第25話 ドラゴンヴァンパイアと黒い兎族
第25話 ドラゴンヴァンパイアと黒い兎族
タテガミ族が神聖ティターン王国に攻めてきて、白兎魔法騎士団が迎え撃ち、俺が自分の手でその戦いを終わらせてから数十年が経った。
鉱物資源を使った鍛治技術は相変わらずまだまだ進歩があまりない……だが、木材での建築技術はどんどん進歩していき、今では二階建ての建物まで建てられるようになっている。
……そしてリーウ、ムーアにドウ、レク、ユーグ、皆死んでいった。
リーウは自身が死ぬ数年前、後任にすべての引き継ぎを終えてムーアとゆっくり暮らしていて、最期はムーアと手を繋いで2人で眠るように。
ドウは最期まで自分から進んで楽しそうに畑仕事をしていて、クワを握ったまま逝った……あいつらしい最期だ。
レクは俺との約束通り、その身体が動かなくなるまで騎士大臣として尽力した……奴は最期の最期まで動いて働こうとしていたので、最後は無理矢理後任に引き継がせた。
ユーグは最期に二階建ての建物を建ててから、満足そうな顔をして死んだ。
俺の胸にあの族長が死んだ時以来の少しの喪失感が生まれた。
分かっていた筈だった……分かっていた筈なのに、覚悟していた……俺は自分の心に少しの穴が開いたようだ。
皆が先に逝ってしまうことなんて分かっていたのに、覚悟していたのに喪失感を覚える自分が嫌になるし、逆に皆が死んで少しの喪失感しか感じない自分が嫌になる。
なぜ皆は俺を置いて死んで逝ってしまうのか……なぜ俺は置いていかれるのか。
それを俺は考えるようになっていた。
それから少しの時間が経つとあの喪失感はすでに俺の中から消えていた。
これがドラゴンヴァンパイアとしての魂の在り方、今の俺なのだ。
それを俺はまだよく理解できていなかったのかもしれない。
皆が俺を置いて先に死んでいくのは当たり前のことなのだ……だが、もし俺がそれを認めたくないのなら俺は力尽くでその命を変えるのみ。
……俺にはそれをなす力がある。
なんたって俺は人を殺したり変えることを躊躇しないとんでもない怪物で、人を導き導いた人を殺すこともある気ままな神のドラゴンヴァンパイアなのだから。
♢♢♢
あれから100年くらいが経った。
今は神聖暦160年、俺が神王としてこの神聖ティターン王国を建国してから130年もの時間が経過している。
もうそんな時間が経っているのに相変わらず俺の容姿に変化はない。
まったく老化もしておらず、自分でも美しいと思える姿。
160年くらい経ってまったく変わらない姿……一体、俺はどれだけの寿命があるのだろうか?
まぁ俺は生きれるだけ生きるさ。
相変わらず俺はあの巨神に創ってもらった黒い上下の服を着ている。
この服は巨神の言っていた通り、服に付いた汚れもしばらくすれば勝手に綺麗になるし、この服は丈夫だがもし一部切れたりして破損してもしばらくすれば勝手に修復される。
そんな高性能な服なので、今のところ俺はこの服から着替える気はない。
だが、正直なところ……下着は欲しいと思った。
しかし、悲しいことにまだこの国の文明は履きやすい下着を作ることはできない。
最初の頃は魂が変質したい影響か周りがほぼ裸だったからなのか俺は自分の身体が見えても気にしていなかったのだが、流石に100年以上男と女として生活して周りも服を着るようになってきて、そういうのが少しは恥ずかしく感じるようになった。
そういう感性は俺でも変わるんだな。
なので、俺は時折服の隙間から身体が直接見えるのを最近は気にしながら生活している。
木材での建築技術はとうとう4階建の建物まで建てられるようになったのだが、最近の建築技術は石材を使うのがブームになってきている。
なぜ石材での建築技術が流行っているのか、というと俺が暇潰しに思い付きで石を削って積み上げたりしていたのを兎族たちが目撃したのが始まりだ。
なので、もう街といってもいい規模にまで大きくなったこの国に最近ポツポツと石の家が建っていたり、街の道が石材で整備されてたりする。
「はぁー。 暇だな」
俺は街の中心に建てられた巨大な屋敷の一室で特別な椅子に座りながらそう零した。
最近は俺が自分でやらなくてはならないことも少なくなり、この国は勝手に進んでいく。
もう俺は十分この国を導いたと思うし、兎族たちの発展も十分見た。
……そろそろ皆を納得させるような後任でも育ててどっかに旅にでも行こうかな。
そんなことをボケーっと思いながら椅子に座って今日は何をしようか考える。
「あー。 街でも見て回るか」
そんなてきとうな思い付きをした俺は早速実行しようと椅子から立ち上がって家から外に出た。
すると、家から出てきた俺に家の前に控えていた騎士が近付いて声をかけてくる。
「神王様! どうかしましたか?」
「えーと……少し街を見て回ろうと思って……な」
この俺の家に騎士が最低1人は控えているというのは昔レクが決めたことだが、ぶっちゃけ俺の家の前に騎士なんか要らないと昔から思っていた。
だから、別に家の前になんか居なくていいよって言ってるんだが、いえいえ必要ですとか言って結局いつも騎士が控えている。
「そうですか! では、私も付いていきますね!」
「いやいや要らない……1人で行くから」
「いやいやいや必要です! 神王様1人では街が混乱します!」
「……はぁ。 わかったよ」
この騎士はいつも俺の家の前に控えていて元気一杯なのはいいのだが、家の前に控えている騎士の中で一番頑固なのだ。
いっつも俺が要らないと言っているのに、こいつはいつも必要ですと言って付いてくるのでもう半分くらい諦めている……他の騎士ならすんなりと言うことを聞くのにな……はぁ。
「じゃあ俺の後ろをついてこいよ……俺が声をかけるまでお前は何もするな?」
「わかりました! あ、でも街が混乱したら抑えますからね!」
「はいはい。 じゃあ行くぞー」
俺はそう言ってから街を歩き出した。
「あ、待ってくださいよー神王様ー」
「黙ってろ」
♢♢♢
街をてきとうに付いてくる騎士と歩き続けて、今は裏の細い道を歩いていた。
「……神王様、なんでこんな裏の道を選んだんですか?」
「表の道は歩き飽きたしな。 それにこういう裏の道に普段見えない何かが見えるもんなんだよ……って、だからお前は黙って付いてこい」
「はーい……」
そうして裏の道をてきとうに歩いていると曲がり角にやって来た。
「…………」
「……!」
「うん?」
曲がり角の先から何やら声が聞こえてきたので、つい俺は曲がり角の手前で止まって耳を澄ます。
「あれ? 神王様なんで止まったんですか?」
「……いいから、ちょっと黙ってろ」
後ろの五月蝿い奴を黙らせて、再び耳を澄ます。
すると、曲がり角の先から2人の声が聞こえてきた。
「ちょっと! どうするのよこの子!」
「どうするって言われたって……こんな不気味な子、あたしは引き取りたくないよ」
「あたしだって嫌だよ!」
……どうやら中年の女2人が揉めているらしい。
内容からすると2人の他にもう1人子供が居て、その子供を引き取るかどうかの話ってことか。
「……それにしても何だってこんな不気味な子が生まれたんだよ」
「知らないわよ! あたしだって聞きたいわ! こんな子供見たことない!」
「いっその事、この子をここに置いていくって方法も」
俺はそこまで話を聞いて、不気味な見たことのない子供というのが気になったので、曲がり角から出て姿を現わすことにした。
動いた俺を見て慌てて後ろの騎士が付いてくるのを感じる。
「おい、お前たち。 何を揉めて……い……る」
曲がり角の先には俺の予想していた通り、中年の女性2人が居た。
それだけなら問題はなかったのだが、俺はその場に居たもう1人の子供を見て一瞬思考が停止した。
そこに立って居た子供は5、6歳くらいの大きさで男なのか女なのかわからない汚い身なりだったのだが、その毛は【黒】かったのだ。
そう黒い毛の兎族。
今まで兎族は皆白い毛で、黒い毛の兎族なんて見たことがなかったが、確かにその子供は兎族特有の長い耳をしている。
なので、間違いなく兎族の子供なのだが……驚いたな。
そこでいきなり出てきた俺に驚いて固まっていた中年の女2人が声をかけてくる。
「こ、これは神王様! こんな所に何の御用でしょうか?」
「……その子供はなんだ」
俺はその黒い毛の兎族の子供から目を離さずに女たちにそう問いかける。
「……この子供は親の居ない子です」
「孤児ということか?」
「先日、この子の親が病気で死んで……その親戚であるあたしたちの所にやってきたんです」
その黒い毛の子供はボーっとした表情で俺を見上げて目が合った。
その視線には疑問と悲しみ……それに不安が混ざっているように俺には感じる。
「……悪いがこの子供が不気味だとかなんだとか俺には聞こえたのだが一体どういうことだ」
「そ、それは……」
「……それはその子を見てわかる通り他の兎族と違って毛の色が違うからです」
「ちょ、ちょっとあんた!」
「もう神王様に話すしかないでしょう! ……この子の毛の色が黒いことで、この子の親が病気で死んだのもこの子は不吉だからって言ってあたしたち以外の親戚はみんな引き取りを拒否したんです」
「……お前たちは?」
「正直に言うとあたしたちだって嫌です。 でもこの子の親には生前世話になったから人前で嫌とも言えずに……」
「今になる、と?」
「はい」
……ふぅ、さてどうしたものか。
「神王様!」
「お前は黙ってろ!」
「は、はい」
後ろの騎士が何を言いたいかわかるが俺は黙らせる。
俺はゆっくりと考える……この子供をどうするか。
しばらくその場を沈黙が支配する。
「……よし、そうするか」
俺はとりあえず黒い毛の子供の前まで歩いて近付いてから膝を曲げて目の高さを合わせる。
「……お前、名前は?」
俺はその子供と目の高さを合わせてから目を見てそう聞いた。
「……チイ。 あなたは神王様?」
「あぁそうだ。 俺はエルトニア・ティターン。 この国の神王だ」
「……えるとにゃてぃた?」
「神王でいい。 なぁ……お前は何かわからないことがあるのだろう? 俺が答えてやる、言ってみろ」
そう言うと、ますますこの子供の視線の疑問が強くでる。
「……神王様……わたしのお父さんはどこに行ったの? なんで帰ってこないの?」
……やはり、か。
「よく聞けチイ。 お前のお父さんは死んだんだ」
「死ん……だ? もう……帰ってこないの?」
「あぁ、死んだ者はもう帰ってこない」
俺がチイにそう言うと、チイはボーっとした表情を段々崩していき――。
「う……うわあああああああああああああん」
――泣き出した。
泣き出したチイは目の前に居た俺に抱きついてくる……俺はこの子の好きにさせる。
やはり俺の思った通り、チイは自分の親が死んだという事がよく分かっていなかった。
おそらく誰も、ちゃんとこの子に言ってやらなかったのだろう。
「よし、決めた」
俺は泣いているチイを抱き上げる。
「俺はこの子を自分の子供として育てることにする」
「「「え、ええええええええええええええええ!?」」」
俺の言葉にその場に居た中年の女と騎士の3人が驚いて声を上げる。
「で、ですが神王様。 そんな簡単に決めてしまって……」
「こればっかりはお前の言葉は聞かないぞ。 もう決めたのだ。 お前の仕事はすぐにこの事を他の兎族に伝える事だ。 もうチイを不吉だと言わせん、いいな?」
「は、はい。 わかりました! すぐに通達してきます!」
「お前たち2人もいいな?」
「「はい!」」
俺はそのまま泣き続けるチイを抱いて家に連れ帰った。
……ちなみにその数日後、チイの汚れた身体を全身洗ってやると可愛い女の子だという事がわかった。
「チイ……お前、女の子だったのか」
「そうだよ。 チイは女の子だよ神王様」
「……お父様と呼べ」
「えー。 ……じゃあお母さん! だって神王様綺麗だもん」
「……やっぱり神王でいい」
「はーい」
俺の家にチイを連れ帰ってから数日、この子が笑顔を見せるようになったのはいいのだが……。
全身を洗ってやっている際の裸のチイにそう言われて少し凹んだ。
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