第29話 パイアと危険な使命

第29話 パイアと危険な使命




「……神王様」


 僕は兄上の思いも寄らない言葉に思考が一瞬止まってしまう。

 が、すぐに僕は止まってしまった頭を再び働かせて神王様という名を呟き、飲み込んだ。

 神王……エルトニア・ティターン様はこの世界ですべての祖と言われる御方で未だに様々なことが語り継がれている。

 今この世界にあるすべての文化はエルトニア・ティターン様が僕たちに与えた物が元となっていると言われる……例えば僕たち人類が日常的に話す【世界共通語】は神王様が僕たちに教えたらしい。

 それだけじゃない……今ではどの国にだって大抵はある学校もそうだし、騎士団も……木材、石材の使い方……魔法……果ては火すらも神王様が僕たちに与えたものだとか。

 そして、僕たち人とは違う伝説的な種族【ドラゴンヴァンパイア】という存在で、その姿は美しいとも恐ろしいとも伝えられているし、神王様の前でその名前を許された者以外が気安く呼んではいけないというのも伝えられている。

 エルトニア・ティターン様がしようと思えば簡単に大地を、海を、人を、種族を、国を一瞬で消し去る事も出来るとか。

 何より神王様はこの国【神聖ティターン王国】の建国者だし、王家には代々その血が受け継がれている。

 その血はしっかりと受け継がれていて、その証拠に父上も兄上も僕も兎族なのに毛が黒い。

 これはこの国の初代王妃、つまり神王様の妻が兎族で唯一の黒い毛だった事が理由らしい。

 しかも、僕にはもう1つ受け継がれているものがある……それは龍魔法の適性。

 僕は神王様が使ったとされる龍魔法を少しだが使う事が出来るのだ……これは僕の切り札にもなっている。

 ……とにかく、とんでもない力を持ちこの国の建国者で僕らの先祖であるエルトニア・ティターン様であれば簡単にガルガン帝国を退けられるし、元は自分国で自分の子孫がいるこの国を助けてくれる筈。

 しかし、僕が伝え聞いたところでは……。


「父上、兄上の言う通りに本当に神王様が聖域に眠っておられるのですか?」

「ああ、そうだ。 間違いなく神王様は聖域に居られる」


 父上は力強くそう断言するが、僕には幾つか疑問がある。


「……僕が伝え聞いた話では神王様は確か、この国を自分の子供に託した後に神の世界へと帰って行ったと……それに聖域に神王様が本当に眠っておられるとして何故、歴代の王たちが今まで一度も起こそうとしなかったのです?」

「確かに。 パイアの言う通りです。 どういう事なんですか?」


 僕の問いに父上は苦々しい表情で口を開く。


「……パイアの言った通りに一般には神王様は神の世界に帰った事になっている」

「と、いう事は」

「そうだ。 その話は嘘だ……事実は先程から言っているように神王様は聖域で眠っておられる」

「何故そんな嘘を?」

「代々の王には幾つかの真実が語り継がれていて、その中の1つに今の真実が伝わっている。 神王様はこの世界の殆どの人々に崇められているのは知っていると思うが、その昔人々が神王様を崇めるあまりに聖域の建物に近づいて騒いだ事があったそうだ。 当時の王は二度とそんな事が起こらないように、神王様が静かに眠れるように偽の噂を流したらしい」


 なるほど……そんな理由があったんだ。


「それだけではない。 当時は聖域の近くにあった王都を今の場所に移したのも、その王の判断だったようだ」

「王都は一度、移動しているのですか!?」

「そうだ」


 そこまで当時の王はしたのか……でも、どうしてそこまでする必要があったんだ?


「父上、何故そこまでして神王様を起こす事を避けるのです?」


 兄上が僕が思っていた事と同じ疑問を口にする。


「恐れている……神王様を」


 父上が苦々しい表情で絞り出すようにそう言った。


 「「え!?」


 僕と兄上の声が重なる。


「何故、歴代の王たちが神王様を起こそうとしないのか? その答えは神王様を歴代の王が恐れているからだ」

「……そんな馬鹿な。 何故神を恐れる必要があるのですか?」

「よく聞くんだ、二人共。 ……これも代々の王に伝わる話なのだが……神王様は我々にとって諸刃の剣なのだ」


 神が……神王様が諸刃の剣?

 僕たち兎族を救った神……世界を変えた神が?


「意味が分かりません! 説明してください!」

「……神王様、エルトニア・ティターン様は確かにお前たちが伝え聞いたような輝かしい偉業を成し遂げている……が、その裏を隠されている」

「裏?」

「神王様は兎族に救いの手を差し伸べてくれたが……実はとても非情な神だったらしい」

「馬鹿なッ!?」


 神王様への信仰が厚い兄上が父上のまさかの言葉に声を上げる。

 僕も神王様が非情だったなんて……信じられない。


「落ち着くのだ! これは代々の王に伝わる確かな事実だ。 神王様は敵対した者には容赦はせず、とても惨たらしく殺したらしい……たとえそれが兎族の者であってもだ」

「ッ!?」

「そんな……」

「だから代々の王は恐れた。 もし……神王様への対応を間違えてしまったら? 敵対する者が出てしまったら? とな」


 その話が事実なら確かに気安く神王様を起こす気にはなれない……伝え聞いている通り神王様がとんでもない力を持っているなら尚更だ。


 しばらく、この部屋を沈黙が支配する。

 ……それでも、この国の為、みんなの為に僕は聞かなくてはならない。


「それでも……」

「パイア?」

「それでも父上は神王様を起こすと決めたんですね?」


 僕はしっかり父上を見つめてそう言う。

 父上は先程までの苦々しい表情を消し去り、真剣な王の顔で僕を見る。


「ああ、そうだ。 もうこの手しかないのだ」


 父上は本気だ。

 きっと僕たち以上に苦しみ考え抜いた結果なんだろう。


「分かりました。 それでどうやって神王様を起こすのです?」

「パイア!?」

「……兄上、父上は本気です。 僕たち以上に苦しんだ筈です。 だから……」


「……分かった。 父上、聞かせてください」

「二人共、ありがとう。 ……それで神王様を起こす方法だが……具体的な事は実はわからない。 ただ、王に伝わっているのは神王様が眠る聖域の建物の開き方だ」

「それは……」

「聖域は王族の血でのみ開かれるらしい。 色々と調べたのだが、今はそれしか分からない。 すまない」


 父上は申し訳なさそうな表情でそう告げた。


「王族の血……つまり父上か兄上、僕しか神王様は起こせない」

「……ちょっと待ってください!」


 兄上がハッとした表情で父上を見る。


「聖域がある辺りはこの王都から随分遠い上に既に敵の勢力下です! そんな所にどうやって誰が行くのです!?」

「……」


 ッ!?


「父上は言いましたよね? 王族の血は絶やす事はできないと。 なら少しでも血を残せるよう多く避難する。 ……父上はもう歳だし敵を掻い潜り聖域に行くなんて無理だ、私は身体も弱く長距離を短期で移動なんて出来ない……だとしたら」


 ……そう、兄上の言う通りだ。

 つまり。


「――僕が行くんですね。 聖域へ」


 父上はとても苦しそうな顔した後、俯いた。


「……父上、僕はパイアを……妹を死地になんて送りたくない。 ……そんな事をするくらいなら」

「王子、それ以上言うのはやめときな」

「……オビンさん」


 今まで黙って聞いていたオビンさんが兄上をとめる。


「国王様が必死に考えて考えて考え抜いた最後の希望なんだ。 とっくにお前以上に苦しんでいるさ」

「くっ……ならせめて護衛は……騎士団の護衛はつけてくれるんですか?」

「分かっているだろ? ガルガンの相手で手一杯で無理だ。 それにこれは多人数より1人で行った方が敵に見つかる可能性が低い」

「……そんな」


 兄上は悲しそうな、苦しそうな顔で今にも泣いてしまいそうだ。

 ……そこまで僕の事を考えてくれる兄上と父上が居てくれて僕は胸が熱くなる。

 でも、大丈夫。


「兄上、僕は大丈夫だから」

「で、でも……」

「大丈夫、安心してよ! これでも僕はオビンさんの次、この国で2番目には強いんだから! ね? オビンさん?」

「おう! 騎士団じゃないが、パイアは立派な騎士だ」


 僕は兄上から目を離して、俯いている父上を見る。


「父上。 ちゃんと父上の口から僕に伝えてください。 いつまでも下を向いていないで、しっかりして!」

「……そうだな」


 父上は俯くのをやめて、椅子から立ち上がり真剣な表情で僕と向かい合う。


「……パイア・ティターン。 目立たないよう最低限の装備でたった1人で聖域まで行き神王様を目覚めさせ、私たちの所までお連れするのだ。 この使命、必ず果たせ!」

「はい! 必ず……この命にかえても必ずこの使命、果たしてみせます!」


 僕は嬉しかった。

 今まで何も出来なかったこの戦争に貢献できるのだから。




♢♢♢




 僕が父上から使命を受けた日から数日後、ついに王都を出て聖域へ向かう日がやってきた。

 同じ日に、父上たちも王都を出て緊急時の避難先であるヨーランに秘密の通路を使って避難するようだ。

 今、秘密の通路の前で僕は目立たない服に片手剣を装備して上にフード付きのローブを着た姿で父上と兄上、オビンさんとチャートに向き合っている。

 どうやらこの4人でヨーランへ避難するらしい。


「……チャート、城を出なかったんだね」

「はい、パイア様」


 結局、チャートは城を出て民と避難せず最後まで王家に仕えることを選んだらしい……チャートらしいよ。


「パイア様……信じております……お気をつけて」

「チャートもね」


 そう言ってくれるチャートの目は腫れていた。


「パイア、俺もお前の強さを信じているが気をつけろよ? 奴らは……強えぞ?」

「はい、分かっています」

「もし奴らと出会っても絶対に一対一で戦うな」


 オビンさんはたった1人だけだけど、父上たちの護衛役だ。

 1人でも頼もしく、しっかり父上たちを護ってくれるという安心感は流石といえる。


「パイア……」

「兄上」

「……私が、私がこんな弱い身体でなかったら」


 兄上は涙を流しながら申し訳なさそうにしていた。


「いいのです、兄上。 それにこれは僕の役目です。 頭で兄上に敵わないのに力でも負けたら僕の立場が無くなります。 だから気にしないでください」


 兄上は僕の両手を一度握ってから離れる。


「パイア、お前にはこんな大変な役目を押し付けて本当に申し訳ないと思っている」

「父上、兄上にも言いましたが、これが僕の役目なんです。 この役目を僕は誇らしいとも思っています。 だから気にしないでください。 自分を責めないでください」

「そうか……では、これを持っていけ」


 そう言って父上は懐から銀色のネックレスとガラスのレンズを取り出して僕に手渡す。


「これは?」

「これは2つとも王家の魔法具だ」

「魔法具!?」


 魔法具とは特定の魔法を発動させることが出来る道具の事で、とても貴重な物の筈だ。


「このネックレスは装備した者の姿を普人に変えることが出来る魔法具。 これがあれば簡単には見つからないだろう。 王都を出たらすぐに使いなさい。 そしてそのレンズはレンズ越しに見た人間のレベルを知ることが出来る物だ」


 僕は試しにレンズ越しにオビンさんを見ると1503という数字が浮かび上がる。


「凄い……こんな魔法具とても貴重な物な筈です。 僕が持って行っていいのですか?」

「構わない。 道具は使わなくては意味がないからな」

「ありがとうございます」


 父上は僕に近づいて一度力強く抱きしめる。


「無事でいてほしい……だが、父親としては失格だろうが言わなくてはならない。 必ず使命を果たせ」

「はい、父上」


 僕は4人から離れて向かい直す。


「では、行ってきます!」


 それからは僕は振り向かずに通路から離れて城を出る為に歩き出す。

 しばらく、すると後方からガコンという音が聞こえた。

 おそらく秘密の通路の入り口を閉じたのだろう。


「みんなも気をつけて……」


 僕は城のホールに着くとそのまま城の出口へと足を進める。

 そして門番が1人もいない門を抜けて城を1人で出た。

 少し進んでから振り返って城を見上げる。

 ……僕がずっと住んでいた城は戦争が始まってから5年だけど、僕には随分と変わってしまったように思えた。

 再び僕は歩き出す。

 それから城下街を見ながら王都の南門を目指す。


「城下も随分と変わったね」


 今の城下街にはまったく人気がなく、中には扉が開きっぱなしな家もあった。

 戦争が始まってこの国が劣勢になって王都を出た人も多いけど先日、騎士団の集団避難の所為もあるだろう。


「……やっぱり寂しいや」


 やがて僕は南門にたどり着く。


「あ、そうだ。 ネックレス……」


 僕は父上から渡された魔法具のネックレスを自分の首にかける。

 すると、頭の上から耳が無くなり横に小さい耳が出来ていた。

 なるほど……確かに普人の姿だ。


「次はいつ、この王都に戻ってこれるか分からないから……さようなら、僕の街」


 僕はフードを被り、もう振り返らずに門を抜けて聖域に向かって歩き出した。



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