第32話 パイアと別れる家族
第32話 パイアと別れる家族
僕がオケスさんたち家族と一緒に行動し始めてから1ヶ月が経った。
オケスさんの馬車で移動しているお陰で僕の想定以上の速さで進んでいる。
しかも、歩きでの負担も減って僕には少し余裕ができた。
オケスさんたちと出会った日に馬車で思わず眠ってしまった事から、僕は自分が思っている以上に疲労している事に気が付いたのは良かった。
あのまま1人で進んでいたら、間違いなく僕は体調を崩して倒れていただろう。
オケスさんには感謝だ。
そして、ハナちゃんのこと。
僕は馬車の休憩時間や街での滞在時間で空いた時間にハナちゃんを鍛えている。
まだ幼い女の子には、かなり厳しい鍛え方をしているのだがハナちゃんは挫けずに文句も言わず、僕の教えについてきていた。
ちなみに僕はハナちゃんに剣を中心に教えている。
流石にまだ真剣は持たせられないし、子供向けの剣も無いので木の棒を使っているけどね。
それで一つ驚いたことがある。
それはハナちゃんの才能だ。
僕が見たところでは、ハナちゃんにはかなり高い剣の才能があると思っている。
このまま数年、剣の腕を鍛え続ければ剣だけを使う僕くらいの強さには手が届くかもしれない。
そんなハナちゃんだが、最近ではかなり親しくなって僕には人見知りを発揮せずに接してくれるようになった。
今では僕のこともアリアお姉ちゃんと呼んでくれている。
……少しだけ、偽名なのは残念だと思うけど、この戦争が終わって平和になればいつかハナちゃんに僕の本当の名前を教えることもできるだろう。
また一つ戦争を終わらせたい理由ができたね。
聖域に一番近い街、ジャットまでは後少し。
気合を入れよう。
♢♢♢
そうして街道を進み続けて、1220年 9月。
僕とオケスさん家族はジャットの街にたどり着いた。
「アリアさん。 やっとジャットが見えてきましたよ」
僕は本当はジャットの街には入らずに街の前でオケスさんたちと別れようと思っていたのだが、ちょうど僕の食料が尽きてしまった事もあり、この街で調達する為、結局オケスさんたちと一緒に街に入る事にした。
「あれが、ジャット……この大陸最南端の港街」
「そうです。 ハナは初めて来たよな?」
「うん。 アリアお姉ちゃんも初めて?」
「そうだよ。 僕も初めて来た。 ……それにしても凄い行列ですね」
ジャットの街の前には街に入ろうとする人で、ものすごい行列が出来ている。
一体、なぜこんなに人がジャットに入ろうとしているんだろう?
「これは……想像以上ですね」
「どうしてこんなに人がいるんでしょうか?」
「……おそらく私たちと同じ理由でしょう」
「オケスさんたちと?」
「ええ。 みんなこの大陸から他の大陸に避難しようとしているんでしょう。 しかし、これほどの人数が居るとは思いませんでした」
「避難……」
なるほど。
みんな戦争から逃げようとしているのか。
「この先、戦争が終わっても、しばらくは治安が回復しないでしょうからね。 みんな必死に逃げようとしているんでしょうね。 でも、この人数を見れば傭兵が雇えないというのも納得です」
「たしかにそうですね」
人が多すぎて、ここからでは街の入り口が見えないくらいだ。
この人たち全員が傭兵を雇っていると考えれば雇えないのも納得できる。
「では私たちも列の最後尾に並びましょうか」
そう言ってオケスさんは長い列の最後尾に馬車をつけた。
「……今日中に街に入れますかね?」
「どうでしょうか……今はわかりませんね。 列の進み具合次第ですね」
「そうですか……」
さて、街に入れないと困る。
父上に教えてもらった聖域の場所には、ここから1日では行けない。
最低でも数日分の食料は欲しい。
……それとも食事を我慢して行くか?
……いや、それはやめておいた方がいいだろう。
聖域では何が起こるか分からない。
万全の状態で行った方がいい。
ただでさえ、神王様を起こしかたが不明なのに、神王様を父上たちのもとにお連れしないと駄目なんだ。
行きと帰りの分は必要……もしかして神王様の食料も必要なのか?
それならやっぱり街に入るしかないね。
列に並んでから数十分が経った頃、ハナちゃんが馬車の中で立ち上がった。
「うーん、つまんない……アリアお姉ちゃん、わたしに剣の稽古をつけて!」
「駄目だよ、ハナちゃん」
「えー。 どうして?」
「いくら街から少し離れているとはいえ、こんな所で剣を振り回したり、不審な行動をしたら街の兵士さんが飛んできちゃうよ」
「不審な行動?」
「あー、怪しいことってことだよ」
「怪しくないもん!」
「あはは……」
ハナちゃんは頬を膨らませてそう言った後、その顔に悲しい表情を浮かべる。
「だって……だってアリアお姉ちゃんこの街に入ったらわたしとすぐに離れちゃうんでしょ? もうアリアお姉ちゃんの稽古だって出来ないし……」
「ハナちゃん……」
「わたし……寂しいよ。 もっとアリアお姉ちゃんと一緒に居たい。 ……ねぇアリアお姉ちゃんもわたしと一緒に船に乗ろうよ」
「……ごめんね、ハナちゃん。 ……それは出来ないんだ。 僕にはどうしてもやらなくちゃいけない事がある。 それをするまで僕は逃げる訳にはいかない」
「うぅ……」
ハナちゃんは目に涙を浮かべていた。
僕はハナちゃんがこんなにも僕の事を想ってくれていると思うと胸が苦しくなる。
でも、一緒にはいけない。
もしかしたら、この街でハナちゃんと会うのが最後になるかもしれない。
それだけ危険な使命がある。
でも、それはとても大事な使命。
この戦争で苦しんでいるすべての人々を救える使命だ。
僕は行かなければならない……聖域へ。
だから……。
「ハナちゃん……ごめんね」
僕は膝立ちで立っているハナちゃんを抱きしめる。
ハナちゃんは僕の胸に顔を埋めた。
「うぅ……うぅ」
こんな幼い女の子が悲しむのも、すべてはガルガン帝国が起こした戦争のせいだ。
必ず戦争を止めてみせる。
僕は再びそう強く決意した。
数分後、ハナちゃんは泣き止んで僕の胸から離れて座った。
「ハナ。 気持ちは分かるが、あまりアリアさんを困らせるんじゃない」
そこで黙っていたオケスさんがハナちゃんに声をかける。
「アリアさんにはやらなくてはいけない大事なことがあるんだ」
「うん……」
オケスさんは振り返って僕を見る。
「アリアさん。 ハナがワガママを言って申し訳ありません」
「いえ、いいんです。 僕もハナちゃんは大好きだし……離れるのは寂しですから」
「そう言ってもらえると……そうだ」
オケスさんが何かを思い付いたようだ。
「アリアさん。 今までのお礼にせめて食事をご馳走させてください」
「いや、でも……」
「アリアさんが急いでいるのは分かりますが、一食くらいいいでしょう? それに大事な事の前にしっかりと食事を食べることも大事ですよ」
「……」
たしかに元々食事もしようと思っていたし、一食くらいなら問題ないと思うけど。
「私の知り合いがこの街で料理屋を出していましてね。 言えば私たちの分くらいの席は空けてくれるでしょう。 どうです?」
「アリアお姉ちゃん、最後にご飯。 一緒に食べよ?」
「お願いします。 最後くらいは一緒に食事をしませんか」
ハナちゃんとマイアさんまでがそう言ってくる。
「…………はぁ。 わかりましたよ。 行きましょう」
「やったー!」
結局、僕はオケスさんとハナちゃんとマイアさんに根負けした。
「よかったわね、ハナ」
「うん!」
マイアさんがハナちゃんの頭を撫でている。
オケスさんは前を向いて、声を出す。
「では、街に入るまで暇なので私がジャットの事について、話しましょう」
「お願いします」
「ジャットの街は神聖ティターン王国では有名な港街でして……まぁ今はガルガン帝国の支配下ですが。 ジャットの港からは、このシアウ大陸とバーズ大陸を結ぶ定期便が出ていて昔は盛んに船が行き交っていました」
「昔は……ですか」
「ええ。 今は昔ほど気軽に大陸を移動できないでしょう。 おそらく今はこの大陸から出て行く者ばかりで、帝国の支配下に置かれた事もあって手続きが大変でしょうね」
「なるほど」
「でも昔は神聖ティターン王国とガルガン帝国は盛んに交易をしていたんですよ」
「それは聞いた事があります。 昔は両国の関係は悪くはなかったと」
「ええ。 昔は仲が良かったんですよ。 安全でしたし……。 よく学生が旅行に来たりするくらいにはね……」
そういえば、昔は大陸間で交換留学なんかもしていたと聞いた事がある。
……本当になんで戦争なんか。
「…………」
「おっと今はジャットの話でしたね。 すみません」
「いえ」
「ジャットでは大陸間の定期便だけじゃなく、沢山の船があります。 ジャットには漁師が沢山居て、毎朝漁に出ているんですよ」
「そうなんですか」
「はい。 なのでジャットは海産物でも有名なんです。 中でもここで食べられる魚と貝料理は絶品ですよ」
「ぜっぴん?」
ハナちゃんが可愛らしく首を傾げていた。
「美味しいってことだよ、ハナちゃん」
「お魚さん美味しいの?」
「そういえば、ハナは魚を食べた事がなかったね」
「僕も川魚は食べた事がありますが、海魚は食べた事がないですね」
「おお、そうなんですか。 それは勿体無い。 ぜひ、後ほど堪能してください」
「はい」
「わたしも食べるー」
そんなオケスさんの話を聞いていると、いつの間にやら馬車が進んで行き、ジャットの入り口までたどり着いた。
僕が思っていたよりも行列は早く進んだようだ。
日が暮れる前に着いてよかった。
「はい次ー」
「はいはい」
オケスさんが馬車を進めて兵士の近くに停める。
「ここへは何しに?」
「家族で船に乗りに来ました」
「ふむ……馬車の中を確認するぞ」
「どうぞ」
兵士が後ろに回り込んで、馬車の中を確認しにくる。
その兵士は荷物を見た後、ハナちゃんとマイアさんの顔を見る。
僕も顔を見られたが、特に問題もなく兵士は戻っていく。
「通行料は銀貨3枚だ」
「……通行料は無かったと思いますが」
「あまりに街に入る人数が多いのでな、取ることになった」
「そうですか……ではこれを」
オケスさんは兵士に銀貨3枚を渡した。
「……よし、行っていいぞ」
「ありがとうございます」
オケスさんは兵士にお礼を言って馬車を進めた。
どうやら無事に街に入れたらしい。
街の中は人がとても多い。
進めるのだろうか?
「では、アリアさん。 私たちは宿をとりに行きますので」
「分かりました。 ……宿、とれますか?」
「ええ。 事前に連絡しておきましたから」
「流石はオケスさんですね」
「アリアさんは宿をどうします?」
「いえ、僕は宿に泊まらないので、食料を調達してきます」
「そうですか……では、6時に先程教えた料理屋で合流しましょう」
「分かりました。 それでは」
「絶対、来てね。 アリアお姉ちゃん」
「うん」
僕は馬車を降りて人混みの中に入っていった。
♢♢♢
オケスさんたちと別れてから、人が多い為、相場よりもかなり高くなっている食料を調達して、オケスさんから教えられた料理屋に約束された6時よりも少し早く着く。
すると、店の前にはすでにオケスさんたち家族が揃って立っていた。
「あ! アリアお姉ちゃん!」
僕を発見したハナちゃんが走り寄って来て足に抱きついた。
「ハナちゃん」
そこでオケスさんも近付いてくる。
「いや、宿が思ったより早くとれましてね」
「待たせてしまいましたか?」
「いえいえ。 さぁ既に店の者には話をつけてあります。 早速中に入りましょう」
「はい」
僕はハナちゃんと手を繋いで一緒に店の中に入った。
店の中には大量の人が居て、この店が繁盛している事がわかる。
よくこんな人気の店の席をオケスさんは確保できたな。
こんな所でオケスさんの力を感じた。
「さぁこちらへどうぞ」
そのまま奥の空いている席に連れられて僕はハナちゃんと並んで座った。
「すぐに料理が運ばれてきますよ。 あ、アリアさん、料理は決まった物しか出せないみたいで……すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。 ただ、ちゃんと魚と貝料理は出てくるので安心してください」
「ありがとうございます」
そしてオケスさんの言った通りにすぐに料理が運ばれてきた。
料理は魚の煮付けと貝を焼いた物のようだ。
「いただきます!」
「いただきまーす!」
意外とお腹が空いていたのか、良い香りに釣られて僕とハナちゃんはすぐに食べ始めた。
「美味しい……」
「お魚さんおいしー!」
一口食べただけで口の中に未知の味が広がる。
その味は、とても美味しいと言えるものだった。
「ふふっ」
そこでオケスさんとマイアさんが僕とハナちゃんを見て微笑んでいるのが分かった。
「あ、ごめんなさい。 いきなり食べ始めてしまって」
「いいんですよ。 さぁ私たちも食べましょうか」
「はい」
そうして僕とオケスさん達との最後の食事は和やかに終わった。
♢♢♢
「オケスさん、ごちそうさまでした。 とても美味しかったです」
僕はオケスさんたちの宿の前まで来ていた。
「そうですか。 そう言ってもらえると嬉しいですよ」
オケスさんは優しい顔でそう言ってくれた。
そこでハナちゃんが、また足に抱きついてくる。
「……アリアお姉ちゃん……行っちゃうの?」
「うん」
僕は膝を曲げてハナちゃんと目線を合わせる。
「ごめんね。 でも、行かなくちゃ」
「……うん。 わかってる」
「ふふっ……またハナちゃん泣きそうな顔しているよ」
「だって……」
僕はハナちゃんを一度抱きしめてから離れる。
「僕はハナちゃんの笑顔が見たいな」
「ぐす……」
ハナちゃんは僕の言葉を聞いて鼻をすすってから涙を必死に我慢する。
「……じゃあね。 ハナちゃん。 ではオケスさんもマイアさんもお元気で」
「アリアさんもお気をつけて」
「お元気で」
僕はハナちゃんたちから離れて歩みを進めていく。
「アリアお姉ちゃんーーーーーー!!」
そこでハナちゃんの声が聞こえて振り返る。
「また、会おうねーーー!!」
そう言って大きく手を振るハナちゃんは鼻を赤くしていたけど……とても可愛い笑顔だった。
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