第30話 パイアと聖域への旅路
第30話 パイアと聖域への旅路
僕は王都を出てから道なりにひたすら聖域のある南を目指して歩き続けた。
父上の言う通りならば聖域はこのシアウ大陸の南端らしい……まだまだ先だ。
この旅で僕は初めての経験をいくつかした。
例えば、その日街に着かなかった場合たった1人で野営をしなければならない。
騎士団の訓練で野営をした事があったけれども今までは側に誰かが居たし、食料の準備だって他の誰かがやってくれていた。
だから王都を出てからの最初の野営は大変だったな。
他には街に入る時も初めての経験をした。
今までは王族ということで、すぐに門を抜けていたが今では王都以外の街は殆んどガルガン帝国の支配下に置かれている為、他の者たちと同じように長い行列に並び検問を受けなければならない。
最初は自分の正体がバレるのではないかと、とても緊張したが魔法具のネックレスのお陰で何の問題も無く門をくぐり街に入る事が出来た。
このネックレスを授けてくれた父上には本当に感謝だ。
そうして旅を続けていたある日、僕は夜を過ごす為にタラムという小さな街に入った。
この街も昔は神聖ティターン王国の物だったが、今ではガルガン帝国の支配下のようだ。
街に入る時僕はいつも通りに、この街の門番にオススメの宿を聞く事にする。
「すみません」
とりあえず、2人居る普人の内の1人に声をかけた。
「ん? なんだ?」
「この街で安くて良い宿は何処かありませんか?」
「そうだなぁ。 この街で安くて良い宿って言ったら【夕焼け亭】だろうな。 あそこは一階で食事が出来るし過ごしやすいぞ」
「へぇー」
今夜はまだ食べてないし、食事が出来るならちょうど良いからそこに泊まろうか。
「場所はこの大通りを真っ直ぐ進んで行けばナイフとベッドの看板が出ているからすぐ分かる筈だ」
「親切に教えてくれて、ありがとうございます。 そこに行ってみますね。 では」
「ああ」
門番は軽く手を挙げてから自分の仕事に戻った。
僕も同じように手を挙げてから大通りを歩き出す。
「夕焼け亭……夕焼け亭」
大通りを歩いて夕焼け亭を探しながら僕は街の様子を見た。
夕暮れの街では手を繋いで買い物をする兎族の親子の姿や談笑する獣人と普人の男たちの姿が確認できる。
……どうやらこの街でもガルガン帝国の支配下に置かれた事による獣人への差別は発生していないようだ。
これは今まで通ってきたどの街でも同じだった。
まぁ今時、どの国にも獣人や普人は居るからね。
それにガルガン帝国に反発する人も見かけない。
……でも、表向きの姿だと僕は思っている。
なんせこの世界の主流な宗教は【ティターン教】だ。
ティターン教は世界最大最古の宗教でその名の通り神王エルトニア・ティターン様を崇めている。
この宗教は神王様が兎族たちに教えた言語などを兎族が全世界に広めていった事が始まりとされている。
そんな神王様が建国したとされている神聖ティターン王国を攻撃したんだ……ガルガン帝国は内部からも外部からも反発は大きかっただろう。
その証拠に開戦当初のガルガン帝国はとても士気が低かったらしい。
しかし、それは【あの事】を切っ掛けにすべてが変わった。
ガルガン帝国は勢いを増し王国の領地をどんどん攻め落し、王国の同盟国は殆んどが王国との関係を切った。
……まぁ今はその話はいい。
とにかく、この街の人たちだってきっと心の何処かでは今の状況をどうにかしたいと思っている筈だ。
そんな事を考えながら大通りを歩いていると、ナイフとベッドの描かれた看板が出ている木造の建物が目に入る。
おそらく、ここが門番の言っていた夕焼け亭だろう。
僕は開いている扉から中に入る。
宿の中ではテーブルと椅子がいくつか置かれていて何人かが座っていた。
そしてその間を女性2人が動き回っている。
女性2人は宿の者らしく座っている人から注文を受けている様子がみれた。
どうやら門番の言っていた通り一階がでは食事が出来るらしい。
とりあえず、ここが夕焼け亭か確認する。
「すいませーん!」
「はーい!」
すぐに女性が1人入り口付近に立っている僕の所にやってくる。
その女性は意外にも若かった。
この宿の経営者の娘さんだろうか?
「ここは夕焼け亭ですか?」
「はい! 夕焼け亭です。 お客様でしょうか?」
「ええ。 今日、部屋は空いていますか?」
「空いていますよ。 一晩、銀貨2枚と銅貨5枚です」
「じゃあ一晩お願いします」
「はい。 お名前は?」
「……アリアです」
アリアというのは僕の偽名だ。
僕はポケットから銀貨3枚を取り出して宿の女性に手渡す。
「はい……じゃあお釣りの銅貨5枚です」
「ありがとう」
「この宿では食事も取れますよ。 別料金ですけど」
「では食事もお願いします」
「じゃあ空いている席へどうぞ」
予定通り僕はこの宿で食事を取ることにした。
とりあえず、獣人と普人の男性2人が座っている横の空いている席に座る。
「……ふぅー」
僕は一息ついて周囲に耳を傾ける。
こういう所では時たま僕の知らない情報が入ってくることが多い。
これも僕の旅の経験の一つ。
「……ついに帝国の奴らやっちまったらしい」
「なに?」
どうやら隣の席の獣人と普人の男性の会話は聞いておいた方がいいかもしれない。
「――だから帝国の奴らが王都を落としたらしい」
その言葉を聞いた瞬間、僕は頭が熱くなり全身に力が入って両手を強く握りしめる。
……駄目だ!
……駄目だ駄目だ!
……駄目だ駄目だ駄目だ!!
落ち着け!
落ち着くんだ僕!
これは分かっていた筈だろう!?
今は冷静になって情報を集めるんだ。
僕は何とか熱くなっていく頭と身体を抑え、冷静になろうとする。
「それで王都の連中は?」
「大丈夫だ。 みんな事前に避難していたらしい。 王都はもぬけの殻だってよ」
「そうか……」
「だが、王都の前に集結していた騎士団や反帝国の義勇軍は壊滅したとさ」
「くそッ……帝国の罰当たり共め!」
……分かっていた……分かっていたけど……。
僕は耐え切れずに涙が溢れてしまうのを顔を隠して必死に誤魔化す。
泣くな僕!
僕には使命があるんだ!
こんな所で挫ける訳にはいかない!
僕は避難した父上と兄上、オビンさんにチャートの顔を思い出して何とか涙を止める。
涙を拭いて顔を上げて隣を窺う。
すると宿の若い女性が隣の2人に近付いてくる。
「ちょっとー。 帝国の人だって居るんだからこの宿で変な事言わないでよね」
「へっ……構わねえよ。 どうせ帝国の連中だって本当は自分たちが馬鹿な事をしてるって分かってるさ」
「そうだそうだ」
「……もぅ!」
そう言って宿の女性は席から離れていった。
やっぱり僕の思った通り、帝国をよく思ってない人は居るようだ。
僕は思い切って隣の席の人たちに話しかけてみることにした。
「あのー」
「うん? なんだあんた? 見たところ、この街の人間じゃねえようだが」
「あ、僕は旅の者でアリアと言います」
「ふーん? こんな時に1人で旅とは珍しい」
獣人の男性はどこか胡散臭そうに僕を見ていた。
「で、その旅の者が何で俺たちに声をかけてきたんだ?」
「実は先程のお二人の話が聞こえてきまして……もう少し詳しいお話を聞きたいなと」
「どうしてアンタに話さなきゃいけないんだよ」
「……まぁ待て」
そこで黙っていた普人の男性が獣人の男性を止める。
「どうしたんだよ?」
「この人をよく見ろ。 どうやらただの興味本位で聞いている訳ではないらしい」
どうやら僕は自分でも気付かない内に身体に力が入っていたらしい。
「ちっ……」
「お前、詳しいんだから話してやれよ」
「……わかったよ」
「ありがとうございます!」
僕は座ったまま頭を下げた。
「頭を上げろ。 で、何が聞きたいんだ?」
「……王様などの王族がどうなったか、聞いていませんか?」
「あぁ、知ってるぞ。 なんでもガルガン帝国の連中が城を攻めた時には、もう城はもぬけの殻で誰も居なかったらしい。 今はガルガン帝国の連中、必死になって王族を探しているらしいぜ」
「……そうですか」
どうやら、まだみんなは帝国に見つかっていないらしい。
自然と身体から力が抜けた。
「おい、アンタ。 大丈夫か?」
「あ、はい。 あともう一つ聞かせてください」
「ああ」
「ガルガン帝国に不満を持っている人は多いんですか?」
「ああ、多いぞ。 みんな見ていることしか出来ねぇが心では帝国に不満を持っている。 それはこの街だけじゃない、他の街でも同じだ。 ……しかも、帝国の連中だって同じさ」
「……どういう事ですか?」
帝国の者でも不満を持っている?
「これは帝国の兵に聞いた話なんだが……帝国の兵も嫌々上に従っている連中が多いらしい」
「帝国の兵が……」
「あぁ。 でも従わざるを得ないらしい。 何でも、すべてを決めているのは帝国の皇帝らしいが、その皇帝の指示に従わなかったら大人でも子供でも誰でもすぐに処刑されるらしい」
「そんな……」
ガルガン帝国の皇帝の噂は聞いていたが、そんなに非情な存在だったなんて。
♢♢♢
ガルガン帝国の皇帝【ゲルゴーン・ガルガン】
ガルガン帝国の若き皇帝でこの戦争を引き起こした張本人。
自分と敵対する者には容赦はしないと聞いている。
「どうしてガルガン帝国の皇帝は戦争なんて起こしたのかな」
僕は夕焼け亭の部屋のベッドに横になりながら考えていた。
ゲルゴール・ガルガンは神聖ティターン王国への恨みでもあったのか?
……いや、それはない筈だ。
戦争が起こるまで神聖ティターン王国とガルガン帝国との関係は問題なく、それまで何か問題が起こったこともない。
しかし、ゲルゴールは皇帝になってすぐにこの戦争を始めた。
しかも、当時の帝国に神聖ティターン王国を討ち滅ぼす程の力は無かったのだ。
そんな勝率の無い戦争を何の理由も無しに始める訳がない。
それにゲルゴールだけが神聖ティターン王国をどうにかしたかった訳ではないはずだ。
なぜなら、たとえ皇帝であろうと、たった1人で戦争を起こそうとしても周りの人間が止めるはず……きっとゲルゴールには他の協力者が居る。
それも神聖ティターン王国を滅ぼしたいと考える程の誰かが。
「一体、何が起こっているんだろう……」
そこで僕は段々と意識が遠のいていくのを感じた。
……おやすみなさい、みんな。
僕は夢の世界へと旅立った。
♢♢♢
翌朝、僕は朝早くに用意を済ませて夕焼け亭を出た。
まだまだ先は長い。
みんなが待っている、こんな所で止まってはいられない。
僕はタラムの街を出るために昨日とは違う南の門に歩いて向かう。
「あ、門番さん」
南の門にたどり着くと、そこには昨日宿を教えてくれた門番さんが眠そうに立っていた。
「……ん? ああ昨日の」
「おはようございます、早いですね」
「おお、アンタもな」
「今日は南の門の警備ですか」
「ああ、眠いったらありゃしねえぜ。 それにしてもアンタ、もうこの街を出て行くのか?」
「ええ。 元々この街には一晩過ごす為だけに寄っただけですから」
「そうか……こんな世の中だ。 気をつけて行きな」
「……一つ聞いてもいいですか?」
僕は昨日の宿での話を聞いて、聞いてみたいことがあった。
「門番さんって帝国の人ですよね?」
「……あぁそうだが」
「答えたくなかったら答えなくてもいいです。 この戦争をどう思っていますか?」
「……」
「……そうですか。 じゃあ僕は行きます」
僕は門番さんの横を通り過ぎて先へ進もうとする。
「まちな」
僕は足を止めた。
「俺は上の考えている事なんてわからない」
「はい」
「……でも、この戦争は間違っていると……俺は思う」
「……ありがとうございました」
僕は振り返って一度頭を下げてから、再び歩き出した。
少しでも早く、帝国の人ですら望んでいないこの戦争を終わらせる為に。
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