でチラリと兎族を見る。
放っておけば死ぬだろうな。
別にこいつが勝手に死のうが俺はどうでもいい……こいつをわざわざ助ける義理もないし、俺とこいつは遠い血の繋がりくらいしかない。
いくら俺の子孫といえども、チイでもクロウでもない奴を助ける気もおきない。
……まぁ金髪の男に色々聞いた後に、まだ生きていれば助けてやろう。
俺は金髪の男の目の前まで歩き着いたら、この男と目を合わせる。
「ヒィィィー!!」
金髪の男は情けない声を上げた。
「おい、お前。 聞きたいことがある。 答えろ」
「ヒィッ!」
それしか言えないのか、こいつは。
「はぁ……いいから答えろ……殺すぞ!」
俺は気迫を込めてそう言って金髪の男を脅した。
「こ、殺さないでくれぇ!」
「なら答えろ。 どうして俺を目覚めさせた?」
「し、しらねぇ! あ、アンタが居たことだってしらねぇ! 何もしらねぇんだ!」
……使えない奴だ。
「……じゃあ今は何年だ? 神聖暦から変わったのか?」
「な、何年? そんな事、俺はしらねぇ!」
……なんだこいつは?
「ならお前はなんでここに居るんだ?」
「お、俺は帝国に調査を頼まれて、ここに」
帝国?
今はそういう国があるのか。
「なんの調査で来たんだ?」
「しらねぇ! ただ調査しろって言われて……」
「……は?」
本当になんなんだこいつは。
俺はイラつき呆れる。
「あ、アンタの質問に答えたぞ! 答えたから俺は助けてくれ!」
「お前はもう用済みだ。 だから……死ね」
「そんな! 答えたら殺さないって」
「そんな事、一言も言ってないぞ」
「う、嘘だ……」
「それにな……俺はいきなり起こされてイライラしているんだよ。 誰かをブチ殺したいくらいにな」
ついでに喉も渇いているし、こいつを殺して血をいただこう。
「ヒィィィッ!! 俺は死にたくねぇ!」
金髪の男は慌てて立ち上がって俺に背を向けて走り出す。
「もう逃げられねえよ」
俺は部屋から出ていた金髪の男を追いかけて、前に回り込んだ。
「ヒィッ! なんなんだ!? なんなんだよアンタは!?」
「お前……俺を知らないのか?」
「し、しらねぇよ!」
ふむ、この時代では俺の存在はあまり有名ではないのか?
じゃあなんでこいつは俺が兎族に教えた日本語を話しているんだ?
よくわからないな。
……予定変更だ。
とっととこいつを殺してあの兎族を助けて、そいつから聞くか。
「そうか。 知らないなら教えてやる。 俺はドラゴンヴァンパイア。 怪物だ」
金髪の男は目を見開く。
「は……ははっ。 なんだよ怪物ってドラゴンとヴァンパイアって」
「違う。 俺はドラゴンとヴァンパイアではなく、ドラゴンとヴァンパイアが組み合わさったドラゴンヴァンパイアだ」
「ドラゴンとヴァンパイアが組み合わさったドラゴンヴァンパイア? ……そんなの……反則だろ」
そう言った金髪の男は突然表情を変えて引きつった笑みを浮かべる。
「わかった! わかったぞ!」
「うん?」
「お前はラスボスなんだ! この世界のラスボスなんだな!」
「は? ラスボス? 何言ってんだお前?」
「ラスボスは倒さなきゃ! ラスボスは俺が」
金髪の男は意味の分からないことを言い出したかと思えばいきなり怒りの表情になる。
「そうか……お前が俺たちをこの世界に呼んだんだな! ならお前を俺が倒して元の世界に帰らせてもらうぞ!」
金髪の男は手に持っていた血に濡れた綺麗な剣を構えた。
「お前が何を言っているのかまったく意味がわからない……が、お前は俺に武器を向けた事は評価してやる」
「うるせぇ! お前は俺が倒す!」
金髪の男は俺に向かって突撃してくる。
「だから……苦しんで、死ね」
金髪の男は剣を俺に向かって振り下ろす……が、俺はそれを金髪の男の手首を持つ事で止める。
「まずは右手」
「え?」
俺は金髪の男の手首を軽く握り締める。
それだけで金髪の男の右手首と剣がポロッと地に落ちた。
「……ぎゃああああああああああああ!!」
右手首を左手で押さえて金髪の男が数歩後退する。
その間に俺は金髪の男が落とした綺麗な剣を拾い上げて、金髪の男の左腕を根元から斬り飛ばす。
「ああああああああああああああ!!」
金髪の男は叫び声を上げながら仰向けに倒れた。
次に俺は剣を金髪の男の胴体に上から突き刺して地に縫い付ける。
「ゴフッ!」
金髪の男は血を口から吐いた。
さらに俺は金髪の男の股間を片足で踏んで、両足を両手で持つ。
そして、俺は金髪の男の両足を引っ張る。
金髪の男の両足は簡単に胴体から引きちぎれ、おさらばした。
引きちぎった足はそこらに捨てる。
「あ……あ、あ……」
もう金髪の男は意味のある言葉を発しない。
最後に俺は血魔法を使用して金髪の男の両手両足があった場所から血液を吸い上げる。
その時に昔より楽に、手足のように血魔法が使えて俺は少し驚いた。
どうやらこれは眠っていた時に感じていた馴染むような、強くなるような感覚の成果らしい。
そんな事を思っていると金髪の男は干からびて、宙に血液の球体が浮いていた。
「ま、なんであれ……スッキリした!」
これでイライラは治った。
「あ、喉が渇いているんだった。 さっそく寝起きの食事といこう」
俺は血液の球体を舐める。
「……まっず!」
その血液はとてもマズかった。
これは飲めたものではない。
「あー食欲、失せたわ」
そこで離れたところに金髪の男の物ではない足が一本落ちていた。
あれは……あの兎族の足か。
「あ、忘れてた。 まだ生きてるか?」
その足を見て、あの兎族が今にも死にそうなことを思い出す。
とりあえず、俺はその足を持って俺が眠っていた建物の中に入る。
床に倒れる兎族のもとにいく。
「中々の生命力だな」
どうやらまだちゃんと生きているらしい。
早速、俺は持ってきたこいつの足をこいつにくっつけて、魔法を使う。
「ライトヒール」
そこで光魔法も前より使いやすい事に気がついた。
もしかして、魔法全部こんな感じか?
そう考えてるうちに俺のライトヒールにより、この兎族の切れていた足が繋がり全身の傷が癒えた。
「これでこいつは死ぬ事はなくなっただろう。 まぁ血を大量に失っているから目覚めるまで時間がかかるだろうがな」
さて、こいつが起きるまでどうしようか?
「ふわぁ〜あ」
そこで俺はあくびが出る。
どうやら、やはりまだ俺は寝不足らしい。
「どうしたものか……あ、いい事思い付いた」
俺は眠っている兎族を見て名案を思い付く。
「助けてやったんだし、借りるぞ」
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