第27話 ドラゴンヴァンパイア、また会う日まで
第27話 ドラゴンヴァンパイア、また会う日まで
彼女……チイと結婚した翌年の神聖暦175年。
チイがどうしても俺との子供が欲しい、と言うので俺は自分の子供が俺の種族を引き継がず力を少しだけしか引き継がない事を説明した。
それでも構わないとチイは言ったので、俺と彼女は自分の子供を作ることになる。
そして……比較的早くチイと俺との間に子供が産まれた。
産まれた子供は男の子でチイと同じように兎族で黒い毛をその身に生やしている。
やはり、産まれた子供にドラゴンヴァンパイアとしての特徴は引き継がれていない。
それでも多少の力を引き継いでいる筈なのだが、今の段階ではそれはわからない。
……まぁそんなことは正直どうでもいいのだ。
今はこの子が産まれた事を彼女と共に祝い喜ぼうではないか。
「エルト様、この子の名前をどうしましょうか?」
そういえば、チイに俺の名前を呼ぶことを俺は許した……まぁ俺の子供だった時でも良かったのだが、俺は神王と呼ばれるのに慣れてすっかり忘れていた。
そんな事より今は産まれたこの子の名前だったな。
さて、どうしようか……。
「……クロウ、というのはどうだ?」
「クロウ……エルト様、それはいい名前ですね。 ほぉら、あなたは今日から【クロウ・ティターン】よ……ふふっ」
チイが小さな俺たちの子供、クロウを見て微笑みながら指先で頬を優しくつつく。
そんな彼女と小さなクロウを見て、俺は結婚して子供を作ってよかったなと思えた。
――その時、いつものあの感覚が俺を襲う。
「……ルト……ト様……エルト様!」
「……あ、あぁ……どうしたチイ?」
「いえ、エルト様が何だかボーッとしていたので……大丈夫ですか?」
チイは心配そうな表情で俺の顔を見る。
どうやら彼女を心配させてしまったようだ。
「いや、何でもない。 ……ただ、この先のクロウの成長を考えていただけだ」
「ふふっ……そうでしたか。 でもまだクロウは赤ちゃんですよ」
何とかチイを誤魔化せたらしい。
……それにしても先程の感覚……あれは間違いなく【眠気】だ。
もう何年も前から時折、感じるようになったこの眠気。
眠らない筈のドラゴンヴァンパイアがなぜ眠気を感じるのかわからないが、抗えないような感覚でもないので俺は気にせずに放っておいている。
「……さて、俺はこの子のことを皆に伝えてくる」
「はい、お願いします」
その後、国中に俺とチイの子供が産まれた事が伝わり、神聖ティターン王国はお祭り騒ぎとなった。
国中の皆が俺とチイとクロウを祝福する。
俺は国の者たちが騒ごうが祝おうがどうでもよかったが、それを見て笑顔になったチイを見ると俺は少しだけ嬉しくなった。
♢♢♢
クロウが順調に成長していき、学校に通うようになるとクロウが俺の何の力を引き継いでいるのかわかった。
どうやらクロウは俺の龍魔法を引き継いでいて、簡単な身体能力強化の魔法が使えるらしい。
龍魔法が使えると言っても使えるのは身体能力強化だけなので、そんなに強大な力ではない。
……まぁあまり強すぎる力を引き継いでも争いの元となるだけなのでこれで良かったと俺は思った。
俺とチイは結婚してから毎日仲良く暮らしているが、クロウが産まれてからはチイはクロウの面倒を見て、ついでに俺の後継者にクロウをしようと勉強させているのでチイは大変そうだ。
俺としては日々少しずつ好きになっていく彼女にもう少し側に居てほしいのだが一生懸命な彼女を見て俺は黙っている。
……それにしても、この俺が時間が経つごとに少しずつでもチイは好きになっていくことに驚いた。
どうやら俺はちゃんと彼女の夫として、彼女を愛しているようだ。
……本当に昔の俺では考えられないような変化だな。
だが、こうなってくると俺はこの先の未来が怖くなってくる。
彼女を……チイを失ってしまうという未来が。
いずれは俺を置いてチイは死んでしまうだろう……その前に昔、俺が考えていたことを実行するべきだ。
……命の変質、俺ならば……ドラゴンヴァンパイアの俺の力があれば、その者を俺と同様に長寿に出来る筈。
その事にすでに俺は手がかりがある。
俺はドラゴンでヴァンパイアなのだ……ヴァンパイアといえば相手を自分と同じ種族にして自分の眷属にすることで有名だ。
ならば俺にもそれが出来る筈だろう……その鍵はおそらく血魔法。
あとはモンスターでも使って血魔法の研究や実験をしていけば、いずれは俺にも相手の種族を変えて眷属にする事が出来るようになる筈だ。
その日から俺の血魔法の研究が始まった。
♢♢♢
彼女……チイは時間が経つごとに歳をとっていき、神聖暦205年……チイは50歳を超えて最近はベッドにずっと横になっていて、俺が看病している。
日の日に弱まっていく彼女の命をみて俺は焦っていた。
「まずい……非常にまずい。 このままではチイが死んでしまう。 なぜ未だに成功しない!?」
そう、未だに俺は血魔法の研究をしている。
なぜなら当初は簡単だと思っていた血魔法の相手の眷属化が俺の予想以上に難しく、未だに成功しない。
……だが、あと少しなのだ。
しかし、時間が足りない……。
「なんとか時間を作るしかない。 ……クロウももう30歳になったのだしアイツに王位を譲って……それからチイの看病を誰かに任せるか」
そう決断した俺はその日の内に大臣たちや30歳になったクロウを玉座に呼び寄せてすぐにクロウに王位を譲る。
突然のことにクロウも大臣たちもとても驚いていたが、俺がやらなくてはならない事がある、と言うとすぐに彼らは納得してくれた。
そして今まで俺がしていたチイの看病を詳しい者に任せて、その日から俺のすべての時間を使って血魔法を研究する。
今まで以上に時間を使ったお陰で血魔法の研究は進み、魂の領域まで俺は手を出した。
その結果、とうとう血魔法の相手を眷属化する魔法が完成する。
俺がクロウに王位を譲ってから実に2年が経っていた。
すぐさま俺はチイの居る我が家に飛んで帰る。
「チイ! 帰ったぞ!」
チイの居る部屋に飛び込んだ俺は彼女が珍しくベッドの上で身体を起こしているのを見た。
「……あらエルト様、どうしたのですか? そんなに慌てて」
チイは皺の多くなったその顔でいつものように笑顔を浮かべている。
「出来たんだ! 研究が完成した! これでお前は死ぬことはない!」
「あらあら……それはおめでとうございます。 ……それで私が死ぬことはないとは、どう言うことでしょう?」
「あぁそれはな……俺の血魔法を使うんだ。 俺の血魔法でチイを俺の眷属にする。 そうすれば、チイの身体と魂は作り変えられて俺と近い存在になれる。 それならばチイは俺と同じで死ぬことはない」
「……それは私がエルト様と同じ存在になるということですか?」
「いや、完全に俺と同じ存在になる訳ではないが、近くはなれる」
「そうですか……」
チイは下を向いて俺の言葉に少し驚いた顔をした後、俺を見て微笑んだ。
「まったく貴方は……ずっと何をしているのかと思えば、そんな事をしていたのですね」
「そんな事とはなんだ……俺はお前に死んでほしくなくて今まで研究してきたのだ」
「あら、それはごめんなさい。 ……もう一度聞きますが、その魔法を私が受ければ身体と魂が作り変えられて貴方の存在に近くなるんですね?」
「そうだ。 そうなれば俺とお前はずっと一緒に居られる。 ……では早速やろう」
俺はすぐに完成したばかりの眷属化の魔法をチイに使用しようとする。
「……ちょっと待ってください」
「どうした?」
眷属化の魔法を使おうとしたところでチイに止められる。
チイは下を向いて目を閉じて何かを考えているようだ。
それから5分ほどが経ち、チイが目を開き顔を上げて俺を見る。
……その目は何かを覚悟したような目をしていた。
「エルト様、よく聞いてください」
「なんだ? 何かあるのか?」
「私は……」
――――いやです。
彼女の口から出てきたその言葉はどこか懐かしい響きで……そして信じられない言葉だった。
「……え?」
「エルト様、私はいやだと言ったんです」
頭が真っ白になる。
……だが俺はすぐに気を取り直す。
「……何を言っているんだチイ。 この魔法を使って俺の眷属になれば、ずっと一緒に居られるんだぞ?」
「これは私の最後のワガママです。 私は貴方の眷属にはなりません」
「……嘘だ。 嘘だ嘘だ嘘だ!! なぜそんなワガママを言う!? なぜ最後だと言うのだ!?」
ベッド脇で混乱する俺にチイが手を伸ばして俺の手に重ねる。
「よく……聞いてください。 私は貴方を愛しています」
「……」
「私は貴方を愛しています」
「……あぁ」
「私は貴方を愛しています」
「……分かっている!!」
「なら分かってください。 ……私は【人】として貴方を愛しているんです」
「……だから……なんだ?」
「だから最後まで私は人でありたい。 貴方を愛した1人の人でありたい」
「……勝手な言い分だな」
「ふふっ……貴方だって勝手な方です」
「……俺は神だから良いんだよ……でも、俺にワガママを言ったり、そんな事を言うのはお前くらいだ」
この眷属化の魔法にはたった1つだけ欠点がある。
……それは眷属になる相手が眷属になる事を了承しなければ眷属にならない、ということ。
俺には彼女が言う人として俺を愛することというのが、よく分からなかったが、彼女が昔ワガママを言った時と同じように絶対にそれを譲らないのは分かった。
それから数年後の神聖暦209年。
チイは俺とクロウに看取られて死んでいった。
最後まで彼女は笑顔だったが、俺はまったく笑うことが出来なかった。
それからは俺を今までにないほど大きな喪失感が襲い、それと同時に眠気も強くなってくる。
……もう俺にはこの眠気が一体何なのか分かっていた。
これはただ単に俺の勘違いが原因だ。
実は俺というドラゴンヴァンパイアは眠る必要がない訳ではなく、ただ人より長く起きていられるだけで本当は睡眠が必要だっただけ。
……それだけなのだ……だから本当は毎日、他の奴らと同じように睡眠していれば問題はなかったのである。
しかし、俺はもう200年以上も起きているので次に眠ってしまえば、いつ起きるかわからない。
……もしかしたら数年寝ているかもしれないし、数十年、数百年寝るかもしれない。
だが、それも良いかもしれない、と俺は思うようになっていた。
今、俺の心はチイのことで傷付いている。
……そして俺の眠気を取っ払う為にも一度寝なければならない。
心の傷を癒す為にも一度寝てしまおうと俺は考えた。
この国もすでにクロウに任せていることだし、もう俺の国ではないので気にすることもないだろう。
そうと決まれば、クロウにこの事を話して、俺は街外れに長い眠りにつく為の一軒の家を建てることを兎族たちに依頼する。
♢♢♢
神聖暦210年、俺は街外れに建てられた一室しかない木造の家の前でクロウと大臣たちと向かい合っていた。
「……それじゃあな」
「もう……会うことは出来ないのですか? お父様」
「あぁ、何度も言っただろう? おそらく俺は長い時間眠りにつく。 運が良ければ数年で済むが……そんな事はないだろう」
「……そうですか。 眠っているお父様を見に来てもいいですか?」
「それは無理だな。 俺はこの後、この家に魔法で結界を張る。 誰も入ってこれないだろう」
「……」
クロウが顔を歪める。
「……そんな顔をするな。 まったくしょうがない奴だ」
俺はクロウに近付いて、抱きしめた。
「あ……」
「お前はもうこの国の王だろう? 泣くんじゃないぞ? この泣き虫め。 ……でも懐かしいな。 お前が小さい頃はよく泣いて俺とチイがこうやって抱きしめてやったんだぞ?」
「……」
「……もう、大丈夫だな?」
「はい」
俺はクロウから離れると、クロウは何かを決意した顔をしていた。
「お父様」
「なんだ?」
「必ず……必ずお父様が再び目覚めるまでこの国を存続させる事を誓います!」
「ふっ……そうか。 なら頑張れ」
「はい!」
「お前たちもクロウを支えてやってくれ」
「「「「はい!」」」」
「じゃあな」
俺は家の大きな扉を開けて中に入る。
家の中には中央に特別な椅子が1つあるだけの部屋。
「お父様、おやすみなさいませ」
「あぁ、おやすみ」
俺は扉を閉じると光魔法と闇魔法で二重に結界を張る。
それから中央の椅子に座ると膝を丸めて両手で抱え、翼で身体を包む。
「……おやすみ」
そして俺は長い永い眠りについた。
こうして神の居る時代は終わりを告げ、人の時代がやってくる。
果たして再び神が現れることはあるのだろうか?
それは誰にもわからない。
神章 神話の時代 【完】
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