11. 今後

 京都市連続通り魔事件の犯人逮捕から二日後。私と晶は軽い祝勝会をかねて市内の焼き肉屋に来ていた。逮捕に絡む一連の仕事にめどがついたのだ。

「乾杯! ひとまずお疲れ様、薫」

「乾杯。いろいろと迷惑かけたね、晶」

 私と晶はビールのジョッキをぶつけると、そのまま液体を喉奥へ流し込んだ。思えば停職以来アルコールも絶っていたのだ。これでようやく元通りと言ったところだろうか。

「いやぁ、でも薫も憑き物が落ちたみたいに元気になって本当によかったわ。一時はそのまま線路にでも身投げするんじゃないかとはらはらしたもん」

「……やっぱりそんな風に見えてたの、私は」

 晶が感慨深げに言う言葉にドキッとさせられる。そこまで心配していた割に、私に対してはそんな様子をおくびに出さなかった豪胆な親友の存在に今は感謝した。

「まあでも、それもこれもみんな先生のおかげだよな」

「ね!」

 私と晶はテーブルの奥を揃って見る。そこには紫木が心底居づらそうに縮こまっていてオレンジジュースをちびちび飲んでいた。焼き肉に行こうという話になったとき晶が呼ぼうと言い出したのだ。

「……なんで僕がこんなところに?」

 紫木が至極真っ当な疑問を呈した。私はまあまあと大げさに手を挙げて彼の発言を遮ると答えた。

「そりゃ、先生にせめてものお礼をと思ってだな……」

「そうそう、先生がいなかったら交番勤務だったもの。ささ、今日は薫が奢るから好きなもの食べてよ」

「そうそう、今日は奢りだ! 店の肉全部持ってこい!」

「あ、この特製肉盛りセットっていうの美味しそう! これこれ、これ持ってきて!」

 早くも酔いが回ってきたのか、バカみたいなことを言って笑う二人に紫木は全くついていけない様子だった。けれど少し楽しそうに笑っている……ように見える。多分。

「ところでさ、なんで先生はあのとき私がいる場所がわかったわけ?」

 いつの間にかやってきていた肉を適当に網へぶちまけながら私は紫木に尋ねた。逮捕直後はそれどころではなく気にならなかったが、よく考えると私とは違って大阪での捜査もしていないはずの紫木があのときピンポイントであの場所に現れることが出来た理由がわからなかった。

「それは当然、調べたのですよ。ネットで検索して」

「ネット?」

「ええ、深町駅の周辺から京都に進出した店がないかグーグルで調べました。そしたら星形飯店の名前が出たので、これではないかと思いまして……」

「それで行ってみたらビンゴだったと」

「はい」

 私はそれを聞いて店の天井を仰いだ。煙を元気に吸い込む換気口が沢山見えた。ネットって……じゃあわざわざ大阪まで行った私は何だったのだろうか。

「当然それだけじゃないですよ」

 私の様子を見た紫木が慌てた様子で付け加えた。

「ほら、京都駅の周りで起きた事件の四件目って、駅の東だったじゃないですか。そこが最後まで残ったってことは、犯人の職場は駅の東側にあるだろうと予想したんです。自分の職場が近い方角で事件を起こすのは、ちょっと抵抗がありますから」

「そうかぁ……」

 晶が感心した様子で呟いてから、網の上の肉を箸でつまんで食べた。私もそれに続いて肉をとる。火力が強いのか端が既に少しこげていた。

「ところで」

 紫木が肉と白米をかきこんだ後に聞いてきた。

「事件の方は結局どうなりましたか? まさか誤認逮捕だったってことは……」

「大丈夫よそれは。きちんと犯人は自供した」

 私は彼にそう受け合うとビールを最後まで飲み切った。大体、誤認逮捕なら呑気に焼き肉なんて食べていられるはずもない。

「西目正彦だっけ、結局容疑者は容疑を認めたって。大阪の二件と京都市の三件。家からは先生の言っていた通りなくなった被害者のアクセサリーが見つかったし」

 晶が私の言葉を引き継いで説明した。

「でもなんで服装が違ったのかな」

「服装?」

 晶がホルモンを網に放り込みながら尋ねてきた。ホルモンの脂で網の下の炎が一気に燃え上がった。

「ああそれは、犯人の奴わざわざ駅でスーツに着替えてから被害者を物色してたのよ。目撃されてもスーツで働く職種じゃない自分には疑いの目を向けられないだろうと思ったんだと」

「へぇ。それは手間のかかることを」

 私が説明すると、紫木がオレンジジュースを一口飲んでから感心したように言った。

「北原はどうなりました? あの四件目の犯人は」

「あっちも自供したよ。鬼警部のこわーい取り調べに根を上げて、すっかりおとなしくなった。二転三転していた自供もようやく固まってきたし、近く送検されるでしょ」

 私はおかわりのビールを注文しながら紫木に説明した。結局、北原が被害者を殺害したのは別れ話のもつれが原因だったようだ。凶器のカッターはデザインを専攻する彼がたまたまそのとき持っていた刃物だった。

「なんにせよこれでひと安心ね。京都の街に平和が戻るわ」

「そうだな」

「まったくです」

 晶の呟きに、私と紫木がそれぞれ同意した。


 少しの間があって、店員が「特製肉盛りセットのお客様ー」と言いながら大皿を運んできた。三人でそれを覗き込むと、そこには綺麗な星形に盛り付けられた生肉の山があった。

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