第9話 ドラゴンヴァンパイアと兎族の神話の開始2

第9話 ドラゴンヴァンパイアと兎族の神話の開始2




 先ず、俺はこの兎族達4人プラス1人にどうやって日本語を教えようか考えた。

 俺は日本語に精通したスペシャリストでもなければ、日本講師をした経験も無い……と思う。

 だから、どう日本語を教えようか迷ったのだが、俺は結局日本人が日本語を覚える過程と同じようにしようと思った。

 ……つまり、最初は文字などを書いて覚えさせていくのではなく、できるだけ俺が兎族達に日本語で話しかけて、その内俺の日本語を聞き取れるようにして日本語を耳から覚えさせるというもの。

 文字の読み書き……平仮名、片仮名、漢字などは俺が教えている兎族達が俺と日本語で日常会話をできる程度に日本語の聞き話しが出来てから教えることにした。


 ……それに文字などの日本語の読み書きを教えようにも、それを教える為の必要最低限の学習道具がここには無いのだ。

 例えば、日本語の文字を書くための物……つまり前世でいう紙とペンである。

 これが無ければ日本語の文字を教えるのも覚えさせるのも絶対に不可能だと思う。

 唯でさえ日本語は俺が知るところ平仮名に片仮名、それに漢字という3つの文字がある。

 それを言葉で言い聞かせるのみで、教えるまたは覚えさせるなど俺は出来る気がしない。

 なので、どうにかして俺が日本語を教えている兎族達が日常会話をできる程、日本語を習得するまでに、日本語の文字を書くための紙とペンを手に入れられないか考えた。


 とりあえず文字を書くための紙になる物だが、先ず紙そのものをこの村で作ろうにも俺が兎族達に紙の作り方を上手く伝えられる気がしない。

 なぜなら、紙の作り方なんて今まで俺が兎族達に木から木材に加工して、そこから木の道具を作れるんだよ!

 ……何ていう風に簡単に教えられる訳ないし、俺自身も紙の作り方なんて大まかにしか知らないから上手く教えられる自信が無い。

 ……まぁそんな事言ったら日本語も同じようなものだがな。

 という事で紙が駄目なら紙の代わりになる物を用意すれば良いじゃない!

 と、いう訳で紙の代わりになりそうな物の候補を幾つか立ててみた。


 先ず1つ目! ……毛皮に文字を書く。

 これは俺がどこかで「昔は毛皮に文字を書いていた人が居たんだよ」っていうのを聞いた事が有ったような無かったような曖昧な記憶から出てきた候補。

 ……しかし、今の兎族達のこの村で文字を教えられる程の毛皮なんて用意できないし俺も無理だと思うからこの候補は無い。

 というか、どうやって毛皮に文字を書くのか俺の曖昧な知識じゃ想像出来なかった。


 次、2つ目! ……木の板に文字を書く。

 これも俺の曖昧な記憶から絞り出した候補で「昔は紙の代わりに木の板に文字を書いて使ってたんだよ。 あ、でも今でも木の板に文字を書いて使ってるとこあるよね」っていうもの。

 これなら、用意するのは簡単だ。 だって木の板なんて俺が木材から簡単に作れるし、元になる木なんてそこら中に生えまくっている。

 それに木の板なら俺なんて人差し指一本で削って文字を書けるし、兎族達だって尖った石とかをペン代わりにして木の板を削るまたは押し凹ませて文字を書けるだろう。

 ……これは良いのではないだろうか?

 要らなくなった木の板も邪魔ならてきとうに燃やせばいいし。

 とりあえず、最後の候補も考えてみる。


 最後の候補……地面に文字を書く。

 これはもう最終候補だが、文字を簡単に書けるし簡単に消せるという大きな利点だ。

 でも、これは保存がきかないし大量の文字を書くには場所も取るから適さないと思う。

 という訳でこれはもう最終手段だ。


 で、俺なりに3つの候補についてあれこれ色々と考えてみたわけだが、やはり俺は2つ目の候補の木の板が良いのではないかと思った。

 理由はやっぱり簡単に用意できるし量もある上に保存もできて要らなくなったら燃やせばいいから。

 そんな訳で紙の代わりを決めた俺は兎族達に文字を教える間以外の時間に木の板を作り上げていった。



♢♢♢



「どうしてこうなった。 ……何故だ? 何が悪かった?」


 いつもの兎族達の村の定位置で俺は頭を抱えていた。

 俺が兎族の若い男女一組と子供の男女一組とあの老人兎族に日本語を教える……というか一方的に聞き取らせてから1年くらいが経った。

 1年くらいが経ったのだが……未だに兎族と日本語で日常会話なんて出来やしない。

 できる事といえば老人兎族と子供の兎族の男女一組が「おはよう」と「おやすみ」などの簡単な挨拶程度だ。

 若い男女一組の兎族達なんて何も喋りもしない……こいつらやる気あんのか? いや、俺が無理矢理日本語聞かせているだけか。

 それにしても兎族の子供一組と老人兎族が同程度の日本語習得率なのはなんなのだ?

 子供なのだから物覚えは良い筈……そのスピードについていく老人兎族とまったく日本語を覚えない若い兎族の男女一組とでは何が違うのか?

 俺はこの1年くらいの生活をゆっくりと思い出す。


 朝、日が昇ると兎族達はみんな寝床から起き出してくる。

 ついでにあの老人兎族も俺の村の中の定位置の横で起きる。

 ……それから兎族達が俺と老人兎族の所にやってきて食事を置いていく。

 それを俺は老人兎族と一緒にムシャムシャと食ってから村の中を歩いて若い兎族の男女と子供の兎族の男女を俺の村の定位置まで連れてきて俺が日本語を話しかけて聞かせる。

 日が真上にまで昇った頃に俺は休憩として若い男女と子供の男女を定位置から放り出す。

 その休憩の間に俺は木の板を作りながら、どのくらいの厚さがいいのかを研究する。

 俺が木の板を作りながら研究している間も老人兎族は俺の側で俺の作業を見ていた。

 休憩が終わると俺は再び村の中を歩いて兎族達4人を連れてきて日本語を聞かせる。

 そして日が暮れ始めた頃に今日の日本語授業は終わり、俺は兎族達4人を放り出す。

 その後は俺が疑問に思ってることなどを考えたり研究して過ごす……その間も老人兎族は俺をしばらく見ている。

 それで朝と同じように兎族が持ってきた食事を老人兎族と一緒に食べて老人兎族は眠りその日は終わる。


 ……うん、わかったわ。

 老人兎族と若い兎族の男女の日本語習得速度が違う理由なんて簡単だ。

 この老人兎族……マジでずっと俺と一緒に生活を共にしているよな?

 俺と老人兎族一日中ずっと一緒じゃねえか!?

 なんなのこいつ、本当に!?

 そりゃ一日中、俺と一緒に居れば日本語の習得速度なんて勝手に上がるわ!


 ……まぁいい、そうと分かったらこの老人兎族と2人だけなのも嫌だし、日本語をはやく覚えさせる為にもあの兎族達4人も同じように生活させよう。

 俺はすぐさま若い兎族の男女一組と子供の兎族の男女一組を村の中から無理矢理連れてくる。


 それから俺はしばらく出来るだけ4人の兎族達にその生活の中で話しかける事にした。



♢♢♢



 俺と兎族達5人との日本語生活が始まって多分3年くらいが経った。

 俺の予想通り子供の兎族の男女は日本語の習得速度が爆発的に上がり、今では流暢に日本語で俺と会話できるようになり平仮名、片仮名をマスターして今は漢字を勉強中だ。

 ……そしてあの老人兎族は老人なのにも拘らず、謎の努力と根性をみせて日本語を流暢に話すようにまでなって更に平仮名をマスターしてみせた。

 ついでに何故だか俺も兎族達5人と一日中生活していた所為か兎族達の使う獣人語と俺が名付けた言語の聞き取りが出来るようになってしまった。

 これでは俺があんなに苦労して兎族達に日本語を教えた意味がないではないか!

 と嘆きもしたが、残念ながら俺には獣人語を発音できなかったのである。

 獣人語には今のところ文字がないので俺は聞き取りが出来るが伝えることは出来ないので日本語は無駄ではなくなった。

 ……いやー残念だわー。 獣人語発音できなくて非常に残念だわー。


 で、問題はあの若い兎族の男女である。

 あいつら日本語の聞き取りは出来るが未だに日本語が片言でしか話せない。

 ……あの老人兎族だって平仮名までマスターしていて、しかも何故だか俺が獣人語を聞き取れるまでになったのに、あいつらはなんなのだ!

 本当にあいつらはやる気があんのか!?


 ……まぁいい。 当初の目的は達成して俺が兎族達と意思の疎通は出来るようになったのだ。

 言葉が通じ合うことになって色々なことが判明した。

 例えば俺が日本語を教えた兎族の子供の男の方の名前がリーウで女の方がムーアだという事だったり、あの老人兎族は実は兎族の族長だったり……若い奴らは知らん。

 ちなみに俺も兎族達にエルトニア・ティターンという名前を伝えた。

 すると、兎族達は俺の事をティターン様と様付けで呼ぶようになった。


 そして一番驚いたのが、兎族達は俺のことを【神】だと思っているらしいと、いうこと。

 だから、毎日兎族達は俺に貢ぎ物という名の食事を持ってくるし事ある毎に俺に頭を下げるのは俺を崇めているからかと納得しそうになったが、ちょっと待て。

 なんで俺が兎族達の崇められる神ということになってるんだよ!? 俺はドラゴンでヴァンパイアなドラゴンヴァンパイアだぞ! 俺は神ではないとあの老人兎族もとい兎族の族長に言った。

 すると族長は何時ものように笑顔をその皺だらけの顔に浮かべながら口を開く。


 「ティターン様がそのドラゴンヴァンパイア? という種族であろうと何だろうとティターン様はあの大平原で獅子族から私たち兎族を救った時すでに私たち兎族の中では間違いなく神なのです」

「別にあの時、俺はお前達を救おうとした訳ではないのだがな。 俺はただ……こうして話せるような相手が欲しかっただけだ」

「いえ、たとえティターン様が私たち兎族を救うつもりがなかったとしても、あの時私たちは間違いなくティターン様に救われたのです。 ……それに今でもティターン様は私たちに様々なものを与え教えてくれるだけではなく、時たまやってくる私たちでは手に負えない外敵を倒してくれます」

「それは俺がただ快適に過ごせるようにしたいだけで、俺が勝手気ままにやっただけ。 だから俺は兎族であろうとあの獅子族と同じように殺すことがこれからあるだろう」

「構いません。ティターン様は御自分がしたいように、やりたいように行動なさってください。 ティターン様の行動を私たちが止めたり咎めることはありません。 私は……私たちはそれがティターン様にとって正しいことだと信じています」

「そうか……なら、しばらくは神として勝手にやらせてもらおう。 お前は今から俺の事を【エルト】と呼べ」

「あの、それは!?」


 笑顔を浮かべていた族長が驚いた顔で俺を見ているのを見て俺は少し心の中で笑った。


「エルだと女っぽいからな。 エルトで頼むぞ」

「それは!」

「どうした、嫌なのか?」

「……いえ、そうではないのです! そうでは……ただ……私には勿体無いほどの……」


 族長は少しずつその瞳から涙を零しながら嚙み締めるように言う。


「俺の名前は特別でな、本当は誰にも愛称でなんて呼ばせる気は無かったのだが、お前は今まで頑張ってきただろう? 勝手にお前が付いてきていた所為で俺はお前の努力を近くでみてきた。 ならばそれが報われてもいいだろう」

「は……ぃ……エルト様……」

「あぁ……ははっ、泣きすぎだ」


 初めてその族長の泣いている顔を見て、今度こそ俺は顔に出して笑った。


 それから数日後、俺はリーウとムーア、それにあの若い兎族の男女を一緒にする生活から解放した。

 そして勉強する時間を午前中だけにしてその勉強で日本語以外のことも教えることにした。

 例えば日付けだ。

 俺は長い間色々な事を考えていたが、その中で日付けを作ることにした。

 しかし、この大陸の兎族の村がある辺りは一年中気温が殆ど変わらず、いつが夏なのか冬なのかよく分からないので困る。

 まぁそのお陰で兎族達は飢えることもあまり無く森の恵みで生きていけているのだが。

 しょうがないので、俺がてきとうに今日は1月1日であると勝手に決めた。

 更に暦を俺は神がいるんだし神聖暦1年でいいや、と決める。

 ついでに、1ヶ月は一律30日として木の板でカレンダーを作る。

 そのカレンダーの読み方など様々なことを教えることにした。

 その代わりリーウとムーアには毎日交代で午後に村の子供たちに日本語を教えるようにと強制的にやらせる。

 これで時間は掛かるが日本語を少しずつ普及させていけるだろう。

 今の子供たちが日本語を覚えれば、やがて大人となり子供を作りその子供に日本語を教えて……そして死んでいく。


 ……俺は一体いつまで兎族達を見ているのだろうか?

 その答えは今の俺にはわからない。

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