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「じゃあね、兄ちゃん、姉ちゃん」
「おう~! また帰りなっ!」
「……気を付けてね」
「うん!」
いつもの十字路で兄ちゃんと姉ちゃんと別れて、ぼくは学校へ向かう。そのとき、少しだけなごり惜しくて後ろに振り向くと、兄ちゃんが笑いながら手を振ってくれていた。ぼくもそれに合わせて、兄ちゃんに比べたら全然届かない腕をがんばって伸ばして、精一杯振った。
それから同じ制服に身を包んだ同級生や、上の学年の人たちの波に飲みこまれそうになりながら、教室を目指す。正門を抜けると、目の前にある小運動場ではドッヂボールのためのコートを作るのに足を引きずって砂に線を引く子や、なわとびを持って大運動場に向かう子――ジャンプ台がそこにあるんだ――たちが目についた。
元気だなぁ。ぼくには朝からそんなことする元気も、人もいないよ。
運動場を横目に流しつつ、昇降口を入ってすぐ、等間隔に並べられた靴箱の列から、自分の靴箱の前に足を進める。うわ靴を手に取ると、二、三日くらい前は真っ白だったのにすっかりうす汚れてしまった生地と、ちょっと言いたくないような臭いが襲いかかってきた。
「はぁ……」
なんでうわ靴ってすぐに汚れるかなぁ。どれだけ気を付けていても、月曜日が終わるころにはいつもつま先が汚れているし、金曜日なんかはもう真っ黒くろすけになってるのが当たり前だ。それを毎週持って帰って洗うの、結構メンドーなんだよね。力も使うし。お父さんには、自分のものは自分で洗いなさいって言われてるから、メンドーでも洗わなくちゃいけないって思うけど、正直やらないで済むならやりたくないよね。
そんなことをぼんやり考えながら階段をのぼっていると、先に降りてきたクラスメイトと目があった。一瞬無視しようと思ったけど、挨拶はナントカの基本だよ、っていうお父さんの言うことを思い出して、ぼくは「お、」と口を開く。
「……」
「っ、」
ぼくが二文字目を発する前に、クラスメイトはふいと目を逸らして、パタパタと足音を立てて階段を降りていってしまった。
「ちょっ……」
無視?! と思って振り向くも、階下からきゃっきゃっ、と誰かの騒がしい声がするだけで、もうクラスメイトはいなかった。
「……なんだよぅ。そういうの、カンジワルッ、ってやつなんだよ……」
姉ちゃんっぽく言うと、だけど。なにも無視までしなくてもいいじゃんか。いくらただのクラスメイトだからって、こんなのあんまりだ。というか、イジメだ。
――と思ったけど、正直どうでもよかったりもした。どうして無視されるくらい嫌われたのかは知らないけど、ほとんど話したこともない子にどう思われようが、ぼくには関係ない。なんていうか、むしろ、よく知りもしないで嫌うのって、逆にすごいなぁって思う。どうやったらそんなこと出来るんだろう。ぼくにはよく分からないや。
「おはよ~」
「おは、っ…………」
先に入った子に続いてぼくが教室に入ると、それまで挨拶や、おしゃべりで騒がしかったクラスメイトの一部がぴたりと動きを止めて、そして固まる。ぎゅっと集まる視線に、思わず「どうしたの」って声が出かけたけど、ぼくは一瞬でその空気の『意味』を理解した。
「……」
目を逸らすと、またさっきの続きというよりは、何事もなかったように騒がしくなった。ぼくもそれに合わせて、何でもない風を装って自分の席に向かう。そのとき、ぼくの席の近くにいたクラスメイトが避けたり、横目で見てきた感じがして、少し嫌な気分になった。
「……はぁ」
ランドセルを机に置いて、ぼくは吐きだした息と一緒に着席した。
――きのうのこと、だろうなぁ。たぶん、結構ハデに喧嘩した――と思うから、それでクラスメイトはみんな怖がってるんじゃないかなぁ。
いや、怖がってるというよりは、様子を見てる、みたいな目だった気もするけど。
……ううん、わかんない。でも、イラつくのは確かなことだった。こういうの、ぼくは嫌いだな。気になるなら聞けばいいのに。クラスメイトの前で喧嘩したんだ。当然隠せることじゃないし、隠す気もない。
モヤモヤした気分のせいで自然と尖る口をすぼめて、もくもくと教科書やノートをお道具箱の中にしまっていると、人の気配がした。顔をあげると、そこにはなんていうか、出来ればもう見たくない顔があった。
「なぁ」
――イラッ。きのうのことなんて何もなかったみたいに、それはもういっそびっくりするくらい軽い声でぼくに呼びかけてきたリーンくん。ぼくは、点きたてのコンロの火みたいな、鼻につくガス臭さみたいなものを思いながら、口を開いた。
「…………なに?」
手短に頼む。そう意志を込めて視線を送ると、リーンくんは大きな金色の瞳をぱちぱちとさせて、首を傾げてぼくにこう聞いてきた。
「お前さぁ……名前、シノマナツ、で合ってる?」
「……はあ!?」
何を聞かれるんだろう。そう思っていたら、ヨソウダニシナカッタ……質問をされて、ぼくは思わず大きな声とともに立ち上がってしまった。それと同時に、もう見なくても、耳をすまさなくても分かるくらい、教室中の注目を集めてることに気付いて、熱くなるほっぺたを膨らませて、ぼくは席に着く。
「……ちがう。真夏(まなつ)で、マカ。ていうか……ぼくの名前知らなかったの?」
「だ、だって、フツー『真夏』ってマナツって読むんだろ? ニュースとかでもマナツビって聞くし……。それに、まだ習ってない漢字とか読めるわけねぇだろ……」
そう言うと、リーンくんは少し顔を赤くしてそっぽ向いた。
「……」
クラスメイトの名前くらい覚えてるでしょ、って出かけた言葉はしまった。
仕方ない。いい歳した大人でも――というか、先生でもぼくの名前読み間違えるくらいだし。ぼくにとっては、真夏って書いて、マナツとマカって読むのは当たり前のことだけど、世間では普通マカって読まないことくらい知っている。だからというか、別に、リーンくん一人読めないくらいで今更気にしない。お父さんにも、普通はそう読まない漢字だからねぇ、って何度も言われたし。
「……まぁ、別にぃ……慣れてるからいいけどぉ……」
もうあきあきだよ。続けてそう言えば、リーンくんはゆっくりとぼくのほうに顔を向けて、目を見開く。
「そう、なんだな」
「……まぁね」
「ふーん……」
「……」
「…………、」
たぶん、数秒もない沈黙。ぼくはそれで、もうこれ以上話すことはないと判断して、残りの教科書をお道具箱に突っ込んで、ランドセルを閉じた。それから教室の後ろにあるランドセルをしまっておく棚のとこへ行こうとして、リーンくんに通せんぼされる。
「……なにさ」
「……」
仕方なく声を掛けると、リーンくんはぼくをじっと見たまま動こうとしない。その突き刺さる視線に、ぼくはなんとなく嫌な気分になって目を逸らした。
なんだか、観察されてる気分だ。なんの意味があるのか知らないけど――用がないなら、邪魔なだけだ。
「……はぁ、もういいよ。ぼく忙しいから。じゃあね」
そう言って、リーンくんを避けて、ランドセルをしまいに行こうとした瞬間、「ま、まてよ」とどこか焦った声に呼び止められる。
「んん~……! もう! さっきからなに!?」
ばっと振り返ると、リーンくんはびくりと肩をはねて、少し驚いたような顔を見せた。それにぼくは、ただでさえさっきから邪魔されたり、今みたいに呼び止められてイライラさせられているのに、そのなにもわかってない表情に、どうしようもない怒りを感じていた。
そんなぼくの様子なんてお構いなしに、リーンくんはたどたどしく言葉を放つ。
「なんで、怒ってんだ……?」
――一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「はっ…………ぁ?」
外れそうな顎とヒュッと音ともに、言葉は消えていった。リーンくんがなにを言ったのか理解しようとしたけど、驚きと衝撃が上回って、頭どころか、体も動かない。
ぼくは今、からかわれたのかな? だとしたら、それってすっごくアクシュミだと思う。クラスメイトが聞いてくるなら、八つ当たりに思われたかなって、考えなくもないけど。というか、別にぼくは怒ってるわけじゃないし。怒ってるわけじゃないけど――けど、ふつふつと湧きあがるものがあるのもまた事実で。
「――君さぁ! さっきからなに?! ぼくのことおちょくってるの?!」
「っ、」
ぼくが声を荒げると、リーンくんは少し怯えたような表情を見せた。
それに余計イラついて、ぼくはさらに畳み掛ける。
「あんなこと言われて怒らない人いると思ってるの?! 君だって、家族と似てないって言われたら嫌でしょ?!」
ダンッ、と大きな足音を立てて一歩踏み込むと、リーンくんはまた肩を揺らして、そしてぼくから視線を逸らした。それにぼくはもっとイライラとして、自然と口が開いてしまう。
「っ、ヒガイシャヅラしたって、ぼくは何も悪くないんだからね! むしろぼくのほうがヒガイシャなんだから!」
もう一歩踏み込むと、リーンくんとの距離は目と鼻の先にまで迫っていた。それでも彼は俯いたままで一歩も動かなくて、ぼくはもうどうしたらいいのか分からなかった。ただ、どうしようもない、やり場のない感情に突き動かされて、今にでも彼に掴みかかりそうな勢いを必死に抑えることしか出来なくて。
――だめだ。ここで手を出したら、リーンくんを一発でも殴ろうものなら。ぼくは何も悪くないのに、悪者になってしまう。どんなに相手が悪くても、先に手を出してしまったら負けなんだよ、ってお父さんは言っていたから。
だからぼくは、絶対に手を出さない。なにがあっても、どれだけムカついても、自分が悪者になることだけは避けなくちゃいけない。
「……ぇ、よ」
「ん……?」
手を握りしめて耐えていると、目の前から声が聞こえた気がした。
「わかんねぇよ……だって、そんなの、言われたことねぇし……」
ぽつり。リーンくんは声を震わせて吐き出すと、ゆっくりと顔を上げてぼくの目を見つめてきた。
「お前……嫌、だったのか?」
そう言うと、リーンくんはぐっと顔を近付けてきて、ぼくは反射的に一歩引いてしまった。すると、リーンくんは目を瞬かせて、こてんと首をかしげる。
「……、」
そんなリーンくんに、ぼくはついに怒りがマックスになった――なんてことはなく、スパーンと勢いよく切り落とされた野菜みたいに、怒りが削がれるのを感じていた。
なんか、なんだろう。さっきから、妙に噛みあわないっていうか。いや、さっきからリーンくんはずっとおかしなことを言ってるけど、それ以上に、というか、ぼくも同じくらいおかしなことを言ってるみたいな気分になるというか、とにかくそんな感じなんだよね。
「……君、もしかして、ほんとにわかってないの?」
「なにが?」
ぼくが聞くと、リーンくんはオウムカエシ、みたいに言葉を重ねた。
「ぼくが怒ってる理由」
「……うん」
こくりと頷いたリーンくんに、ぼくは全身から力が抜けそうになった。
「あー……そっかぁ……あー……」
そう、そういうことか。納得はできないけど、理解はできた。この子、本当に分かってないんだ。ぼくが怒った理由どころか、たぶん、自分がなにを言ったのかすら分かってない。さっき「言われたことない」って言ってたのを思うに、たぶん間違ってないと思う。
「はぁ……」
特大球の溜息を吐くと、リーンくんは「さっきからなんだよ……」と言って口を尖らせた。それはこっちのセリフだよ、って思ったけど、言わなかった。言えばきっと、余計にこじれそうな気がしたから。そうなるくらいなら、黙ってるほうがマシだ。
それに、今はそれよりも、解決しなくちゃいけない問題がある。
「……あのねぇ、さっきも言ったけど、家族と似てないなんて言われたら、普通は嫌だなって思うし、怒るものなんだよ。わかる?」
「お、おう」
「で、ぼくは嫌だって思ったし、そんなことないよってヒテイしたのに、君は何回も聞いてきたよね? ぼくはそれがほんっとに嫌で、嫌だったの。わかる?」
「……」
詰め寄ると、リーンくんはコクコクと何度もうなずく。
うん、分かってない顔をしてる気がするけど、うなずいてる以上は分かってるってことにして、話を進めよう。
「それで、ぼくが怒った理由だけど、ぼく、まだ君にきのうのこと謝ってもらってないんだよね。それなのに君ったら何もなかったみたいに話しかけてくるから、ぼくはそれでイラッとしたわけ。わかる?」
「えっと……」
捲し立てると、リーンくんは困ったような表情であちこちに視線を回す。目が合いそうになるたびに、クラスメイトがさっと目を逸らしていた気がするけど、どうでもいいや。ぼくには関係ないもんね。それよりそんなことはいいから、ぼくに早く謝ってほしいんだよね。
「……つまり、お前は赤いねーちゃんと似てないって言われたのが嫌で、俺はそれを謝らなくちゃいけなくて、でもお前は怒ってて……んん?」
指を折って、一つひとつ理解を深めている様子を見せるリーンくんに、ぼくはうずうずする気持ちを頑張って抑えていた。
――耐えろ、耐えるんだ、ぼく!
「えっと、だから、俺は……あれ? じゃあお前が怒ってることは謝らなくていいのか……?」
「っ、」
五本目の指を折ったところで、ぼくは我慢の限界がきているのを感じていた。駄目だ、もう抑えきれない。
「……もっー! 人にフカイな思いをさせたら謝らなくちゃいけないの! 怒らせたらとにかく謝るの! 世間ではそうなってるの! はい、だから早くぼくに謝って!」
パンパンと手を鳴らすと、リーンくんは「ひえっ」と変な声を上げて、姿勢を正す。ほら、と謝罪を促すと、リーンくんは「ごめんなさい……」と小さな声で言って、頭を下げた。
「んー……いいよ。許してあげる」
シャクゼンとしないけど。一言付け加えると、リーンくんは勢いよく顔を上げて、大きな目をさらに大きくした。
「ほんとか?!」
「うぇっ……う、うん」
ま、まぶしい。気のせいだっていうのは分かっているんだけど、それでもキラキラと瞳を輝かせてる気がするリーンくんがまぶしくて、ぼくはぎゅっと目をつむる。すると、リーンくんが「どうした?」と問いかけてきたけど、ぼくはとにかく「離れてぇ……」と言うことしか出来なかった。
ああ、もう。なんだこれ。わけわかんないよ。まさかそんな、『怒ってる理由』が分からないとか、そんなのありえる? いや、ありえないよ。ぼくは兄ちゃんほど分かりやすい人じゃないと思うけど、それでもきのうは自分でも『怒った!』っていうのははっきりと分かったし、クラスメイトの反応からしても、相当だったんだろうなぁって思ったんだけど。まさか。そんなまさか。諸悪の根源ってやつの君が何も分かってないなんて。これじゃあもう怒り損じゃないか。だって、ぼくがどれだけ怒っても、リーンくんが分かってないんだったら、それって無駄に怒っただけじゃないか。なんだよそれ。ずるいよ。ぼくは怒りたくて怒ったわけじゃないのに――そこまで考えて、ぼくはもうこのことを終わりにしようと思った。ちゃんと謝ってくれたんだし。なんか、怒るのも疲れるっていうか。ドッと押し寄せる脱力感に、とにかくぼくは『もういいや』って気分になっていた。
ヨボヨボする足で歩いて棚にランドセルをしまって、それから自分の席に座ろうとした時だ。
「ありがと、な」
「んぇ……?」
「教えてくれて、ありがとな」
「…………ぇ、」
どんがらがっしゃん。お父さんがうっかり手を滑らせてお鍋を床に落とした時の音が、脳内に響いた。
「俺、さ……先生によく言われるんだけど、えっと、察しがわるいっていうか……その、空気読むってやつが、よくわかんねぇから……。だから、説明してくれて助かった。普通は……嫌、なんだな。憶えとくよ。二度と言わないから」
「……」
「……真夏?」
停止するぼくに、リーンくんはきょとんとした顔で「大丈夫か?」と言って、肩を揺さぶってきた。
「え、全然大丈夫じゃないんだけど」
「うわっ、びっくりした」
「いやびっくりしたのはぼくなんだけど?! 急になに!?」
「お、お礼言っただけじゃん……それもダメなのか?」
「そっ……そうじゃなくてぇ~……ああもぉ~面倒くさいな~!」
「えぇ……」
困惑するリーンくんに、ぼくは途方もない面倒くささを感じて、それから、だんだん放っておけない気分になってきた。
なんか、少しずつだけど、リーンくんのことが分かってきた気がする。
道理でっていうか、そりゃあ空気を読めないんじゃ避けられて当然だ。それだけならまあ、そういうこともあるよねって流せたんだけど、リーンくんはどうにも、分からないことは知りたい性格らしい。じゃなきゃ、なんで怒ってるの、なんて聞いてこないっていうか、まあ聞かないよね。
そう考えて、ぼくは一つの答えというか、ぱっと思いついたことがあった。
「君さぁ……友達いないでしょ」
「んなっ……!」
席に座って、ぼくはリーンくんのほうに体を向けながら、頬杖をついた。
「い、いなくちゃ、悪いのかよっ」
リーンくんはみるみるうちに顔を赤くして、ぷくぷくと頬を膨らます。
「別にぃ。いなくても生きていけると思うよ?」
「……」
ぼくがそう言うと、リーンくんはすっと真顔になる。
――あれ、どうしたんだろう?
「俺は……いたほうが、いいと思う。いたことねぇから、わかんねぇけど……でも、寂しいのは、嫌だろ……」
最後のあたりは泣きそうな声で言い切ったリーンくんの顔は、少しどころか、かなり寂しそうで。目を細めて、瞳をうるうるとさせる彼は、今にも泣きだしそうな雰囲気を出していた。
「え、ええ……?」
ぼくはそんなリーンくんに、うまい反応ができなかった。
そりゃそうだ。だって、分からないんだもん。つまり友達がいたら寂しくないってことでしょ? そんなの、寂しいなんて思ったことがないぼくには、分かりっこなかった。だってぼくの周りにはいつも兄ちゃんと姉ちゃん、それにお父さんとお母さんがいるから。ぼくはそれで十分だから、リーンくんの言う『寂しい』は、よく分からない。
――でも、分からないからヒテイしていいってことでもなくて。
ぼくにはよく分からないけど、リーンくんがそう思うなら、そういうこともあるんだと思う。知りたいとまでは思わないし、ぶっちゃけどうでもいいんだけど。
けど、なぜだろう。リーンくんを放っておけないっていうか。どうでもいいんだけど、そう思うほど、なぜだか心の奥がむずむずとする。例えると、体の中がかゆいみたいな感覚に似てる。
「うーん……仕方ないなぁ。じゃあ、ぼくが友達になってあげる」
「……えっ?!」
教室中に響き渡るくらい大きな声を出して驚いたリーンくんに、クラスメイトの非難の視線が集中する。彼は、さすがにそれは分かるのか、「うっ……」とうめくような声を出すと、さらに顔を赤くして背中を丸めて床に三角座りしてしまった。
ぼくはというと、そんなリーンくんを上からというか、まあ自分の席に座ったまま眺めていた。
「……その、急に言われても困るっていうか……ていうか、友達ってそうやってなるもんなのか……?」
「え? なに?」
ボソボソと呟くリーンくんが何を言ってるのか分からなくて聞き返すと、彼は今度は勢いよく立ち上がって、ぼくの両肩を掴んだ。
「と、友達って、そうやってなるもんなのか?!」
「え。知らないよ」
「っ、……?」
間髪入れずに返すと、リーンくんはもう思考停止といった感じで、口をあんぐりと開けたまま、カチコチと固まった。
「――ふふっ……あははは!」
いつの間にか、ぼくはお腹を抱えて笑っていた。
だって、おかしいんだもん。いちいちマジメに考えこんじゃって。ぼくがただ、友達になってあげようか、って言っただけで、こうも必死に考えてるのがバカみたいで、面白かった。
まあたぶん、友達ってこうしてなるものじゃないっていうのは、なんとなく思うけど。リーンくんにはむしろ分かりやすくていいんじゃないかなぁ。きちんと言葉にして伝えないと、もし誰かと仲良くなったとして、「友達なのか?」なーんて聞いてるリーンくんを想像したら、それなんて地獄絵図? って感じがして。
――ここにきてぼくは少し腑に落ちる……というものがあった。さっきからなんかむずむずするなぁ、なんだろうなぁって思ってたこれは、きっと『面白い』って感情だ。興味が出てきた、というか。いや、まだ少しどうでもいい気持ちもあるし、たぶん今だけなんじゃないかなって思うんだけど、もう少しリーンくんのことを知りたい気持ちも嘘ではなくて。だったら、今日一日くらい飽きるまで彼のことを見てみるのもいいかなって思ったんだ。
「な、なんだよ……笑うなよ!」
「え~だって君面白いんだもん~!」
けらけら笑っていると、リーンくんはそれはもう茹でたタコもびっくりなくらい顔を真っ赤にして、ぼくの肩を強く揺さぶった。
「やーめーてーよー」
揺さぶりに合わせてぼくが抵抗の声をあげると、リーンくんはぴたりとその手を止めた。
「じゃあ笑うな! なんか……バカにされてるみたいでムカつく!」
「あっ、それは分かるんだ?」
「んなっ……!」
ぽん、とぼくが手を打つと、リーンくんは唇を噛みしめて悔しそうな表情をする。
「……っ」
「ぷっ……その顔だよっ……ぷぷぷ……」
「む、ムカつく~……バカにしやがって!」
「バカにされるほうが悪いんだよ~」
「そっ……それはさすがにおかしいだろ! 俺でも分かるぞ!?」
そんな終わりのないやり取りをしているうちに、チャイムが鳴った。先生が入ってくる前に、クラスメイトはみんな自分の席に戻って、リーンくんもそれに倣う。
その去り際、リーンくんが「べー!」なんて言いながら舌を出して挑発してきたから、ぼくはこう言ってやったんだ。
「これからよろしくね――リーくん!」
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