第18話 レクの気持ちと緊急事態

第18話 レクの気持ちと緊急事態




 神聖暦46年……ティターン様がこの地に神聖ティターン王国を建国してから16年が経っていた。

 あの日、ティターン様から騎士団長、そして騎士大臣として任命されてから忙しくも充実した毎日を過ごしている。


「ふぅ……少し休憩するか」


 少し疲れた私は気分転換でもしようかと自分の団長室から廊下に出た。

 なんとなく廊下の窓から騎士団の訓練場を見る。

 訓練場では大勢の騎士がそれぞれ思い思いに頑張って必死に訓練している姿が見えた。

 この騎士団も結成から20年で随分と人数が増えている……今では200人を超える人数だ。

 ふと、訓練場の端っこの方を見ると騎士団に入ったばかりの新人騎士が先輩の騎士に盾の使い方を教わっているのが見える。

 その初々しい姿を見て私は自分が初めてティターン様から騎士団長を任された時のことを思い出す。


 当時、学校を卒業して数年しか経っていない若造だった私は自分がやっている仕事が不満だった。

 私の父親が畑仕事していたので、私も学校を卒業してから畑仕事を始めたのだが……あまり私に合っているような気がしない。

 なぜなら、畑仕事を引っ張っているドウ殿や私の父親は毎日楽しそうに畑仕事をしているのだが私は楽しくなかったからだ。

 ある日、私は思い切って何故そんなに楽しそうに畑仕事が出来るのかドウ殿に聞いてみることにした。

 何故、私の父親ではなくドウ殿に聞くことにしたのかは、ドウ殿なら怒らずに教えてくれそうな気がしたからだ。

 ドウ殿は私の思った通り怒らずに私の問いに答えてくれた。


「レクは畑仕事が楽しくないんだね?」

「はい。 私にはあまり合っていないような気がして」

「そう。 俺はさ、この仕事が直接ティターン様に任された仕事だから嬉しいし、楽しく感じる。 ……なにより土を弄る感覚や自分が育てた作物が成長していく過程を見るのが楽しくて仕方ないし、自分で育てた作物をみんなが笑顔で美味しいって言ってくれるのは嬉しいんだ」

「私には……分かりません」

「そう……じゃあ畑仕事以外でレクにも自分が楽しくて嬉しいって思える仕事が見つかるよう祈っているよ」

「そうだと良いのですが」


 結局、私にはドウ殿が言っていることは分からなかった……私もティターン様に直接仕事を任せられたらそう思えるのだろうか?

 そんな事を思いながら相変わらず合わない畑仕事をしている私の耳にある情報が入ってくる。

 なんでもティターン様が新しい仕事を任せる為に人を集めているというのだ。

 条件は自分の腕に自信がある者らしい……私は別に自分の腕に自信がある訳ではないが、すぐに行ってみることにした。

 もしこれで自分に合う仕事が見つかるかもしれないし、ティターン様に直接仕事を任せられればドウ殿のようになれるかもしれない。

 ティターン様のもとには既に数人の男女が集まっていたので私も同じようにそこに入った。

 そこで私は久しぶりにティターン様を近くで見る。

 ティターン様のお姿は相変わらず美しくて力強く……そして少しだけ恐ろしさを感じられた。

 私は生まれた時から父親と母親にティターン様が私たち兎族にとって、どれだけ偉大なお方なのか聞かされて育ってきたので大丈夫だが、もしそうでなければただティターン様を恐ろしいとしか感じられなかったのかもしれない。

 そんな事を考えていると、どうやらティターン様の募集は終わったらしく、ティターン様が説明を始める。

 ティターン様の説明によるとここに集まった私たちは騎士団の騎士というものになるらしい。

 なんでも騎士団はこの町を見回って揉め事を仲裁したり、日々己を鍛えたり、襲ってくるモンスターから町を守ったりするのが仕事だそうだ。

 説明された集まった兎族たちはそれぞれ自信があるのか、それともティターン様に直接仕事を任されたからなのかみんな喜んでいる。

 私は他の者たちとは違い、まだ喜びという感情が湧いてこなかった。

 ティターン様はそんな私たちを見ながら続きを説明し始める。


「集まってくれたお前たちは今日から白兎魔法騎士団だ。 明日からこの町を毎日見回って揉め事を解決したり、町を襲ってくるモンスターを退治したりしてもらう。 もちろん訓練をして日々自分を鍛えてもらう……がその前にこの白兎魔法騎士団の騎士団長を決める」


 そのティターン様の言葉に喜んでいた兎族たちはみんな喜びから真剣な表情に変わる。

 私は別にその白兎魔法騎士団の騎士団長になりたい訳ではなかったが、もし騎士団長になれば何か変わるかもしれないと考えて目指すことにした。


「騎士団長を決める方法は簡単だ。 この中で一番強い奴がこの騎士団の団長だ。 1時間後にここでトーナメントを行う」


 騎士団長を決める方法はトーナメント戦か……トーナメントは学校で教えてもらったので分かる。


「それぞれ武器を持って集まれ。 武器がない奴は俺が石槍と木の盾を貸してやる。 もちろん魔法も使ってくれて構わない。 怪我をしても俺が治してやるから安心しろ。では解散」


 みんなと同じようにその場から離れたが、私はすぐに武器を調達する方法なんて知らないし持っている兎族も知らないのでティターン様に借りることにする。

 1時間後、再び集まった兎族たちは私を含めて殆ど武器を持参していなかった。


「では早速戦ってもらう。 戦う順番は俺が決めておいた。 では最初は……」


 すぐにトーナメント表通りに戦いは始まった。

 私の順番は比較的最後の方だったので、私は兎族同士の戦いをじっくり見ることにする。

 すると、私はある事に気が付いた。

 兎族の誰もがティターン様から石の槍だけを借りていて、木の盾を借りている者が1人も居ないのである。

 何故、誰も木の盾を借りて使わないのだろうか?

 それはやはり私たち兎族にとって馴染みの無い物だからだろう。

 歴史では確か兎族が魔法をティターン様から教えられるまで、武器は石の槍だけで木の盾なんてなかったらしい。

 木の盾……盾……私は盾についてよく考えてみる。

 盾というものは戦いで相手の攻撃を防ぐ物だと学校で昔教えられた。

 確かにあの木の盾ならば石の槍の一撃を防ぐことは容易であろう。

 もし私が片手に木の盾を持ちもう一方に石の槍、そして魔法を上手く織り交ぜながら戦えばここに居る兎族たちには勝てるかもしれない。

 そう私が考えていると戦いの順番が私に回ってきた。

 私はティターン様のもとに行き石の槍と木の盾を借りる。

 私が木の盾を借りた時、一瞬ティターン様の表情が動いた気がした。

 やはり誰も木の盾を借りなかったから珍しいのだろうか?

 石の槍と木の盾を持って私は戦いの場に向かった。

 すぐに戦いは始まったが、私は冷静に集中して考えていたとおりに石の槍と木の盾と魔法を織り交ぜながら戦う。

 気がつくと私は相手を無傷で倒していた。

 不思議と私は今まで感じていなかった……自分の気分が高揚するのを感じている。

 それからの戦いの中で私はずっと考えて戦うのが楽しく感じていて……いつの間にかトーナメントを勝ち抜いていた。

 トーナメントを勝ち抜いた私のもとにティターン様がやって来られて声をかけて下さる。


「おめでとう、お前が今からこの騎士団の団長だ」

「……ありがとうございます」

「さて騎士団長。 お前の名前を聞こう」

「ッ!? ……私の名前を覚えてくださるのですかティターン様?」

「そうだ。 これから色々お前に指示を出すこともあるだろうし、名前を知らないのは不便だ」

「ありがたき幸せ。 私の名前はレクといいます」

「そうか……レク、今日から頑張れ。 騎士団を頼むぞ」

「はッ!」


 その瞬間、間違いなく私は今まで感じたことの無いような嬉しさを感じていた。

 ドウ殿の言っていたことが初めて私にも分かった気がする。

 これがティターン様に直接仕事を任される嬉しさ、喜びなのか。


 そうして私は自分に合った仕事、騎士団の騎士団長として毎日を過ごし更には騎士大臣にもなった。

 この仕事は大変でもあるが、とてもやり甲斐のある良い仕事だと私は思っている。

 そんな風に昔の事を窓の外を見ながら思い出していると、ドタドタと廊下を走ってこちらに誰かが向かってくるのが分かった。

 私は音の出る方を見て何事かと確認しようとする。

 すると、こちらに走ってくるのが私の仕事の補佐をさせている若い騎士なのに気が付く。

 その騎士は若いが優秀で、いずれは私の後継者にと育てている者だ。

 そんな若い騎士が慌てたようにこちらに走ってくると私を見つけてどこか安堵した表情を浮かべる。


「騎士団長、緊急時にて失礼します!」

「何事だ?」

「大平原にこちらに向かってくる大量の武器を持った混成種族を確認しました!」

「何ッ!?」


 この若い騎士の様子からただ事では無いとは思っていたが……どういう事だ?


「正確な数は? それと何処の種族が向かってきている?」

「数は……およそ200! 種族は角耳族に丸耳族、頭角族に丸毛族です!」

「何故、4種族が200もの人数で武器を持ってやってくる? 我々兎族とやり合うつもりか?」

「更に……」

「なんだ?」


 若い騎士が言いづらそうに続ける。


「その200の人数の後方におよそ50のタテガミ族を確認しました」

「何!? タテガミ族だとッ!?」


 はるか昔にティターン様と我々兎族とが出会うきっかけとなった種族。

 それもティターン様に殺された者たちだった筈だ。

 私はタテガミ族の事を色々と思い出していく……すると、1つの結論に達する。


「確か……タテガミ族は倒した相手を自分の支配下に置いていく種族だったか……」

「騎士団長、私はここに来るまでに考えていたことがあります」

「なんだ?」

「タテガミ族がこの国を攻め落とす為に攻めてきていて、200の4種族はタテガミ族に支配されている者たちでタテガミ族の先鋒としてここに向かっているのでは?」

「……私もそう思う……ここままではダメだな。 あとどれぐらいで奴らはやってくる?」

「幸い奴らを発見したのはまだまだ遠くなので……あの移動速度だと後3時間で第1防衛ラインにやってきます」

「よし、すぐに騎士団全員に出撃号令をかけろ! 大平原の第1防衛ラインで迎え撃つ。 私は1度、ティターン様に報告してから向かう。 それまでは攻撃するな」

「分かりました、すぐに号令を掛けます! ……もし騎士団長が来るまでに奴らが来たらどうしますか?」

「そんなに時間は掛からないと思うが、その時はお前が騎士団の指揮を執って魔法で攻撃をしろ」

「了解しました!」


 私はそう補佐の若い騎士に指示を出すとすぐに装備を整えてティターン様の家に向かった。

 ティターン様の家に着いた私は1度、息を整えてから扉を叩いて声をかける。


「ティターン様! 騎士団長のレクです! 緊急の報告があって参りました!」

「……レクか。 入れ」


 中からティターン様のお声が聞こえたのを確認すると私は扉を開けて家の中に入った。

 ティターン様の家にはティターン様の為に特別に作られた椅子があり、そこにティターン様が座っている。

 そのティターン様の近くに報告でもあったのだろうリーウ殿が立っていた。


「レク、騒がしいですよ」

「すみません、リーウ殿。 しかし、緊急事態が発生しまして」


 リーウ殿が騒がしく家に入ってきた私に驚いてそう言ってきたが、今は悠長にしていられない。


「しかしですね。 ここはエルト様の「構わない。 緊急事態なのだろう? 」……しょうがないですね」

「はッ! ありがとうございます」


 リーウ殿が私を昔の生徒だった頃のように叱ろうとしてティターン様に止められる。


「それでレク。 一体何があった?」

「実は今この国を目指しておよそ250の武器を持った者たちがやってきています……間違いなく攻撃してくるつもりかと」

「ほう……詳しく話せ」


 ティターン様がその美しい目を鋭くさせて聞いてこられる。


「はッ! 先ず200の武器をもった角耳族、丸耳族、頭角族、丸毛族の4種族がこちらに向かっています」

「……角耳族か」

「はい。 更にその後方に50のタテガミ族を確認しています」

「何だって!?」


 リーウ殿が驚いて声を上げる。

 リーウ殿が驚くのもしょうがないだろう……ただでさえこの国を攻撃するなんて考えられないし、リーウ殿は確か昔タテガミ族に襲われた頃から生きていた筈だからな。


「それは本当なんですか!?」

「はい、部下が確認しているので間違いないかと」

「あの、タテガミ族どもがッ! ただでさえエルト様に生かしてもらったというのに……今度はエルト様の国を攻めてくるだとッ! 罰当たりにも程がある!」


 私の報告を聞いてリーウ殿が怒りでその顔を歪める。

 そのリーウ殿の怒る姿は普段の温厚な姿からは想像できず、私は驚いて声が出なかった。

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