人章 受け継がれし血

第28話 一人の王女と眠りの希望

第28話 一人の王女と眠りの希望




《誰だ……俺の眠りを――邪魔するのはッ!?》


 その瞬間――僕は味わったことの無い程の強烈な威圧感と、味わったことの無い世界が凍って時間が止まったかのような恐怖感を覚えた。


「ひ、ヒィー!! 一体……今度は一体なんだってんだよぉ!?」


 後ろに立っていた筈の僕の片足を斬り飛ばしたレベル3000を超える強者だった男が怯えるような声を上げて、ドンっと音を立てる。

 ……尻餅でもついたのだろうか?

 まぁそんな事、今はどうでもいい。

 僕は床に這い蹲りながらも必死に顔を上げて先程聞こえてきた恐ろしい声の出所だと思われる玉座のような場所にある石のような物を見る。

 すると、その石からは光が漏れていて、段々とその漏れている光が大きくなっていく。

 ――やがて、その光はすべてを飲み込んだ。


「うわああああああ!!」

「ヒィィィィィィ!!」


 そして、先程まで感じていた強烈な威圧感がまるで小さく感じる程の威圧感が僕を襲う。

 ただでさえ身体に力が入らなくなってきているのに、そんな威圧感と恐怖を感じた僕はこのまま眠ってしまいたくなる……が、そういう訳にはいかない。

 僕には果たさなくてはならない使命が、希望がある!

 動きそうに思えない身体に鞭を打ち、なんとか顔を上げて光の所為で閉じていた瞼を開く。


「……あぁ。 これが僕たちの――【希望】」


 目を見開く。

 希望を目にした僕はその希望を恐ろしく感じたが、それとは別に――美しくも感じた。


 そして、とうとう無理して動かしていた僕の身体から力が抜けていく。

 ……駄目だ、駄目だ、駄目だ!

 まだ僕は希望を目覚めさせただけで、完全に使命を果たしていない。

 しかし、僕の意思とは裏腹に僕の身体には力が入らない……それどころかどんどん身体から力が抜けていき、とうとう完全に床に伏せてしまう。


 ……どうやら僕はここまでのようだ。


「ごめんなさい。 ……父上……兄上……みんなぁ……」


 勝手にゆっくりと瞼が閉じて、涙が出てくる。

 ――そして僕の意識が段々と暗闇に沈んでいく中で、僕はなんとなくこれまでの事を思い出していた。




♢♢♢




「……うぅん? ……あぁ〜朝かー」


 ベッドで眠っていた僕は目を覚まし、部屋に入ってくる僅かな日光を見て朝だと感じる。

 僕はベッドから起き上がり、そのまま窓際まで行ってカーテンを開く。

 すると、朝日が僕を包み込む。

 手で顔を隠して目が慣れてから窓の外を見る。

 そこには、ここ数年で大分変わってしまった庭が広がっていた。


「……やっぱり、寂しいものだね」


 数年前まではこの庭には美しい花が咲き、人の手で整えられた緑が広がっていた……いや、よく目を凝らせば今でも僅かだが整えられている場所がある。

 それを目にして僕は自分が少し笑顔になったのがわかった。


「まだ、頑張ってくれている人が居るんだよね。 ……よーし!」


 僕は自分の両手で自分の頰を叩き、気合いを入れた。

 窓から離れて部屋にある鏡の前まで行き、いつものように髪を整える。

 それから部屋に置かれている兜以外の金属の全身鎧を慣れた手つきで着て、立て掛けてある剣と盾を装備した。

 鏡の前で自分自身を見る。

 そこには白い金属鎧を装備した紅い瞳で黒い髪を後ろで纏めて少し編んでいる頭の上に長い耳を生やした兎族の女の姿が写っていた。


「ふふっ……この姿も慣れたものだね。 数年前まではこの城の中で僕が武装するなんて考えもしなかったし、ましてやそれが慣れるなんて思いもしなかった。 ……ふぅー」


 一度、目を閉じて息を吐く。

 目を開いてから壁のカレンダーを見て日付けを確認する。


「今日は1220年 3月1日。 ……こんな状況になって、もうすぐ5年……か」


 そう小さく呟いていると、扉がノックされる。


「はい? どうぞー」

「おはようございます、パイア様」


 ノックに応えると挨拶をして一人の人物が僕の部屋の中に入ってきた。


「あれ? チャートじゃないか」


 僕の部屋にやって来たのは、兎族では珍しくない白い髪でメイド服にその身を包んだチャートという女性。

 チャートはその見た目どおりこの城で昔からメイドとして働いていて……そして未だにこの城に残って働いてくれている数少ないメイドの一人だ。


「こんな朝早くに僕の部屋に来るなんて久しぶりじゃない、珍しいね?」


 そう……チャートがこんな朝早くから僕の部屋に来るのは久しぶりだ。

 いや、チャートだけじゃなく他のメイドたちも普段は僕の部屋にはやって来ない。

 ……まぁ僕の立場なら普通は朝昼晩、メイドが付いて回って僕の世話をしててもおかしくないのだけれど……僕はそれをある時から拒否している。

 ただ、チャートは昔から僕のことを心配そうに見て気にかけてくれているけどね。

 そんな訳でチャートが朝から僕の部屋に来るってことは時期も時期だし何か重要なことでもあるのではないだろうか?


「はい、パイア様。 ……5年前までを思い出します」

「ふふっ……そうだね。 そういえば昔はいっつもチャートと一緒に居たっけ」

「はい」

「チャートによく僕がワガママ言って僕の好きなお菓子を作ってもらったり」

「……はい」

「この城の庭でチャートとメイドみんなでかくれんぼしたり」

「…………はい」

「僕が夜の城を怖がって一緒のベッドで一緒に寝てくれたり」

「………………」


 そこで僕は気がつく。

 チャートが目尻に涙をためて今にも泣きそうな表情をしているのを……いや、もう泣いているのか。


「……ごめん。 もうやめよう……チャートも昔話をしに僕の所に来た訳じゃないんでしょ?」

「パイア様……私は……私は」


 僕はドアの前で立って俯いているチャートに近づいて力を入れないように優しく抱く。


「泣かないで、チャート。 きっと……きっと僕がなんとかしてみせるから」


 僕とチャートは数分間そのままの状態でいた。


「……ふふっ。 鎧が、冷たいです」

「あっごめん!」


 僕はチャートから慌てて離れる。

 チャートはもう泣いてはいなかった。


「いえ……鎧は冷たかったですけど、パイア様の心は暖かかったですから」

「そ、そう」


 顔が少し熱くなるのを感じる。


「ありがとうございます、パイア様」

「気もしないで……それで一体何の用があってきたの?」


 先程とは違い、チャートは真剣な表情をして口を開く。


「……デントス様が準備が整い次第、部屋に来るようにと」

「父上が……」


 チャートのその言葉に急激に頭が冷え、冷静になる。

 ……どうやら、とうとう時が来たらしい。

 僕は無言でチャートの横を通り抜けドアを開けて部屋の外へ一歩踏み出す。


「……チャート。 君も他のみんなと同じく早くこの城を出た方がいい」


 振り返らずにそう言って僕は父上の部屋へと向かった。




 城の長い通路を歩き、僕は父上の部屋の前までやって来た。


「すぅぅう……はぁー」


 僕はドアの前で息を大きく吸って吐いてから、ドアをノックする。


「……誰だ?」

「パイアです」

「来たか、入れ」


 部屋の中から聞こえてきた声に応えて、僕は扉を開けて父上の部屋に足を踏み入れる。

 すると、部屋の中には僕の父上で、この神聖ティターン王国の第52代国王 デントス・ティターンが椅子に座っていた。

 そして、その父上の両隣には黒い髪で身体が細く眼鏡をかけた僕の兄上であるハルオン・ティターンと、大柄で全身鎧を着て大剣を背中に背負っているレベル1500を超えるこの国最強の男【白兎魔法騎士団】の総騎士団長オビンが立っている。

 僕は父上の両隣に居る二人と目を合わせてから父上を見る。


「父上。 僕を呼んだということは……」

「……あぁ。 先に来たハルオンには少し話したが……ラーオスが【ガルガン帝国】の手に落ちた」

「くっ……王都に一番近いラーオスが落ちたという事は……」

「……そうだ。 次はこの王都がガルガン帝国に攻められる」


 父上は苦々しい顔で僕にそう告げた。

 そこで僕はラーオスに住んでいた筈の民や、そこに配置されていた筈の白兎魔法騎士団の第2騎士団のことを思い出す。


「……オビンさん」

「なんだ?」

「ラーオスに居た人たちや……第2騎士団のみんなはどうなりましたか?」

「民に関してはガルガンの奴らに攻められる前に殆どがラーオスを出ていったから問題ねぇ……第2騎士団の奴らは……報告に来た騎士以外は壊滅だろうな」


 オビンさんは悔しそうな表情で拳を握りしめて僕にそう答えた。


「そんな……」


 僕は、よく一緒に訓練をしていた第2騎士団の騎士のみんなの顔を思い出して……悔しくて、もどかしくて歯を食いしばる。


「パイア……」


 そんな僕を見て兄上が悲しそうな顔で僕を見て名前を呟いた。


「パイア。 彼らの事が悲しいのも悔しいのも……お前が前線に出れなくて何も出来ずもどかしいのも分かる。 だが、今はこれからの事を考えなくてはならない。 彼らの作ってくれた時間も無駄には出来ない。 わかるな?」

「……はい」


 そうだ……父上の言う通り、今は時間を無駄には出来ない。

 こんな時にもガルガン帝国の魔の手はこの王都に迫ってきているのだから。


「父上、すぐに迎撃準備を整えましょう!」

「だめだ」

「何故ですッ!?」

「パイア、お前も分かっている筈だ。 3年前までのガルガン帝国なら兎も角、今のガルガン帝国に我々では手も足も出ない」

「くっ!」


 僕だって分かっている……今のガルガン帝国に僕たちでは勝てないことくらい。


「では、どうすると言うのです!?  まさか尻尾を巻いて逃げるとでも言うのですか!?」

「……そうだ」

「なっ!?」


 父上のまさかの言葉に僕は驚いて声を上げて固まってしまう。


「未だに王都に残っている民は残っている騎士の手で外へ逃がす。 そして我らも、もしもの時の為に作っておいた避難場所へ逃げる。 よく聞けパイア……我ら王族の血を絶やす訳にはいかない。 土地を失っても我らが生きていれば再びこの国を復興させることが出来る筈だ」

「そんな……そんな事って……」


 ガルガン帝国と戦って勝てないのは分かる……でも、逃げるなんて……今までガルガン帝国に殺されていった者たちの為にも逃げる訳には……。


「――だが、【希望】はある!」

「……え?」

「どういうことですか? 父上」


 希望?

 ……一体どういうこと?

 どうやら兄上も知らないようだ。


「お前たちには言ってなかったが、私には奥の手がある。 この奥の手、これは王族に代々伝わっている事だ。 これを使えばなんとかなるかもしれない」


 ……父上の言う、そんな奥の手が本当にあるの?

 でも、本当にそんな奥の手があるのだとしたら……。


「何故? ……どうして今までそれを使わなかったのですか! 父上!!」


 僕は頭に血が上って父上に詰め寄ろうとするが、父上との間に兄上が入ってくる。


「落ち着くんだパイア! 父上にだってその奥の手を使えなかった理由がある筈だ。 ……そうでしょう父上?」

「……あぁ。 本来この奥の手は絶対に使ってはいけないし、私も使おうとは思わなかった。 その証拠に代々の王は絶対に使おうとはしなかった」

「……」


 僕はその言葉を聞いて少し冷静になった。


「……聞かせてください父上。 それ程までの奥の手とは……希望とは一体何なのです?」

「……二人とも【聖域】は知っているな?」


 聖域……確か王族の子供が産まれた時に必ず王が行く場所だったか?

 僕は一度も行ったことはない。


「私は幼い頃、パイアが産まれた時に父上と一緒に行ったことがありますが、パイアは行ったことはない筈」

「はい。 でも知識としては知っています。 木造の建物が一軒だけ建っているんですよね。 そしてその建物には決して近づいてはいけないし、入ってはいけないと」

「そうだ。 ……そしてその聖域の建物にはある存在が眠っている」

「ある存在?」

「本来、聖域と建物はその存在が眠る為だけに作られた場所だ」

「うん? どういうことです?」

「……なるほど、そういうことですか」


 どうやら僕と違って頭の良い兄上が何かに気がついたようだ。


「……奥の手というのは入ってはいけない聖域の建物に入り、その存在を起こすこと。 その眠っている存在というのが父上の言う希望なんですね?」

「そんなまさか……ガルガン帝国をその眠っている存在だけで如何にか出来る筈ない」

「いや、ハルオンの言う通りだ」

「え?」


 まさかの兄上の正解に僕は驚きを隠せない。


「そして……その存在はお前たち二人もよく伝え聞いている筈だ」

「そ、そんな話……聞いたこともない」

「…………ま、まさか!?」

「王子は気がついたか。 いやぁ俺も国王様から聞いた時は驚いたぜ」


 どうやらまた兄上は父上が言う存在に気がついたらしい。

 そしてさっきから驚かないと思ってたオビンさんは、先に父上から聞いていたようだ。

 ……僕にはまったくわからない。


「……父上、兄上、オビンさん。 一体その存在って何なんですか?」


 兄上が未だに信じられないといった顔をしながら僕を見る。


「いいかい、パイア。 聖域はずっと昔からあってそこでずっと眠って生きていられる……私たちが伝え聞いている中で今のガルガン帝国を如何にか出来る存在なんて一人……いや、あの方しか居ない」

「だから何なんです!?」

「……【神王様】だ。 父上の言う【希望】はこの国の建国者……伝説のドラゴンヴァンパイア【エルトニア・ティターン】様しか考えられない!!」

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