第31話 パイアと避難する家族

第31話 パイアと避難する家族




 自分でも焦っているのを僕は感じていた。

 なぜなら王都を出たのが1220年 3月で今は1220年 7月。

 こんなに時間が経っているのに、まだ僕は聖域まで半分ほどの距離しか進んでいないからだ。

 このままではマズイ。

 この間にも父上たちがガルガン帝国に見つかるかもしれない、と考えると僕は不安になり寝る間も惜しんで歩き続けていた。


 そんな時だった。

 僕の視界にある光景が映る。

 その光景とは、一つの幌馬車を5人の男の集団が取り囲んでいるというもの。

 明らかに普通の様子ではない。


「はぁ……厄介ごとか……」


 僕は先を急いでいるが見逃すこともできず、とりあえず様子を窺うことに決めた。

 今居る道から外れて草木の中を見つからないように進んで、その集団に近付く。

 すると、その集団の声が聞こえてくる。


「オラァ! 早く馬車を降りてこい!」

「そうだぜ! 早くしないと怪我じゃすまねぇぜ!」

「ギャハハハハハハハ」


 馬車を取り囲んでいる男たちがそれぞれ手に武器を持ちながら、馬車に向かってそう声をかけていた。

 そんな中、御者台に立っていた1人の普人の男が怯えた表情をしながらも腰の剣を抜く。


「お、お前らなんかに私の家族に手出しはさせないぞ!」


 御者台の男はそう言って剣を両手で持つが、僕から見てその男の姿はお世辞にも剣の扱いや戦いに慣れているといった感じではない。


「ギャハハ! そうか、抵抗するならお前を殺して後ろの女どもで楽しませてもらおうか!」

「くっ!」


 どうやら馬車には女性が乗っているらしい。

 ……これはもう取り囲んでいる男たちが賊で間違いないな。

 僕はそう判断すると、腰の剣を鞘に収めたまま静かに抜いて、紐で固定する。

 そして、静かに街道に入ると取り囲んでいる男たちの内の1人の背後から近付く。


「ふん!」

「ぐえ」


 そのまま剣で男の頭を背後から手加減して殴った。

 男はその場に崩れ落ちる。

 どうやら気絶したようだ。

 流石に今ので僕の存在が気付かれた。

 その場に居た全員の視線が僕に集中するが、僕はそんな事気にせずにすぐに隣の男に走り寄る。


「は、はやッ」

「遅い、よ!」


 僕はそのまま剣を男の腹に叩き込んだ。

 その男はその衝撃で吹っ飛んで、僕の思惑通りに別の男に激突した。


「な、何者だッ!?」

「誰でもいいでしょ」


 残っている男たちが引きつった表情で僕を見る。

 僕は吹っ飛んできた男に激突されて倒れている男に素早く近付いて剣で殴り気絶させた。


「くっそぉ。 うおおおおおおお!」

「待て!」


 残りの男の内、1人が引きつった表情から怒りの表情に変わり、僕に突っ込んでくる。

 僕はその様子を冷静に見る。


「死ねええええええ!」


 突っ込んできた男は持っている剣を上段に構え、僕に向かって振り下ろした。

 僕はそれを片足を引いて余裕で躱す。

 そしてそのまま自分の剣で相手の剣を下から打ち上げる。

 男はたまらず剣を手放し尻餅をついた。

 僕はそのまま剣を軽く男の頭に振り下ろした。


「ぐふっ」


 それで僕の目の前の男は気絶した。


「……なんだよ。 なんなんだよ! お前はッ!?」


 残った男は先程とは違い、怯えた表情で僕を見て剣を持つ手を震わせている。


「はぁ……僕はね、イラついているだよ」

「……え?」

「急いでいるっていうのに、僕の目の前でこんな面倒ごとを起こして……」

「は?」

「だから少しは僕の役に立ってよね」


 僕は剣を構えると、全力で残った男に近付いた。

 男は僕の速度に反応出来ずに未だに僕が立っていた場所を見ている。

 そのまま僕は剣を男に叩き込んだ。

 その男は衝撃で後ろに飛んでいき、木に背中を打ち付けて止まった。


「……ふぅ」


 僕は一息ついて持っていた剣を腰に差した。

 手加減していたとはいえ、身体を動かした事で少しは気分がスッキリした、と思う。


「あ、あの?」

「うん?」


 僕が馬車に背を向けて立っていると、背後から声をかけられた。

 僕は振り返る。

 すると、そこには御者台に居た恰幅のよい男が立っていた。

 その男の後ろに1人の女性とその足の後ろに女の子が1人が立っている。


「ああ。 大丈夫でしたか?」

「は、はい。 あなたのお陰で家族みんな助かりました」

「それは良かった」

「あのまま奴らに襲われていたら、どうなっていた事やら、考えたくもありません。 ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

「ほら、ハナもお礼を言いなさい」

「……ありがと」


 ハナと呼ばれた女の子は恥ずかしそうにお礼を言った。

 その姿にほっこりしそうになるが、僕は先を急いでいるのを思い出す。


「では、僕は先を急いでいるので」

「そんな! 命の恩人に何のお礼もせずに行かせる訳には」

「いや、お礼は先程ので充分です」

「そう言わずに」

「急いでいるんです」

「ちなみに何処に向かっているんですか?」

「……ジャットです」

「おお! それはちょうどいい!」

「え?」

「私たち家族もちょうどジャットを目指しているところなんですよ。 どうです? 私たちの馬車に一緒に乗って行きませんか?」

「いや、でも」

「急いでいるんでしょう? 歩くよりは速いと思いますよ」


 僕はその言葉に少し考えて……。


「……じゃあお願いします」


 結局、馬車に乗せてもらうことにした。


「はい!」


 そこで少し強い風が吹いて、僕の被っていたフードが脱げる。


「おお! お若いと思っていましたが、美しい女性でしたか」

「あ、ははは」


 今日は運がない。




♢♢♢




 あの後、賊の男たちを縛って木に括り付けてから、僕は女性と女の子と同じ馬車の後ろに乗せてもらった。

 意外にも馬車にはあまり荷物が積んでいない。


「では、自己紹介でもしましょうか」


 恰幅のよい男性は御者台で振り返らずにそう言った。


「私からいきましょう。 私はオケス・リードという者で商人をやっていた者です」

「オケスさんですか。 僕はアリアと言います」

「そして、そこに居るのが私の妻の」

「マイアです。 よろしくお願いします」

「それに私の娘のハナです」

「ほら、ハナ。 お姉ちゃんにご挨拶して」


 ハナちゃんはマイアさんの後ろに隠れて恥ずかしそうにしている。


「ハナです。 よろしく……」


 可愛い女の子だ。

 それにしてもいくつか疑問がある。


「それにしても商人……ですか」


 僕は馬車の中を見ながらそう言った。

 商人にしては荷物が少ない。


「ああ、商人にしては荷物が少ないでしょう?」


 すぐに僕の言いたい事がわかったようでオケスは言う。


「実は私たち家族は商売を辞めて避難しているんです。 売り物は安値で全部売ってしまいました」

「そうですか。 ……避難というのは戦争からですか?」

「はい。 この先、どうなるか分かりませんしね……ジャットに行くのも港から船でバーズ大陸に渡る為なんです」

「バーズ大陸に……」


 バーズ大陸はガルガン帝国といくつかの小国がある大陸だ。


「バーズ大陸はガルガン帝国がありますが、ここよりは安全ですし、それに私たちが目指しているのはユーンという平和な小国ですからね」

「何故ユーンに?」

「私の父が店を営んでいましてね。 そこへ家族で転がり込もうかと」

「なるほど」

「アリアさんは何故お一人でジャットに? アリアさんも船目当てですか?」

「僕はジャットで船に乗る訳ではなく、近くに用事があるからです」

「そうですか」

「一ついいですか?」

「はい?」


 僕はそこでもう一つの疑問も尋ねる。


「どうしてこの馬車には護衛が居ないのですか? 失礼ですが、見たところオケスさんには剣の心得がないようですし」


 僕の言葉にオケスさんの声色が暗くなる。


「……実は私たちも最初は護衛の傭兵を雇おうとしたのですが、雇えなかったのです」

「雇えなかった?」

「はい。 傭兵ギルドによると、ただでさえ戦争で雇える傭兵が少ないのに、今は私たちのように避難する者が多勢いるらしく、傭兵がすべて雇われて街に居ないんです」

「そんな事が」

「私たちは避難するのが、他の者と比べてどうやら遅かったらしいです。 今更、避難しないという訳にもいかずにこうしている訳です。 まぁ案の定、賊に襲われてしまいましたがね」

「そういう事だったんですか」


 そこでオケスさんは暗かった声色を明るくして言う。


「だから、勝手ですけどアリアさんには護衛としても期待してたりして……」

「ははっ乗せてもらっているし、構いませんよ」

「そう言っていただけるとありがたい」


 オケスさんは僕の言葉に安堵したようだ。


「それにしてもアリアさんは、そんなにお若くて美しいのにとても腕が立つのですね」

「そうでもないですよ」

「いえ! 私には何が何だか分からないうちに賊の男たちが倒されていましたから。 私はもうこんな感じですけど、男としてはその剣の腕に憧れますよ」

「ありがとうございます」

「失礼ですけど、どこでそんな腕を磨いたんですか? 女性では大変だったと思いますが」

「……えぇ。 大変でしたよ。 最初は誰も本気にしなかったです。 でも、しつこく頼み込んで……それで僕の大切な人たちが教えてくれたんです」


 僕は死んでしまった騎士団のみんなの事を思い出しながらそう言った。


「……そうですか。 アリアさんに教えたんですから、きっととても強くて立派な方たちなんでしょうね」

「はい……」


 そこでマイアさんの後ろに隠れていたハナちゃんが顔を出して僕を真剣な表情で見る。


「あの……」

「何かな? ハナちゃん」

「わた、わたしも……お姉ちゃんみたいに強くなれる……かな」

「え!?」

「ハナ!?」


 オケスさんとマイアさんがハナちゃんの言葉に驚きの声を上げた。

 でも僕は驚かずにしっかりとハナちゃんの目を見る。

 ……うん、やっぱりハナちゃんは真剣だ。


「ハナちゃんは強くなりたいの?」

「うん。 お父さんとお母さんを守れるようになりたいの」

「ハナ……」

「……ハナちゃんが本気でそう思っているなら、きっと強くなれるよ。 その思いは力になるから」

「思い……」

「僕も……そうだったから」


 そう、僕もみんなを守りたいって思いが強かったから強くなれた。


「お姉ちゃんも……」

「そうだよ。 それで必死に訓練した。 訓練は大変だったけど、その思いが僕を支えていた」

「……お姉ちゃん」


 そこでハナちゃんがマイアさんの後ろから出てくる。


「お願いします! わたしを鍛えてください!」


 ハナちゃんは僕にそう言って頭を下げた。

 本当はハナちゃんを鍛えてあげたい。

 でも、僕には時間がないし……それに使命がある。

 ……でも、真剣に頭を下げて頼む姿は昔の僕と重なる。

 僕もこうだった。


「……私からもお願いします」


 僕が悩んでいるとオケスさんがそう言った。


「オケスさん……」

「この子が真剣にそんな事を思っているなんて知らなかった……なぁマイア?」

「はい。 それに人見知りなこの子が初対面のアリアさんに頼むなんて……きっととても勇気が必要だったことでしょう」

「マイアさんも……」

「お願いします、アリアさん。 休憩する僅かな時間だけでもいい。 この子を……ハナを鍛えてやってくれませんか?」

「……」


 オケスさんもマイアさんもハナちゃんも、みんな真剣だ。

 真剣に僕に頼んでいる。

 こんなの……僕が断れる筈がない。


「頭を上げて、ハナちゃん」

「うん」

「僕がハナちゃんを鍛えるとしても少しの時間しかないよ」

「うん」

「きっと、とても厳しいし苦しいと思う」

「うん」

「……それでもやるかい?」


 ハナちゃんの答えなんて僕が一番わかっている。

 でも、ちゃんと聞いておきたかった。


「うん! お願いします、お姉ちゃん!」

「わかった。 じゃあ次の休憩から厳しくいくからね」

「うん!」


 結局、僕は引き受けてしまった。

 でも、断ることは出来ない。

 なぜなら今のハナちゃんは小さい頃の僕だ。

 だから、ハナちゃんの決意は理解できた。


 なんとなく僕は昔の騎士団での訓練を思い出す。


「懐かしい……なぁ」

「お姉ちゃん?」


 そこで僕の意識は遠のいていった。




♢♢♢




「お姉ちゃん?」


 ハナがアリアさんの顔を覗き込む。


「お姉ちゃん……寝てる」

「そうなの?」

「寝かせておいてあげなさい。 きっと疲れているんだろう。 女性がこんな時期に1人で旅をするなんて訳があるんだろう」


 夫の言う通りだろう。

 私たち夫婦よりも若い女性があんなに強いのも、きっと訳が……大変なことがあったのでしょうね。


「ハナ。 お姉ちゃんを寝かせておいてあげましょうね。 きっと後でハナを鍛えてくれる筈だから」

「うん。 おやすみ、お姉ちゃん」


 私は荷物から毛布を取り出してアリアさんにかけてあげる。

 その時、アリアさんの寝顔が見えた。

 アリアさんは穏やかな寝顔で寝ていた。

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