第11話 ドラゴンヴァンパイアと2人の死
第11話 ドラゴンヴァンパイアと2人の死
俺が数年前から日本語を教えていた若い兎族の男女を殺してから数日後。
同じ兎族の男女を俺が殺したことで兎族達が何かしら騒いだりするのかと思っていたが、次の日になっても兎族達の様子は普段と変わりなく、俺が村の中に顔を出して歩いて回っても特に問題はなかった。
2人を殺す場面を見て悲鳴を上げていたムーアも次の日にはいつも通りの様子で現れて、昨日のことなどまったく気にしていない。
……どうやら俺の予想以上に俺に対する信仰が強く、俺のやった事は正しいことで間違いではないと思っているらしい。
なぜそこまで俺が兎族達に信じられているのかは謎だが、まぁいいだろう。
そんな訳では2人減り3人に午前中は日本語を教えて、午後は当てもなく村の中をぶらぶらと歩いている毎日を過ごしていた。
今も午前中の授業が終わり、午後はテキトーに村の中をぶらぶらするかなぁと考えている。
すると、遠くから俺と族長が居るところに走って向かってくる兎族の男が見えた。
その兎族の男は俺と族長の目の前まで来ると息を整えてから話しかけてくる。
『ティターン様、族長……少し問題が発生しました』
また揉め事でも起きたのかと思っていると族長が獣人語でその兎族の男と話し始める。
『どうしたのだ? そんなに走って……ティターン様の前だぞ?』
そういえば族長は兎族達と獣人語で俺の名を出すときはエルトではなく、ティターンと呼ぶのは何故だろうか?
『すみません。 でも俺たちではどうしたらいいか分からなくて……』
『それで、何が起きたのだ?』
『それが……この村から真っ直ぐ進んで森を抜けた所に角耳族と思われる子供が1人で突っ立ってるんです』
そこで俺は聞いたことのない種族の名前を聞く。
俺は気になったので族長に聞いてみる事にした。
「おい、角耳族というのはどういう種族なんだ?」
「えっと角耳族というのは耳が角ばっていて、尻尾が細長い種族の事です。 私もあまり見たことがありませんね」
角ばっている耳に細長い尻尾? 一体どんな種族なんだ?
『それだけならまだ良かったんですけど、その子供は両手が燃えているんですよ』
『燃えている?』
『そうなんです。 ずっと火がでて手が燃えているのに消そうともしないんですよ』
『うーむ。 どういうことだ?』
両手が火で燃えている角耳族の子供か……確か真っ直ぐ森を抜けた先と言っていたからあの大平原だよな……一体どんな奴なのだろうか?
ますます気になってしまった俺はその問題の原因を見るべく俺が解決する事に決めた。
「おい族長。 その角耳族の子供が気になるから俺が解決してやる。 兎族達は村で待っているように言っておけ。 ただ通訳としてお前はついてこい」
そう族長に言うと少し驚いた顔をしたが、すぐに納得して兎族の男に俺がその問題を解決するから村で待っていろと伝えた。
その後すぐに俺と族長は村を出て森に入り、その森を真っ直ぐ歩く。
やがて森を抜けると、俺の目には相変わらずに何処までも続く大平原が見えた。
その大平原を見ているとぽつんと1人で突っ立っている人影を発見する。
その人影が問題の角耳族の子供だと思った俺は族長と共に近付いていく。
そこに居たのは三角の形をした耳を頭から2つ生やして細長い尻尾が尻から伸びている赤い毛をした10歳程の少女だった。
その姿はまさしく猫……角耳族は猫の獣人だったようだ。
そして兎族の男が言っていた問題というのもすぐにわかった。
その赤い毛の10歳くらいの猫耳少女は両手が燃えている……いや、あれは燃えているのではなく火を灯しているのか。
俺は自分の目でそれを見て、その火が魔法で出ている事に気がつく。
しかも、あれは自分の意識とは関係なく手から流れ出ている魔力が勝手に火となっているようだ。
兎族の男の言う通りならば、もうずっと魔力を手から垂れ流している状態な筈……それならば、凄まじい魔力量だ。
だが、流れ出ている魔力が勝手に火になるほどの火の魔法の適性を持つなら、もしかしたら他の魔法はまったく使えないかもしれない……その分火の魔法は強力になる筈だが。
俺と族長が近付いてきた事に気が付いたのだろう、だるそうに俺たちの方を見る。
その顔を疲れ切っているが、驚く事に俺を見てもまったく驚く様子すらない。
『誰?』
どうやらちゃんと獣人語は話せるらしい。 すぐに族長に通訳させる。
「俺は兎族の神だ。 こいつは兎族の族長」
『神? ……よくわからないけど、あなたは強そうだし私を殺せる?』
「あぁ殺せる」
いきなり自分を殺せるかと聞いてきた少女の問いに特に驚きもせずに答える。
すると、その少女は疲れ切った顔に僅かな希望を覗かせた。
『本当に? ……なら私を殺して』
「……別に殺してやってもいいが、なぜ死にたい?」
『……私は角耳族の村で普通に生活していた。 でも、ある日急に私の手からこのよくわからないものが出てきた。 それで色々あって村から追い出されてここまで来た。 もう辛い、生きていたくない』
角耳族の少女はそう語った。
その言葉に一切の迷いはない。
だが、1つだけ俺は問いかけてみることにした。
「俺ならその手のものの消し方もわかるし、消すことも出来る。 ……それでもお前は死にたいのか?」
少女が語ったことが事実ならもう何日も魔力を垂れ流していることになる。
とんでもない魔力量だし、火の魔法の適性もとても高いだろう。
俺なら強制的にその火を消すことも出来るし、この少女に魔法の制御を教えてやることもできる。
『……それでも私は死にたい』
この少女には色々あったのだろう。
火を消せると知ってもその言葉に一切の迷いは感じられなかった。
「ならばいい。 お前の望み通り俺が殺してやろう」
俺は少女の両手から火が出ているのも気にせず近付く。
すると、少女はしっかりと俺を見据えて口を開いた。
『……ありがとう。 今の私にはあなたに対する感謝を形にはできない』
「構わない」
『……あなたの名前を教えて』
「俺はエルトニア・ティターン」
『エルトニア・ティターン……様』
その少女は噛み締めるように俺の名を口に出す。
『エルトニア・ティターン様。 今の私には何もできないけれど、私が死んでもしまた生まれるような事があれば……その時、私はあなたに全てを捧げます』
少女は俺に何の感謝の形もできないと言った。
だから少女はもし次があるのなら俺にすべてを捧げると言った。
少女は輪廻転生など知らないだろう。
しかし、俺はそれを知っていて実際に転生をして今を生きている。
だから、それが少女にできる感謝の形だと少女は知らないが、俺は理解していた。
もちろん、転生して俺と再び出会い思い出しすべてを捧げることなんて出来ない可能性が殆どだろう。
それでも、その言葉は俺の中ではとても重く、最大限の感謝だと思えた。
「その言葉に嘘偽りはないな?」
『……はい』
少女はしっかりとそう言って頷いた。
「では、しばし眠れ。 ……再び出会うその日まで」
そして俺はその少女を殺した。
少女の両手に灯った火が命のように消えていく。
しかし、突然少女の身体の内側から炎が燃え上がりすべてを燃やした。
やがて、少女だったものは何1つ残さずに燃えて無くなった。
♢♢♢
角耳族の1人の少女を俺が殺してから数年が経ち、この兎族の村でも色々な事が起きた。
先ずは兎族達の技術が進歩していき、建てている小屋が大きくなったこと。
とうとう兎族達が俺の入れる家を建ててくれた。
その家はもう小屋というより家といえる大きさになっているが、俺は入れるのだが翼は広げられず少し窮屈だ。
次にあのリーウとムーアが夫婦となった事だろう。
出会った頃はあんなに小さかった子供だった2人もいつの間にか大人になった。
ちなみにリーウとムーアの2人は今でも村の子供たちに日本語を教えている。
そして次は村の中で日本語を話せる者が増えた事。
リーウとムーアが教えていた子供たちが日本語を話せるようになった。
これでリーウとムーアと族長以外にも話せる相手が増えて俺も楽だ。
……あとはあの族長の死期が近いということだろう。
あれだけ俺の後ろをついて回っていた元気な族長も年には勝てず、最近は体調を崩してずっと寝込んでいる。
そして今、族長の命の灯火は消えようとしていた。
族長は最後に兎族達を全員村の中心に集めて最期の言葉を言おうとしていた。
『みんな……よく集まってくれた。 私はもうすぐ死んでしまうだろう。 だから最期に……言っておく』
そう言葉を発する族長はとても弱々しく吹いたら消えてしまいそうだ。
族長の言葉を聞いてその場に誰かが泣いている音が聞こえる。
『私は……次の族長を決めないでおく。 私たち兎族は幸せな者だ。 何せ神に出会えたのだから。 だからこれからは……皆ティターン様についていくのだ』
そう言うと族長は首を動かして俺の方を向く。
「最期に勝手なことをして……すいませんエルト様」
「あぁ。 俺は何もかもをこいつらに与えたり教えたりはしないぞ」
「構いません。 ……もし族長が必要になったらエルト様が決めてください」
「わかった。 その時はてきとうに決める」
「は……い」
族長は空を見上げて涙を流す。
『あぁ……神よ。 私はあの時、神と出会ってから最期まで……ずっと幸せな毎日を過ごせました。 感謝してもしきれません』
その瞳から涙を零しながら瞼を閉じた族長は身体から力を抜いていく。
「エルト様……いつまでも私たちを……見守ってく……ださ……い」
そう最期に言い残して族長は死んでいった。
その顔は弱々しくも笑顔を浮かべていて、族長らしいと思う。
集まった兎族達は皆、涙を流し目を赤く腫らしている。
その中にはリーウとムーアの姿もあった。
それからしばらくして、族長の墓は村の端に建てられた。
数日後、俺は夜中にその墓の前に立っていた。
少し族長に言いたいことがある。
「……お前の最期の願い。 兎族達をいつまでも見守るってやつ。 確かに俺はお前達兎族の発展を見ていくつもりだが……それはずっとじゃない。 いつか……俺がもういいと思えたら俺はお前達から離れるつもりだ。 ……まぁそれまでは見ていてやる」
言いたいことを言ったので俺は墓から去ろうと思ったが、もう1つだけ言うことにした。
「……お前の死に兎族みんなが涙を流していた。 リーウとムーアもだ。 ……俺は涙なんて流さなかった……が最近は少し隣にお前が居なくて……寂しく感じている……のかも知れない。 フッ……どうやらお前に最期の最期で心に傷を付けられたらしい。 ……誇れ、俺に傷を付けたのはお前が初めてだ」
そう言った俺は今度こそ族長の墓の前から立ち去った。
族長の墓から俺の家に帰る途中、こんな夜中にこちらに歩いてくる1人の兎族に気が付いた。
それはどうやらリーウだったようだ。
「リーウ、どうしたんだ? こんな時間に」
「……え? ティターン様! どうしてこんな所に!?」
「俺が聞いたんだが……まぁいい。 俺はあいつにどうしても言っておきたい事があったんでな」
「……族長ですか。実は僕も族長の墓に行こうと思ってたんですよ」
「どうしてだ? 何か俺のように言いたい事でもあったか?」
「いえ……族長とは十分生きている間に話せましたから。 ……ただ、少し族長の墓が見たかっただけです」
「ふーん……そうか。 じゃあ俺は帰るな」
俺はリーウの隣を歩いて通り過ぎ、帰ろうとする。
「……あの!」
「……どうした?」
リーウが俺の背に声をかけてくる。
それに俺は背を向けたまま応える。
「……こんなこと言うのは失礼だと思います。 僕がティターン様にとっての族長の代わりになんてなれないって分かってます。 でも僕は頑張ります! ……だから元気出してください……ご、ごめんなさい」
「……は、ははははははははは! ……そうかじゃあ頑張れ!」
……まさかリーウにそんな事を言われるとはな。
俺はその意外な言葉に笑いながら、今度こそ家に帰った。
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