第10話 ドラゴンヴァンパイアの勘違いと初の兎殺し

第10話 ドラゴンヴァンパイアの勘違いと初の兎殺し




 リーウとムーアにこの村の子供たちに日本語を教えるように言ってから、3ヶ月が経った。

 ……カレンダーが出来た為、正確に日付けがどれだけ経ったか分かるのはいいな。

 この3ヶ月は、あれから毎日あの5人の兎族達に午前中に日本語を中心に様々なことを教えている。

 相変わらず若い兎族達は日本語を片言でしか話せないし、もうこいつらに日本語を教えるのをやめようかとも考えていた。

 そして午後は今までと違い俺は比較的暇な毎日を過ごしている。


 今日の午前中の日本語などの授業が終わり、若い兎族達がいそいそと離れていった後に俺はリーウとムーアに声をかける。


「リーウとムーア。 今日はどっちが村の子供たちに日本語を教えるのだ?」

「はい。 今日は私です!」


 ムーアが元気よく声をあげて俺の問いに答えた。


「そうか……今日はムーアか」

「……あの僕たちの事で何か気になる事でもありましたか?」


 リーウが俺の言葉を聞いて不思議そうに、そして少しの不安を感じさせる声を返してくる。


「いや、ただ聞いただけだ。 だからお前達に何か問題がある訳ではない」

「……そうでしたか。 よかったです」


 ホッとした表情を見せるリーウとムーアをみて、少しイタズラしたくなり意地悪な事を言ってみる。


「……それとも何だ? 何かお前達に問題でもあるのか?」

「い、いえ! 何も問題はありません!」

「な、ないよっ! ティターン様!」

「こら! ムーア、敬語を忘れているよ!」

「ああ! ごめんなさいティターン様!」


 慌てて否定してくるリーウとムーアの姿は面白くて自然と口角が上がるのを感じた。

 それにそんなに慌てて否定していたら、まるで問題があるようだと言っているようではないか……まぁこいつら2人なら大丈夫だろう。


「フッ……冗談だ許せ。 それに俺はお前達2人がよくやってくれていると思っている。 自身の日本語の勉強も、そして子供たちに教える方もだ」

「きょ、恐縮です」

「ありがとうございます!」


 俺は本当にこいつら、リーウとムーアの2人がよくやってくれていると思っている。

 唯でさえ幼い内から無理矢理親から離して日本語を勉強させたというのに、リーウとムーアは文句も言わず積極的に日本語を勉強しているし、日本語を教える側にもなった。

 こいつら2人は素直だし俺の言うことはよく聞く……本当にこんな優秀な人材は中々居ないだろう。


「だから、今日も子供たちに日本語を教えるのを頑張れよ。 日本語が普及していく未来はお前達2人に掛かっている、頼むぞ」

「「はい、ティターン様」」


 リーウとムーアは俺に頭を下げてから子供たちに日本語を教える為に離れていった。

 交代制にしているので、本当は1人でいいのだが2人で一緒に行くようだ……あいつらは本当に仲が良いな。


「さて、今日はどうしようか」

「……エルト様、リーウとムーアにお話は終わりましたかな?」


 今日の暇な午後をどう過ごそうかと考えていると、いつの間にか離れていた族長が近付いてそう言ってきた。


「ああ、終わったぞ。 今は今日をどう過ごそうか考えていたところだ」

「では、今日も村の中を見て回りますかな?」


 最近では俺は暇な午後に、当てもなく村の中をぶらぶらと歩いて回るのが日課になっているので族長がそう問いかけてくる。


「そうだなぁ……そうするか」

「はい、エルト様」


 結局、特にやることもないので俺は当てもなく村の中をぶらぶらと歩くことにした。

 当然のように族長は付いてくるが、何時もの事だし村の兎族達との通訳に使えるので好きにさせる。


 しばらく、村の中をぶらぶらと歩いていると兎族が数人で集まっているところを見つけたので気になって近付いてみる。


『……こ、これはティターン様! どうしてこんな所に?』

『『ティターン様!?』』


 集まっていた兎族達が近付いてきた俺に気が付いて獣人語で声を掛けてきた。

 どうやら大人の男の兎族が3人集まっているようだ。

 族長は自然に俺の日本語の通訳を始める。


「おう、暇でな。 今は村の中を見て回っているところだ。 で、お前達は集まって何をしているんだ?」

『実は今、俺たちは新しい家を作れないかと考えていたんです。 それでその新しい家を作るのに木材を使おうと考えていて』


 俺は兎族達のその言葉と行動に驚いた。

 それは俺がいつか兎族達にさせようと考えていた事の一つである。

 しかし、まだ早いだろうと考えていた俺はこの事、木材で家を建てるという事なんて教えていない。


「……なんで、そう考えたんだ?」

『い、いや〜それが木材で道具を作る際に木材を組み合わせて作るところを見て、これなら大きくて立派な家を作れるんじゃないかって……そ、それに……』

「それに?」

『……そのー今ってティターン様が入れる家がないじゃないですか……俺たちの神様のティターン様が何時までも野ざらしって訳にはいかないでしょ?』


 その兎族の大人の男が恥ずかしそうに頭を掻きながら言った言葉だけでなく、その前の考えた訳にも俺は驚いていた。


「……エルト様、どうしました? 口が開いてますよ」

「あ、あぁ。 悪い」



 それから数日後、村の中に一軒の木材で出来た小屋が建てられた。

 もちろん、そんな小屋に俺の身体が入れる筈もなかったが、兎族達には好評だったようで、すぐにその技術は広まり進歩していく。

 その一軒の木材の小屋が出来てから更に約1年後には村中の枝葉で出来た家は無くなり村中に最初に出来た小屋よりも、少し大きな小屋が建てられまくっていた。

 俺はその村中に建てられた木材で出来た小屋を見ながら、考え思う。

 その木材で出来た小屋は俺が何も教えずに、こいつらだけの力で考えて建てられた。

 ……そう、俺は何もこいつらに教えていない。

 木材で家が建てられる事も、どうやって木材で家を建てるのかも、どうすれば小屋を大きく出来るかもだ。

 俺がこいつらに与えたのは木材というキッカケだけ……そう俺が力を貸したのは最初だけだ。


 それで俺は気が付く。

 俺は兎族達や前の大陸で見てきた人間達の余りにも原始的な生活を見てきて、ずっと「俺がすべてを教えていかなくてはいけない」と考えていたが、そんなものは余りにも馬鹿な勘違いだった。

 キッカケ……最初だけ俺が力を貸せば後は何も教えずともこいつら自身の力だけで進んでいける。

 そう気が付いた俺はすぐに自分の中でこれから兎族達に教えようとしていた幾つかの考えをすべて捨てた。


「俺はなんて馬鹿だったんだ……」


 前世だって人間達は自分達の力だけで長い年月を掛けて進歩してきたではないか。

 最初から俺がすべてを教える必要なんてどこにもなかったのだ。


 だから、これからは兎族達に俺はキッカケとして最初だけ力を貸そう。

 後は兎族達が自分達の力だけで勝手に進んでいくだろう。

 俺はその兎族達がどう進歩していくのかを楽しみに見ていこう。

 ……なぁに、俺の寿命がどれだけあるかは知らないが、俺はドラゴンヴァンパイアなのだ。

 間違いなく、兎族達より遥かに寿命が長いだろう。

 だから、兎族達の進歩を十分に見ていける筈だ。


 次の日から俺は午前中の授業で日本語以外を教えるのをやめた。

 ……リーウとムーアには自分達が何かしたのか? と泣かれたが俺は笑って誤魔化した。



♢♢♢



 俺が自分の馬鹿な勘違いに気が付いてから半年が経っていた。

 あれから兎族達はどんどん木材での建築技術を伸ばしていき、小屋が段々と大きくなっている。

 俺の身体が入って住めるような家が建てられるのも近いだろう。


 今は午前中の日本語の授業が終わり、何時ものように午後に入ってから村の中をぶらぶらと歩いている。

 ただし、いつもと違って今日は族長が俺の後をついてきていない。

 なんでも、今日は村の中で族長が居ないと困ることがあるらしい。

 何時も俺の後をついてくるから別に村に族長なんて必要あるのか? と疑問を持っていたので少し驚いた。

 その代わりに今日は手の空いているムーアが通訳として俺の後をついてきている。


 そんな訳でムーアをつれて村の中をぶらぶらと歩いて回っていると一軒の小屋の前で何やら揉めているのが遠くから見えた。

 その小屋は確か食料の保管場所として使われている筈だ。

 俺はとりあえず、その揉めている小屋の前に歩いて近付いてみる。

 近付いていくと誰が揉めているのか分かってうんざりした。

 揉めていたのは俺が何度か顔を見た事がある兎族の男と俺が日本語を教えているあの若い男女である。

 あの若い男女も、もう大人になっているだが村の中では若い方なので未だに若い兎族の男女と呼んでいる……というか俺はこいつらがあんまり好きではない。

 何故なら未だにこいつらは日本語が片言だし、俺とあまり話そうとしないし、名前も知らない……はぁ。

 もう歩いて近付いてしまっているので、しょうがなく俺は声をかけた。


「おい、お前達何してる」

「コ、コレハ、ティターンサマ」

「ティターンサマ!?」

『ティターン様!』

「ナ、ナゼ コノヨウナトコロヘ?」


 若い兎族の男女が驚いてひどく慌てた様子で俺にそう言う。


「ここで何やら揉めているのを見て解決しに来てやったのだ。 で、何で揉めている?」

「モメテナド、イマセン。 ナンノモンダイモ、アリマセン」

「本当か? おい、そうなのか?」


 こいつらに聞いてもダメだと思った俺はムーアに通訳させて、揉めていた兎族の男の方に聞いてみる。


『実はこいつらが俺たちはティターン様に選ばれた特別な存在だからもっと食料を寄越せと言ってくるです!』

『なッ!? お前ッ!』

「は?」

『唯でさえ普段こいつらに何倍もの食料を渡しているのに……これ以上は無くなってしまう!』


 ……はぁ。 そういえば、こいつら最近太ってきていると思っていたが、そういう事だったのか。


『ふ、ふんッ……何が悪い! 俺たちはティターン様に選ばれた特別な存在だぞ』

『そうよっ! 食料ぐらい、いくらでも食べていいじゃない!』

「何を言っている。 お前達は特別でも何でもないぞ」

『……何だと? 今、何と言いましたかティターン様?』

「もう一度言ってやる。 お前達は別に特別でも何でもない」

『……嘘よ! じゃああの日本語を覚えさせられる地獄のような日々は一体なんだっていうのッ!』

「はっ! そんな風に思っていたのか。 別に日本語を教えるのなんて誰でもよかった。 お前達を特別選んだ訳ではない」


 どうやらこいつらもこの前の俺と同じように馬鹿な勘違いをしていたらしい。


『馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!! そんな馬鹿な話があってたまるかッ!! 俺たちはお前に選ばれた特別な存在だと思っていたからあの地獄のような毎日も堪えられたのだッ!! ……それが誰でもよかっただと……ふざけるなッ!!』


 そう言って激昂した若い兎族の男は女の横で尖った石をどこからか取り出し俺に向けた。


 ――そう俺に向けたのだ……武器を。


「俺に武器を向けたな」

『……何だ……と……ゴフッ』


 並んで立っていた若い兎族の男と女の背中から腕が一本ずつ生えている。

 若い兎族の男は口を開きながら吐血して初めて、自分が俺の腕で胸を貫かれていることに気が付いたのだろう。

 俺は躊躇などまったくしなかった。


『……馬鹿……な』

『嘘……よ』


 2人の力が抜けて俺の両腕に2人の全体重が乗っかった頃、やっと状況を理解したのだろう。


「きゃああああああああああああ!!」


 ムーアが物言わぬ死骸となった2人を見て悲鳴を上げた。

 その悲鳴を聞いて兎族達がぞろぞろと集まってくるが、俺はそんな事などまったく気にせずに腕を抜く。

 すぐさま俺は空いた二つの穴から血魔法で血液を吸い上げる。

 すぐに二つの死骸は全身の血液を吸い上げられ干からびた。

 ……そういえば兎族を殺すのは初めてだったな……血はどういう味だろうか、と思って集めた血液をペロリと舐める。


「うーん。 ……マイルドな味」


 そんなことを言っていると、二つの死骸を見て集まった兎族達が騒ぎ出し、ムーアは放心しているようだ。

 そして騒ぎを聞きつけたのかどこからか族長がやってくる。

 族長は地に落ちている干からびた二つの死骸を見て状況を察したのか大きく息を吸って声を上げた。


『鎮まれッ!! 何を騒いでいるのだッ! これは我らが神、ティターン様がされた事! ティターン様がされる事に間違いなどないッ! ムーアも何時まで惚けている! 目を覚ませ!』

『……は、はい!』


 その族長の一声で騒がしかった兎族達が一気に鎮まり、放心していたムーアも気を取り直す。

 流石は族長、という訳か……普段のニコニコしている様子からは想像できないような威厳があるな。


「エルト様、一体何があったのでしょうか?」


 そんな事を族長を見て思っているとその族長から話しかけられる。


「とりあえず、こいつらが誰かは分かるか?」


 族長が俺の問いに答える為、死骸に近付いて顔を確認する。


「まさか、私などと共にエルト様から日本語を教えるていただいている者達ですね?」

「そうだ。 こいつらが俺に武器を向けた」

「なんと馬鹿なことをッ!! ……申し訳ありません、エルト様! まさか私たち兎族の中からこんな恥晒しを出してしまって」


 族長は死んだあいつらに激昂すると、すぐに顔を青くして地に伏せて俺に頭を下げてきた。


「構わない。 お前がやった事ではないだろう」

「しかし、私は兎族の族長です。 こんな恥晒しを出してしまった責任があります」

「だから構わないと言っているだろう。 とりあえず、いいから立て! もう一度言わせるなよ」

「……はい。 わかりました」


 族長は申し訳なさそうに立ち上がる。


「いいか? こいつらがやった事はもういい。 だが、同じように俺に武器を向ける者は誰であろうと殺す」

「はい。 村の者たちにも厳しく言って聞かせます」

「ならいい。 俺は戻るぞ」


 俺は族長とムーア、それに集まってきた兎族達に見送られながらその場を後にした。

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