第26話 ドラゴンヴァンパイアと笑顔の花嫁
第26話 ドラゴンヴァンパイアと笑顔の花嫁
チイを俺の子供として迎え入れて名前が【チイ・ティターン】となってから1ヶ月ほど時間が経ち、チイはもう出会った頃のような表情ではなく元気一杯な笑顔を見せるようになった。
本当はまだ悲しみがチイの心の中にあるだろう……しかし、チイはそれを感じさせないように振る舞っている……強い子だ。
そんなチイだが年齢を聞くと6歳ということらしい……時期的にもちょうどいいので、俺はチイをティターン学校に入学させることにした。
今のティターン学校は出来たばかりの昔の頃とは違い、とても立派になっている。
例えば、今のティターン学校の校舎は3階建ての大きな木造校舎で教室数も多く、校舎の前には運動場も整備されていたりして、そこで毎年生徒の運動会なども開かれたりするのだ。
学校の教師の数も生徒数も昔とは比べ物にならないくらい増えており、何だか今のティターン学校はまるで昔の日本の小学校のようになっていた。
「チイ、お前には今度からティターン学校に通ってもらう」
「ティターン学校? 神王様、ティターン学校ってなにー?」
不思議そうな表情でチイは俺にそう聞いてくる。
どうやらチイは親から学校というのを教えてもらっていなかったようだ。
「あー学校というのは勉強したり、運動したりして必要な知識を学ぶ場所だ。 チイにはそこに行ってもらう」
「……チイ、この家から出ていかなくちゃいけないの?」
チイは急に今にも泣きそうな顔をする。
どうやら学校に行くことを家から追い出されると勘違いしているらしい。
「あー違う違う! 勘違いをするな。 学校というのはこの家から通うのだ。 毎朝、この家から学校に行って勉強したり運動して、それが終わればこの家に帰ってくる。 別にチイをこの家から追い出す訳ではない」
俺は慌ててチイの勘違いを訂正する。
「……ほんと?」
「本当だ。 いきなり追い出したりする訳ないだろう」
「よかったー」
今にも泣き出しそうだったチイの顔に笑顔が戻る……がすぐにその表情が曇る。
「……でも、わたし学校いきたくない」
「なぜだ?」
「だって神王様とはなれたくないんだもん!」
「ウッ!?」
まさかそんな事をチイが言うとは……俺も懐かれたもんだ。
「……あのなぁ〜チイ。 学校に行く前の朝だって会えるし、学校が終わって帰ってくればまたこの家で会えるんだ。 そう考えれば少しくらい会えなくたって大丈夫だろ?」
「うぅ〜でも〜」
「ほら、学校に行けばこれから必要な知識も身につくから」
「うぅ〜」
……まだダメか。
あーなんて言えばチイは学校に行く気になるんだ。
とりあえず、てきとうに色々言ってみるか。
「チイに友達だって出来るかもしれないぞ?」
「うぅ〜」
「えーっと……チイが学校に行ってくれたら俺も嬉しいし……なんて」
なんだその俺も嬉しいって……いくらなんでもてきとう過ぎるだろ!
「ほんと!?」
「……え?」
まさかの食いつきである。
「わたしが学校に行ったら神王様も嬉しいってほんと?」
「あ、あぁ」
「じゃあわたし学校にいく!!」
「そ、そうか。 じゃあ学校に伝えておく」
その後、家でチイが鼻歌を交じりに「学校ー、学校ー楽しみー」とか言っている姿を目撃する。
そんなチイの姿を俺は見ながら、子育て1ヶ月ちょっとで子育ての大変さを実感するのであった。
「子供の考える事はよくわからんし、難しいな」
そう思いながら昔、子供の頃のリーウとムーアと一緒に生活していた時のことを少し思い出した。
「そういえば、あの頃は族長が全部2人の世話をしていたな」
意外な所で俺は族長を思い出す。
あいつが生きていれば、チイのことも任せられたかもな……とか思いながら俺はチイの入学の準備を進めていた。
♢♢♢
チイがティターン学校に入学し、通い始めて瞬く間に時間が過ぎていった。
その間、俺は必死に子育てを自分なりに頑張ってやっていたと思う。
学校の授業参観や運動会といった学校行事には必ず参加していたし、チイと家で一緒に勉強したりもした。
その結果、チイを不気味だとか不吉だとかいう者もこの国から居なくなり、今では逆に1人しかいないその黒い毛を周りから羨ましがられるようになっている。
そして、今日はチイの卒業式。
ティターン学校に入学した頃は6歳だったチイも6年が経ち12歳となり、少しやんちゃだったチイも今ではお淑やかになっている……と思う。
「神王様、そろそろ卒業式に行く時間ですよ」
「あぁ今行く」
チイからそう声をかけられ俺は自分の部屋から出てる。
すると、チイは白い毛皮を身にまとった姿で扉の前に居た。
兎族の服の技術はあまり進んではいないが、昔に比べて服っぽくなったな、とそのチイの身にまとっている毛皮を見ながら俺は思う。
「神王様、何を見ているですか?」
「……いや、なんでもない」
「そうですか。 ではそろそろ行きましょう」
「あぁそうだな」
俺はチイと共に大きな扉から外へ出た。
すると、相変わらず家の前に控えている騎士が声をかけてくる。
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます」
「何でも今日はチイ様の卒業式だとか。 おめでとうございますチイ様!」
「ありがとうございます」
「……お前はいっつも元気だな」
「えぇ! 元気なのは良いことですからね!」
「まぁいい。 行くぞチイ」
「はい」
俺とチイはティターン学校に向かって歩き出す。
「あ、待ってくださいよ! お供します!」
慌てて騎士が追いかけてくる。
どうやら今日もこいつは俺たちの後ろを付いてくるようだ。
まぁいいけどな。
何だかんだ言ってこいつには俺も助けられている。
主にチイが1人で出掛ける時などは後ろについていって護衛をしていたりすることは助かる。
そうしてチイとおまけの騎士と歩いてティターン学校の前に着いた。
「じゃあ俺は保護者席に行く。 チイ、しっかりやれよ」
「はい、神王様。 いってきます」
「……私はどうしましょうか?」
「お前はここで待っていろ」
「わかりました!」
チイは学校の中に早足で入っていった。
まぁチイにはしっかりやれと言ったが、この学校の卒業式なんて現代の学校のように色々あったりしない。
せいぜい代表者が言葉を述べる程度なので難しくはないだろう。
というか大体の生徒が椅子に座ったり立ったりするだけで終わる筈だ。
そんなことを思いながら俺は保護者席にゆっくりと歩いて向かった。
俺は学校にある広い講堂の保護者席に座り卒業式を見守る。
やがて卒業式が開式して今のティターン学校、学校長が話したりする。
途中、卒業生代表としてチイが前に出てきて今までの事やこれからの事を色々述べていた。
その姿は堂々としていて立派で俺は思わず笑顔になってしまう。
「以上をもちまして、ティターン学校卒業式を終了いたします。 起立、礼、着席。 皆様、盛大な拍手をお願い致します」
卒業生は盛大な拍手で送られ退場していく。
そして卒業式は何の問題もなく無事に終わった。
これからチイは俺の後継者として育てていくつもりだ。
ティターン学校を卒業した後、チイには大臣たちと共に仕事をしたりして必要なことを勉強してもらう。
彼女のこれからの成長に俺は期待する。
♢♢♢
神聖暦172年となり、チイも18歳になった。
そろそろ俺はチイに自分の正式な後継者として、すべてを任せようと思う。
……ただ、1つ心配事があるとすれば、未だにチイは恋人の1人も作らないことだろうか。
今のこの国の18歳というのは結婚していて子供が居てもおかしくない年頃なのだ。
美しくお淑やかに育ったチイならば、その気になればいくらでも恋人なんて作れる筈なのに。
見た目だけでなく、能力も高く地位もあるのでこの国の独身男性なら誰もが彼女の恋人になることを望むだろう。
……まぁいい。
いずれは彼女も結婚して孫を産んでくれるだろう。
俺はとりあえずその事は置いといて、彼女に国を任せようと家にある玉座のような場所に呼んだ。
チイはすぐに玉座のような特別な椅子に座った俺の前にやって来た。
「さて、チイ。 今日お前を呼んだのは他でもないチイ、お前にこの神聖ティターン王国を任せようと思ったからだ」
「……」
チイは真剣な表情で俺の話を聞いている。
「今までお前はとても頑張ってくれた。 今のお前ならこの国を任せられると思ったのだ。 やってくれるな?」
間違いなくチイは俺の期待に応えてこの国の新しい王となり、皆を引っ張っていってくれるだろう。
その為に彼女は今まで色々勉強したり仕事をして頑張ってきたのだから。
――だから彼女の言葉はあまりにも意外だった。
「……いやです」
俺は彼女のその言葉を聞いて、驚きで固まってしまう。
数秒だったのか数分だったのかわからない時間、その場を沈黙が支配して再び俺は動き出す。
「……は?」
「いやです」
「……え?」
「い・や・だ・と言ったんです」
「な、なぜだ?」
チイが俺の後継者になる事をなぜか否定する。
……そんな馬鹿な。
俺は何とか言葉に出してチイに理由を聞く。
「神王様、こればっかりはワガママを言わせていただきます」
「ワガママ?」
ワガママなんて小さい頃、チイがやんちゃだった頃以来だ。
「神王様、私は貴方の後継者として王となる気はありません!」
「だからなぜなんだ!? お前は今まで俺の後継者になる為頑張ってきたのではないのか?」
「……小さい頃の私はただ、貴方が喜んでくれるから後継者としての勉強を頑張っていただけです」
「では今はどうなのだ」
「……私、いつも神王様に大好きって伝えてますよね?」
確かにチイは成長していくにつれて俺に大好きと言うことが増えていった。
だが、そんな家族に対する愛情なんて今なんの関係があるのだ。
「それが今、なんの関係がある!?」
はぁ、とチイがため息をついて首を横に振る。
「だ・か・ら! 私は貴方を大好きだと言っているんです!」
「だからそれが「私は!」」
「……私は貴方のことが大好きなんです! 1人の人として私は貴方を愛しているんです!」
「……え?」
……まさか?
「私がなりたいのは貴方の後継者ではなくて、貴方の妻です! どちらかと言うと私は貴方の後継者を作る方になりたいんですッ!!」
「……えええええええええええええええええええ!!!???」
俺は顎が外れんばかりに口を開けて大声で驚いた。
……まさかチイがいつも大好きと言っていたのは家族の愛情ではなく恋愛感情だったとは。
そりゃ彼氏なんて作らないわ……だって既に好きな人が居るんだもの……いや、俺は人ではないけども。
しかし……いや、しかしどうしたものか。
後継者の問題もそうだが、チイが俺を愛しているなんて……俺はチイのこと自分の子供だとしか見てないぞ。
「あーえーそのー俺はだな」
「……わかっていますよ。 私のこと自分の子供としか見ていないのでしょう?」
チイにはお見通しだったようだ。
「そ、そうだ。 だから悪いが俺はチイの気持ちに応えることはできない」
「……今はそれでもしょうがないと思います。 やっと私のこと理解したんだから」
「う、うん?」
「でも、いつか絶対神王様を振り向かせてみせます! 私のことを愛してもらいますから!」
「あ、諦めないのな」
「当たり前です!」
そう言う彼女には今までにないくらいの迫力があった。
でも、その時俺はいつか彼女が諦めるだろうと考えていた。
それから2年後の神聖暦174年。
めでたく20歳となったチイと俺は結婚する事となった。
結婚式には国中の兎族たちが参加して、全員が全員俺たちを祝う。
誰か1人くらい自分の子供と結婚した俺を非難するかと思ったのだが、そんな奴は誰も居ない。
どうやら随分前からチイが俺の事を愛しているのは広まっていたらしい。
それに納得していなかった者はチイに説得されたそうな。
そういうことを知らないのは俺だけだったみたいだ。
それで俺の予想以上に彼女の執念は凄く、彼女の猛アタックに俺はついに負けた。
少し彼女の思い通りになったという悔しい気持ちと、本当に彼女と結婚していいのかという気持ちが俺にはある。
……それでも今の彼女の花のような笑顔を横から見ていると、結婚して良かったなと俺は思えるようになっていた。
どうやら俺は彼女を、チイを家族としてだけでなく、1人の人として好きになっていっているらしい。
この俺がなぁ……人を好きになるか……悪くないな。
今の俺にはこの先の俺たちの未来が明るいように思えた。
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