第33話 パイアとギルド【絶牙の夜】

第33話 パイアとギルド【絶牙の夜】




 オケスさんたち家族と別れた後、僕はすぐにジャットの街を出る。

 ジャットの街を出るときは、出入り口で入るときのような検査は特になく簡単に街から出れた。

 外から内へは面倒なのに、内から外へは簡単なんだね。

 そんな事を思いつつ、僕はオケスさんたちと通ってきた街道を見ながら歩いて戻る。

 しばらく、歩いていると僕は探していたものを見つけられた。


「……これが旧街道かな?」


 僕が探していたのは、旧街道の跡だ。

 これは父上に聖域に行くために教えられた道で、昔の王都……つまり旧王都に繋がる道。

 そして聖域は旧王都の外れにある。

 なので聖域に行くには、まずはこの旧街道跡を進んで旧王都に行かなくてはならない。


「それにしても……この旧街道跡、見失わないかな」


 僕は街道の横に伸びている旧街道跡を見て不安になった。

 なぜならば、旧街道跡はほとんど消えており、よく見なければわからない。

 しかも、旧街道跡は草木が生い茂る中に伸びている。


「これはかなり集中して注意して進まなきゃ駄目だね」


 僕がそう考えるのは、なにも旧街道跡を追うのが困難なだけではない。

 父上が言うには、旧街道や旧王都周辺ではどうやらモンスターが出るらしい。


 モンスター。

 それは人や通常の動物とは違った生物などの総称で、基本的に危険な存在のようだ。

 というのも、僕はモンスターをよく知らないし、出会ったこともない。

 なぜならば、今時はモンスターと出会うことなんて滅多に無いからだ。

 本や人に聞いた情報によると、昔はどこにでもモンスターが居て人々を襲っていたらしいが、神王様から人々に魔法を与えられたことによって人々はモンスターよりも強くなり、モンスターを倒していったらしい。

 その結果、モンスターは人々を襲うことはほとんど無くなり、人々が住む場所には近付かなくなったそうだ。

 なので、今モンスターと出会うとしたら人気のない森や山、深い海の中に居る時くらい。

 そして、この旧街道跡や旧王都は人気のない場所で、モンスターが隠れ住むには絶好の場所らしい。

 もちろん、僕にはモンスターとの戦闘経験なんて無い。

 いくらモンスターは人が倒せる存在で、僕が普通の人より強い者であってもモンスターという存在には警戒が必要だ。


「ふぅ……よし!」


 僕は気合を入れ直して、僅かに残る旧街道跡を追いながら草木が生い茂る道無き道を警戒して進んでいった。




♢♢♢




 私はもうだいぶ慣れた城の通路を早足で進む。

 すれ違う城のメイドたちが早足で進む私を見て何事かと驚いているが、私は気にせず目的地に向かう。

 そして、私は目的の部屋の前まで来た。


「私よ。 ルシウス、居るんでしょ。 入るわよ」


 私はノックもせず、答えも聞かずに部屋の扉を開ける。

 部屋の中には予想通りに細身で身長180cmくらいの1人の男が背を向けて立っていた。

 すぐに私は扉を閉めて、その男に声をかける。


「ルシウス!」


 私がその男、ルシウスの名前を呼ぶと、ルシウスはどこかカッコつけた風に黒いコートを翻して振り返った。


「なんだね、カリン? この夜の具現者である我の部屋にノックも無しに入って来た上にそんな大声を出して」

「あんたねぇ……」

「なにかな?」

「だから、いつも言ってるけど、そういう変な表現とか自分のことを我とか言うのやめなさい! 普通にしなさいよ!」

「これは暗闇の双爪と呼ばれる我の真の姿さ」


 この金髪で赤い瞳をした全身真っ黒の服装の男は【ルシウス・フィード】。

 私たちのギルド【絶牙の夜】のギルドマスターで特殊高位種族【ハイ・ヴァンパイア】だ。

 ……そして私とぽん太の幼馴染。

 だからこそ、私が言わなくてはならない。


「まぁ今はそれはいいわ」

「ほう? カリンがすぐにこのやり取りをやめるのは珍しい! よほど大事な用があるらしいな」

「ええ、そうよ」

「さて、それは何かな?」

「……ルシウス。 あんたまたあの【皇帝】の要請に応えたそうね」

「そうだが? 何か問題かな、カリン?」

「問題大有りよ! ルシウス、いつまで皇帝に力を貸すつもりなの? しかも、今回皇帝の要請にどうしてギャラムを派遣したの! ギャレムは私たちギルドの中でも一番レベルが低いのよ、知っているでしょ!」

「もちろん知っているとも」

「じゃあどうして!」

「カリン。 ギャレムは我らギルドの中でも一番レベルが低いとはいえ、この世界では十分強者なんだ。 分かっているだろう?」

「それは……知っているけど……万が一って事もあるわ。 あっちにだってギルドはあるのよ!?」

「問題無い問題無いノープロブレム! 今回の要請はただの調査依頼だよ。 それにあっちのギルドは手を出してなんかこないさ!」


 私は思わず俯いてしまう。


「……ギャレムに何かあったらどうするの?」

「だから問題無いさ…………それにもし、死んでしまったとしても蘇らせばいい」

「やっぱり……」


 私は拳を強く握りしめた。


「ティターン王国の王都を攻め落としたって聞いたわ。 もう戦争はいいでしょう。 いつまで人々を苦しませるの?」

「苦しませてなどいないさ! その証拠に帝国の支配下に置かれた街や村は帝国の兵が安全に警備をして、人々に暴虐をしないよう禁止しているからね」

「……じゃあさっきの事も答えて。 いつまで皇帝に力を貸すの?」

「もちろん帰るまでさ」

「……嘘よ」

「何?」


 顔を上げて私はルシウスを睨み付ける。


「ルシウス、あんた本当に帰る気あるの? ……ないんでしょ!?」

「何を馬鹿なことを言っているのさ」


 腐ってもルシウスとは私は幼馴染だ。

 だから、今のが嘘なのは私にはわかった。


「……やっぱり……ルシウス……おかしいよ」


 思わず私は後ずさってルシウスから距離を取ってしまう。


「この我の、どこがおかしいというのか!?」

「ここに来る前のあんたは今みたいに変な言動やカッコつけたりするのは変わらなかったけど、いつも絶牙の夜の……ギルドメンバーみんなのことを良く考え想っていた良いギルドマスターだったわ。 いっつも私とぽん太、ギルドメンバーに迷惑ばかりかけては馬鹿騒ぎしていたけど……最後はみんなで笑っていた。 ……でも、ここに来てからあんたは変わってしまった。 平気で戦争してるような奴に力を貸したり、ギルドメンバーの手を血で染めさせたり、平気で人を殺すような人間じゃなかった!!」

「…………」

「それに、あんたに釣られるように私とぽん太以外のギルドメンバーのみんなも段々と変わってきて……おかしくなっちゃって……まるで心のストッパーが折れてしまったように」

「ふむ……」

「私もぽん太も何度、おかしくなりそうになったか分からない。 あんたの所為でこの手を血に染めた時、人をこの手で殺した時、抵抗する村や街を焼いた時、抵抗して逃げる人々を追い詰めた時、全部おかしくなるかと思った。 ……でも踏み止まったの」

「へぇ?」


 私は一歩前に踏み出て、自分の胸に手をあてる。


「それはね。 あんたやぽん太との、ギルドメンバーみんなとのあの楽しい思い出の日々があったからよ! またあの日々がやってくると信じているからなの! ルシウス! あんたはどうなの!? どう思っているのよ!!」


 ルシウスは顎に手を当てて――。


「それで? それがどうかしたのか?」


 ――平然とした顔でそう言った。


「ッツ!!」


 私はルシウスのその答えに、堪えきれずに涙が溢れ出す。

 そのまま私はルシウスの部屋を飛び出した。


「うぅ……うぅ……あの……ばか!」


 涙を流しながら私は城の通路を走った。




♢♢♢




 僕は自分部屋で己の武器である大斧を手入れしていた。


「この大斧も大分使ってるよね。 確か作成した時はまだあっちに居たっけ……ギルドメンバーみんなに素材集め手伝ってもらったなぁ。 それで完成したら馬鹿騒ぎして……」


 そんな大事な己の武器をまさか人の血で染めることになるなんて思ってもみなかったし、今でも嘘だと思いたいよ。

 手入れを終えた大斧を壁に立て掛ける。

 すると、そこでこの部屋の扉を強く叩く音が聞こえた。


「はい、居ますよ」


 ……返事がない。

 不審に思って扉の前まで行くと誰かがすすり泣いている音が聞こえてきた。

 驚いた僕はすぐに扉を開ける。


「……カリン」


 そこに立って居たのは、赤いツインテールで革鎧を着た僕とルシウスの幼馴染で、僕らのギルド【絶牙の夜】のギルドメンバー、高位種族ハイ・エルフの【カリン】だった。


「うぅ……ぐす……ぽん太ぁ」


 カリンは流れ続ける涙を両手で拭いているが、それでも涙が流れて止まらないようだ。

 そのカリンの姿に僕は衝撃を受ける。

 なぜなら今までのカリンの姿からは想像できなかったから。


「うぅ……」

「ハッ! と、とりあえず入って」


 その衝撃の姿に数秒ほど思考が停止してしまうが、すぐに気を取り直して泣いているカリンを部屋に入れた。

 部屋にある椅子を二つ持ってきて、カリンを座らせて僕も隣に座る。


「ぐす……わたし……もうだめかも」

「大丈夫、大丈夫だから」


 僕はカリンの背中をさすりながら、そう言い続けた。


 しばらくしてカリンは何とか泣き止んだ。

 カリンの目元と鼻は真っ赤になっていた。


「……それで、何があったの?」

「……昨日言ったよね」

「ああうん。 ルシウスに今までのことを言って考えを改めさせるって」

「……うん」


 カリンはたしかに昨日ルシウスの所に行ってくるって言ってた。


「駄目……だったんだ」

「うん」


 そうか……それでカリンは泣いてたんだ。

 でも、カリンを泣かせるほどの事をルシウスは言ったのか?


「ルシウス……」

「私ね……今まで思ってた事、全部言ったんだ」

「うん」

「今のルシウスはおかしいって……皇帝にいつまで手を貸すのって……ギルドメンバーのみんなも変になってるし、私たちもおかしくなっちゃうって言ったんだよ」

「うん」


 全部カリンの言う通りだ。

 ルシウスはここに来てからおかしくなった。

 変な言動やカッコつけたりするのは変わらないけど、それ以外が変わってしまった。

 まるで心まで怪物のヴァンパイアになってしまったようだ。

 ルシウスは平気で僕たちを戦場へと連れ出した。

 手を血に染めたギルドメンバーのみんなも最初は普通だったのにルシウスに釣られるように段々と変わってしまう。

 ついには僕とカリンまで頭がおかしくなりそうになったけど、お互いに励まし合い、帰れる日を想って踏み止まっていた。


「ルシウスにね、あんたやぽん太との、ギルドメンバーみんなとのあの楽しい思い出の日々があったから……またあの日々がやってくると信じているから……って」

「そうだね」

「あんたはどう思ってるの? って言ったんだ」

「そう……ルシウスはなんて?」

「……」

「カリン?」

「……でって」

「……」

「それで? って言ったの! それがどうかしたのかって!」

「――ッツ!!」


 そんな事を言ったのか……ルシウスは。

 そんな事を言われたのか……カリンは。

 たしかにそんな場面でそう言われたらカリンが泣くのもわかる。

 僕だって今、ここでカリンから聞いたからダメージは少ないけど、もし目の前でルシウスにそう言われたら泣いていた……いや、それだけじゃない。

 僕の場合は完全に心が折れて、みんなと同じになっていただろう。

 ……カリンだからこそ、挫けそうになっても踏み止まっているんだ。


「そうだ」

「?」

「そうだね」


 なら、僕のやるべき事は決まっている。

 今のカリンを励まして立ち直らせて、昔のように2人の間に立つこと。

 ルシウスとカリンの仲を取り持つ、架け橋になるんだ!

 僕は椅子から立ち上がる。


「カリン! 挫けちゃ駄目だ、立ち止まっちゃ駄目だ!」

「え?」


 カリンは驚いた顔で僕を見る。


「今、僕たちが挫けて立ち止まったら誰がルシウスやみんなの目を覚まさせるんだ!」

「……」

「僕たちしかいなんだ! みんなと帰るんだろう? なら立って。 それに今のカリンはカリンらしくないよ!」


 僕の言葉にカリンは表情を変えていく。


「……そうね……その通りね」


 カリンも椅子から立ち上がる。


「私らしくなかったわ! ぽん太の言う通り、もう私たちしかあの馬鹿の目を覚まさせられるのはいないんだもの。 ここで挫けて立ち止まったら今までしてきた事がすべて嘘になっちゃう」

「カリン!」

「ぽん太……その……ありがと」


 真っ赤な顔でカリンはそう言ってくれた。


「うん!」


 僕は今も昔も2人の為に居るんだ。

 それは変わってしまった今も変わらない。

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